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第1幕 エドワード・マイヤーという男
1-4 勝負の行方
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エドワードがヘーゼルダイン卿の向かいに着席したのを確認すると、ディーラーはカードを配り始めた。
だが、エドワードはテーブルの上に置かれたカードに目をくれることなく、鋭い眼差しでヘーゼルダイン卿の様子をうかがっていた。
「本当に良いのですな」
ヘーゼルダイン卿がカードに手を伸ばした時、エドワードは彼の手を思いきり掴んだ。
「いったい何を⁉」
ヘーゼルダイン卿の叫び声に動じることなく、エドワードは彼の手首をねじり上げる。
「痛っ!」
すると、ヘーゼルダイン卿の手から四枚のカードが落ちてきた。
落ちてきたカードを表にして並べると、周囲の客たちからどよめきの声が上がる。
「すべてのマークのエース……なるほど、だからフォーカードになるわけだ。ディーラーの方は、どなたからカードを渡されたのでしょう? 配る前にカードの枚数を確認することをお勧めしますよ。それとも、あなたもこのことをご存じで?」
淡々と話すエドワードに対し、ディーラーは「違う、俺は知らない。この男にカードを配るように言われただけだ」と、声を震わせながらヘーゼルダイン卿の方を指さす。
ヘーゼルダイン卿はごくりと唾をのみ、「……なぜ分かった?」と言う以外、何も言い返せないでいた。
「他の方にとっては一瞬のことで、何が起きたか分からないでしょう。ですが、僕にははっきりと見える。動体視力は人一倍いいものでね。この店を買収した貴族というのは、あなたですか?」
ヘーゼルダイン卿は眉間にしわを寄せ、エドワードを睨んだ。
「買収? 今のはちょっとした戯れだ。アンタを試しただけだよ」
「おやおや、途端に先生のことをアンタ呼びかい? 貴族がイカサマだなんて、聞いて呆れるね」
コンスタンスが冷ややかにそう言うと、ヘーゼルダイン卿は舌打ちをし、テーブルクロスの端を鷲掴みにする。
「これはあくまで僕の推測ですが……ここを買収した目的はイカサマで金を巻き上げ、国への寄付金にあてること。百ポンドなど、イカサマで得た金であっという間に回収できたでしょう」
「……何の話ですかな、冗談はやめていただきたい。だいたい、私にはそういうことをやる動機などない」
「寄付をすることが、この男にとって利益になるというのかい?」
コンスタンスの疑問にエドワードが答える。
「彼は寄付によって、貴族の爵位を買ったんですよ」
「……どこからその情報を」
「いえ、今のはただの推測です。さて、あなたは今の発言で、イカサマであることを自ら認めたようなものですが、どう致しましょうか」
エドワードは先程ヘーゼルダイン卿にポーカーで負けた男の方へ目をやった。
男はヘーゼルダイン卿の方へ鬼の形相で詰め寄る。
「汚いぞ! 金返せ!」
だが、ヘーゼルダイン卿は悪びれた様子を一切見せることなく、その場で怒りをぶちまける。握っていたテーブルクロスを思いっきり引っ張りあげると、テーブルの上に載っていたグラスや皿が音を立てて割れ、カードは四方八方に飛び散った。
「騙される方が悪い! マイヤーの次男坊が言わなければ、貴様はいつまで経っても気が付かなかっただろう。この負け犬め!」
「何だと! 開き直りやがったな」
他の客たちからもブーイングの声が上がった。
怒りが頂点に達したヘーゼルダイン卿は、先程までヤジを飛ばしていた二人の男に向かって叫ぶ。
「どうせ、店にいた奴以外、今回のことは知られていない。全員黙らせろ!」
今度は、エドワードの元へと詰め寄った。
「お前が余計なことを言わなければ、こうはならなかったんだ!」
「そ、そんなご無体な……」
驚いたエドワードは、夢中でヘーゼルダイン卿の拳をかわし、一目散に逃げ出す。
「待て! 逃げるな、小僧!」
エドワードがヘーゼルダイン卿に追いかけられている様を目の当たりにしたコンスタンスは、「何てこったい、警察を呼ぼうかね」と、慌てて入り口の方へと向かった。
その頃すでに、エドワードは壁際まで追い詰められていた。退路を断たれた彼は、すっかり恐怖に怯えた様子で、全身ががくがくと震えている。
「もう逃げ場はないぞ、小僧。苦労知らずのボンボンが」
ヘーゼルダイン卿がもう一度殴りかかろうとした時、エドワードは顔をそらし、目を閉じる。
だが直後、自身の体に衝撃はなく、代わりに何かがぶつかったような鈍い音が彼の耳に届いた。
「いっ、痛っ!」
ヘーゼルダイン卿の悲鳴で、エドワードは恐る恐る目を開けた。すると、目の前には手を押さえ、痛みに悶えるヘーゼルダイン卿と、こうもり傘を肩に担いだ男の姿があった。
「な、夏目⁉ どうして、ここに?」
「せっかく異国に来たのだからうまい酒を、と思い立ち寄りましたが――奇遇でしたね、教授」
振り返ることなく、エドワードの言葉に答える夏目。彼の視線はヘーゼルダイン卿の他、騒ぎを起こした仲間の男たちの方へと向けられていた。
「暴力で解決するのはあまり好きではないが、そちらがその気なら、こちらにも考えがある。これでも私は、日本では名のある北辰一刀流の免許皆伝。剣術には大いに自信がある」
眼光鋭い夏目に睨まれたヘーゼルダイン卿とその仲間の男たちは、一歩二歩と後ずさりを始めた。
「面倒だ、ずらかるぞ!」
ヘーゼルダイン卿が吐き捨てると、仲間の男たちも後を追うように、そのまま店から飛び出して行った。
「あれのどこが貴族なんだろうな。所詮は成り上がりというわけか」
ヘーゼルダイン卿たちの背中を見送る夏目の後ろでは、エドワードがその場に崩れるように座り込んだ。
「こ、怖かった……夏目、ありがとう」
夏目は目線をエドワードへと向け、大きな溜息を漏らす。
「日本では、逃げることは恥とされています」
「ははは……僕が得意なのは、動体視力の良さと逃げ足が速いことだけさ」
エドワードは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「先生、お手柄だったね。怖かったでしょう?」
入口から戻って来たコンスタンスが、笑いをこらえながらエドワードの手を握る。
「いいえ、僕は何も……。夏目がいなければ、今頃どうなっていたことか」
ほっと胸をなでおろすエドワードの様子を見て、夏目とコンスタンスは声を立てて笑った。
だが、エドワードはテーブルの上に置かれたカードに目をくれることなく、鋭い眼差しでヘーゼルダイン卿の様子をうかがっていた。
「本当に良いのですな」
ヘーゼルダイン卿がカードに手を伸ばした時、エドワードは彼の手を思いきり掴んだ。
「いったい何を⁉」
ヘーゼルダイン卿の叫び声に動じることなく、エドワードは彼の手首をねじり上げる。
「痛っ!」
すると、ヘーゼルダイン卿の手から四枚のカードが落ちてきた。
落ちてきたカードを表にして並べると、周囲の客たちからどよめきの声が上がる。
「すべてのマークのエース……なるほど、だからフォーカードになるわけだ。ディーラーの方は、どなたからカードを渡されたのでしょう? 配る前にカードの枚数を確認することをお勧めしますよ。それとも、あなたもこのことをご存じで?」
淡々と話すエドワードに対し、ディーラーは「違う、俺は知らない。この男にカードを配るように言われただけだ」と、声を震わせながらヘーゼルダイン卿の方を指さす。
ヘーゼルダイン卿はごくりと唾をのみ、「……なぜ分かった?」と言う以外、何も言い返せないでいた。
「他の方にとっては一瞬のことで、何が起きたか分からないでしょう。ですが、僕にははっきりと見える。動体視力は人一倍いいものでね。この店を買収した貴族というのは、あなたですか?」
ヘーゼルダイン卿は眉間にしわを寄せ、エドワードを睨んだ。
「買収? 今のはちょっとした戯れだ。アンタを試しただけだよ」
「おやおや、途端に先生のことをアンタ呼びかい? 貴族がイカサマだなんて、聞いて呆れるね」
コンスタンスが冷ややかにそう言うと、ヘーゼルダイン卿は舌打ちをし、テーブルクロスの端を鷲掴みにする。
「これはあくまで僕の推測ですが……ここを買収した目的はイカサマで金を巻き上げ、国への寄付金にあてること。百ポンドなど、イカサマで得た金であっという間に回収できたでしょう」
「……何の話ですかな、冗談はやめていただきたい。だいたい、私にはそういうことをやる動機などない」
「寄付をすることが、この男にとって利益になるというのかい?」
コンスタンスの疑問にエドワードが答える。
「彼は寄付によって、貴族の爵位を買ったんですよ」
「……どこからその情報を」
「いえ、今のはただの推測です。さて、あなたは今の発言で、イカサマであることを自ら認めたようなものですが、どう致しましょうか」
エドワードは先程ヘーゼルダイン卿にポーカーで負けた男の方へ目をやった。
男はヘーゼルダイン卿の方へ鬼の形相で詰め寄る。
「汚いぞ! 金返せ!」
だが、ヘーゼルダイン卿は悪びれた様子を一切見せることなく、その場で怒りをぶちまける。握っていたテーブルクロスを思いっきり引っ張りあげると、テーブルの上に載っていたグラスや皿が音を立てて割れ、カードは四方八方に飛び散った。
「騙される方が悪い! マイヤーの次男坊が言わなければ、貴様はいつまで経っても気が付かなかっただろう。この負け犬め!」
「何だと! 開き直りやがったな」
他の客たちからもブーイングの声が上がった。
怒りが頂点に達したヘーゼルダイン卿は、先程までヤジを飛ばしていた二人の男に向かって叫ぶ。
「どうせ、店にいた奴以外、今回のことは知られていない。全員黙らせろ!」
今度は、エドワードの元へと詰め寄った。
「お前が余計なことを言わなければ、こうはならなかったんだ!」
「そ、そんなご無体な……」
驚いたエドワードは、夢中でヘーゼルダイン卿の拳をかわし、一目散に逃げ出す。
「待て! 逃げるな、小僧!」
エドワードがヘーゼルダイン卿に追いかけられている様を目の当たりにしたコンスタンスは、「何てこったい、警察を呼ぼうかね」と、慌てて入り口の方へと向かった。
その頃すでに、エドワードは壁際まで追い詰められていた。退路を断たれた彼は、すっかり恐怖に怯えた様子で、全身ががくがくと震えている。
「もう逃げ場はないぞ、小僧。苦労知らずのボンボンが」
ヘーゼルダイン卿がもう一度殴りかかろうとした時、エドワードは顔をそらし、目を閉じる。
だが直後、自身の体に衝撃はなく、代わりに何かがぶつかったような鈍い音が彼の耳に届いた。
「いっ、痛っ!」
ヘーゼルダイン卿の悲鳴で、エドワードは恐る恐る目を開けた。すると、目の前には手を押さえ、痛みに悶えるヘーゼルダイン卿と、こうもり傘を肩に担いだ男の姿があった。
「な、夏目⁉ どうして、ここに?」
「せっかく異国に来たのだからうまい酒を、と思い立ち寄りましたが――奇遇でしたね、教授」
振り返ることなく、エドワードの言葉に答える夏目。彼の視線はヘーゼルダイン卿の他、騒ぎを起こした仲間の男たちの方へと向けられていた。
「暴力で解決するのはあまり好きではないが、そちらがその気なら、こちらにも考えがある。これでも私は、日本では名のある北辰一刀流の免許皆伝。剣術には大いに自信がある」
眼光鋭い夏目に睨まれたヘーゼルダイン卿とその仲間の男たちは、一歩二歩と後ずさりを始めた。
「面倒だ、ずらかるぞ!」
ヘーゼルダイン卿が吐き捨てると、仲間の男たちも後を追うように、そのまま店から飛び出して行った。
「あれのどこが貴族なんだろうな。所詮は成り上がりというわけか」
ヘーゼルダイン卿たちの背中を見送る夏目の後ろでは、エドワードがその場に崩れるように座り込んだ。
「こ、怖かった……夏目、ありがとう」
夏目は目線をエドワードへと向け、大きな溜息を漏らす。
「日本では、逃げることは恥とされています」
「ははは……僕が得意なのは、動体視力の良さと逃げ足が速いことだけさ」
エドワードは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
「先生、お手柄だったね。怖かったでしょう?」
入口から戻って来たコンスタンスが、笑いをこらえながらエドワードの手を握る。
「いいえ、僕は何も……。夏目がいなければ、今頃どうなっていたことか」
ほっと胸をなでおろすエドワードの様子を見て、夏目とコンスタンスは声を立てて笑った。
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