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第7章 躍進 -乙女豹アルテミス編-

特別編 暴走娘、再び!後輩 須藤澄香⑤

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 新年あけましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 さて、新年一発目は特別編となります。

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 愛菜=アテナ 仁菜=ニケ 瑠璃=ラピスラズリ

 妖子=ヘリオドール 紫緑=ヘカテー 森音=モリオン

 明日美=アルテミス

---------------------

「はぁ~。ちょっと早く来すぎちゃったかなぁ」

 うちは自販機で購入したホットカフェオレをくぴりと飲みつつ、口から漏れた白い吐息を眺めて独りごちていました。


 ※※※※※


 お久しぶりです。うちは須藤すどう澄香とおか
 彼氏である歩先輩と同じ会社に勤めている経理二課の事務員です。

 あッ、すいません。報告が遅れましたね。
 うち、歩先輩とお付き合いすることになりました。

 昨年、歩先輩を取り巻く事情その他諸々全てを受け入れ覚悟を決めて告白した結果、見事お付き合いの許可を得ることができたのです。

 今でもあの時のことは鮮明に覚えています。

 少し肌寒い夜の下、うちは勇気を振り絞って告白しました。
 すると、歩先輩のほうから「付き合って欲しい」と逆告白されてしまったのです。
 しかも、「君の笑顔は誰にも渡したくない」なんて嬉しいおまけ付きで。きゃー!

 その瞬間、うちは歩先輩との結婚を決意しました。

 ただですね。その時のことを詩子うたこ先輩に話したら、とても驚かれました。
 詩子先輩曰く、「なんでいきなり結婚を決意しちゃうの!?」と。

 いやいや、当然ですよね? 
 彼女とはすなわち未来のお嫁さんのことです。
 ならば、結婚を意識するのは当たり前ではないでしょうか。

 ましてや、うちは歩先輩の全てを、それこそ隅々を愛しています。
 結婚を意識するどころか、決意するのは当然のことなのです。

 それに、歩先輩からは「結婚前提で付き合おう」と言われているので、これで結婚を意識または決意しない人なんて居ないと思うのです。

 と、そんなこんなで歩先輩と正式にお付き合いすることになりました。

 うちは今とても幸せです。
 常に歩先輩の笑顔が隣にあって、手を延ばせばいつでも触れることができます。
 優しい眼差しで「澄香さん」なんて呼ばれた日には心が震えるほど嬉しいです。
 それに色々ありましたが、歩先輩の彼女さん達とも良好な関係を築けてもいます。
 一日一日が幸せの連続で、もうこれ以上の幸せは無いのではないかと思う毎日です。

 ただ───。

 不満が全く無いという訳ではないんですよね。
 もう少し二人きりで過ごしたいな、なんて思ったりもしなくはないんですよ?
 普段はどうしても愛菜さんや仁菜さんがセットで付いてくることが多いですから。

 はぁ~あ。仁菜さんや瑠璃さんなんて頻繁に歩先輩とデートをしている(と、澄香自身は勘違いしている)というのに......この差は一体何なんでしょうか? 本当にズルいです!

 そんな時に舞い降りた初詣のお誘い。
 それが本日で、久しぶりに歩先輩と二人きりでのデートなのです。

「はぁ~。ちょっと早く来すぎちゃったかなぁ」

 嬉しさのあまり、かなり早く待ち合わせ場所に来てしまいました。
 少し寒いかな、と思いつつも逸る気持ちを抑えきれません。

 デートの待ち合わせ場所は最寄りの駅です。
 歩先輩からは車での移動を提案されたのですが、うちが断固拒否しました。
 車での移動も悪くはないのですが、ここは敢えて電車での移動を重視したのです。

 それと言うのも、電車での移動ともなれば混雑が予想されます。
 それ即ち、歩先輩とごく自然に密着できる大チャンスなのです。
 多少大変でも、こんな嬉しい大チャンスを逃す手はないでしょう。

 小賢しい? えぇ、小賢しくて結構なんですッ!

 うちは歩先輩の彼女です。
 そんなことせずとも、寄り添えばいつでも温もりを求めることができます。
 それはそれでとても良いものだとは思うんです。いつもそうしていますし。

 ただ、混雑した電車の中で、うちを他の乗客から必死に守ろうとする歩先輩の姿を想像するだけで......ぬふ。......ぬふふ。......ぬふふふ。た、たまりませんッ!

 うちも夢見る一人の女の子です。
 そういうシチュエーションに憧れてしまうのは仕方がないですよねッ!

 多くの人々が行き交う寒空の下、うちの妄想はとどまるところを知りませんでした。

「お待たせ、澄香さん」
「ふぇ!? 歩先輩!?」
「その顔......また変なこと考えているでしょ?」
「へ、変なことってなんですか! 変なことって! もー!」
「あははは。ごめん、ごめん」

 歩先輩の「しょうがないなぁ」みたいな表情が地味にショック。

 妄想のおかげで体は寒くとも心は暖まっていた中での大失態です。
 恥ずかしくて恥ずかしくて穴があったら入りたい気分になりました。

 いいえ、穴に入るぐらいなら、歩先輩の胸の中に飛び込みたいです......ぬふふふ。

「それにしても、澄香さんは随分と早くない? 俺も十五分前には着くように来たんだけどさ」
「楽しみ過ぎて、三十分前には来ていました」
「ふーん。三十分前ねぇ......本当に?」
「ほ、本当ですよ?」

 確かめるように、うちの顔を覗き込んでくる歩先輩。
 その行動に心がキュンとなるも、うちはそっと視線を逸らすことにしました。

 すると───。

「はい、ダウト。澄香さん、態度に出過ぎ」
「うぅ......」

 異世界とやらから戻ってきた新生歩先輩の前で嘘は通じませんでした。

「いつから待ってたの?」
「い、一時間前です」
「それもダウト」
「えぇ!? う、うち、何もしていないですよ!?」
「何もしていなくても、好きな人のことなら大抵のことは分かるつもりだよ」
「はうぅ......歩先輩」

 本当、戻ってきた後の歩先輩には隙がありません。
 どんな些細なことでも、何でも気付いてしまうんですもの。
 何だかうちの全てを見透かされているようで、心の奥底から幸福感で満たされていきます。

「それで?」
「に、二時間前からです」
「澄香さん。いい加減にしないと怒るよ?」
「はい、すいません。三時間前からいました」
「ハァ..................。楽しみにしてくれていたのは嬉しいけどさ、そんな前からだと風邪引いちゃうよ。ほら、おいで」
「歩先輩!?」

 歩先輩に手を引かれ、うちの体は吸い寄せられるように歩先輩の懐の中へ。
 そして、うちの体がすっぽりと包まれると、歩先輩は優しく抱き締めてくれました。

 うちの妄想、叶っちゃいましたッ!

「暖まるまで大人しくしているように」

 ハグは既に何度も経験しているのに、全く飽きることのない確かな温もり。
 トクントクンと奏でる歩先輩の心音ハーモニーが冷えたうちの体を少しずつ暖めていきます。

 ただ───。

「あらあら。若いわね」
「往来でイチャイチャしてんじゃねぇよ!」
「リア充は爆ぜろ!! くそがッ!!」

 そんなうちと歩先輩の姿を、行き交う人々が温かい目で見遣っていきます。
 所々嫉妬という名の罵声、もとい祝福が聞こえてくるのが気になるところです。

「歩先輩、歩先輩」
「ん? どうしたの?」
「あ、あの、みんなに見られていますよ?」
「だから?」

 その言葉通り、うちは更にぎゅっと抱き締められてしまいました。
 歩先輩からは「恥ずかしさよりも澄香さんの体調優先で」との囁き付きで。


 はうううぅぅぅ。歩先輩、度胸つき過ぎですぅ!


 ※※※※※


 電車内でやらかしちゃいましたが、やって来ました厄除け大師。
 ここの厄除け大師は歩先輩が昔から利用している場所だそうです。
 正直、厄除け大師自体に興味はないので、詳しい説明は省きますね。

 ただ、元旦の日に愛菜さん達とは既に初詣に来ているとのことです。

 屋台を軽く冷やかしつつ、うちと歩先輩は早速お参りをすることにしました。
 と言っても、うちの願いはただ一つです。

「どうか歩先輩の赤ちゃんを授かりますように......」
「いやいやいや。なんでラピスさんと同じ願いなの」
「同じ願い......ですか?」

 うちの問いに歩先輩がこくりと頷きました。
 しかも、歩先輩曰く「ラピスさんは子宝担当の神様にお願いした」と。

 それを知った瞬間、うちの全身細胞が急速に、急激に活性化しました。

「る、瑠璃さんはズルいです! わざわざお願いなんてしなくても、歩先輩にたくさん可愛がってもらっているじゃないですか!」
「ちょっ!? こ、声! 声が大きいから!」
「うちだってたくさん可愛がってもらいたいんです! それこそ毎日お願いしたいぐらいなんですから!」
「だから、声が大きい! 本当に静かにして!?」

 慌てている歩先輩はとても貴重ですが、こればかりは納得いきません。
 瑠璃さんは歩先輩と同居している以上、遅かれ早かれ子供を得ることは間違いないでしょう。

 一方、うちは父が厳しい為に、婚前同居を認められていません。
 お付き合いの挨拶の時でさえ、色々とあって大変だったぐらいですから。
 それに、うちは歩先輩とたまの二人きりの時ぐらいにしか可愛がってもらえていません。

 つまり、神様に子宝成就のお願いでもしない限り、大好きな人の子供を授かるなんて何時のことになるのかさっぱり見当がつかない状態なんです。

 そんなうちからしたら、瑠璃さんのお願いなんて「どの口が言っているのやら......」と呆れ果ててしまうのは仕方がないことだと思うんです。

 だから、納得いきません。
 そして、この激情とも言うべき昂る感情を抑えきれません。

「もう怒りました!! 歩先輩、うち、今日は帰りたくありません!!」
「はぁ!?」
「うちが納得するまで、ずっと付き合ってもらいますからね!!」
「どんだけ暴走してるんだよ!?」

 知りませんッ! 
 今日はうちが納得するまで可愛がってくれないと許しませんからねッ!!


 ※※※※※


 なんだか大変なことになってしまった初詣デート。
 うちは歩先輩に追い立てられるように、その場を後にしました。

 そして、昼食がてら入ったお店で───。

「そういう訳だからごめんね、ニケさん......(ちらッ)」
「......(ビクッ)」

 電話をしている歩先輩に時折チラリと見られる度に、うちは少しだけ気まずくなります。

 先程、境内で暴走した結果なのは十分に理解しています。
 反省もしていますし、後悔......はしていないですが、許して欲しいです。

「ハァ..................。澄香さん、だってさ。外泊の許可が下りたよ」
「す、すいません。ご迷惑おかけしました」
「まぁ、外泊自体は別にいいんだけどさ。......ニケさんがブチギレてたよ。HAHAHA」
「うぅ......」

 激怒している仁菜さんの姿が思い起こせて恐怖でしかありません。

 話を聞くと、仁菜さんは歩先輩の帰宅を───これは後に知ることになったのですが、でうちと一緒に帰宅するのを心待ちにしていたそうです。うち達の為に腕によりをかけて夕飯を用意しつつ。

「あ、あの! 一緒に謝ってもらえませんか!?」
「それは構わないけど......本当にいいの?」
「どういう意味ですか?」
「いや、ニケさんのことだから、余計に怒るんじゃないかな?」
「ひぇ......」

 うちは歩先輩とともに遠い目をする他ありませんでした。

「安心して。笑顔は拾っておくからさ」
「それ、死んじゃってますよね!?」

 歩先輩なりの励ましなんでしょうが、全然安心できません。

 というか、仁菜さんはそこまで怒っているということでしょうか?
 仁菜さんの嫉妬深さは知っていますが、少しぐらい良いじゃないですか。
 歩先輩と外泊デートなんて今の今まで一度も無いんですから大目に見て欲しいです。

 まぁ、うちの知る限り、仁菜さんや瑠璃さんも歩先輩と外泊デートはしたことが無いようですけどね。

 ぬふふふふふ。やりましたッ!
 歩先輩の『初めて』を仁菜さんから奪ってやりましたよッ!

 実は歩先輩のあらゆる『初めて』を持っている仁菜さんがとても羨ましかったのです。
 ですから、歩先輩の彼女の一人として面目躍如と言いますか、誇らしい気さえします。

「さてと、澄香さんも落ち着いたようだし、ちょっと真面目な話をしようか」

 うちが秘かに喜びに打ち震えていると、本日の本題に入ることとなりました。

 そう、本日のお誘いはデートだけではありません。
 歩先輩から「大事な話がある」と事前に言われていたのです。

 大事な話が何なのかは全く見当が付きません。
 どんなことなのかな、とワクワクする気持ちもあるのですが......。
 一方で、あまり良くない話だと嫌だな、という不安の気持ちもあって......。

 うちは覚悟と襟を正して、歩先輩と向き合いました。

「単刀直入に言うね。......澄香さん、一緒に暮らそう」
「......え?」

 予想外の申し出に、二の句が継げませんでした。

「前々からずっと思っていたんだ。現状では全然平等じゃないってさ」
「それはその、彼女として、という意味ですか?」
「そう。ニケさんやラピスさんと比べて、澄香さんとの時間があまり取れていないからさ」
「歩先輩......」

 すごく嬉しいです。
 歩先輩は歩先輩なりにちゃんと考えてくれていたんですね。
 歩先輩の優しさに、うちの心はじんわりと温かくなりました。

 なのに、うちときたら不満を爆発させて暴走する始末。
 穴があったら入り───いいえ、また歩先輩の胸の中に飛び込みたいです。

 ともかく、嬉しい申し出なのは間違いありません。
 ただ、その提案を素直に喜べないのも事実なのです。

「大変嬉しい申し出なのですが、父がなんと言うか......」
「それは知っているよ」

 もう一度言いますが、うちの父はとても厳しく、婚前同居は認められていません。

 現在うちは一人暮らしをしていますが、父の言い付けを破るつもりはありません。
 うちは一人っ子で、両親が愛情を注いで育ててくれたことに感謝しています。
 それなので、両親と不仲になることだけはどうしても避けたいのです。
 歩先輩と両親、どちらが大切かと問われると歩先輩を選びますが、それでもです。

 詰まる所、歩先輩と一緒に暮らす為には結婚する以外の選択肢がないのです。

 当然、うちも歩先輩も結婚前提でいるので、結婚すること自体は問題ありません。
 ただ、結婚するにあたり、歩先輩には大きな問題が残っているのです。

 そう、歩先輩が抱えている大きな問題とは───。

「だから、澄香さん。俺は君と籍を入れようと思う」
「えぇ!?」

 歩先輩の更なる驚きの申し出に、うちの声が裏返ってしまいました。

 そんなうちの様子をしっかりと見つつ、歩先輩はうちの手に自分の手を重ね落ち着いた声で、まるで子供によく言い聞かせる調子で言葉を重ねていきました。

「澄香さんと付き合うようになって以降、ずっと考えていたんだ。誰と籍を入れようか、と。誰と籍を入れるのが一番不満も出ずに穏便に済んで、みんなが幸せになれるかどうかを。そして色々と考えた結果、澄香さんと籍を入れるのが一番良いんじゃないかと思ったんだ」

 そう、歩先輩が抱えている大きな問題とは『誰と籍を入れるか』だったのです。

 歩先輩には多くの彼女が存在します。
 圧倒的彼女な仁菜さんと瑠璃さん。
 ちょっと疑わしい彼女な愛菜さんと妖子さん。
 無理があるでしょ彼女な紫緑さんと森音さん。
 それに会ったことはないですが、明日美さんという方もいるようです。

 まぁ、歩先輩曰く「まだ異世界にも居るけどね」とのことですが......。
 とりあえず、日本に来ていない彼女さん達は一旦置いておくとしましょう。

 うち達彼女一同でも、歩先輩が『誰と籍を入れるのか』というのは大いに関心事となっていました。当然ですよね。自称『舞日家の者』ではなく、正式な『舞日家の者』となるのですから。

 そして、自然と籍入れ競争は加熱していきました。

 自分以外に有り得ないと自信満々な仁菜さんや愛菜さん。
 譲っているようで、実は虎視眈々と狙っている瑠璃さん。
 特に興味はないけれど、選ばれたら嬉しいと語る妖子さん。
 籍というものをあまり理解していない紫緑さんと森音さん。
 明日美さんは......どうやら愛人希望らしいので除外しましょう。

 それぞれが様々な理由によって、歩先輩との籍入れを望んでいるようなのです。

 まぁ、本当は全員と籍を入れられれば、それが一番良いんですよね。
 というか、うちは以前、それを歩先輩に提案したこともあるんですよ?

 ほら。うちの場合、仮に籍入れ競争に参加したとしても、愛菜さんや妖子さんならともかく、仁菜さんや瑠璃さんには到底敵わないと思っていますから。

 ですから、みんなが幸せになれる方法として提案したことがあるんです。
 愛菜さんや仁菜さんが本当に女神様ならば神様パワー的なものを使って、と。

 ですが、歩先輩からの返事は「否」でした。

 歩先輩曰く、「たとえみんなの幸せの為であっても、俺のわがままで日本の法律を無理矢理歪める訳にはいかないよ。みんなとは必ず結婚するけれど、日本で籍を入れるのは一人だけだ」と。

 本当、歩先輩は変なところで真面目なんですよね。

 ですが、そんな歩先輩をうちは誇らしく思います。
 力に驕らず、力を振りかざすこともなく、真摯に臨む姿にキュンときます。

 と、そういう事情もあったので、『誰と籍を入れるか』問題は歩先輩に一任されていたのです。

 そして、出された答えが、まさかのうちでした。
 嬉しいという感情よりも「どうして?」という感情のほうが先にきます。

「あ、あの、なぜうちなんですか?」
「澄香さんと籍を入れれば、お義父さんも幾分かは納得しやすいでしょ?」
「それはその、同棲の件ですか?」
「それもあるけど......ほら、アテナ達のことを話したら苦虫を噛み潰したような顔をしていたからさ」

 歩先輩が言っているのは、うちの両親にお付き合いの挨拶に行った時のことです。
 その際、歩先輩は嘘偽りなく、両親に多数の彼女が居ることを話していました。
 当然、それを聞いた父が激怒したことは言うまでもないでしょう。

「俺なりの誠意のつもりだよ」
「誠意、ですか?」
「そう。アテナ達を手放す気は一切ないからね。だから、これが俺のできる最大の誠意。まぁ、これが誠意というのもどうなんだろうとは思うけどさ」

 苦笑しつつも、歩先輩の決意は固いようです。

 そして、そこまでの決意で臨まれていることはとても嬉しいです。
 ただ、どうしても確認しておきたいことがありまして......。

「あの......うちなんかで本当にいいんですか?」
「なんかじゃないよ。澄香さんは十分魅力的だしね」
「はうぅ......そ、その、仁菜さんや瑠璃さんが納得するでしょうか?」

 恐らく、最大の難関は仁菜さんでしょう。
 父よりも険しく、瑠璃さんよりも高い、最大の障壁と言っても過言ではないかと。

 そんな不安がるうちを、歩先輩はジッと見つめてきました。

 その視線だけで、言葉にされなくとも分かります。
 今、歩先輩の瞳には、歩先輩の想いには、うちだけしか居ないのだと。

「澄香さん」
「はいッ!」

 芯が強く確かな歩先輩の言葉に、自然と背筋が伸びました。

「それは澄香さんが心配することじゃないよ。俺は君と籍を入れたい。君じゃなければダメなんだ。だから、君を手に入れる為なら、たとえニケさんやラピスさんに嫌な顔をされようとも......それこそ嫌われようとも、言葉を尽くして必ず二人を説き伏せてみせる」

「うちのことをそこまで......」

 歩先輩と出会えて良かった。
 歩先輩を諦めないで良かった。
 歩先輩を好きになって良かった。
 歩先輩と一緒に居られて本当に良かった。

 万感募る想いがうちの体中を駆け巡り、幸せで幸福感で満たされていきます。
 そればかりではなく、歩先輩の情熱的な告白おもいに、思わず鼻血が出てしまいました。

「あッ、すいません。お見苦しいものを」
「なんで鼻血!?」
「あまりにも嬉しくて、つい」
「いや、だから、なんでそれで鼻血なの!?」

 歩先輩の「普通は涙じゃないの?」という突っ込みは無視させてもらいます。

 涙が流れるほど嬉しかったのは間違いないですが、嬉しさのあまり歓喜を通り越した結果が鼻血なのですから仕方がありません。血の涙の嬉しい版だと思ってください。

「じゃあ、帰ろうか。ニケさんが料理を作って待っているしね」
「ダメです。今日はお泊まりですよ?」
「忘れていなかったかー(棒)」
「もー、歩先輩ったら。......たくさん可愛がってくださいね? 今日も、そしてこれからも」
「お、おぅ」

 こうして、うちはと籍を入れることになりました。
 それは新たな生活の幕開けと、歩さんを巡る熾烈なお嫁さん戦争の火蓋ともなったのです。


---------------------
後書き

 主人公はカッコつけて説き伏せるだの言っていますが、実は澄香と籍を入れることはアテナを始めニケ達とは既に相談済みでした。

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 今日のひとこま

 ~策士、策に溺れる~

「澄香さん、澄香さん」
「......すー......すー......すー」
「澄香さん、澄香さん。早く起きて。もう着くよ」
「......うぁ?」

「おはよう」
「......あれ? うち、もしかして寝ていました?」
「ぐっすりね。まぁ、三時間も待っていたなら当然か」
「......」

「どうしたの? 体調悪い?」
「......いえ。計画が失敗したな、と」
「計画?」
「はい。混雑した電車の中で歩先輩に守ってもらうという......」

「ふーん。でも、最初から座っていたし、守るも何もないと思うけど?」
「ですよね......。これだったら、車のほうが良かったです」
「今更!?」
「車の中で二人きりで楽しみたかったです」

「いやいやいや。たとえ車でも、澄香さんは爆睡してたんじゃない?」
「うぅ......。否定できないのが恥ずかしいです」
「まぁ、俺は電車で良かったと思っているけどね」
「どういうことですか?」

「それは内緒だよ」
「ちょっ!? 何かしたんですか!?」
「だから、それは内緒」
「内緒にしている時点で何かしたんじゃないですか! 教えてくださいよ、もー!」

 結局、この時何をされたのかは、お泊まりしたホテルでうちの指に嵌められた指輪を見るまでは気付くことがありませんでした。
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