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 クライブがブラッドからの早馬で届けられた手紙を受け取ったのは、ホールデン伯爵領で、補給物資を買い付け馬や馬車などに積み終わろうとする時だった。

「兄上も無理を言ってくれる。」

 手紙を読んで、クライブはぼやいた。

「ここにいる兵は、ある意味訓練未了の兵なんだぞ。それに馬を一人で複数見なくてはいかない。進撃速度を上げろと言われても。」
「さりとて苦境の兄上を見捨てるわけにもいきますまい。」

 そう言ったのは、補給部隊を率いているロイド・ヤングという男だった。

 普段は黒駒隊の補充要員の訓練を担当する教官だが、今回、臨時に補給部隊の指揮官も勤めている。

「ここにいる兵は、黒駒隊としての訓練が未了というだけで、普通の兵としての訓練は終えています。進軍速度を上げろと言われれば応じられます。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫にします。それよりかいばの調達ですな、問題は。」
「ここに来るまでに聞いた噂では、兄上はかなり優勢にデュエルをすすめている。第一城壁を少ない損失で突破したそうだ。オルコット家の兵士もかなり城壁陥落のどさくさで脱走しているという。」

 道中、すれ違った商人などから噂を聞いている。
 騎兵を中心とした10人くらいの集団の脱走兵もいるそうだ。

「それでも補給は必要です。ただ、かいばを調達して欲しいと言われると思いませんでした。むしろ、普通の食糧を要求されるものと。」
「普通そうだよね、だから僕も食糧中心に物資を揃えたんだけど。」

 クライブもアカデミーで軍事学を学んでいる。その中で焦土作戦も学んでいる。

「問題はかいばをいかに調達するかですよ。」
「ホールデン伯爵に相談してみる。」


 話しはまとまり、ホールデン伯爵から、さらにかいばを譲ってもらえることになった。

「お見事ですな。」
「いや、ホールデン伯爵が欲をかくお人じゃなかったからだよ。」

 かいばに余裕があるとのことで、すぐに積み込めることになった。 

 馬の背や車に積み込むのはヤングが監督する。

「それでも、こういう場合、ふっかけられるものです。それをうまくかわされましたな。」
「お金無いですから。」

 正直、今回のデュエルに敗れたらブラウニング家は、お終いだとクライブは思っている。

 後払い、と言えば聞こえはいいが、ただの借金でしかない。
 兄はゼファー州を取れば払えると思っているようだが、そう簡単な話でもない。
 ゼファー州をとっても、税収を即座に取れるわけではない。統治機構をそっくりそのまま残してくれるはずもなく、ブラウニング家から必要な人材を送り込み、統治機構を再建せねばならない。

 そこまで考えるとキリがないので、クライブは考えるのをやめた。

「クライブ様、今日は夜遅くまでの作業になります。明日に障りますので、お休みください。監督はやっておきますので。」
「いや、そういうわけにもいかないだろう。父や兄は休まないはずだぞ。」
「そうですが、軍人と学生が同じというわけには。」
「いいんだ、何もできないがせめて、見守るくらいはしたい。」
「さようですか。明日は、早く出発しますが、ご覚悟ください。」
「わかった、ありがとう。」


 翌朝、補給部隊は早朝、夜が白み始める頃に出発した。
 クライブも眠い目をこすりながら馬上の人となる。

「ここからは、一本道です。スウィッシュにオルコット家がかけている橋がありますので迷うことはありません。」
「オルコット家は、橋を落としたりしないのか?」
「大丈夫です。橋を落とすと流通が混乱しますから落としたくても簡単には落とせません。再建するとなるともう一度多額の費用をかけねばなりませんからな。」
「よくオルコット家は金を出したな。」
「その辺は、軍人の私にはわかりません。補給のため、それがザナドゥ王国のためになるから、とかけたらしいです。」

 それなら、今後もうち、というか黒駒隊に援助してくれればいいのに、とクライブは思った。

 クライブは、ベネディクトが国家のためなら国や全ての貴族が負担すべきだと言っていたことを知らない。

 橋の幅は広いがそれでも、馬が並べるのは頑張って6頭だ。
 千頭近い馬だと2リート(2km)近い長さの列とならねばならない。
 ましてや、今回馬の背にも荷物を積んだりしているし、場合によっては馬の傍らに人が行けるようスペースを作らねばならず、1列4頭にして通過せねばならなかった。
 当然、橋を渡ろうとしていた商人などに通過を待ってもらわねばならない。
 揉めたが、クライブは丁寧に交渉し、待ってもらった。

「本当にクライブ様は、大したものですな。」
「誠心誠意頼み込んだだけさ。後は、兄の威光だ。」

 さすがに疲れ果て、クライブはオルコット領側の橋のたもとにへたり込んでいる。
 確かに、ブラッドの名を出すと、我慢してくれることも多かった。
 しかし、それはそれ、という者もいた。
 彼らを説得したのは、クライブの手腕である。

 部隊が、橋を渡り切ったところで、クライブは行軍の最後列についた。

 後は、ヤングが先導して部隊を行軍させてくれる。
 クライブが、そう考えていると行軍が止まった。

 何があったんだ?

 クライブは、道から外れて畑に馬を乗り入れ、先頭を目指した。

 先頭に行くと、ヤングが方陣を組み槍を構えた歩兵隊と向かい合っている。

「ヤングさん、あれは?」
「オルコット家の部隊と名乗り、降伏を要求しています。」

 見れば、確かにオルコット家の旗を掲げている。

「そんな、オルコット家の軍からは、脱走が相次いでいるんじゃなかったのか?」

 目の前の集団は脱走が相次いでいるような数には見えない。

「ざっと5千はいますね。今の我々では勝てない。」
「補給部隊だから、3百しかいないですからね。」

 数では圧倒的に不利である。

「逃げられませんか?とりあえずホールデン伯爵領に逃げ込めば。」
「そうですね。クライブ様、とりあえず私が殿をやりますから、逃げて下さいますか。」
「僕がですか?」
「戦闘訓練を受けていないクライブ様がいても邪魔です。それよりこの場から逃げ切った連中の旗頭になってもらった方がいいんです。」

 首尾よく逃げ切った兵達を再編してくれ、ということをクライブは理解した。

「わかった。けどヤングさんも無理はしないで下さい。」
「しないですませられればそうします。では、お願いしますよ。」

 クライブは、再度畑に馬を乗り入れながら叫ぶ。

「来た道を戻れ!ホールデン伯爵領に逃げるぞ!馬も誘導できるだけ誘導しろ!」

 叫びながら、馬を全力で走らせる。

 振り返ってきた道の方を向こうとする馬を追い抜きながら、クライブは馬を走らせ、道に戻り橋に向かう。

「そこのわけえの、止まんな!」

 大きなだみ声は、川の方からしていた。
 川に、巨大な舟艇を中心に舟艇が複数浮かんでいる。

「俺はオルコット家水軍提督のジーン・レルフだ。この橋、許可なく通行禁止にしたんでご承知おき願おう。」

 クライブは、馬を止めた。

 どうする?
 クライブは、考え込んでしまう。

 レルフと名乗った男は、船の上にいるだけで橋の上にいるわけではない。
 だが、レルフは装備していないが、周囲を固める兵は弓を構えている。
 橋を強行突破しようとすれば、間違いなく弓で狙われる。

 矢の降り注ぐ中、馬達を引き連れ長い列を組んで橋を抜けられるか。

 無理だと判断せざるを得なかった。

 馬を弓で射るなら、正面より横から狙った方が当たる確率は高い。面積が大きいからだ。
 加えて移動する方向も一直線で計算しやすい。
 外すことの方が難しいだろう。

 クライブの鋭敏な頭脳は、アカデミーでの学習をもとに、そう結論を出していた。

「降伏する。先頭の指揮官も僕が説得する。」
「話が早くて助かるぜ、クライブ・ブラウニングさんよぉ。」
「僕を知ってるのか?」
「いんや。ただ、アシュリー様からひょっとしたら、ブラッド卿の弟が来ているかもしれねえって言われててな。わけえあんたがそうじゃねえかと思ったのよぉ。」

 そう言って、レルフと名乗った巨漢は、舟から岸に飛んできた。

「多分、こちらのことは最前列にも伝わっていると思うんでな。あんたが説得する必要はねえ。それよりこれ読んでくれ。」

 レルフは、クライブに書類の束を差し出した。

「なんです、これは?」
「アシュリー様が、クライブがいたら読ませろって、俺に預けたもんよ。10代の人がいたらクライブだって言ってたぜぇ。」

 オルコット家の令嬢の名は、無論クライブも知っている。
 かつての兄の婚約者だから。

「あんたならその書類の意味が分かるってお嬢様は言ってらした。」
「そうですか。」

 もう、自分にできることはない。
 クライブは、観念して書類の束に目を通した。

「なんだ、これはぁっ!!!」 
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