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二十八
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翌朝二人に朝餉の膳を運んで、考市郎は二人の前に座った。
「お客人、博徒の習いで明日にお客人には旅だってもらわなきゃならねえ。一宿一飯のとりもちもいつまでもというわけにはいかねえ。」
小津次の表情が硬くなる。追い出されると思ったのだろう。
「もしお客人がよろしければ、手前に行き先を手配させてもらいてえ。いかがでしょうか?」
客間に一瞬沈黙が満ちる。
「……お願いします。」
小津次の返事は、辛うじて聞き取れた。
「では、しばしお待ちを。」
客間から出ると茂三がいた。
「どうすんだ、おめえ。」
「取りあえず、昨日おめえが調べてくれた親族にもう一度置いて貰うよう頼んでみる。」
「おたえ、あいつらの親父の妹だ。」
「おたえさんか、ありがとうよ。」
孝市郎は茂三に背を向けた。
「ま、やるだけやってみな。大方、因果含めて追い出すおちだと思うけどよ。」
茂三の言葉は、小さかったので孝市郎に届くことは無かった。
栄五郎の許可をもらって堀越村に行ってみた。
「うるさいよ!帰っとくれ!」
おたえは、手にした桶の水をぶっかけかねない勢いでまくし立ててきた。
「話を聞いてくれ。」
「聞いたよ、大前田の親分の所に草鞋を脱いでるんだろう。」
脱ぐ草鞋なんぞなかったぞ。
そう言い返したいのを飲み込み孝市郎は言葉を続けた。
「お兄さんの子だ。可愛くないのですか。」
「ないね、兄貴にはさんざん迷惑かけられてきたんだ。人足の稼ぎで博奕やって好き勝手やって、こっちは尻ぬぐいさせられていい迷惑だったんだ。」
「そうかもしれねえが。」
「あたしにだって、亭主も子供もいるんだ。そっちの方が可愛くて大事だよ。小津次も悌五も兄貴が面倒見ればいい。父親なんだからね。」
とうとう水をぶっかけられた。
「さぁ、帰っとくれ!大前田一家の名前を出せば恐れ入ると思ったかい!軍吉親分に頼るって手もあんだからね!」
ここまでか。だがわらの一本でも掴まずに帰ることはできない。
「せめて、お兄さんがどうやって金を工面するとか聞いていないか?」
「さぁね、預ける時十日かそこらで帰ってくるって言ってた。」
「そう言ってから今日で何日になる?」
「三が日を過ぎた頃だから、今日で十日だよ。」
「どこに行くとか言ってなかったか?」
「江戸の方に行くみたいなことは言ってたね。」
「ありがとう。もしお兄さんが戻ってきたら二人は大前田一家にいると伝えてくれ。」
「それくらいは、言ったげる。さぁ、さっさと消えとくれ。こっちだって忙しいんだ。」
手詰まりを感じつつあったが孝市郎に諦めると言う選択肢は無い。あの二人を放り出すことを弟を放り出すように感じているのだ。
「要吉さんにお願いするか。」
しかし、親のことを助言してきたことがひっかかる。要吉もコクトリの金を減らされただけでない。今まで蓄えた金の一部を栄五郎に「施しの足しにしてくれ」と切り餅(二十五両の包み)一つ出している。
やはり、家計が厳しいと見るべきだろう。
自分ではあの二人を養うような資金は稼げない。
「いっそ、信州に向かい源七さんの厄介になるか。」
政五郎改め源七は、自分を意外に買ってくれている。三人で厄介になるか。
そう思い計算してみる。
五十両を二十年でと言ってくれた。自分の食い扶持を別にしての計算だから年二両半貰える計算になる。
「無理か。」
とても養える額ではない。
そもそも信州までの旅費が無い。前は行く先々の貸元の所に泊めて貰ったが、自分とあの二人では泊めて貰えまい。
五十両という大金に舞い上がった考えでしかないようだ。
その後、孝市郎は近所にあの二人に叔母以外の親族がいないか聞いてみた。
いることはいた。母親の姉が現在江戸に移り住んでいるという。
江戸まで送るか。
すぐにその考えは捨てた。費用を考えると現実的ではない。
仮に送れたところで、引き取ってもらえない可能性もある。実際その人がどのような生活を送っているのか知る人には出会えなかった。
手詰まりのまま戻った孝市郎を出迎えたのは茂三だった。
「どうだった?」
「水ぶっかけられたよ。」
「この寒い中か、大変だったな。」
「あの二人の今後を考えればな。俺はまだなんとかなるけどな……。」
ふと思いついたことがあった。
「どうした、何か思案顔になったが。」
「茂三、お前の実家で二人を預かってもらえないだろうか?」
「はぁ!?」
「いやよ、あの二人が寒空の下に追い出されなけりゃいいだけだから、おめえの実家でと思ったんだが。」
「馬鹿野郎!俺は博徒になると言い出してからこっち勘当に近い状態なんだぞ!一応家に顔出した時は相手にしてもらえたが、結構態度が冷てえ。」
「最近、顔出したんだ。」
「昨日、大胡宿から帰る途中寄ってみた。親分のところに頭下げに行ってもらってもう二年。もう博徒同然に思われているのかもしれねえ。」
「なんだ、寂しげじゃねえか。大親分になるって夢はどうしたい。」
「捨てちゃいねえが、親を捨てた覚えもねえってことに気が付いたかな。」
「博徒の大親分なんて無宿人が普通じゃねえか。しょうがねえだろ。堅気に戻るか?」
「今更。どのみち三男坊なんててめえで人生切り開くか、兄貴に使われるか、どちらかでしかねえ。俺は自分の力で人生切り開くって決めたんだ。」
「そうか。」
こいつはこいつなりに自分の人生考えているんだよな。
そう思うと孝市郎は自分の中途半端さに思い至った。
博徒にならねえ、と啖呵を切りながら、二年経った今でも大前田一家の飯を食っている。
博徒になる気は今でもないが、答えを出せていない以上動けない。
加えて、親元にも帰れない。
博徒でもなく、堅気なのかもしれないが、これで食える職も無い。
この二年で掃除や洗濯などにずいぶん慣れたぐらいが人に言えることだが、稼ぎになりそうにない。
自然、ため息が漏れた。
「どうした、今度はおめえがしけた面してんじゃねえか。」
「いや、ちょっとな。」
「さっきの話だがよ、おめえこそ親に頼んでみたらどうだ?」
「無理だよ、相手してもらえねえ。色々あって親分の下に行くことになった翌日から顔合わせていねえんだ。」
「駄目で元々よ。俺だって昨日行った時そう思って行ったんだ。」
「冷たいって言ったじゃねえか。」
「冷たいが、相手にはしてもらえた。ちなみに俺は無宿人になってねえとも言われたよ。」
「そうか。」
「親ってのは、ま、出来の悪い子ほどかわいいなんて言うくれえだし、当たってみちゃどうよ。」
「考えてみるよ。」
「お客人、博徒の習いで明日にお客人には旅だってもらわなきゃならねえ。一宿一飯のとりもちもいつまでもというわけにはいかねえ。」
小津次の表情が硬くなる。追い出されると思ったのだろう。
「もしお客人がよろしければ、手前に行き先を手配させてもらいてえ。いかがでしょうか?」
客間に一瞬沈黙が満ちる。
「……お願いします。」
小津次の返事は、辛うじて聞き取れた。
「では、しばしお待ちを。」
客間から出ると茂三がいた。
「どうすんだ、おめえ。」
「取りあえず、昨日おめえが調べてくれた親族にもう一度置いて貰うよう頼んでみる。」
「おたえ、あいつらの親父の妹だ。」
「おたえさんか、ありがとうよ。」
孝市郎は茂三に背を向けた。
「ま、やるだけやってみな。大方、因果含めて追い出すおちだと思うけどよ。」
茂三の言葉は、小さかったので孝市郎に届くことは無かった。
栄五郎の許可をもらって堀越村に行ってみた。
「うるさいよ!帰っとくれ!」
おたえは、手にした桶の水をぶっかけかねない勢いでまくし立ててきた。
「話を聞いてくれ。」
「聞いたよ、大前田の親分の所に草鞋を脱いでるんだろう。」
脱ぐ草鞋なんぞなかったぞ。
そう言い返したいのを飲み込み孝市郎は言葉を続けた。
「お兄さんの子だ。可愛くないのですか。」
「ないね、兄貴にはさんざん迷惑かけられてきたんだ。人足の稼ぎで博奕やって好き勝手やって、こっちは尻ぬぐいさせられていい迷惑だったんだ。」
「そうかもしれねえが。」
「あたしにだって、亭主も子供もいるんだ。そっちの方が可愛くて大事だよ。小津次も悌五も兄貴が面倒見ればいい。父親なんだからね。」
とうとう水をぶっかけられた。
「さぁ、帰っとくれ!大前田一家の名前を出せば恐れ入ると思ったかい!軍吉親分に頼るって手もあんだからね!」
ここまでか。だがわらの一本でも掴まずに帰ることはできない。
「せめて、お兄さんがどうやって金を工面するとか聞いていないか?」
「さぁね、預ける時十日かそこらで帰ってくるって言ってた。」
「そう言ってから今日で何日になる?」
「三が日を過ぎた頃だから、今日で十日だよ。」
「どこに行くとか言ってなかったか?」
「江戸の方に行くみたいなことは言ってたね。」
「ありがとう。もしお兄さんが戻ってきたら二人は大前田一家にいると伝えてくれ。」
「それくらいは、言ったげる。さぁ、さっさと消えとくれ。こっちだって忙しいんだ。」
手詰まりを感じつつあったが孝市郎に諦めると言う選択肢は無い。あの二人を放り出すことを弟を放り出すように感じているのだ。
「要吉さんにお願いするか。」
しかし、親のことを助言してきたことがひっかかる。要吉もコクトリの金を減らされただけでない。今まで蓄えた金の一部を栄五郎に「施しの足しにしてくれ」と切り餅(二十五両の包み)一つ出している。
やはり、家計が厳しいと見るべきだろう。
自分ではあの二人を養うような資金は稼げない。
「いっそ、信州に向かい源七さんの厄介になるか。」
政五郎改め源七は、自分を意外に買ってくれている。三人で厄介になるか。
そう思い計算してみる。
五十両を二十年でと言ってくれた。自分の食い扶持を別にしての計算だから年二両半貰える計算になる。
「無理か。」
とても養える額ではない。
そもそも信州までの旅費が無い。前は行く先々の貸元の所に泊めて貰ったが、自分とあの二人では泊めて貰えまい。
五十両という大金に舞い上がった考えでしかないようだ。
その後、孝市郎は近所にあの二人に叔母以外の親族がいないか聞いてみた。
いることはいた。母親の姉が現在江戸に移り住んでいるという。
江戸まで送るか。
すぐにその考えは捨てた。費用を考えると現実的ではない。
仮に送れたところで、引き取ってもらえない可能性もある。実際その人がどのような生活を送っているのか知る人には出会えなかった。
手詰まりのまま戻った孝市郎を出迎えたのは茂三だった。
「どうだった?」
「水ぶっかけられたよ。」
「この寒い中か、大変だったな。」
「あの二人の今後を考えればな。俺はまだなんとかなるけどな……。」
ふと思いついたことがあった。
「どうした、何か思案顔になったが。」
「茂三、お前の実家で二人を預かってもらえないだろうか?」
「はぁ!?」
「いやよ、あの二人が寒空の下に追い出されなけりゃいいだけだから、おめえの実家でと思ったんだが。」
「馬鹿野郎!俺は博徒になると言い出してからこっち勘当に近い状態なんだぞ!一応家に顔出した時は相手にしてもらえたが、結構態度が冷てえ。」
「最近、顔出したんだ。」
「昨日、大胡宿から帰る途中寄ってみた。親分のところに頭下げに行ってもらってもう二年。もう博徒同然に思われているのかもしれねえ。」
「なんだ、寂しげじゃねえか。大親分になるって夢はどうしたい。」
「捨てちゃいねえが、親を捨てた覚えもねえってことに気が付いたかな。」
「博徒の大親分なんて無宿人が普通じゃねえか。しょうがねえだろ。堅気に戻るか?」
「今更。どのみち三男坊なんててめえで人生切り開くか、兄貴に使われるか、どちらかでしかねえ。俺は自分の力で人生切り開くって決めたんだ。」
「そうか。」
こいつはこいつなりに自分の人生考えているんだよな。
そう思うと孝市郎は自分の中途半端さに思い至った。
博徒にならねえ、と啖呵を切りながら、二年経った今でも大前田一家の飯を食っている。
博徒になる気は今でもないが、答えを出せていない以上動けない。
加えて、親元にも帰れない。
博徒でもなく、堅気なのかもしれないが、これで食える職も無い。
この二年で掃除や洗濯などにずいぶん慣れたぐらいが人に言えることだが、稼ぎになりそうにない。
自然、ため息が漏れた。
「どうした、今度はおめえがしけた面してんじゃねえか。」
「いや、ちょっとな。」
「さっきの話だがよ、おめえこそ親に頼んでみたらどうだ?」
「無理だよ、相手してもらえねえ。色々あって親分の下に行くことになった翌日から顔合わせていねえんだ。」
「駄目で元々よ。俺だって昨日行った時そう思って行ったんだ。」
「冷たいって言ったじゃねえか。」
「冷たいが、相手にはしてもらえた。ちなみに俺は無宿人になってねえとも言われたよ。」
「そうか。」
「親ってのは、ま、出来の悪い子ほどかわいいなんて言うくれえだし、当たってみちゃどうよ。」
「考えてみるよ。」
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