王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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「特使殿、お話をうかがいたい!」

 天幕の外から、ギルベルト伯爵の大声が聞こえてきます。

 朝から何度も、言ってます。

 聞き飽きたんですけど、もう少し言わせましょう。

「お待ち下さい。ロザリンド様は支度中です。」
 アズナールが、踏み込もうとするギルベルト伯爵を制止しています。
「こんな時間にか?もう日は高いぞ。」
「どーせ、朝会って貰えない、とふてておりました。」
「ぐっ。」
「どのみち女性は支度に時間がかかるものです。お待ち下さい。」
「入ってみるっすか?ヌードが見れるかもしれねえっすよ。」
 オラシオが、ギルベルト伯爵をからかっています。

 気持ちはわかります。

 この数日、扱いは、そりゃひどいものでした。

 朝食の場で会談を、と申し入れても兵との懇談の場だからと断られ。

 昼食は、幕僚との意見交換の場。

 夕食は、一人静かに楽しみたい。

 とお断り。

 そのくせ、イグナスさんを始めとする皆には、「俺に仕えないか」と声かけまくってます。
 私が知らないと思っているんでしょうか?


 一応、合間で会談はしてくれました。
 攻守同盟は説明すらさせず、せめて相互不可侵協定と言っても

「クルス王子の侵攻に関する謝罪も賠償もない」

 と剣もほろろ。

「会っているのは、ニールスの紹介状があり、お前が娘だからだ。」
 
 と、お前に何の価値も無いと言わんばかりのお言葉。

「そもそも、お前に何の価値なり役割があるのだ。クルス王子の婚約者だからと特使に抜擢されたようだが、言うことは攻守同盟、相互不可侵の繰り返しだ。何の状況の変化もない。正直、オルタンス王国に人無し、とまで言いたくなる。この事態で相当混乱しているのであろうな。」

 きっついお言葉。
 でも、そのお言葉を聞く限り、私なりに役割は果たせているんですけどね。


 オルタンス王国がドラード公に追い込まれ、なすすべ無しとギルベルト伯爵に思い込ませる、という役割。


「さぁさ、遠慮なく。一糸まとわぬ姿産まれたままの姿をどうぞ。」

 オラシオが、ギルベルト伯爵をからかい続けてます。

 私は、というと一糸まとわぬどころか、新しいとっておきの服に着替えてます。
 髪もセット終わって、気合を入れてメイクをウルファにして貰っているところです。

 ウルファも、化粧に関して、十分熟達しています。

「ねぇ、ウルファ、もしさ、一糸まとわぬ姿を見せて、『いやーっ!裸見られた、もうお嫁いけない、よよよ。』って泣けば、ギルベルト伯爵、どうすると思う?」
 頬にチークをしてくれるウルファに話しかけます。
「そうですねぇ、『悪かった。責任はとる。』とおっしゃると思いますぅ。」
「生真面目で責任感強い人だもんね。」

 そう、ギルベルト伯爵と話していてわかったのですが、伯爵は、本当に生真面目で責任感が強いのです。

 自身の勢力下の民は、保護せねばならぬと真剣に思っています。
 だから、今のアンダルス王国に厳しいのです。領民を保護できていないと。
 混乱に陥るのはやむを得ないが、そこから真剣に回復する努力をしなければならない、というのがギルベルト伯爵の考えの根底にあります。

「でもぉ、そこにつけ込むのは、やめた方がぁ。そんな結婚では幸せになれません。」
「うん、ウルファの言う通り。やってもいいけどさ、クルス王子が、嬉々として銀貨3万枚踏み倒すだろうし。」
「ギルベルト伯爵、その辺も負担すると思いますけどぉ。」
「そう思うけどさ、ギルベルト伯爵にそんな大金、払えないよ。お父様との取引の額からして無理だね。」
「そうですかぁ。」
「うぅ、私ってお金に縛られた女。」
「お嬢様ぁ、いいんですけど、スポイトはやめて下さぁい。せっかくのアイラインが崩れます。」
「ごめん。」

 さすがにスポイトは、ポケットに。

「お嬢様、終わりました。」
 
 ウルファが差し出した鏡の中の私、結構イケてます。

 ソバカスはファンデできっちり消してますし、リップで唇もつやつやに。
 アイラインも、決まってますし、まつげもばっちり。

「特使殿!」

 相当焦れてますね、ギルベルト伯爵。

 仕方ありません、そろそろ出てあげますか。

「ギルベルト伯爵、先ほどから『特使殿』とオウムみたいに繰り返されて、いかがされました?急かされても支度に時間がかかる現実は変えられないのですが。」

 天幕を出て開口一番言ってやりました。

 言葉の裏のとげを察し、ギルベルト伯爵の顔が歪みます。

「……仕方あるまい。呼びかけることで急かす以外、何もできぬ。」
「そこのオラシオの言う通り、踏み込まれてもよかったのでは?」
「できるものか!女性の着替え中に踏み入れるなど。責任が取れん。」

 やっぱ、そう言うか。
 やってみてもよかったかもなぁ。

「それで何があったのですか?」

 その気持ちを隠して聞いてみます。
 何があったかはわかってるんですけどね。

「貴国の早馬が、陣営の入り口に押しかけ、特使に伝えてくれと、メッセージを残した。」
「それで、なんと伝えているのですか?」

 答えはわかっているのですが、ここはギルベルト伯爵に言って頂きましょう。

「グラシアノ・バルリオス将軍、バエティカの地で水攻めされていた鎮圧軍の救出に成功、と申しておる!」

 やりました、反撃作戦、大成功です!

「やったあ、さっすが、オヤジ。奇襲やらせたらピカイチだぜ。」
「全くだ。父さんの戦術手腕、大したものだ。」
「やはり、お前達の父が指揮を執って鎮圧軍を救出したのか。」
「そうっす。」
「だが、バルリオス将軍は、王都の防衛を担当していたはず。俺のところに入ってくる情報もそれを裏付けていたぞ。そもそも、俺の計算では、どこからも動かす兵を抽出できない。どうやって兵を集め動かした?」
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