おバカな超能力者だけれども…

久保 倫

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灰野音也(2)

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「チンピラでもサツに駆け込むことはできる。あの時お前に負けたチンピラがサツに駆け込んでいればお前さん今頃ムショで臭い飯食ってるぜ。今日日のサツは『使用者責任』で上の者を上げようとする。下手をすれば阿部までパクられているかもしれねえ。江戸川さんも、その辺を危惧しているのかもしれん。甲斐よ、お前さんもう少し丸くなりな。」
「丸くですか。ヤクザはなめられたら終いです。」
「そうだな。だが、そこをなんとかできるのが本物のヤクザだと思っている。」
「矛盾してます。」
「しねぇ。」
 灰野が粘りつくような重い空気を発し始めた。
 後ろで隆平が息をのむのがわかる。こいつは、肚をくくらないと対抗できん。
「簡単に言えば、尊敬される人間になることだ。畏敬と言い換えてもいいかもしれん。そうなるには、お前さん血の気が多すぎる。」
 甲斐は異を唱えたかった。だが唱えればどうなるか。
「渋谷に来て、甲斐組を立て直したのは見事だった。だが、チンピラとの抗争は冷や汗もんだ。反撃するのはわかるが、やり過ぎて危うく死人が出るところだったのはまずい。」
「反撃せねば、こちらが潰されるところでした。」
「それは、わかる。だが、やり過ぎはいけねえ。チンピラどもを潰すんじゃない。言うことを聞かせる。そこでヤクザの器量が試される。」
「言っても聞かないバカはいます。」
「そこをきかせるのが器量だ。昔は、どうしようもないガキの最後のしつけを俺達ヤクザが担ってきたが、それと同じだ。」
「そうおっしゃるなら、やはり俺に跡目は無理です。俺には器量がありません。」
「ドアホウッ!!」
 雷のごとき一喝が飛んだ。後ろで隆平がすくみあがるのを感じながら、甲斐は必死に冷静さを保った。
 一喝の後、灰野が発する空気は更に重くなった。
「さっきから黙ってきいてりゃ、四の五のぬかしやがって。」
「俺は事実を申し上げているだけです。とてもじゃありませんが、新星会の跡目を担う器量はありません。」
 空気が重くねばりつくようにまとわりつく。その中でも甲斐は、必死に反論した。
「なら身につけろ。」
「精進しておりますが、残念ながら未だに未熟者でございます。」
「精進が足らんのだ。質量ともに高い試練を経て器量は身につく。今のお前さんは、それから逃げているヘタレだ。」
 甲斐は、灰野と真っ向から向かい合う。かけられる重圧の中、灰野の言葉を咀嚼した。
「総長は、俺に新星会の跡目を継げ。それが質量ともに高い試練だとおっしゃる?」
「やっとわかってくれたか。」
 わずかに、空気が軽くなった。
「年上の先代の舎弟衆や久島をはじめとする年上の兄弟分をまとめつつ、新星会を運営する。そりゃキツイだろう。だが、それがお前さんを大きくする。」
「簡単におっしゃられても。」
「逃げるんじゃない。お前は一人じゃねえ。おい!はいんな!」
「失礼します!」
 応接室のドアが開いた。姫乃や本座が入ってくる。
「お前たち…。」
「亮から連絡がありましたので飛んできました。」
「俺も裕から連絡を受けました。」
「よく部屋住みをしつけてるじゃないか。こういう時にキチンと動く。」
「こちらの姫乃の仕事です。」
「お前さんが、関西からの流れもんかい。」
「姫乃です。非才ながら副組長をやらせて頂いております。」
「話は聞いてる。関西で親に盃突っ返したんだってな。」
「はい、そんな自分に兄弟分の盃をくれた組長に、わずかでも恩を返そうと頑張っております。」
「だ、そうだ。いい舎弟もいる。子分もいる。そして俺もいる。」
「灰野総長…。」
「お前さんは、一人じゃない。支えてくれる下の者も、ささやかだが手を差し伸べる俺もいる。」
「俺に新星会の跡目をそんなに継がせたいのですか?」
「そうだ。確かに今のお前さんじゃ危うい。だが、明日のお前さんは、立派に務まると思うとる。新星会の跡目を継げば、お前さんは俺の子だ。親として指導もする。場合によっては、俺の兄弟分や本家の親父に助力も仰ぐ。」
「ご本家の?」
「あぁ、親父は立派な方だ。さっき言った尊敬される人間のいい手本となる方だと俺は思うとる。お前も組長に会い、その薫陶をうければわかるだろう。」
 いつの間にやら空気が軽い。灰野が組長のことを言う度、軽くなるようだ。それだけ尊敬しているのだろう。人間好きな人間のことを話すとき、なかなか負の感情を出せないものだ。
「いいか、甲斐。機会ってのはなかなか回ってくるもんじゃない。無理をする必要のある時ってのは人生必ずあるんだ。頑張れよ。」
 灰野は立ち上がった。
「じゃあ、帰るわ。お茶ありがとな。」
 そう言いながら後ろに控えている若者に目配せする。若者はバックから何やら取り出した。
「こちらをお納めください。」
 それは札束だった。
「灰野総長!?」
「人の家に手ぶらで伺えるわけないじゃろ。手土産じゃ受け取ってくれ。お茶代や若い連中への小遣いも込みや。」
 そう言って応接室を出た。
「それにしても、あの時の若造が立派に一家を構えるとはな。」
「自分は、ヤクザのことを何も知らん若造でした。お恥ずかしい真似をしました。」
「そりゃ、堅気がヤクザの詳しいルール知るわけないからな。しょうがない。」
「親父、何をしたんですか?」
 本座!余計なことを。甲斐がそう思っても、言葉は消えることは無い。
「なんや、甲斐は話したことないんか。」
 灰野は玄関に向かう足を止めた。
「お前らの組長はな、先代の新井組組長が外出した時に、子分にしてくれと履歴書持ってきて直訴したんや。当然、無礼なやつということで、周りのもんにボコボコに袋叩きにされとる。」
「本当ですか!?」
 新井組の部屋住みになるには、色々ルールがあるが、最低限直参の推薦が必要となっている。甲斐はそれを知らず、どうせヤクザになるなら頂点に近いところに入ろうと直訴に及んだのだった。
「おうよ、そこで「儂がこいつを預かる
」と庇ったのが、江戸川さんよ。俺はその場で見ているから間違いない。」
「ちなみに、そこにおられる灰野総長からも鉄拳を一発頂いたよ。倒れとる俺の髪を掴んで引き起こしてくださったんだ。」
「そうじゃったかの。」
 さすがに灰野は、笑いながら目をそらした。
「えぇ、あの一発は骨身にしみましたのでよく覚えております。総長のお顔と一緒に。」
「ま、人間失敗して成長するということだ。お前らの組長も、そうやって成長しとる。お前らも色々失敗することもあるやろうが、乗り越えて頑張れ。」
 灰野は最後に、本座を始めとする組員や部屋住みに声をかけて、玄関から出て行った。
「本日は、お越しいただきありがとうございました!」
 甲斐をはじめとする全員で見送る。車の中から、灰野は手を振って返礼した。
 車が角を曲がるまで頭を下げ続けた。
 角を曲がり、視界から車が消えるや否や、甲斐は本座に素早くヘッドロックを決めた。
「余計なことぬかしてんじゃねぇっ!」
「すんませんっ!」
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