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二十六
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「叔父御、ひでえじゃねえですか。」
年も開け、松も取れた一月下旬、栄五郎の下を訪れた忠治が開口一番に言ったのは、抗議だった。
忠治は、ほとぼりが冷めたと判断して、先年の秋に上州に戻り、国定村に一家を構えている。
「ひどいことねえ。俺は佐位郡の救い主、忠治親分と違って悪さばっかしてるから、何のことやら見当があり過ぎてわからねえ。」
「銭や米の件でさぁ。叔父御と俺の共同でやったのに、俺一人でやったことになっている。」
年末、栄五郎と忠治は縄張りの貧困層を対象に、家庭ごとに金一両と米一俵を村の名主を通して配っている。
加えて、米穀商にも米を安く売るよう依頼している。これに関しては先年栄五郎が上方や江戸を回って可能な限り安く仕入れられるよう手配したのが功を奏している。
「博徒ってのは、己がやったことを吹聴しないもんだ、と教えてくれたのは、叔父御でしょう。」
「だから、だ。」
「……だから俺に功績を押しつけたと。」
「そうよ。生き馬の目を抜く渡世で、人に任せちゃいけねえこともあるってこった。わかったな、忠治。」
「叔父御にゃかなわねえなぁ。」
負けを認めざるを得ない忠治だった。
島村の伊三郎を斬って上州にその人ありと勢い盛んな忠治にしても、己に博徒のなんたるかを仕込んだ栄五郎には、まだまだ勝てそうもない。
栄五郎と忠治が談笑いる時、考市郎は土間の片付けをしていた。
「おまえら、ぼさっとしてるんじゃない。そこのゴミを捨ててこい。」
考市郎が旅している間に、先輩達が子分になったため、考市郎と茂三が最も長い部屋住みとなっている。そのため自然、指示を出すようになっていた。
「今年くらい、盃貰えねえかな。」
「茂三、ぼやいてんじゃねえよ。手を動かせ。」
「おめえはいいよな。三井の卯吉親分や間の川の政五郎親分みてえな大親分に声かけてもらってよ。」
「そんなきょ…一昨年の話だぞ。向こうもとっくに俺のことなんざ忘れてら。」
言いながらも、あの手打ち式から経った時間に考市郎は驚かざるを得なかった。
俺もここに来てそろそろ二年か。
旅していたため、時間が早く過ぎた気がする。
考市郎がそんなことを考えていると、戸が開いた。
「お控えなさって。」
そう仁義を切る声は、子供のものだった。
「手前、生まれは甲州堀越村、名を小津次と申します。」
「へい。」
治郎と同じ位の年頃の子だな。
返事をしながら考市郎は、そんなことを考えていた。
「おい、おめえも名前を言うんだよ。」
小津次が後ろを向いてせかす。
小津次の後ろから、小さな男の子が出てきた。小津次より小さい。三歳くらい年下ではないかという子が小津次の背中から出てきた。
「てまえは悌五ともうします。」
「おいおい、なんだおまえら…。」
子供に近寄ろうとする茂三を考市郎は、手で制した。
制しつつ子供達を観察する。
服は、ぼろぼろで繕われた形跡も無い。足は裸足で泥だらけ。顔も体も全身ホコリまみれだ。
「一宿一飯の義理に………。」
そう言って口の動きが止まった。どう言っていいのかわからないようだ。
悌五の腹が鳴った。
空腹に耐えかね、博徒のふりをして食事にありつこうと思ったのだろう。
そう思うと考市郎は、たまらなくなった。
「かしこまりやした。」
「おい、考市郎!」
さすがに茂三が声を上げる。
「すまん、この子らを見捨てられねえ。」
茂三を制し、小声で返事をする。
「俺の飯を食わせるから黙っていてくれ。」
「知らねえからな。」
昨今の米や麦の高騰で食事にはうるさくなっている。無断で食事をさせたことがばれたらどうなるか。
それでも考市郎には、二人を見捨てることはできなかった。
裏手に案内し、絞った手拭いで二人に顔や体を拭かせる。
その間にお湯を入れた濯ぎのたらいを準備してやる。
小津次が悌五の顔を拭いているのを見て、俺は治郎をこんなに世話していただろうか、と身につまされる思いだった。
「足濯いで上がっておいで。飯用意するから。」
二人は上がり框に座ってたらいに足を入れる。
「兄ちゃん、たらい暖かいよ。」
「そうだな。」
「お湯が冷めねえ内に濯いでくれ。」
そう声をかけて、厨に入る。
昼の分を手早く握り飯にして、香の物をさっと切って皿に並べ膳にのせた。
「こっちに来て。」
自分達の部屋に二人を案内する。
「どうぞ。」
座った二人の前に膳を置くや否や、二人は握り飯にかぶりついた。
「ゆっくりな。」
水を持ってきてやろう。そう思いながら部屋を出た考市郎の耳が足音を捕らえた。
足音のする方を見ると栄五郎がこっちに向かって来るのが見えた。
その後ろに手を合わせて頭を下げる茂三も見えた。栄五郎に絞められ、二人のことをしゃべったのだろう。
恨む気は無い。
ただあの二人は守ってやりたい。考市郎は土下座した。
「親分、申し訳無い。だけど………。」
「いいからそこをどきな。」
「あの二人……。」
「どけと言ってるだろう。」
力では栄五郎にかなわない。突き飛ばされあっさり転がされる。
栄五郎は、部屋に入った。
二人を出来る限りはかばおうと、考市郎は立ち上がり、部屋に入ろうとして見たものは、正座し頭を下げる栄五郎だった。
「上様にお初にお目にかかります。手前は大前田一家の貸元、姓名発しますは大前田栄五郎と申します。」
二人は、突然入って来た大男に驚いたのか、喉を詰まらせ目を白黒させている。
「所用によりご挨拶が遅れましたご無礼、平にご容赦願います。」
「手前は、小津次です。」
「ぼ……、てまえは悌五です。」
二人も必死に飯を飲み込み正座して挨拶する。
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。」
そう言って栄五郎は立ち上がり、考市郎の方を向いた。
「このどあほう!客人には丼飯二杯が作法だろうが。とっとと二杯目分を持って来い!」
いいのか?目で栄五郎に訴える。
「さっさとしねえか!」
考市郎に否応は無い。立ち上がり厨に向かう。
「申し訳ございません。気の利かねえ子分で。お見苦しい所をお見せしております。」
栄五郎は、二人には、ひたすら低姿勢だった。
考市郎が丼と追加の香の物や味噌を乗せた膳を持って来ると、栄五郎が客間に二人を案内している所だった。
栄五郎は膳を受け取ると考市郎を蹴り飛ばした。
「このどあほう!客人をむさ苦しい所に案内してんじゃねえ。客間はここだろうが!」
二人に向かうと表情が変わる。
「申し訳ありやせん。火の気のねえような部屋に通す馬鹿な子分で。本当に躾けが行き届いてねえ所をお見せして、お恥ずかしい限りでございます。」
平身低頭だ。
「こちらこ…痛み入り…ます。」
兄の方が返事をするが切れ切れだ。
「おい!客人はお疲れだ!布団を敷け!」
「へい。」
考市郎は、押入を開けて布団を出す。
「そっとやらねえか、ホコリが舞う。飯がまずくなるだろう。」
「へい。」
注文が多い、と思いながらもゆっくりと布団を出す。
ちらっと二人を見ると相当疲れていたのだろう。悌五の方は船を漕ぎ出していた。
「遅えぞ。客人が寝ちまう。さっさとしねえか。」
どうしろってんだ!
年も開け、松も取れた一月下旬、栄五郎の下を訪れた忠治が開口一番に言ったのは、抗議だった。
忠治は、ほとぼりが冷めたと判断して、先年の秋に上州に戻り、国定村に一家を構えている。
「ひどいことねえ。俺は佐位郡の救い主、忠治親分と違って悪さばっかしてるから、何のことやら見当があり過ぎてわからねえ。」
「銭や米の件でさぁ。叔父御と俺の共同でやったのに、俺一人でやったことになっている。」
年末、栄五郎と忠治は縄張りの貧困層を対象に、家庭ごとに金一両と米一俵を村の名主を通して配っている。
加えて、米穀商にも米を安く売るよう依頼している。これに関しては先年栄五郎が上方や江戸を回って可能な限り安く仕入れられるよう手配したのが功を奏している。
「博徒ってのは、己がやったことを吹聴しないもんだ、と教えてくれたのは、叔父御でしょう。」
「だから、だ。」
「……だから俺に功績を押しつけたと。」
「そうよ。生き馬の目を抜く渡世で、人に任せちゃいけねえこともあるってこった。わかったな、忠治。」
「叔父御にゃかなわねえなぁ。」
負けを認めざるを得ない忠治だった。
島村の伊三郎を斬って上州にその人ありと勢い盛んな忠治にしても、己に博徒のなんたるかを仕込んだ栄五郎には、まだまだ勝てそうもない。
栄五郎と忠治が談笑いる時、考市郎は土間の片付けをしていた。
「おまえら、ぼさっとしてるんじゃない。そこのゴミを捨ててこい。」
考市郎が旅している間に、先輩達が子分になったため、考市郎と茂三が最も長い部屋住みとなっている。そのため自然、指示を出すようになっていた。
「今年くらい、盃貰えねえかな。」
「茂三、ぼやいてんじゃねえよ。手を動かせ。」
「おめえはいいよな。三井の卯吉親分や間の川の政五郎親分みてえな大親分に声かけてもらってよ。」
「そんなきょ…一昨年の話だぞ。向こうもとっくに俺のことなんざ忘れてら。」
言いながらも、あの手打ち式から経った時間に考市郎は驚かざるを得なかった。
俺もここに来てそろそろ二年か。
旅していたため、時間が早く過ぎた気がする。
考市郎がそんなことを考えていると、戸が開いた。
「お控えなさって。」
そう仁義を切る声は、子供のものだった。
「手前、生まれは甲州堀越村、名を小津次と申します。」
「へい。」
治郎と同じ位の年頃の子だな。
返事をしながら考市郎は、そんなことを考えていた。
「おい、おめえも名前を言うんだよ。」
小津次が後ろを向いてせかす。
小津次の後ろから、小さな男の子が出てきた。小津次より小さい。三歳くらい年下ではないかという子が小津次の背中から出てきた。
「てまえは悌五ともうします。」
「おいおい、なんだおまえら…。」
子供に近寄ろうとする茂三を考市郎は、手で制した。
制しつつ子供達を観察する。
服は、ぼろぼろで繕われた形跡も無い。足は裸足で泥だらけ。顔も体も全身ホコリまみれだ。
「一宿一飯の義理に………。」
そう言って口の動きが止まった。どう言っていいのかわからないようだ。
悌五の腹が鳴った。
空腹に耐えかね、博徒のふりをして食事にありつこうと思ったのだろう。
そう思うと考市郎は、たまらなくなった。
「かしこまりやした。」
「おい、考市郎!」
さすがに茂三が声を上げる。
「すまん、この子らを見捨てられねえ。」
茂三を制し、小声で返事をする。
「俺の飯を食わせるから黙っていてくれ。」
「知らねえからな。」
昨今の米や麦の高騰で食事にはうるさくなっている。無断で食事をさせたことがばれたらどうなるか。
それでも考市郎には、二人を見捨てることはできなかった。
裏手に案内し、絞った手拭いで二人に顔や体を拭かせる。
その間にお湯を入れた濯ぎのたらいを準備してやる。
小津次が悌五の顔を拭いているのを見て、俺は治郎をこんなに世話していただろうか、と身につまされる思いだった。
「足濯いで上がっておいで。飯用意するから。」
二人は上がり框に座ってたらいに足を入れる。
「兄ちゃん、たらい暖かいよ。」
「そうだな。」
「お湯が冷めねえ内に濯いでくれ。」
そう声をかけて、厨に入る。
昼の分を手早く握り飯にして、香の物をさっと切って皿に並べ膳にのせた。
「こっちに来て。」
自分達の部屋に二人を案内する。
「どうぞ。」
座った二人の前に膳を置くや否や、二人は握り飯にかぶりついた。
「ゆっくりな。」
水を持ってきてやろう。そう思いながら部屋を出た考市郎の耳が足音を捕らえた。
足音のする方を見ると栄五郎がこっちに向かって来るのが見えた。
その後ろに手を合わせて頭を下げる茂三も見えた。栄五郎に絞められ、二人のことをしゃべったのだろう。
恨む気は無い。
ただあの二人は守ってやりたい。考市郎は土下座した。
「親分、申し訳無い。だけど………。」
「いいからそこをどきな。」
「あの二人……。」
「どけと言ってるだろう。」
力では栄五郎にかなわない。突き飛ばされあっさり転がされる。
栄五郎は、部屋に入った。
二人を出来る限りはかばおうと、考市郎は立ち上がり、部屋に入ろうとして見たものは、正座し頭を下げる栄五郎だった。
「上様にお初にお目にかかります。手前は大前田一家の貸元、姓名発しますは大前田栄五郎と申します。」
二人は、突然入って来た大男に驚いたのか、喉を詰まらせ目を白黒させている。
「所用によりご挨拶が遅れましたご無礼、平にご容赦願います。」
「手前は、小津次です。」
「ぼ……、てまえは悌五です。」
二人も必死に飯を飲み込み正座して挨拶する。
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。」
そう言って栄五郎は立ち上がり、考市郎の方を向いた。
「このどあほう!客人には丼飯二杯が作法だろうが。とっとと二杯目分を持って来い!」
いいのか?目で栄五郎に訴える。
「さっさとしねえか!」
考市郎に否応は無い。立ち上がり厨に向かう。
「申し訳ございません。気の利かねえ子分で。お見苦しい所をお見せしております。」
栄五郎は、二人には、ひたすら低姿勢だった。
考市郎が丼と追加の香の物や味噌を乗せた膳を持って来ると、栄五郎が客間に二人を案内している所だった。
栄五郎は膳を受け取ると考市郎を蹴り飛ばした。
「このどあほう!客人をむさ苦しい所に案内してんじゃねえ。客間はここだろうが!」
二人に向かうと表情が変わる。
「申し訳ありやせん。火の気のねえような部屋に通す馬鹿な子分で。本当に躾けが行き届いてねえ所をお見せして、お恥ずかしい限りでございます。」
平身低頭だ。
「こちらこ…痛み入り…ます。」
兄の方が返事をするが切れ切れだ。
「おい!客人はお疲れだ!布団を敷け!」
「へい。」
考市郎は、押入を開けて布団を出す。
「そっとやらねえか、ホコリが舞う。飯がまずくなるだろう。」
「へい。」
注文が多い、と思いながらもゆっくりと布団を出す。
ちらっと二人を見ると相当疲れていたのだろう。悌五の方は船を漕ぎ出していた。
「遅えぞ。客人が寝ちまう。さっさとしねえか。」
どうしろってんだ!
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