王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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 斧槍ハルバートの切っ先を、イルダ様に向け、ドラード公は一歩前に出ようとします。

「イルダ様、逃げて!」

 斧槍の切っ先前に立ちはだかります。

「嬢ちゃん、どきな!」
「どきません!!」

 怖い。
 斧槍をちょっと動かすだけで私は、死んでしまうでしょう。

 でも、イルダ様を見捨てるわけにはいきません。

 私を殺さないと言った言葉を信じましょう。
 こんな場で嘘をつくような方に見えませんし。

「何故です?ドラード公程の大貴族が、どうしてこんなことを?」
 逃げる時間を稼ぐため、質問します。
「しょうがねえだろ、雇った連中が使いもんにならなかった。ほんとは、こんなくだらねえこと、下のもんがやることで、オレのような覇王がやるこっちゃねえ。」

 いや、そういうことでは、なくてですね。

 って、覇王?
 王を名乗るって……まさか。

「ドラード公、謀反をお考えですか!?」

 でもなんでイルダ様を襲うの?
 普通に軍勢を集めて、戦争すればいいんじゃないの?

「よくわかったな。」
「『覇王』と言いましたから。」
「この状況下で、よく頭が回る。大したもんだ。」
「でも、なぜイルダ様を襲うのですか!?」

 それがつながりません。

「宣戦布告代わり、ミサエルへの挑発よ。あいつ個人がオレを憎むようにな。」
「普通に憎まれると思いますけど。」
「もっと強烈に憎まれなきゃいけねえんでな。イルダに恨みはねえ。10年15年後が楽しみな女だが、ミサエルの愛妾であることを悔やんで死んでくれ。」
「イルダ様、逃げて!!」

 冗談ではありません、そんなことでお腹の子ともども殺されてたまるもんですか。
 後ろをちらっと見ましたが、イルダ様は座り込んでいるだけです。

 早く逃げて!

「お嬢様も逃げて下さい!」

 大盾をかざしたオラシオが、私を突き飛ばして、ドラード公の前に立ちます。

「オラシオ!」
「雑魚が、すっこんでろ!」

 ドラード公は、今度はためらいなく、斧槍を振るいます。

 一度、二度、三度、斧槍が振るわれましたが、オラシオは、そのことごとくを防ぎ切りました。

「やるな、若造。この破壊の雷バルク・タドミールを三度振るわれて、原形をとどめた盾は存在しねえ。」
「へっ、重装歩兵をなめねえで欲しいっすね。大盾を体の一部のように扱えるまで訓練してるっすから。何度振るわれようが、捌いてみせるっすよ。」
「重装歩兵は、何度も戦場で殺してきた。たいてい二度目で殺せたんだがよ。」
「オルタンス王国の重装歩兵を他国のと一緒にしねえで欲しいっすね。」
「そうか。」

 そう言って、斧槍を後ろに振ります。

「ちょろちょろするな!」

 後ろからかかろうとしたアズナールに、斧槍の鉤の部分が迫ります。
 アズナールは、短槍の穂先で受けようとしますが。

「アズナール!」

 鉄製の穂先は、あっさり砕け、斧槍の切っ先がアズナールの左腕上腕部を切り裂きます。
 アズナールは、転がりながら逃げます。

 床に鮮血をまき散らしながら。

「雑魚がうろちょろすんな。」
「戦場で敵に見せるバカのセリフじゃねえ!」

 背中にオラシオが斬りつけます。

 しかし、マントも切り裂けず、ドラード公の体がわずかに揺れただけでした。

「惜しいな、若造。マントも鎧も魔法道具マジック・アイテムよ。特に鎧は、安全な屋敷カサラ・サラーマと言って軽く防御力もたけえ。おめえのナマクラじゃ斬れねえよ。」
「でも隙間はある。」

 エルゼが、レイピアを兜前面の開放部に突き立てようとします。
 しかし、レイピアの切っ先は、滑ったかのように逸れました。

「あめえよ、ネエちゃん。兜の全面は魔法で強化されたガラスだ。やっぱり並みの剣じゃ壊せねえ。」

 なんて守りが固い。

「お嬢様、逃げて下さい。どうやら、ドラード公以外敵はいません。」
「私達が食い止める。」
「イルダ様も連れて行って下さい。邪魔っす!」

 アズナールの言う通りでしょう。敵がいるならこの場に来るはずです。
 イルダ様を連れて逃げましょう。

「イルダ様、立って……。」

 イルダ様は、お腹を押さえて苦悶しています。

 まさか……。

「ろ、ロザリ……ンド。」
「まさか……。」

 座っている床に、一筋の水が。

「まさか、破水か?」
 イシドラが慌ててイルダ様に近寄ります。
「うぅ……。」
「いかん、産気づいとる。」

 そんな、こんな状況下で出産なんて。

「苦しいようだな、楽にしてやるぜ。」

 アズナールとエルゼを無視して、ドラード公は、イルダ様の方に向こうとします。

「ぼく達を無視するな!」
「ふん、槍は使いもんにならねえだろうが。」
「槍はつくだけが使い方じゃない。」

 アズナールは、穂先の砕けた槍を、動くドラード公の足の間に入れます。

「ぬっ。」

 さすがにドラード公の動きが止まります。

「えい。」

 珍しくかわいい掛け声を出しながら、エルゼが、マントに飛びつき引っ張ります。
 エルゼは軽いですが、それでも40キロ以上あるのは確か。
 さすがにドラード公も苦しそう。

「おらぁっ!」
 大盾を構えてオラシオが突進します。
「この若造どもがっ!」

 ドラード公が斧槍を水平に薙ぎます。
 オラシオは、わざと転んでかわしました。

 いや、ただ転んだだけでなく、スライディングでドラード公の足を取りにいってます。

 オラシオは左足を取って、ドラード公を倒そうとします。
 アズナールも、差し込んだ槍を梃子のように使って、左足を浮かそうとしてます。

「なめるなっ!若造!」

 ドラード公が、斧槍の石突でオラシオの背中の右側を突きました。
 石突は、オラシオの背中に食い込みます。

 鈍い音をたてて。

「ぐうぅぅ。」

 苦痛に顔をゆがめながらも、オラシオは足を放しません。

「ちぃ。」
 今度は、ドラード公、背中から倒れます。
 マントをつかんでいるエルゼ目掛けて。
「あぅ。」
 逃げ損ねたエルゼは、ドラード公に押しつぶされます。
「すまねえな、ネエちゃん。ベッドに押し倒してやりてえんだが。」
「断る。」

 エルゼは、潰されながらも、自由になる右手で兜を脱がそうとします。
 オラシオも、大盾を左腕一本で動かして、兜のヘリを押します。

「オラシオ、骨が。」
「戦闘中だぜ。気にすんな。」
「そうだ、なんとしてもドラード公を。」

 アズナールも、ドラード公の腕を全身で抑えようとします。

「簡単に首取れると思うなよ、若造どもがッ!」

 なんと、ドラード公の体が宙に浮きました。
 マントから、白い光の粒子が出ていますが、そのせいでしょうか?

「な、なんだぁ?」
「なんで宙に浮かぶ?」

 ドラード公は、天井に達してから、ひっくり返りました。

「落ちろ、若造ども。」

 オラシオとアズナールは、天井の高さから落とされました。
 派手な音をたてて、床に転がります。

「大丈夫、二人とも。」
「これくらい平気っす。」
「それよりお嬢様だけでも逃げて下さい。」

 そうは言われても、イルダ様を見捨てて逃げられません。

「どうして、宙に浮かぶのぉ?」

 ウルファが、場違いなのんびりした声を発します。

「このマントは流星の翼ジャナフ・シハーブ、着用者は空を自由に飛べるのよ、巨乳のネエちゃん。」
「ドラード公のえっち。」

 あのね、ウルファ、そういう状況じゃないでしょ。 

「でも、あたしも。」

 寝巻の前をちょっとはだけて。

「ドラードこおぉ。あたしとじゃいやですかぁ。」

 ウルファ、一体何を?

「はっ、絶景だな。そっちにダイヴしてえ気分だぜ。」
「きてぇ。」
「わりいな、今オレの斧槍いちもつをぶちこむべきは、イルダだ。ネエちゃん、後でオレのベッドに来な。」

 ドラード公は、天井から落下してきます。
 斧槍の切っ先をイルダ様に向けて。

「やめてぇっ!!」

 イルダ様は、いきんでいて動けません。

 ダメェーッ!! 

「娘を、孫をやらせんっ!!」

 血しぶきが客間に飛び散ります。

 ヒメネス伯爵の血が。
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