おバカな超能力者だけれども…

久保 倫

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エピローグ

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 5月1日、GWの谷間の日が白野の退院の日だった。
「先生、お先に失礼します。」
「白野君、今日退院だったね。」
「はい。そろそろ黒江さんもくるので。」
 病院で使った品を入れた紙袋を手に白野は、吉良にあいさつした。
「黒江ちゃんたちが来るまで談話室に行こう。ここにいても退屈だし、君も何か飲みたいだろう。」
 白野は、甲斐の銃弾で腰の肉をえぐられただけだった。出血は大量で輸血は受けたが、治療後の回復は順調で無事退院となった。
 吉良は、貫通した銃弾が内臓を傷つけており、もう少し入院しなくてはならない。順調に回復しているようだが、年齢のこともあり白野より時間はかかると宣告されていた。
 談話室には誰もいなかった。白野はお茶を、吉良はミネラルウォーターを自販機で購入する。
 談話室のTVが甲斐の事件のことを放送していた。
「それでは、先週の事件を改めて時系列でまとめてみたいと思います。」
 アシスタントの局アナがフリップを出す。
「警察発表によりますと、16時半過ぎに最後に襲撃された弁護士事務所裏の空き地に甲斐容疑者たちは到着しています。」
「タンクローリーに隠れて新宿に来たんですよね。」
「はい、タンクローリーって私たちは街中で走っているのを横から見るだけですが、上から見ますと、マンホールがあります。これは洗浄で使うためのマンホールだそうです。」
「洗浄というのは?」
「仮にですね、薬液Aを運んだあと、薬液Bを運ぶとします。Bの中にAが混入するとまずいので水などで洗浄しAを除去するのですが、そのためのマンホールです。人が一応入れるだけのサイズとなっています。」
「そのマンホールから中に入って。」
「はい、一応携帯用のトイレなども用意されていたそうです。」
 タンクローリーの断面図が表示される。上部に空気抜き用の配管などが設置されていることを図で表示していた。
「あの裏に止まってたのを俺も事務所に来るとき見ました。まさかあれに人間が入れるなんて。」
「タンクローリーの運転手なら知っているかもしれんが、我々にはわからん。」
 TVで解説は続いていた。
「17時に大学のキャンパスで爆弾が爆発。これは襲撃開始の合図とそれに伴う銃弾などの音を誤魔化すためのものと警察は推測しています。」
「この時、新星会の事務所屋上の携帯基地局のケーブルを含めた電線を切断しているんですよね。」
「はい、屋上からと玄関からの両方から襲撃、1時間程度で組員全員を拘束しています。」
「恐ろしいほど手際がいいというか。先生、いかがでしょう?」
「はい、恐ろしいほどの手際の良さですね。かなり訓練を積んでいたと私は推測しています。」
「俺の友達もこの評論家と同じこと言ってました。」
「『Mark2eyeball』の名付け親のことだね。」
「ちょっと違うんですけど。」
 名付けのきっかけだけど。
 そこまで言わず話を続ける。
「多分、新星会を仮想敵にして机上訓練していたんだろうって。机上で役割を確認するだけでも大分違うらしいですね。」
「甲斐にしてみれば隅々まで知っている事務所だから、シュミレーションもしやすかったということかね。」
「そういうことらしいです。」
 TVの中では評論家とMCの会話が続いている。
「制圧後に既に死亡していた江戸川さんに銃弾を撃って撤収します。」
「スタングレネードは、基本的には非致死性兵器ですが江戸川氏のように高齢の、それも心臓などに疾患をかかえるご老人の至近距離で炸裂するとショックにより心不全などを起こす可能性は以前から指摘されていました。」
「先生、ご存じだったんですか、江戸川さんの病気?」
「知っていたよ。年齢によるものだ。まぁ、こんな形で死亡するとは当人も思っていなかっただろうがね。」
 吉良はミネラルウォーターを口にした。
「この後、玄関から一斉に飛び出して奪った車に人質となった組長を乗せて弁護士事務所に向かってます。」
「それで目撃者が出て警察に通報がありました。」
「ここで警察は銃を所持した10人ほどの人間による、まあ甲斐組なんですけど、新星会への襲撃を知り多数の人員を新星会の事務所に向かわせる、これが弁護士事務所への対応の遅れにつながるのですが。」
 なかなか警官がこなかった理由を知り、今更ながら苦笑せざるを得ない。
「連続爆破で警察の目を他に向けさせる、自分たちが襲撃終わった場所に警察を集める、甲斐は本当に頭の切れる男だったのだね。」
「襲撃中の通報はなかったんですかね。あれだけ発砲や爆発を起こして近隣の住人が通報しなかったとは考えにくいんですけど。」
「近隣の住人は関わり合いを恐れて全く通報していない。私もその辺気になって事情聴取にきた刑事に聞いてみたら、そんな回答があった。」
「そうだったんですか。」
 TVはいったんCMとなり、再開後いよいよ弁護士事務所襲撃になった。
「そして甲斐達は弁護士事務所に移動し、人質にしていた久島氏をここで解放してます。」
「あのアルファードに久島を乗せて帰したんですね。」
「そうだ。戻ったら警察が多数来ていて対応に追われたらしい。さっさと甲斐を捕らえるよう場所も言ったそうだ。」
「警察はどうしたんですか?」
「虚偽の可能性を考慮して、しばらく久島や新星会の組員を問い詰めるばかりだったそうだ。他の組との抗争ではないかとかね。まぁ、やむを得ない話ではあるがね。」
「せめて様子だけでも見に行かせてくれれば。」
 黒江さんや蔵良さんが無理しなくてすんだかもしれない。
「で、18時半ごろ、甲斐容疑者の持つ手りゅう弾が爆発し、一緒に事務所にいた2名とともに爆発で死亡しています。手りゅう弾が爆発した原因は、ブラックマーケットの横流し品で、安全装置に不具合があったのではと思われます。何分、爆発しているので詳細はわかりかねますが。」
「あの会議室に残っていた男性アルバイトが、例えば投げられた手りゅう弾を投げ返した可能性は?」
 TVで自分のことを言われるのは妙な気分だった。
「いや、彼は部屋の奥で気絶しています。救助した救急隊員がそう証言してますし、そんなことはできないでしょう。出血で意識がもうろうとしているでしょうし。その状態で窓から縄梯子で逃げた女性たちの不在を誤魔化すため、物音を立てたりしてたという話です。事実なら賞賛に値します。」
「仮に、やったとしても正当防衛ですよね。」
「その通りだ。」
 吉良がTVに向かってコメントした。
「だから君は気にするな。3対1、しかも3人は銃や手りゅう弾で武装している。気にすることは無い。事実を言えないのが残念だがね。」
「はい。」
 TVでは、白野が気絶した後の事も伝えていた。
「爆発の通報もあり、警察が弁護士事務所に急行。ここで事務所のある雑居ビルの裏で気絶していた田家容疑者ら2名を銃刀法違反で現行犯逮捕。」
「女性たちが気絶させたそうですね。」
「アルバイトの女性が先行して気を引いた隙に事務の女性が、はしごを素早く降りて飛び蹴りくらわせたとか、すごいですね。しかも撃たれて気絶した吉良弁護士を背負って。」
「やめてよね、思い出したくないのに。」
 黒江が談話室に入ってきた。
 むくれた顔をしながら白野の横に密着するように座る。
「怖かったよね。」
「怖いんじゃなくてね、恥ずかしかったの。」
「恥ずかしいって。」
「ほら、今日のスカート実はあの日はいてたスカートなんだよ。」
 結構丈が短い。それで縄梯子を降りたら。
「想像しない、おバカ。」
「いたい、いたいって、耳つねんないで。」
「仲がいいわね。」
 蔵良も入ってきた。
「先生、お着替えの方はベッドに置いておきました。」
「すまないね、身の回りのことを頼んで。」
 独身で身内のいない吉良に着替えなどを準備してくれる人間は、蔵良しかいなかった。
「そんな、あたしと先生の仲じゃありませんか。」
 蔵良は嬉々として身の回りの世話をしている。日参して下着などの洗濯もやっているのだ。
「あの日、ボロボロになった服を着替えさせたんです。下着だって変えたんですから。」
 撃たれた箇所とあたる部分に『発火能力』で穴を開けもしている。焼き焦げていたので、警察も撃たれた跡と疑わなかった。後日、ボロボロになった服一式と合わせてゴミに出している。
「服を着替えさせてくれたことには感謝しているがね。」
 そうしなければ、どうして服がボロボロなのか説明せねばならず対応に苦慮しただろう。
「さて、最後にビルの1階で監視していた2名と、弁護士たちの反撃で気絶していた3名ですが。」
「壮絶でしたね。結局5名とも投降を拒否し、発砲して応戦。」
「逮捕された2名は、気絶していたこともあり、救急車で病院に搬送中に回復。同乗していた警官から事情を聴くや警官を隠し持っていたナイフで刺し、救急車を乗っ取ってビルに戻り包囲する警官たちに突入。」
「それを見た5人が呼応するべくビルから飛び出します。ここで激しい銃撃戦となり7人全員死亡しました。警察にも死者5名、負傷者19名の被害が出ています。」
「甲斐組、そんなに大きな暴力団ではありません。それがいかにしてこのような武装をしたのか、詳しい捜査が待たれるところです。」
 TVはCMに切り替わった。
「さ、白野くん帰ろう。お昼用意してあるから。」
「ありがとう。」
 白野は黒江の手を握った。黒江も握り返してくる。
 二人は一緒に立ち上がった。
「それでは先生、失礼します。」
「たまには見舞いに来てくれ。」
「来なくていいよ坊や。アタシがいるから。」
 そう言って蔵良は吉良の横に座った。黒江同様密着する位置に。
「どうしましょうか、先生?」
「お邪魔虫にならない方がいいんじゃない。」
「黒江ちゃんまで。年寄りをいじめるとバチがあたるぞ。」
「馬に蹴られて死んでも知らないよ、アタシは。」
「そうですね、白野くん行こ。」
「おいおい。」
 黒江に引っ張られるかのように白野は談話室を出た。
「白野君、バイトは終わったわけじゃない。事務所は再開するから、その時は来てくれ。」
「わかりました。」
 返事だけして、白野は黒江の隣に並んだ。
「ところでさ、お昼何?」
「サンドイッチ。夜は色々用意してあげるから楽しみにしてね。」
 にこやかな黒江の笑顔がまぶしい。
 これからも何があるのかわからない。でもこの笑顔だけは全力で守ろう。そう白野は誓っていた。
                      
                                                Fin.
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