王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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「てめえ、邪魔すんじゃねえっ!」

 ドラード公は、斧槍をヒメネス伯爵の腹から引き抜こうとしますが、ヒメネス伯爵は斧槍にしがみつき、引き抜かせません。

「娘を……孫を……守る…。」
「ヒメネス伯爵!」
「おと……。」
「イルダ様、頭が見えてきた。あと少しだ。がんばれ。」

 赤ちゃんが徐々にお腹の外に出てこようとしているようです。

「イシ……ド…ラさ……、むす……めとま……。」
「おぅさ、絶対、無事に出産は終わらせちゃる!」

 イシドラの顔が、一層真剣なものになりました。

「ヒメネス、てめえ。」
「ダメェッ!」

 私も必死になって斧槍に取り付きます。
 私もそれなりに体重があります。しがみついていれば、簡単に斧槍を操れないでしょう。

「くそったれっ!」
 右腕一本でアズナールが、ドラード公の右腕に飛びつきます。
「全く、逃げて欲しいんすけどね。」
 オラシオも左腕一本で、大盾を振るい、ドラード公の左手を殴りつけます。
「若造どもが……。」
 ドラード公は、左手を斧槍から離し、裏拳をオラシオの胸に見舞います。

「ぐふっ。」
「オラシオ!」

 ちょっと、血を吐かなかった、今!?

「背中の骨が折れてるくせに歯向かうんじゃねえ。」
「骨が肺に刺さった。」

 エルゼ、それって……重傷じゃ?

「おめえも右腕一本でどうにかできると思ってんのか、その流血量で。」
 ドラード公は、アズナールの左上腕に手を伸ばします。
「がああああぁぁっ!」
 ひどい、アズナールの傷口に手を突っ込んだ。
 血が、噴水のように吹き出ます。

 出血多量のせいでしょう。
 失神したアズナールの腕がドラード公から離れます。

「嬢ちゃん、おめえもだ。」

 ドラード公の右足が上がります。
 私を蹴り飛ばす気でしょう。

「それ待ってた。」
 エルゼが、レイピアを左手で握って突撃してきます。
 両手利きのエルゼだからできる芸当です。
「チッ。」
 ドラード公の足の向きがエルゼの方を向きます。
「足裏も、安全な屋敷カサラ・サラーマだ。ネエちゃんのナマクラじゃどうにもならねえ。」
「狙いはそこじゃない。」

 エルゼは、レイピアをドラード公の顔面に突き出します。

「さっきダメだったろうが。」

 エルゼの股間にドラード公の蹴りが炸裂します。
 同時にエルゼの右腕が動きました。

「うぐっ。」
 エルゼが、蹴り倒されました。
 しかも、股間のあたりが血に染まってます。
 エルゼ、子宮にダメージがあるんじゃ……。

「くっ。」

 しかし、ドラード公も、顔をしかめました。

「やっぱり、衝撃は通っている。」

 苦痛に顔を歪めながらも、エルゼが指摘します。

「ネエちゃん、オレの最大の武器に何しやがる。」

 見ればエルゼは、右手でレイピアの鞘を握ってます。
 予備の武器として、硬い樫の古木で作ったって聞いてますけど。
 
 ひょっとして、それでドラード公の弱点を?

「ドラード公、かわいそう。あたしが慰めたげるぅ。」

 さっきからウルファ、なにやってんの?

 って、手にしてる白い布、それまさか……。

「来てぇ。」

 ウルファは、手にした下着を窓の外に放り投げました。
 
 本当に何やってんの!?

「恥をかかせたかねえが、ちぃと取り込み中でな。」

 ドラード公は、もう一度右足を上げます。
 今度こそ蹴られる。
 確実に襲ってくる苦痛をこらえるために、目をつむります。

「おぎゃああああっ!!!」

 場違いな泣き声。

「産まれた、母子ともに無事だ。女の子だぞ!」

 やりました、無事に出産できたんです。

 と思った瞬間、腹を蹴られました。
 さすがに、斧槍から手が離れ、吹っ飛んでしまいました。

「手こずらせやがって。」

 ほっとしたのか、ヒメネス伯爵も失神してます。
 ドラード公は、斧槍をヒメネス伯爵から引き抜き、改めてイルダ様の方を向きます。

「ドラードこお。あたし、下着まで脱いでるのに。相手してぇ。」
 だから、ウルファ、さっきから何してんの。胸まではだけて。
「わりいが、後にしてくれ。」

「こっちだ、何か白い布が窓から放られた。」

 外から声がします。
 ウルファは、さっきまでとうって変わり、真面目な顔になって胸元をなおします。

「まさか、ネエちゃん。」
「時間稼ぎましたぁ。非力なあたしじゃ、これくらいしかできませんしぃ。」
「ウルファ、あんた。」
「はい、屋敷の外から人の声がしたので。異変を感じて誰か来たと思ってぇ。」

 ウルファ偉い。

 組み付いたりしても役に立たないと思って、色仕掛けしたんだ。
 ドラード公も、ウルファの色気を無視できず、つきあってやり取りした分時間を浪費したわけで。

「人が倒れている。何事があったんだ。」

 ランタンを持った人が来ます。

「こっちです。早く助けて。」
「賊ですか?」
「もう大丈夫です。陛下が兵を率いてきてますからね。」

 窓の外に兵士が二人きて、部屋の中を覗き込んできました。

「ほう、ミサエルが来てんのか。」
「おい、陛下を呼び捨てにする……ドラード公!?」

 さすがに兵士も驚いてます。

「おうよ、覇王シド・ドラードが呼んでいると、ミサエルに伝えな。」

 血まみれで凄惨なドラード公に驚きながらも、兵士の一人がその場を離れます。
 陛下に急を伝えに向かったのでしょう。

「伝聞形式でいいと思っていたが、直接も悪くねえ。」
「ドラード公、まさか。」
「おうよ、ミサエルの目の前で親子ともども殺す。」

 全身を血で染めたまま、ドラード公はにぃっと肉食獣めいた笑みを浮かべるのでした。

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