38 / 77
灰野音也
しおりを挟む
朝7時、甲斐の朝食の時間である。たとえ5時まで呑んでいても。
「組長、おはようございます!」
食堂で支度している部屋住みたちが、大きな声であいさつしてくる。
「おはよう。」
席に着くとまず緑茶が出てくる。そしてご飯とみそ汁、卵と納豆、塩サバの切り身が並ぶ。
「いただきます。」
ゆっくりとみそ汁を飲む。酒で疲れた胃に染み込み、活力を与えてくれるようだ。
「今日は誰が当番かの?」
「自分です。」
「信吾か、うまいぞ。」
「ありがとうございます!」
「お前らも食え。冷めないうちにな。」
「はい!」
部屋住みたちは、自分たちの茶碗にご飯をよそい始めた。
食事を終え、席を立つ。
「今日は日曜だ。俺はゆっくりしているから、呼ばれない限り4階に来るな。」
「かしこまりました!」
食堂を出て4階にあがりゆっくりとトイレに入る。
素早く便器に取り付き、胃の中のものを吐き戻した。
「やっぱ、キツイの。」
鳶井達の勝利に終わった出入りの祝杯に顔を出し、そのまま5時まで呑んだのだから仕方ない。
寝ていれば良さそうなものだが、若い者たちに呑み過ぎて朝寝などするな!生活をキチンとしろと説教する手前そんなことはできない。下の者に無様な姿は見せられないのだ。
ベッドに横になり、本を読んでいるとベッドサイドの固定電話が鳴った。着信音から内線とわかる。
「俺じゃ、何かあったか?」
「組長!下田一家の灰野総長がお越しになっています!」
「何?」
新星会の上部団体の名前を聞いて甲斐は、跳ね起きた。
「とりあえず、応接室に通しております。」
「よし、すぐに行く。失礼のないようにな!」
このようなことがあるから、気を緩めることができない。
「失礼いたします。」
甲斐は、先に座っている灰野音也に一礼してから応接室に入った。
「おはよう、連絡もなしに来て悪かったな。お前さんの組だ。固くならなくてもいいだろう。」
「はい。」
そうは言うが、甲斐にとって格上の人物である。非礼は禁物だ。
「娘が渋谷に行くというので車で一緒に来たんだが、こんないかつい親父が一緒じゃ娘がうっとしがるからな。しょうがないんで、お前さんのところに茶をご馳走になりにきた。」
「粗茶で申し訳ありません。」
「そんなことはねぇ、茶菓子もうまい。」
「だそうだ、隆平。よかったな。」
お茶を煎れた部屋住みに声をかける。
「恐れ入ります!」
「下の者もよくしつけているようじゃないか。いい返事を返す。」
「副組長の姫乃がよくやってくれてます。自分ではありません。」
「下がいいのは、上の人間次第さ。あの関西からの流れもんがよく働くのは、お前さんがいいからだ。」
「過分なお言葉、痛み入ります。」
「どうだ、選挙の方は?」
やはりそちらか。
「何もしておりません。」
「何もしておりませんって、おまえ。噂は本当なのか。甲斐は選挙に関し票固めなどしていないってのは。」
「事実です。今の自分に跡目を継ぐ力量が無いからです。久島の兄さんが継ぐべきと思っております。」
「そうか、俺はあると思っている。謙遜は必要だが、度が過ぎると害にしかならんぞ。」
「はい。」
甲斐は、まだ若干痛む頭をフル回転させ始めた。ここからが本番だ。
「江戸川さんがなにやら動いている。今の組長も先代もあの人に結構頼っていたからな。無視はできん。」
「正直、先々代が久島の兄さんを跡目にと言ってくだされば楽なのですが。」
「江戸川さんが言わないのではない。言えないのだ。それほどお前さんは無視できない存在感を示している。そうでなければ、あの人もさっさと久島に跡目を継がせて終わらせている。」
灰野は一息入れた。
「親父に新星会の跡目に関し、俺らに意見を言うなと言わせているのもあの人さ。甲斐よ、お前さんあの人と仲が悪いのか?そんな話は今まで聞いたことが無かった。」
「自分は、思い当たるところがありませんが、何か不始末をしているのでしょう。不徳の致すところです。」
「あの人、阿部に『甲斐と盃を交わせ。それが最初の仕事だ』と言って引退したんだ。不始末があればそんなことは言わんだろ。」
「そうでしたか。」
「それ以降、江戸川さんも引退して阿部が死ぬまで、お前さんと大した接触もあるまい。」
「はい。ただ、拾って頂いた恩がありますので盆暮れなどはさせて頂いとります。」
「気に食わんもんを送られたからとへそ曲げるお人でもないからな。だとすると。」
お茶をすする。
「お前さんに関する噂か。不逞外国人との付き合いがあるっていう。」
「外国人との多少のつきあいはございます。」
「この国際化のご時世だ。全く付き合いを持たねえってのは不可能だが、深い付き合いはいかん。それが新井組の不文律だ。これだけは曲げられん。どの程度の付き合いだ?」
「近々、旅行代理店をしのぎの一つとして始めようと思っております。その中で、在日韓国人や在日中国人の方々と接触しております。」
「合法な付き合いか。それなら構わんと思うが。正直、本家もマフィアなんかとの付き合いはある。海外の組織は構わんが、日本に来て構成した組織や支部なんていうのはダメだ。それだけは覚えておけ。」
「承知しております。」
「あの人も、その辺気にしているのだろう。誤解は解いておけ。」
「誤解と言いますと、自分が中華系や韓国系に取り込まれた人間だという噂でしょうか、やはり。」
「それしかあるまい。」
「お恥ずかしい話ですが、しのぎを求めて池袋に行きましたが、中華系や韓国系ににらまれ、尻尾を巻いて逃げました。これ以上の事実はありません。」
「それは、江戸川さんに言え。俺はお前を信じているから。」
「恐れ入ります。近々、機会を設けて頂けるよう姉さんを通じてお願いします。」
「そして、お前さんは、ここ渋谷に来たんだよな。」
「はい、その後紆余曲折ありまして、ここ渋谷で一家を構えております。」
「ここでのことは耳にしてる。俺がお前さんを認めるようになったきっかけだからな。」
「そうでしたか。」
「そうでなければ、お茶をご馳走になりに来ないさ。結構な暴れっぷりだったそうじゃないか。」
「チンピラ相手です。大したことはありません。」
あの折のことを思い出す。先代の甲斐組組長との出会い、姫乃や本座との出会い。甲斐組の立て直しとそれに伴う抗争。
一つ間違えれば今頃どうなっていたか。
「そうチンピラだった。でもな、一つ間違うとあぶねえところでもあった。」
灰野の口調が変わった。
「組長、おはようございます!」
食堂で支度している部屋住みたちが、大きな声であいさつしてくる。
「おはよう。」
席に着くとまず緑茶が出てくる。そしてご飯とみそ汁、卵と納豆、塩サバの切り身が並ぶ。
「いただきます。」
ゆっくりとみそ汁を飲む。酒で疲れた胃に染み込み、活力を与えてくれるようだ。
「今日は誰が当番かの?」
「自分です。」
「信吾か、うまいぞ。」
「ありがとうございます!」
「お前らも食え。冷めないうちにな。」
「はい!」
部屋住みたちは、自分たちの茶碗にご飯をよそい始めた。
食事を終え、席を立つ。
「今日は日曜だ。俺はゆっくりしているから、呼ばれない限り4階に来るな。」
「かしこまりました!」
食堂を出て4階にあがりゆっくりとトイレに入る。
素早く便器に取り付き、胃の中のものを吐き戻した。
「やっぱ、キツイの。」
鳶井達の勝利に終わった出入りの祝杯に顔を出し、そのまま5時まで呑んだのだから仕方ない。
寝ていれば良さそうなものだが、若い者たちに呑み過ぎて朝寝などするな!生活をキチンとしろと説教する手前そんなことはできない。下の者に無様な姿は見せられないのだ。
ベッドに横になり、本を読んでいるとベッドサイドの固定電話が鳴った。着信音から内線とわかる。
「俺じゃ、何かあったか?」
「組長!下田一家の灰野総長がお越しになっています!」
「何?」
新星会の上部団体の名前を聞いて甲斐は、跳ね起きた。
「とりあえず、応接室に通しております。」
「よし、すぐに行く。失礼のないようにな!」
このようなことがあるから、気を緩めることができない。
「失礼いたします。」
甲斐は、先に座っている灰野音也に一礼してから応接室に入った。
「おはよう、連絡もなしに来て悪かったな。お前さんの組だ。固くならなくてもいいだろう。」
「はい。」
そうは言うが、甲斐にとって格上の人物である。非礼は禁物だ。
「娘が渋谷に行くというので車で一緒に来たんだが、こんないかつい親父が一緒じゃ娘がうっとしがるからな。しょうがないんで、お前さんのところに茶をご馳走になりにきた。」
「粗茶で申し訳ありません。」
「そんなことはねぇ、茶菓子もうまい。」
「だそうだ、隆平。よかったな。」
お茶を煎れた部屋住みに声をかける。
「恐れ入ります!」
「下の者もよくしつけているようじゃないか。いい返事を返す。」
「副組長の姫乃がよくやってくれてます。自分ではありません。」
「下がいいのは、上の人間次第さ。あの関西からの流れもんがよく働くのは、お前さんがいいからだ。」
「過分なお言葉、痛み入ります。」
「どうだ、選挙の方は?」
やはりそちらか。
「何もしておりません。」
「何もしておりませんって、おまえ。噂は本当なのか。甲斐は選挙に関し票固めなどしていないってのは。」
「事実です。今の自分に跡目を継ぐ力量が無いからです。久島の兄さんが継ぐべきと思っております。」
「そうか、俺はあると思っている。謙遜は必要だが、度が過ぎると害にしかならんぞ。」
「はい。」
甲斐は、まだ若干痛む頭をフル回転させ始めた。ここからが本番だ。
「江戸川さんがなにやら動いている。今の組長も先代もあの人に結構頼っていたからな。無視はできん。」
「正直、先々代が久島の兄さんを跡目にと言ってくだされば楽なのですが。」
「江戸川さんが言わないのではない。言えないのだ。それほどお前さんは無視できない存在感を示している。そうでなければ、あの人もさっさと久島に跡目を継がせて終わらせている。」
灰野は一息入れた。
「親父に新星会の跡目に関し、俺らに意見を言うなと言わせているのもあの人さ。甲斐よ、お前さんあの人と仲が悪いのか?そんな話は今まで聞いたことが無かった。」
「自分は、思い当たるところがありませんが、何か不始末をしているのでしょう。不徳の致すところです。」
「あの人、阿部に『甲斐と盃を交わせ。それが最初の仕事だ』と言って引退したんだ。不始末があればそんなことは言わんだろ。」
「そうでしたか。」
「それ以降、江戸川さんも引退して阿部が死ぬまで、お前さんと大した接触もあるまい。」
「はい。ただ、拾って頂いた恩がありますので盆暮れなどはさせて頂いとります。」
「気に食わんもんを送られたからとへそ曲げるお人でもないからな。だとすると。」
お茶をすする。
「お前さんに関する噂か。不逞外国人との付き合いがあるっていう。」
「外国人との多少のつきあいはございます。」
「この国際化のご時世だ。全く付き合いを持たねえってのは不可能だが、深い付き合いはいかん。それが新井組の不文律だ。これだけは曲げられん。どの程度の付き合いだ?」
「近々、旅行代理店をしのぎの一つとして始めようと思っております。その中で、在日韓国人や在日中国人の方々と接触しております。」
「合法な付き合いか。それなら構わんと思うが。正直、本家もマフィアなんかとの付き合いはある。海外の組織は構わんが、日本に来て構成した組織や支部なんていうのはダメだ。それだけは覚えておけ。」
「承知しております。」
「あの人も、その辺気にしているのだろう。誤解は解いておけ。」
「誤解と言いますと、自分が中華系や韓国系に取り込まれた人間だという噂でしょうか、やはり。」
「それしかあるまい。」
「お恥ずかしい話ですが、しのぎを求めて池袋に行きましたが、中華系や韓国系ににらまれ、尻尾を巻いて逃げました。これ以上の事実はありません。」
「それは、江戸川さんに言え。俺はお前を信じているから。」
「恐れ入ります。近々、機会を設けて頂けるよう姉さんを通じてお願いします。」
「そして、お前さんは、ここ渋谷に来たんだよな。」
「はい、その後紆余曲折ありまして、ここ渋谷で一家を構えております。」
「ここでのことは耳にしてる。俺がお前さんを認めるようになったきっかけだからな。」
「そうでしたか。」
「そうでなければ、お茶をご馳走になりに来ないさ。結構な暴れっぷりだったそうじゃないか。」
「チンピラ相手です。大したことはありません。」
あの折のことを思い出す。先代の甲斐組組長との出会い、姫乃や本座との出会い。甲斐組の立て直しとそれに伴う抗争。
一つ間違えれば今頃どうなっていたか。
「そうチンピラだった。でもな、一つ間違うとあぶねえところでもあった。」
灰野の口調が変わった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる