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第5.5章 モリオン

閑話 叶わなかった願い!

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前回までのあらすじ

アテナ達もようやく起きたので、これで全ての役者が揃った!

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□□□□ ~急変~ □□□□

───ゴォォオオオ!
───ゴォォオオオ!
───ゴォォオオオ!

 史上、聞いたこともないような大きな渦が三つ。
 それはまるで天災ともいうべき自然災害で、近くの船を、近くの街を、何事もなくペロリッと一飲みにしていく。

 ・・・。

 この日、海上要塞と謳われたフラッペが地図上からその姿を消した。
 死者数万人以上と予想される未曾有の大災害である。

 当然のことながら、後にこの衝撃の事実を知った世界中の人々は大いに震撼することになる。


 では、どうしてこのような大災害が発生したのかというと.....。

 それは海底20000mに原因がある。
 暗く深い海底の奥底に、ただただ子供のように泣きじゃくる悲しみに暮れた一匹の巨大なドラゴン。

「うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....。
 うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....」

 そう、このドラゴンは『フォボス』という名を持つ、兄貴竜達の親父分親父竜その人である。

 現在、その親父竜であるフォボスは見栄も外聞もかなぐり捨てて、ただただ泣き叫んでいる。
 仮に同族である他の竜族がその姿を見たら、「なにあの無様な姿はwくすくすw」と言われても仕方がないほどに、無様に、滑稽に、憐れに泣き叫び続けている。

 そうなのである。
 フォボスはただその場で大声を上げて泣き叫んでいるだけだ。
 泣き叫んでいること以外は特に何もしていない。

 それなのに.....。

───ゴォォオオオ!
───ゴォォオオオ!
───ゴォォオオオ!

 未曾有の大災害となってしまった大きな渦を三つも作り出してしまった。
 兄貴竜を始めとした八匹のドラゴンが、フォボスの回りを旋回するかのようにくるくると回って、ようやく大きな渦が一つ出来上がっていたのに.....。

 ここからしても、フォボスは息子達とは隔絶した力の差があることが容易に想像できる。

「うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....。
 うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....」

 ひたすら泣き続けるフォボス。
 それに比例するかのように、地上では大災害となっている三つの大きな渦が勢いを増していく。


 では、どうしてフォボスがここまで悲しみに暮れているかというと.....。

「うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....。息子達よぉぉおおお.....。
 うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....。息子達よぉぉおおお.....」

 当然のことながら、海都ベルジュへと攻め込んだ息子達が原因だ。

 フォボスには分かるのである。
 次々と命を失っていく息子達の無念さが.....。
 力及ばず散っていく息子達の悔しさ溢れる思いが.....。

 そして、なによりも.....。

 己では息子達の無念を晴らすことが叶わない、この怒りとやりきれない思い。

「うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....。息子達よぉぉおおお.....。
 うぉぉおおお.....。うぉうぉうぉぉおおお.....。息子達よぉぉおおお.....」

 だから、フォボスは泣いた。泣き続けた。泣き叫んだ。
 愛しい息子達を卑劣な毒牙にかけた人間どもに憎しみを抱いて.....。
 そして、そんな卑劣な人間どもに制裁を加えようともせず、このやり場のない怒りを必死に抑え込もうとしている自分自身に激しく憤って.....。

 本来、気性の激しいフォボスならば、今すぐにでも息子達の無念を晴らしにいきたいのである。
 何の罪もない息子達を、無惨にも死に至らしめた人間どもを、殺して、殺して、殺し尽くしたいのだ。

 しかし、それができない理由がある。
 それは最愛の息子である兄貴竜と交わした一つの約束。

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「だから生きてくれや、親父ィ。俺達の夢を叶えられるのは親父ィだけなんだぜェ?」
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 親父ィには逃げて欲しい。
 親父ィには生きて欲しい。

 そして.....。

 親父ィには夢を叶えて欲しい。
 親父ィと俺達の夢であり、悲願でもある『四天王最強』という名誉を.....。

 その兄貴竜の、いや、兄貴竜だけではなく他の息子達の想いが、希望が、悲願が痛いほどよくわかるからこそ、フォボスは自身の想いを殺してまでひたすら耐え続けているのである。ひたすら我慢しているのである。

 それほど『四天王最強』の座というのは、フォボスにとっても、息子達にとっても、憧れの対象となっていた。

 サダルメリクというドラゴンはあまりにも強すぎた。
 ドラゴンの歴史上でも最強と謳われ、そして、それに見合うだけの実力を確かに有していた。

 だからこそ、フォボスは、息子達は、それが悔しかった。
 最強という座にありながら、ドラゴンの誰もが敬愛してやまないドラゴンの王ダークネス・ドラゴンロードに対して腹に一物を持っていたという事実が、そのような不逞な輩が四天王最強であるという事実がどうしても許せなかった。

 ゆえに、ドラゴンの王ダークネス・ドラゴンロードに忠誠無比であると自認しているフォボスや息子達は、『四天王最強』の座は我らにあって然るべきだと当然のように考えていた。
 そして、目の上のたんこぶでしかなかったサダルメリクが死んだいま、それが現実のものになろうとしている。

 当然のことながら、フォボスは大いに喜んだ。
 人の不幸を喜ぶのはさすがに.....という人もいるだろうが、フォボスとサダルメリクは別に仲が良かった訳ではないし、むしろ憎しみあっていたと言ったほうがいいぐらい仲が悪かった。
 それに自分が四天王最強になれば、サダルメリクが死んで以降空席となっていた四天王の座に息子兄貴竜を推薦しやすくなると踏んでもいた。とは言え、それは既に候補がいたようだが.....。(※閑話 再び動き出した脅威!参照)

 そこに舞い降りた今回の密命の一件。
 これが上手くいけば、「もしかしたら親父ィが四天王最強になるのでは!?」と、息子達も密命の件に関しては一部納得いかない点がありつつも狂喜乱舞した。

 だから、息子達の士気は異常に高かった。
 この密命を成功させ、フォボスを名実ともに四天王最強に足らしめることこそが最大の親孝行であり、自分等の悲願でもあったのだから。

 そしてフォボスも、息子達のその想いが、気持ちがよく分かるからこそ、今の今までずっと耐えてこられたのだ。

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「だから生きてくれや、親父ィ。俺達の夢を叶えられるのは親父ィだけなんだぜェ?」
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「だから生きてくれや、親父ィ。俺達の夢を叶えられるのは親父ィだけなんだぜェ?」
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「だから生きてくれや、親父ィ。俺達の夢を叶えられるのは親父ィだけなんだぜェ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 最愛の息子との約束が、フォボスの頭の中で何度も消えては繰り返し再生されていく。
 何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。

「!?」

 それと同時に、一つ、また一つと、次々に消えていく愛しい息子達の命の灯。

「い、逝かないでくれ.....。逝かないでくれ.....。ワシをおいて逝かないでくれ.....」

 そこには、おろおろと狼狽えているフォボスの姿があった。
 その姿は、目の前で別れを告げていく息子達の幻影でもまるで見えているかのように不思議なものだった。

 ・・・。

 そして、息子達の最後の命の灯が消えたその時、フォボスに届いた愛しくも切ない声。

『GAAAAAAAAAAAAAAA!』
「!!!」

 それは最愛の息子の断末魔最後のメッセージだった。
 咆哮とはまた違う、命の灯が消える寸前に最後の最後に捻り出した言霊に近い感謝の言葉だった。

『.....親父ィ。やっぱダメだったわ。弟の仇を討てなくて悪い』
「お、お前が謝る必要なんてない.....。悪いのは全て人間どもなのだから.....」
『俺達兄弟は一足先にあの世に行ってるからよ。親父ィは約束通り、このまま逃げてくれや』
「い、逝かないでくれ.....。逝かないでくれ.....。ワシをおいて逝かないでくれ.....」

 メッセージである以上、端から見たら、フォボスが独り言を言っているようにしか見えないだろう。
 いや、もしかしたら、フォボス自身は本当に息子達と会話をしているのかもしれない。真相はフォボスのみぞ知る。

『親父ィが四天王最強になる晴れ姿を、あの世で弟達と一緒に見てるわ。
 だから親父ィ。必ず四天王最強になってくれよなァ!俺達の夢を親父ィが叶えてくれや!!』
『『『『『そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!親父ィ!必ず四天王最強になってくれよなァ!!』』』』』

「あぁ.....。あぁ.....。親父が必ずお前達の願いを叶えてやる.....」

 最愛の息子だけではなく、他の息子達のエールも届き、フォボスは改めて四天王最強になることを息子達に誓った。
 それはつまり、この場からの撤退をも誓ったことになる。

 実はフォボスは迷っていた。
 目と鼻の先に仇敵がいる.....。その事実がフォボスを迷わせていた。

 しかし、フォボスは決断した。撤退すると.....。
 息子達を殺した人間どもに腸が煮えくり返る思いはあるものの、息子達が願う想いと天秤にかけた時、こちらの方が遥かに重いと、重要であると結論付けたからだ。

『それじゃあ、そろそろ逝くわ。親父ィ、今までありがとな。親父ィの息子で本当に良かったぜェ!』
『『『『『そうだ!そうだ!兄貴ィの言う通りだぜェ!最高の親父ィだ!達者でな!親父ィ!!』』』』』

「.....お前達もワシの息子で居てくれてありがとう。.....あの世でも元気でな」

 徐々に薄れ行く息子達とのメッセージ親子としての絆
 現世において、親と子の最後の別れをキッチリと済ますことが出来て、フォボスはほんのわずかだが溜飲が下がった思いだった。


「愛しい息子達よ。あの世でしっかりと見ていてくれ。ワシが四天王最強となる姿をな」


 何人たりとも侵入を許さない、過酷で暗く深い海底20000mから、フォボスは天を仰ぎ見るかのようにそう呟いたのだった。










 そう、事態はこのまま終息を迎える予定だったのだが.....。

『それにしても.....。親父ィの晴れ姿を一目だけでも見たかったぜェ.....。
 憎いのは勇者ども。『舞日 歩』と『CaswellキャスウェルBaerwaldtベアウォルトZeislerツァイスラー』。
 こいつらさえいなかったら、俺達が死ぬことはなかったのになァ.....』

 それは兄貴竜が未練がましくポツリッと漏らした単なる愚痴だった。
 別にフォボスに伝えるつもりは全くなく、ただただ無念の意味を込めた、なんてことはない愚痴だった。

「.....なに?」

 しかし、天に召される前にうっかりと愚痴をこぼしてしまった兄貴竜のこの一言が事態を急変させる。
 確かに兄貴竜はフォボスに伝えるつもりはなかったのだろうが、それでもフォボスの耳にはハッキリと兄貴竜の愚痴が入ってしまった。

「.....。ワシのかわいい息子達を殺したのは、その愚か者どもなのだな?息子よ」

 フォボスの中に沸々と沸き上がる怒りの感情。
 そして、ことで、殺すべき相手を探す手間が省けた嬉しさと同時に煮えたぎる復讐心。

「『舞日 歩』と『CaswellキャスウェルBaerwaldtベアウォルトZeislerツァイスラー』。
 その愚か者どもが、ワシから息子を.....、家族を奪ったのだな。そうなのだな?息子よ」

 全身に血がたぎってきているのがよく分かる。
 心地好い高揚感と無性に破壊活動をしたくなる衝動が体全体を包み込む。

 更に、その血のたぎりはフォボスにこう訴えかける。

『殺せ!殺せ!その愚か者どもを今すぐ殺せ!
 殺すのはたった二人の人間だけでいいんだ!たった二人の勇者を殺すだけでいいんだ!
 群れていない人間など、群れていない勇者など、我らが誇り高き竜族に叶うはずがない!
 今こそ息子達の無念を、悔しさを晴らす時だ!お前にはそれをできる力がある!さぁ、今すぐ殺せ!!』

 それは兄貴竜でさえ予測しえなかったフォボスの深層心理だった。

 フォボスは人間族の力を『数』だと思っている。
 群れた人間族は、竜族ですらも脅威を及ぼすに値すると心の底から思っている。
 3000年前、竜族が人間族に敗れたのは五人の勇者が力を合わせたからだと思っている。
 サダルメリクが死んだのも、王都フランジュの人間族が力を合わせたからだと思っている。

 つまり、フォボスは群れた人間族を非常に警戒し、同時に恐れてもいる。
 今回息子達が敗れたのも、当然『数』が原因だろうと思っていたのだが.....。

「『舞日 歩』と『CaswellキャスウェルBaerwaldtベアウォルトZeislerツァイスラー』。
 たったの二人.....。仇敵はたったの二人.....。その二人を殺せば無念を晴らせると言うのだな?息子よ」

 当たり前のことだが、フォボスは勇者に対してもそれなりの警戒心を抱いている。
 しかし同時に、勇者一人一人は大したことがないという情報も宰相から得ている。(※閑話 迫り来る脅威!参照)

 五人では要警戒の勇者でも、二人となると話は別だ。
 確かに二人の勇者に最愛の息子を殺されはしたが、己と息子では力の差は異なるし、何よりも己の力に、強さに絶対の自信を持っていた。

「『舞日 歩』.....。『CaswellキャスウェルBaerwaldtベアウォルトZeislerツァイスラー』.....。
 『舞日 歩』.....。『CaswellキャスウェルBaerwaldtベアウォルトZeislerツァイスラー』.....。」

 何度も何度も、仇敵の、怨敵の名前を頭の中で反芻するフォボス。
 その昏く濁り復讐心に駆られた視線の先には海都ベルジュが.....。

「.....たった二人の勇者を殺せばいいだけだ。人間族が群れてくる前に片をつければ良いだけのこと。
 .....かわいい息子達よ。お前達の無念をいま親父が晴らし、あの世への手向けとしてやろう!」


 こうして、竜族四天王の一人『暴虐のフォボス』が海都ベルジュに向け、主人公とキャベツを殺すべく、怒りの進軍を開始したのだった。


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後書き

次回、本編『vs.四天王フォボス』!

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今回は人間側が『悪』としてお話を進めています。
争い事には大抵善悪が存在するものですが、個人的には人間側が『悪』になることが多いのでは?というのがテーマです。
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