上州無宿人 博徒孝市郎

久保 倫

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三十七

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 孝市郎が横沢の軍吉一家に着いた時には、夕暮れが辺りを支配し始めていた。
 軍吉一家は、人の出入りの多い活気づいた雰囲気に包まれていた。
 何事かあるのだろうか?
 孝市郎は疑問に思いながら、大二郎に案内されるまま中に入った。
 途中の部屋通りかかった部屋から「五・六の半!」という声が聞こえる。
 襖の合間から見ると盆ゴザがあり丁半博奕が行われているのが見えた。おそらく軍吉一家の常賭場(毎日開催される賭場)なのだろう。
 ただ、こんな村の中で普通は開帳しない。大前田一家では、赤城山の中だ。
「なんだ、博奕やりてえのか。」
「いや、ちょいと目に入っただけだ。さっさと軍吉親分に挨拶させてくれ。」

「初めまして、馬場村の孝市郎です。」
 案内された部屋で普通に孝市郎は軍吉に頭を下げた。
「軍吉だ、楽にしてくれ。」
 顔を上げて孝市郎は改めて軍吉を見た。
 小太りの体躯から迫力はそれほど感じない。栄五郎のような巨漢に接して慣れてしまったからだろうか。
「二年前、佐十郎との喧嘩を見てなかなかのもんだと感心してたんだ。これから頼むよ。何しろ相手はおっかない奴らだからね。」
「はい。」
「おいおい、堅気みてえな返事をするんだな。」
「堅気なもんでね。」
 付け火をほのめかして強引に引っ張るような奴に愛想を振舞うことだけはできない。
「まぁまぁ、仲間同士で喧嘩するもんじゃないよ。今日から早速働いてもらうんだからね。」
「今日から?」
 さすがにいきなり捕縛に参加とは思っていなかった。
「あぁ、大前田栄五郎の賭場を手入れする。案内をよろしく頼むよ。赤城山の中くらいしかわかっていないからね。ちょっと前まで大前田一家にいたならわかるだろう。」
 にこやかな顔で言う軍吉に絶句する。
「賭場を手入れって。」
「おいおい、兄さん。大二郎から聞いてないのかい。」
「ご公儀の仕事の手伝いとしか聞いていません。」
 孝市郎は、大二郎の方を向いた。
「お上は博奕を禁止なさっている。だから博奕場である賭場を手入れする。当たり前だろう。」
「ここにも賭場はあるじゃねえか!」
「ここのはお上の御用を勤める費用を賄うための、御用博奕だ。」
「御用博奕だぁ?そんなもの聞いたことねえぞ。」
 確かに犯罪の取り締まりには費用が掛かる。だがその費用を賄うために賭場を開くなど聞いたことが無いし、許されるはずもない。博奕を取り締まるために博奕をやるなど矛盾も甚だしい。
「だがね、実際に費用はこうしないと賄えないんだよ、孝市郎。あれこれ言わずに従ってもらうよ。」
「親分もそうおっしゃってる。わかったな。」
 口でそう言う大二郎の目が、聞かなかったらどうなるか、と言っているように孝市郎には感じられた。
 付け火をほのめかすような男である。付け火までいかずとも闇討ちの類は考慮すべきであろう。
「わかりました。」
「わかってくれればいい。日が落ちてから出発するよ。日が落ちて博奕が盛り上がっているところに踏み込む。」
 賭場が盛り上がっているからと言って、見張りをおろそかにするようなことはいないが、賭場の客の中には酒を飲んで動きが鈍くなっている客もいるだろう。
 もし、客が逃げ遅れ捕縛されるようなことがあれば、大前田一家は賭場の客を保護できぬと評判を落とすことになる。
 それを狙っての賭場の手入れなのだろう。
「出発まで時間はある。ゆっくりしてくれ。賭場の隣に客人達に待機してもらってる。」
「わかりました。」
 考市郎は一礼して立ち上がり部屋を出た。
「大二郎、目を離すなよ。」
「承知しております。」

 部屋に入ると数人の男達が車座になっている。
 見れば車座の中心に丼が置いてある。チンチロリンをやっているのだろう。
 加わる気の無い考市郎は、壁際に座った。
「兄さん、あんたも栄五郎親分の賭場の手入れに行くのかい?」
「はい。」
 車座の一人が話しかけてきたので、返事だけ返した。
「兄さん、ここを出るまでサイコロやらねえか。」
「あいにく持ち合わせが無いんで。遠慮します。」
「何でぇ、素寒貧かい。」
 興味を無くしたのか、視線を丼に戻した。
 考市郎にしてみれば、チンチロリンどころではない。どうやって栄五郎に手入れを知らせるか。
 部屋から出て入って来た玄関にむかう。
「おい、考市郎。どこに行く?」
 大二郎が声をかけてきた。
 やはり監視されているか。
「用を足してえんだけど、厠はどこだい?」
「それなら……。」
 教えられた場所に厠はあった。中に入る。
 厠の窓には格子がはめ込まれている。抜けるのは無理だろう。
 外れないかと思い近寄って外を見ると、なんと小津次がいた。
「……小津次、お前どうしてここに?悌五は?」
 声が大きくならないよう、一呼吸おいて話かける。厠の外で聞き耳を立てられているかもしれないのだ。注意するに越したことはない。
「僕もいるよ。」
 悌五も近寄って来た。
「考市郎兄ちゃんを見かけたからついてきた。兄ちゃん、どうして軍吉親分のところにいるの?」
「話は後だ。大前田の親分に伝えてくれ。賭場に手入れがあると。」
「大前田の親分に伝えるの?」
「そうだ、急いでくれ。親分の一大事なんだ。」
「わかった。悌五、行くぞ。」
 親分の一大事に二人の表情も変わった。
 うまく手入れより先に一家に接触できるかは賭けだ。子供の足だし、日も暮れる。道に迷うかもしれない。
 そんな時分に行かせて申し訳無いと思うが、やむを得ない。二人も世話になった恩を返してくれ。
 考市郎は、そんなことを考えながら二人を見送った。
 
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