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「なんじゃ、あれはぁっ!!」
盛大に盛り上がり、大成功に終わったクルス王子の誕生会の翌日、呼びつけた王妃が、私にかけた言葉です。
「あれは、と申されますと?」
予測はしていますが、とぼけてみます。
「ヒメネス伯爵家のイルダのことよ!」
「あぁ、イルダ様ですね。昨晩のイルダ様はとてもお美しく……。」
本当にイルダ様は美しかった。
昨晩のクルス王子の誕生日会。
国王夫妻をお招きして催された会の主役は、クルス王子でなく国王夫妻でもなく、イルダ様でした。
会場にイルダ様が現れた時のどよめきが、今でも耳から離れません。
陛下に気に入られている令嬢達が、その寵愛を誇示するかのように陛下の近くにいたのですが、どよめきを背に、彼女らを押し分けるようにイルダ様は現れ、一瞬にして国王親子の魂を奪いました。
「クルス殿下、先日の婚約披露の場では、失礼いたしました。」
「あ、あぁ……。」
クルス王子は、イルダ様の美貌に気圧されてます。
艶やかな唇。
鮮やかに紅い頬。
目元はぱっちりと大きく。
もともと美人なイルダ様です。
その美貌に計算されつくした、白粉などを使わぬ新しい化粧が施され、大胆な露出をした胸が加わるのです。
国王親子に対しすさまじい破壊力を発揮していること疑う者は、あの場にいなかったこと断言できます。
「そ、そなた、先日とずいぶん違うが……。」
胸元と顔を交互に見ながらクルス王子は、語りかけます。
「先日は体調が優れなかったのです。殿下の婚約披露の場でしたので無理をいたしました。」
「そ、そうか。オレのために無理をしてくれたとはうれしい。」
ここで音楽が変わりました。
「どうだ、あの日の続きを……。」
「待て、今日は息子でなく、余と踊ってくれぬか?」
なんと、国王はクルス王子の言葉を遮って割り込んできました。
まぁ、無理もありません。
それほどにイルダ様は魅力的でした。
差し出された親子の手のうち、イルダ様は、子の手を取りました。
「本日は、殿下の誕生日でございます。それに先日踊り終えておりませんから。」
「おぉ、礼を言うぞイルダ。」
得意げに笑いながらクルス王子は、イルダ様の手をつかんでリードします。
フラれた国王は、所在なさげにしています。
そこに他の令嬢がフォローするかのように近寄ってきたので、国王はその令嬢の手を取りました。
視線をイルダ様に向けたまま。
早くダンスよ終われ、とでもお考えなのでしょう。
陛下は何度か令嬢の足を踏んでらっしゃいました。
それを横目に見ながらクルス王子は、巧みに父親から距離を取ります。
私も、それを援護すべく、カミロ導師と踊りながら、親子の間に割り込みます。
そうしている間に曲が終わり、パートナーは変わります。
クルス王子は、まだイルダ様と踊りたいようでしたが、他の貴族方が、先を争うかのようにイルダ様に手を差し出してます。
嫣然と笑いながら、イルダ様は貴族方とダンスを踊り、国王との距離を巧みに調整します。
焦れたのでしょう。
国王は、ダンスの流れを無視してイルダ様に接近します。
そして、手を取ってきます。
さすがにイルダ様は、無視できず、ダンスを始めました。
ダンスが終わっても国王は、イルダ様を離そうとせず、他の貴族やクルス王子に歯がみさせています。
誕生会が終わり閉会になる時、陛下はイルダ様に耳打ちしました。
あれは……。
私の視線に気が付いたイルダ様が、「やったわ」という満面の笑みを浮かべて目くばせを送ってきます。
国王に誘いを受けるのに成功したようです。
成功を疑いはしませんでしたが、やっぱり現実になると報われたな、と実感します。
これで、クルス王子が「イルダまで……彼女はオレに気があるのに。父上に奪われるなど……」と被害者ヅラしなければ気分は最高でしたが。
「とぼけずともよいわ!イルダより聞いたぞ。あの娘の化粧品一式。おまえが揃えたと。」
王妃様のキンキン声で現実に引き戻されました。
「ドレスやアクセサリーもでございます。」
「そんな物より、化粧品じゃ!妾にも用意せい!」
う~ん、やっぱり化粧品が一番インパクトがありましたか。
あれは……意外な方からもたらされたものです。
ですが。
「あれは、遠方のレイク大陸より輸入した品でございます。同じものを用意せよ、と申されましても、すぐにというわけには参りません。」
出所は隠さねばなりません。そういう約束ですので。
「どれほど時間がかかるか?」
「こちらより注文書を送ってからの製作になります。製作時間に、こちらに送ってもらう時間を考えますと10か月ほど頂きます。」
「それほどかかるか?」
「イルダ様にお売りした分は、商売の品になるか、試しに輸入していた品でございます。」
「もう在庫はないのか?」
「はい。イルダ様に全てお売りしました。」
「……そうか。」
不満げな顔で舌打ちします。
「ところで王妃様、代価でございますが。」
「代価!?」
「はい、化粧品を取り寄せるに当たりお値段についてお話しとうございます。」
「そなた、義母から金を取るのか!?」
やっぱり、無料でせしめようとしてたな。
甘い!
「はい、金に賎しくあさましい商人でございますから。」
「な……。」
そう言ったの王妃様ですよ。
私は、言われたことを言っているだけです。
「私は商人ですので、物を無料で差し上げることはありません。」
「妾とそなたは。」
「結婚するまで義母と思うな。賎しい商人の娘なのだから、相応の扱いしかせぬ、と仰せになりました。」
間違ってませんよね、私。
「ですから、商人として扱って頂きます。商品を納めれば代金をお支払い下さいませ。出入りの商人同様に。」
王妃様の顔がうっすらと紅くなります。
分厚く塗られた白粉を通して赤みがわかるのですから、どれほど赤くなっているのやら。
でも、口にされたお言葉に責任は持つべきでしょう。
それが高位にある者にふさわしい振る舞いです。
「……いくらか?」
やっと払う気になりましたか。
無料で物をせしめようなんて甘いんですよ。
「金貨百枚となります。」
「金貨百枚!!!」
さすがに驚いたのでしょう。
小さい目が見開かれます。
「金貨百枚をヒメネス伯爵家が払ったと申すか。」
「はい。」
「妾が知らぬと思うたか。ヒメネス伯爵が相場に手を出し、失敗していることを。」
「ですので、王都の屋敷を抵当に入れ借金したようです。詳細は知りませんが。」
ウソですが、この程度は許してもらいましょう。
「そんなヒメネス伯爵家がお前に支払うたのか?」
「はい。よほど陛下の歓心を買いたかったようで。ヒメネス伯爵家の陛下への想いの強さがうかがえます。」
「そうか。しかし物も無いのに金は払えぬ。」
「あ、申し訳ありません。流石に今すぐ払っていただきたい訳ではありません。引き渡しと同時にお支払い下されば十分です。」
流石に今すぐ払ってもらえるとは思っていません。
「ただ、契約書を取り交わして下さい。取り寄せたけどキャンセル、というのは困りますので。」
「よかろう。」
かくして王妃様との間に契約書は取り交わされました。無論、王国法に則ったものを。
・商人ロザリンドは、1年以内に国外より輸入する化粧品一式を王妃デボラに引き渡す。
・デボラは、金貨百枚を代価としてロザリンドに現金で支払う。
・支払いは、商品と引き換えに行うことをデボラは確約する。
「呆れた、貴女、悪魔か何か。」
契約のことを知るや、開口一番イルダ様は、そうのたまわりました。
盛大に盛り上がり、大成功に終わったクルス王子の誕生会の翌日、呼びつけた王妃が、私にかけた言葉です。
「あれは、と申されますと?」
予測はしていますが、とぼけてみます。
「ヒメネス伯爵家のイルダのことよ!」
「あぁ、イルダ様ですね。昨晩のイルダ様はとてもお美しく……。」
本当にイルダ様は美しかった。
昨晩のクルス王子の誕生日会。
国王夫妻をお招きして催された会の主役は、クルス王子でなく国王夫妻でもなく、イルダ様でした。
会場にイルダ様が現れた時のどよめきが、今でも耳から離れません。
陛下に気に入られている令嬢達が、その寵愛を誇示するかのように陛下の近くにいたのですが、どよめきを背に、彼女らを押し分けるようにイルダ様は現れ、一瞬にして国王親子の魂を奪いました。
「クルス殿下、先日の婚約披露の場では、失礼いたしました。」
「あ、あぁ……。」
クルス王子は、イルダ様の美貌に気圧されてます。
艶やかな唇。
鮮やかに紅い頬。
目元はぱっちりと大きく。
もともと美人なイルダ様です。
その美貌に計算されつくした、白粉などを使わぬ新しい化粧が施され、大胆な露出をした胸が加わるのです。
国王親子に対しすさまじい破壊力を発揮していること疑う者は、あの場にいなかったこと断言できます。
「そ、そなた、先日とずいぶん違うが……。」
胸元と顔を交互に見ながらクルス王子は、語りかけます。
「先日は体調が優れなかったのです。殿下の婚約披露の場でしたので無理をいたしました。」
「そ、そうか。オレのために無理をしてくれたとはうれしい。」
ここで音楽が変わりました。
「どうだ、あの日の続きを……。」
「待て、今日は息子でなく、余と踊ってくれぬか?」
なんと、国王はクルス王子の言葉を遮って割り込んできました。
まぁ、無理もありません。
それほどにイルダ様は魅力的でした。
差し出された親子の手のうち、イルダ様は、子の手を取りました。
「本日は、殿下の誕生日でございます。それに先日踊り終えておりませんから。」
「おぉ、礼を言うぞイルダ。」
得意げに笑いながらクルス王子は、イルダ様の手をつかんでリードします。
フラれた国王は、所在なさげにしています。
そこに他の令嬢がフォローするかのように近寄ってきたので、国王はその令嬢の手を取りました。
視線をイルダ様に向けたまま。
早くダンスよ終われ、とでもお考えなのでしょう。
陛下は何度か令嬢の足を踏んでらっしゃいました。
それを横目に見ながらクルス王子は、巧みに父親から距離を取ります。
私も、それを援護すべく、カミロ導師と踊りながら、親子の間に割り込みます。
そうしている間に曲が終わり、パートナーは変わります。
クルス王子は、まだイルダ様と踊りたいようでしたが、他の貴族方が、先を争うかのようにイルダ様に手を差し出してます。
嫣然と笑いながら、イルダ様は貴族方とダンスを踊り、国王との距離を巧みに調整します。
焦れたのでしょう。
国王は、ダンスの流れを無視してイルダ様に接近します。
そして、手を取ってきます。
さすがにイルダ様は、無視できず、ダンスを始めました。
ダンスが終わっても国王は、イルダ様を離そうとせず、他の貴族やクルス王子に歯がみさせています。
誕生会が終わり閉会になる時、陛下はイルダ様に耳打ちしました。
あれは……。
私の視線に気が付いたイルダ様が、「やったわ」という満面の笑みを浮かべて目くばせを送ってきます。
国王に誘いを受けるのに成功したようです。
成功を疑いはしませんでしたが、やっぱり現実になると報われたな、と実感します。
これで、クルス王子が「イルダまで……彼女はオレに気があるのに。父上に奪われるなど……」と被害者ヅラしなければ気分は最高でしたが。
「とぼけずともよいわ!イルダより聞いたぞ。あの娘の化粧品一式。おまえが揃えたと。」
王妃様のキンキン声で現実に引き戻されました。
「ドレスやアクセサリーもでございます。」
「そんな物より、化粧品じゃ!妾にも用意せい!」
う~ん、やっぱり化粧品が一番インパクトがありましたか。
あれは……意外な方からもたらされたものです。
ですが。
「あれは、遠方のレイク大陸より輸入した品でございます。同じものを用意せよ、と申されましても、すぐにというわけには参りません。」
出所は隠さねばなりません。そういう約束ですので。
「どれほど時間がかかるか?」
「こちらより注文書を送ってからの製作になります。製作時間に、こちらに送ってもらう時間を考えますと10か月ほど頂きます。」
「それほどかかるか?」
「イルダ様にお売りした分は、商売の品になるか、試しに輸入していた品でございます。」
「もう在庫はないのか?」
「はい。イルダ様に全てお売りしました。」
「……そうか。」
不満げな顔で舌打ちします。
「ところで王妃様、代価でございますが。」
「代価!?」
「はい、化粧品を取り寄せるに当たりお値段についてお話しとうございます。」
「そなた、義母から金を取るのか!?」
やっぱり、無料でせしめようとしてたな。
甘い!
「はい、金に賎しくあさましい商人でございますから。」
「な……。」
そう言ったの王妃様ですよ。
私は、言われたことを言っているだけです。
「私は商人ですので、物を無料で差し上げることはありません。」
「妾とそなたは。」
「結婚するまで義母と思うな。賎しい商人の娘なのだから、相応の扱いしかせぬ、と仰せになりました。」
間違ってませんよね、私。
「ですから、商人として扱って頂きます。商品を納めれば代金をお支払い下さいませ。出入りの商人同様に。」
王妃様の顔がうっすらと紅くなります。
分厚く塗られた白粉を通して赤みがわかるのですから、どれほど赤くなっているのやら。
でも、口にされたお言葉に責任は持つべきでしょう。
それが高位にある者にふさわしい振る舞いです。
「……いくらか?」
やっと払う気になりましたか。
無料で物をせしめようなんて甘いんですよ。
「金貨百枚となります。」
「金貨百枚!!!」
さすがに驚いたのでしょう。
小さい目が見開かれます。
「金貨百枚をヒメネス伯爵家が払ったと申すか。」
「はい。」
「妾が知らぬと思うたか。ヒメネス伯爵が相場に手を出し、失敗していることを。」
「ですので、王都の屋敷を抵当に入れ借金したようです。詳細は知りませんが。」
ウソですが、この程度は許してもらいましょう。
「そんなヒメネス伯爵家がお前に支払うたのか?」
「はい。よほど陛下の歓心を買いたかったようで。ヒメネス伯爵家の陛下への想いの強さがうかがえます。」
「そうか。しかし物も無いのに金は払えぬ。」
「あ、申し訳ありません。流石に今すぐ払っていただきたい訳ではありません。引き渡しと同時にお支払い下されば十分です。」
流石に今すぐ払ってもらえるとは思っていません。
「ただ、契約書を取り交わして下さい。取り寄せたけどキャンセル、というのは困りますので。」
「よかろう。」
かくして王妃様との間に契約書は取り交わされました。無論、王国法に則ったものを。
・商人ロザリンドは、1年以内に国外より輸入する化粧品一式を王妃デボラに引き渡す。
・デボラは、金貨百枚を代価としてロザリンドに現金で支払う。
・支払いは、商品と引き換えに行うことをデボラは確約する。
「呆れた、貴女、悪魔か何か。」
契約のことを知るや、開口一番イルダ様は、そうのたまわりました。
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