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第一章 [序] 目覚め

第20話 薊のデート。天国と地獄と。

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 あざみの心は否応なく弾む。秋葉デートを成功に収めたことで、次への期待が膨らむのも無理もない。そして待ちに待った約束の映画デートの日だ。

 対して深優人みゆとは少しだけ後ろめたい気持ちを抑えながら歩く。半月程前の秋葉へ行った時の事やこの映画に行く事を澄美怜《すみれ》が暴走しないように伏せていたのを明かした3日前、涙を流しながら二人の仲を容認してくれた。

―――それが妹の為なんだ……そう何度も自分に言いきかす深優人みゆと

 狂気から目が覚め、自ら ”妹のままでいさせて" と恋愛強要を辞退してくれたとは言え、その後の澄美怜すみれは魂が抜けたように心ここに在らずと言った様子。心配で胸が重苦しい。
 そして横目であざみにチラと目を配る。見るからに想いが籠りすぎて会話が少ないのが分かる。

 ……こんな心持ちが伝わったら、この子に失礼だ……

 深優人みゆとあざみに心から向き合うことが、この子と澄美怜すみれに対する誠意だと考えて、気付かれぬよう深呼吸で仕切り直す。


 横浜のとあるショッピングモールの中にある映画館を目指す二人。日本を代表するデートスポットでもあるみなとみらい地区。
 微かに潮の空気を感じながらヨットの帆のような形が特徴のヨコハマ グランド インターコンチネンタル ホテルを向こうに見ながら肩を並べて歩く。
 ロケ地でも有名な赤レンガ倉庫方面へ向かうその道中、得意のトークが冴えてこない。少しぎこちなく弱気な感じだ。

「私、とってもコレ見たかったんだけど良かったかな」 

 ……恋愛ものなんて、いかにもって思われてないだろうか。 

「ん。全然Ok、今、かなりトレンド入ってるよな」

 自然に振る舞う深優人みゆとを視界の端で見て安堵する薊。放っておけば、ただ見て、そして出てくるだけの場所。普段より口数少なく歩く薊は悶々と想いを巡らす。

 ……誘ったのが深優人みゆとからなら手のひとつも握って来るんだろうけど多分そうはならない。でもこの映画のようにハッピーエンドに向かいたい……

 そんな期待だけが膨らんで行き、気付けばシートに肩を並べて座っていた。

 明かりを落とした館内ではストーリーよりもいかに行動するかの方ばかりに関心が向く。 薊からじりじりと近づけた手は最早その産毛が触れ合うほどだ。

 ほんの僅かに触れた時、察した深優人みゆとは薊の指に小指を乗せた。その小指を乗せ返す薊。全ての神経がその指先の方に行く。もうストーリーなんて完全に上の空。

『はっ……』

 と息を漏らす薊。全身に電気が走った。
 深優人が優しく手全体で載せ返したのだ!
 
 手のひらを返してその指先を薊も包み込む。こうなる迄は心臓がドキドキしていたのに、急速に和らいで行き、今は静まっている。

 ……なのに逆に何か胸焼けしそうなほど熱くて苦しい。何故だろう。勿論、それは―――。

 もう先の読めた映画のラストシーンなんて薊にはどうでも良かった。映画館での目標はバッチリ達成され、恋する湯気をホカホカ立たせ、しかし90分間かかって完結したストーリーには大した感動もなく席を後にした。

 ああ、これが嬉しハズかしというものか……と悶絶していた。熱気冷めやらぬ館内から出て来て興奮が心地良く続く中、

「ラブコメとかさ……  ねぇ、私はちょっとは楽しめたけど大丈夫だった?」

「あ、俺、結構 『妹』から押し付けられた少女マンガとかで鍛えられてるから全然楽しめた。面白かったよ」

「ハハハ そうなんだ……(妹の……)あ、そうそう、このあと買い物を付き合って貰ってもいい?」 

「もちろん」

 ……ねえ、服選びに付き合ってもらうのは、好みのものを知りたいからなんだよ―――

  *

 そして試着室からはにかんで出て来た薊を見るや、

 あ、それ意外に似合ってる……
 それも凄い可愛い。
 それ俺の好みの感じ……

〈キュン〉

「はい、貸して。それ、持ってあげる」

 〈キュン〉  

 ああ! 全て嬉しいのにこの胸の苦しさ……

 ……そんなのわかってる。ただ単にときめいているだけじゃない。そう、ちゃんと彼女認定してもらってないからだ。
 どうしても特別な人だと認めて欲しくなる。その切なさだよ。この3年間育んで来たものがもう抑え切れない。それはきっと今日、芽吹いて突き出て来てしまう……


「ねえ、男の人ってこんなの同伴してても楽しめないでしょ、ゴメンネ。でもちゃんと付き合ってくれて凄く嬉しかった。決めるのに意見もらえたお陰でこれも買えたし」 

「俺の意見なんかで良かったのかな。まあ、試着待つのは慣れてるから。いも…」

 そこで口をつぐむ深優人みゆと
 うつむき気味の薊の顔に影が落ちている。

 あ―もう限界。どこか雰囲気いい所へ行った時とかって思ってたけど、もうそんなのムリだ。今直ぐにハッキリさせたい。この先のためにも勇気を出すんだ!

 薊は立ち止まり、おもむろに振り返った。

「私ね、深優人みゆとの事、本当に好き。ずっとそうだった。深優人はどう思っているの? 」

「……え、とても大事な人だよ」 

「人?  友達って意味で? やっぱり女の子としては、見てくれないんだ」

「そんな事ない。さっき、俺から手をつないだの覚えてないの?」

 切返しの上手い深優人みゆと。そうやっていつもはぐらかされて来た。上手く言い返せず息が詰まる。 『 はぁー 』 と、溜め息を少し。

「少し外の空気を吸いたい。ちょっと屋上へ行こ。……ね」

「え…ああ、いいよ」


 *


 外は気持ちいい快晴だった。人目のつかぬ換気塔の裏へ回りフェンスを背に振り返った。

「さっきの……大事な人って何かな。そう言う抽象的なのじゃなくて、私って具体的に深優人《みゆと》にとって何なのかな? 」

「それは……なんと言うか、最高のガールフレンド……かな?」

 またそんな言い方を! とばかり鋭い眼差し。きっ……と唇を結んだ。そして、

「なら一度、深優人みゆとにハッキリ聞きたかった事がある。さっきも何度かスミレちゃんの事が出てきてたけど、二人はちょっとフツーじゃないよね。ねえ、まさかとは思うけど妹に本気とか?」

「あの子とはそんなんじゃない。自分でもどうかと思うほど妹として萌える事あってもそれはそれ」

 ある意味、それは真実ではない。しかし公言する事で自分に対しても事実化しようと必死な深優人《みゆと》。だからこそ、より真実な事を口外してしまう。

「でもあの子には俺が末だ凄く必要な事には変わりない」

「……まだ必要?  だってこんなに『気が合うねっ』ていってくれるのに、その私が単なるフレンドで、あの子は特別な関係……   すごく必要って何? 」

「それは……事情あって言えない」

「人に言えない兄妹関係って……一体何なの―っ!……   」

 つい語気が荒くなり、気付いて改める。

「……ごめん。深優人みゆとが余りにも妹さんを特別視している事に、私ずっとずーっと嫉妬してて……本当に私ってイヤな子だよね」

「違うよ。誤解があるようだからこの際ハッキリさせとくけど、今言える事があるとしたら、妹は本当に妹なんだ。そして君が望んでくれるなら君は俺の彼女で俺は彼氏。……それでいいかな?」

「ホント? ホントにホント? 信じていい?」

「もちろん。俺だって薊のこと ―――好きだよ」

 それを耳にした途端、瞳の輝きがゆらり、と揺らめいて潤む。切なく眉が寄せられた。
 それなら……と、深優人に向かって僅かに唇を差し出す。溶けそうな目つきになる薊。

 察した深優人みゆとは優しく手をとって見つめた。なんて優しい深優人の眼差し……と、閉じ忘れていた瞼を急いで伏せる薊。

 そして二人は熱く顔を重ねた。暫く抱擁し、その間は言葉は要らなかった。

―――この3年越しの想いが遂に成就したんだ!!

 初めて会ってときめいたあの日の事、学校での沢山の思い出、いつも熱く語りあった趣味の事、初デートは家に帰ってから火照りが全く冷めなかった……

 そして今日の事―――

 普段は能天気なポジティブ系妹キャラだけど本当は単なる乙女。生きてる事が、息してるだけでもこんなにも嬉しくて。 何か訳の分からない力が泉の様に湧いてきて……

 薊はこの時間が永遠に続いて欲しいと願った。

  *

 その後、その余韻に浸って二人の時間を堪能した後、徒然なるままにウィンドウショッピングを楽しんだ。

「ああ、なんかお腹空いてきちゃったね。食べてから帰ろっか」

 すでに腕組みで歩くようになった二人。 薊は抱いた腕に頭を持たれかけて幸せに浸る。
 夕食は何がいい?  と、好きなものを物色し始める。
 
 ピコーン。

 そこへ深優人みゆとのスマホに妹からSNSメッセが入る。発作が出そうで苦しいとSOSの連絡が。眼を丸くして凝視する。
 そして先日の一連の一件を思い出した。色々納得はしてくれたものの、まだショックは相当残っている筈。その反動を甘く考える訳には……それこそ今度こそ命に関わり兼ねないと。

 故に、発作だけは避けねば……と気が焦る。だがこんな事情、『癒しの力』なんて言ったら気でもおかしくなったと思われ兼ねない。
 これを説明する方が時間ばかり費やして最悪を招くと判断。どれ程なじられようと後で謝罪するしかない……


「ごめん、どうしても行かないと」

 
 申し訳なさそうな顔で薊の腕をそっと解いた。

 泣き出しそうな不安顔の薊。妹からの着信である事は一瞬の視界の中で捉えていた。

「今度必ずこの埋め合わせはするから、ゴメン、今日はここで。でも信じて。本当に変な意味は無いんだ」

 そう言って慌てて去ってゆく深優人みゆと
 だが何をどう考えて、そして信じたらいいのか……こんな話。

 天から地へ突き落とされた絶望。 


―――薊はしばらく家路に付く事さえ忘れて呆然と立ち尽くしていた。

  



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