王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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「い、いたい。」

 治療が終わったヒメネス伯爵は、荒い息でベッドに寝ています。

「まったく大げさな。」
 イシドラの冷たい視線にさらされても、起き上がろうとする気配はありません。

「これだけ叫び声上げられたら、ここにいるってバレたよね。」

 ヒメネス伯爵を責める気はありませんが、現実を直視しませんと。

「すまない……。」

 どうしようもないですけど。

「だいたい、抱えられないといけないようなケガか。まったく情けない。」
「いや、ヒメネス伯爵、左足首挫いてるんすよ。それで肩貸したっす。」
「それならそう言え。」

 文句言いながら、イシドラは、左足首に膏薬を塗り、添え木で固定します。

「すんません、バリケード作りに気とられてたんで。」
「それにしても、敵の目的は何なのかしら。」
 気になることです。
「イルダ様じゃないっすかね。」
「そ、そんな。娘が男子を出産したならともかく、出産前にこんなことするだろうか。」
 ヒメネス伯爵のいう通りです。
 男子なら、それを邪魔に思う派閥の仕業とも考えないられますが。
「でもあいつら、娘は殺すな、娘が殺される所を伯爵に見せつけるんだって言ってました。」
「私の可能性は?」
「どうでしょう。それなら『娘』とは言わないと思います。」

 そうだよね、アズナールの言う通りだよ。

 でもさ、妊婦がいるんだよ。その辺り配慮して欲しいんだけど。
 不安げな顔してるんだよ、普段強気な顔してる人が。
 もし流産とかしたら、どうすんの。

「それより、これからよ。どうする?」
 
 アズナールが言ってしまったのはしょうがないので、話を変えます。

「そうね、明日陛下がこの屋敷に来る予定よ。先ぶれの方が朝に来ると思うから……。」
「朝まで粘れば、なんとかなりますね。」
「それか、不寝番のメリトンが、どこかに助けを求めて……。」
「それより。」

 エルゼが、剣を手にし、ヒメネス伯爵の言葉を遮って、素早く立ち上がります。

「生き残ること!」

 立ち上がった勢いそのままに窓を開け、外にいた黒ずくめの目にレイピアを突き立てます。
 黒ずくめは、貫かれた目を抑えながら後ずさり、距離を取ります。

「ちぃ。」

 オラシオも大盾を持って窓際に移動します。

「みな、靴履いて。」
「エルゼの言う通りです。逃走に備えて下さい。」
 私は、アズナールの言葉に従い、ベッドわきに置いていた靴に手を伸ばしました。
「どうしよう、ロザリンド、私、靴が……。」
 イルダ様が履いているのはスリッパ。
 よく見れば上着も羽織っていません。
 秋も深まるこの時期、上着無しで外に出ては体に障ります。

「イルダ様、私の上着と靴をどうぞ。」
「でも……。」
「体を冷やしてお腹の子にいいとは思えません。裸足ではケガするのも同様です。」
「……しかし。」
「お腹の子のためならなんでもするんでしょう。」
「……ごめんなさい、甘えるわ。」

 イルダ様は、苦労しながら靴を履き、上着を羽織ります。
 
 前を止めようとして……。

「ごめん、毛布を羽織るわ。動きにくいけど。」

 いいんです!
 巨乳が、こういう時不利なことがわかりました。

 私は、エルゼみたいに出るとこ出てるくせに、すらっと見える体形を目指します!

 そのエルゼは、大盾で窓からの侵入を防いでいるオラシオの後ろを右に左にと動き、隙間からレイピアを振るって黒ずくめを撃退しています。
 アズナールも同様に動き、隙間から短槍を振るってます。

 
「オラシオ!」
「あいよ!」

 一瞬、オラシオが体をどかします。
 大きく空いた空間に負傷した黒ずくめが後退するのが見えます。

 その黒ずくめに、アズナールがベルトに差しているナイフを投げつけました。

 ナイフは、見事にのどにささり、黒ずくめは倒れました。

「アズナール、お見事。」

 エルゼが褒める間に、オラシオが再び大盾で窓をふさぎます。

 見事な連携です。
 合間を見て訓練する間に、こういう訓練もしていたのでしょうか?
 何にせよ、助かっています。

「3人とも、頑張って。」
「頑張るっすけどね……。」

 オラシオの返事に焦燥感が感じられます。

「どうしたの?」
「あいつら、丸太を持ち出しやがった。」
「丸太?丸太なんかどうするの?」
「攻城槌代わりでしょうよ。オレは城壁じゃねえっての。」

 聞いたことがあります。城壁や門を壊すために、丸太などを数人で抱えて突撃するというのを。

 それをオラシオ一人にやると……。

「攻城戦じみてきたな。」
「オラシオがそれだけスゴイ。」
「二人の的確な援護もすげえよ。狭い隙間に見事に槍やレイピア通して。」
 
 3人の連携しての防御が、優れているということなんでしょうけど。

「来やがる……。」
「オラシオ。」

 心配になって声をかけます。
 大丈夫なのでしょうか。

「心配無用っす。お嬢様。」
「頑張って、助かったら、キスしてあげるから。」
「おぉ、イルダ様がそう言ってくれるなら頑張れるっす!」
「私もしてあげる。」

 返事がありません。
 オラシオォォォ、私はスルーかい!

「来る!」
 ごめんなさい、大盾で見えなかったけど、それどころじゃなかったようです。
「逃げろ、オラシオ。お前でも3人がかりで助走して突撃されたらただじゃすまないだろう。」
「丸太くれえ、なんとかする。後、頼むぜ、アズナール、エルゼ。」

 オラシオが身を低くして、大盾を構えます。

「うおりゃぁあああっ!!」

 オラシオの大盾と丸太が、ぶつかった。

「ありゃぁああああっ!!」

 と思った瞬間、オラシオが大盾を丸太の下に入れました。
 丸太は、大盾の表面を滑り、斜め上に向きます。
「そおれっ!!」
 勢いを利用して、オラシオは、丸太を天井に向かわせます。
「今だっ!」
「了解!」

 アズナールとエルゼが、素早く窓から飛び出し、丸太を抱えていた黒ずくめ達を倒しました。
 そして、丸太の後ろに控えていた黒ずくめに踊り込み、それぞれの武器を振るって討ち倒していきます。
 そこに、オラシオも加わり、剣を振るい、大盾で黒ずくめを殴ります。

「やるな、オラシオ。」
「重装歩兵の大盾をなめんな。動かねえ城壁と違うのよ。」
「大したもの。」

 3人、巧みに連携して動き、次々と黒ずくめを倒していきます。
 最後の一人がかなわずとみてか、逃げようとしたのをアズナールが、ナイフで仕留めました。

「これで……終わりかな。」

 さすがに息の荒くなったアズナールが、部屋に戻ってきて呟きます。

「うん、部屋の外に一人いるようだけど、一人じゃ何もできないだろう。」

 ベッドから降りてバリケードに、身を寄せていたヒメネス伯爵が言います。

「なんとか、危険は乗り切ったのかしら。」

 緊張がとけたのか、イルダ様がへたり込みます。

「多分、増援が来ない限りは。」

 アズナールの言葉に、ほっとした空気が流れた瞬間、バリケードを突き破って、斧槍の矛先が飛び出てきました。

「なっ……、まさか、この斧槍ハルバート破壊の雷バルク・タドミール!?」

 鼻先を通った斧槍を見て、ヒメネス伯爵が叫びます。

 誰もがあっけにとられる中、斧槍が数度振るわれ、バリケードは完全に破壊されました。
 そして、部屋の中に一人の完全武装の戦士が、入ってきました。

「ドラード公……。」
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