エドワード・マイヤーの事件録

櫻井 理人

文字の大きさ
上 下
8 / 46
第1幕 エドワード・マイヤーという男

幕間 ロンドン警視庁狂詩曲(スコットランド・ヤード・ラプソディ)

しおりを挟む
 八月二十六日日曜日、ロンドン警視庁スコットランド・ヤード――。
 若干くたびれた背広を身にまとった四十代ぐらいの男が、部下を従え廊下を歩いていた。夜勤明けによる疲れの色も見えるが、なおもその眼光は鋭く、お世辞にも人相が良いとは言えない顔つきをしている。
 すると、廊下の脇でたむろする若い警官たちの姿があった。

「なあ、知っているか? 首相が女王陛下に呼び出されたらしいぞ」
「おいおい、嘘だろう?」

 若手警官たちの会話を聞いた男は、ピタッとその場で立ち止まった。彼らの会話に聞き耳を立てているようだ。これに合わせて部下も立ち止まる。
 それでもなお、警官たちの会話は止まらない。

「ひょっとして、例の連続切り裂き魔のせいか?」
「恐らくな」
「この分だと、総監のクビも危ういよな」
「おい、あんまりでかい声出すなよ。誰かに聞かれでもしたら……」

 だが、彼らが気付いた時にはもう遅かった。
 無言で腕を組み、警官たちの前に立つ男。これにはさすがの警官たちも顔面蒼白となる。

「総監が、何だって?」

 怒りのこもった眼差しに、警官たちの肩が震える。

「い、いえ、自分は何も……そんなことより警部、こんなものが」
 と、手に持っていた封書を差し出す。

 話題をすり替えようとする魂胆は丸見えではあるが、警部と呼ばれた男は仏頂面で受け取り、中身に目を通した。タイプライターで短く、こう書かれていた。

 七番目の月が最初に十二の鐘を刻むとき
  うたげは血の色に染まるだろう。

「何だ、これは?」

 封筒を見ても差出人の記載はない。
 部下の男も横からのぞき込む。

「連続殺人事件と何か関係があるのでしょうか? 確か、四人目の被害者の近くにあったメモが予告状じゃないかとか、言っていませんでしたっけ? 貴族の方で、名前は確か……」

 これを聞いた途端、警部は目を大きく見開いた。

「マイヤー」

 短く答えると、部下が頷く。

「そうでした! エドワード・マイヤー氏」
「優れた頭脳を持った大学教授。奴の力を借りられりゃ、もしや……だが、問題はどうやって奴を事件に引きずり込むかだ。この間もそこで止まった」
「ですが、彼は一般人ですから。さすがにそういうわけには……」
「クソ……」

 悔しそうに舌打ちをする警部。
 だが――。

「そうか、手がなくもない」

 不気味なほどに口角を上げると、途端に廊下を走り出す。

「警部、どちらへ?」

 部下の声に振り返るも、その足を止めることはない。

「上官の元へ行く!」

 そう言ったのも束の間、部下は呆れかえった様子で上司の背に語りかけた。

「今日は日曜日ですよ。お休みなのでは?」

 警部の足はピタリと止まった。被っていた帽子を床に投げ捨てる。

「あー、クソ!!」
「警部、ちょっと! 落ち着いてくださいよ」

 その様子を見た若手警官たちは嘆息する。

「あの人、ああなるとダメなんだよな。それに毎回振り回されるケリーさん。気の毒としか言いようがないな」
「人一倍、ここハートは熱いんだけどね」
 と、左胸に手を置き、くすくすと笑う。

 その間に戻って来た警部が不機嫌そうに睨みをきかせた。

「お前ら、何か言ったか?」
「い、いえ! 自分そろそろ昼休みが終わるので……」
「じ、自分もです! すぐ持ち場に戻ります」

 若手警官たちはそそくさとその場を離れていった。
 警部と、彼の部下――ケリーは、再び封筒の中身を見つめていた。

「警部、どうやってマイヤー氏を巻き込むつもりで?」
「事件の重要参考人としてだ。どんな手を使ってでも、犯人を監獄へぶちこんでやる」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

PMに恋したら

秋葉なな
恋愛
高校生だった私を助けてくれた憧れの警察官に再会した。 「君みたいな子、一度会ったら忘れないのに思い出せないや」 そう言って強引に触れてくる彼は記憶の彼とは正反対。 「キスをしたら思い出すかもしれないよ」 こんなにも意地悪く囁くような人だとは思わなかった……。 人生迷子OL × PM(警察官) 「君の前ではヒーローでいたい。そうあり続けるよ」 本当のあなたはどんな男なのですか? ※実在の人物、事件、事故、公的機関とは一切関係ありません 表紙:Picrewの「JPメーカー」で作成しました。 https://picrew.me/share?cd=z4Dudtx6JJ

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...