か弱い力を集めて

久保 倫

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「言うてくれるな、嬢ちゃん。」

 顔、引きつってますよ、ウーゴさん。

「言いますよ、こんな小娘のところにまで足を運んで、ジャネスの資金を断とうとするのですから。」

 ねえ。

「ワシがジャネスを恐れているとでも言いたいのかね。」
「警戒している、とは思ってました。」
「……。」

 あっ、口が滑ったって顔してる。

「へぇ~、ウーゴさんは、ジャネスを恐れていたんですね。」
「勘違いせんようにな、お嬢ちゃん。ワシがあの程度の男を恐れると思うのか。」
「今、思うようになりました。」
「勘違いじゃ、恐れてなどおらん。」
「では、なぜ『お嬢ちゃん』と呼ぶような小娘の所に来て、資金源を断とうとするのですか?」
「なぜに、ワシがジャネスの資金源を断とうとしておると考える。ワシは、ただお嬢ちゃんの稼いだ金が巡り巡って博打に浪費されているのを見過ごせんだけじゃ。」

 誤魔化そうとしちゃって。

「ウーゴさん、あなたが斡旋する人は、良質な労働者として評価されているのですよね?」
「そ、そうじゃが。」
「あちこちから引き合いが来る。ひょっとして貴族や王室からも依頼があるのではありませんか?」
「あるが、それがどうしたのかね?」

 いらだってますね。
 小娘相手にクールになれないで、名門の親分って勤まるのでしょうか。

「依頼が多いのなら、お父様に恩を売るような真似をせずともよろしいのでは?」
「いいや、お父上に接近して悪いことは無い。お父上は金払いのいい、優秀な顧客なのでな。」

 ウーゴさんは、ペンネを口にします。
 その表情に余裕が見えます。

 ちょっと、ウーゴさん落ち着きを取り戻したみたい。
 しくじりました。
 
 怒らせてその内心を語らせようと思ったのですが、さすがに簡単にはいかないようです。

 ウーゴさんがジャネスをうっとおしく思っているのは、私の推測ですが、間違いないと思います。
 でもそれを認めない限り、ウーゴさんの説得は続くでしょう。

 どうすれば、ウーゴさんの説得をやめさせられるのか……。


「なんだっ!てめえら!!」


 屋敷の表の方から怒声が。

「なんじゃ、キロスの奴……。」
「お連れの方ですか?」
「うむ、まぁ。」
「様子を見に行かせましょうか?」
 お父様が、気を使って言いましたが。
「いや、まぁワシのところの若いもんのことで、そちらのお手を煩わすわけには。」

 そう断って、ウーゴさんは、立ち上がりました。

「ちょいと、若い連中の所に。」
「大丈夫ですか?」
「なに、ワシはカタギに手を出すな、と厳命しております。大事にはさせません。」

 そう言われても心配です。

 ケンカ沙汰に……。

「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」

 心配した傍から、絶叫が。

「失礼ですが、今の悲鳴、お連れ様では?」

 足を速めるウーゴさんの背中に声をかけましたが、返事はありません。

 お父様の方を見れば、立ち上がっています。
 現場に向かうつもりでしょう。

「イシドラ、お願いできる?」
 屋敷の中から出てきたイシドラに声をかけます。
「表に行くのじゃな、お嬢様。あんまりすすめられんが……。」
 一緒に出てきたエルゼ達の方に視線を向けます。
「他に商会の警護もおるし。」
「何か、危険なの?」

 表のこと、イシドラ何か知っているみたい。

「どうも通りがかりのヤクザとウーゴ殿の連れとの間に諍いがあったようじゃ。詳しいことはわからんが、けが人もいるじゃろうから、お嬢様に言われずとも行かねばなるまい。」
「通りがかりのヤクザって……。」
「まぁ、この商会にケンカを売るようなことはせんじゃろう。」

 うん、そうだよね。

「いちおぉ、言いますけどぉ、危なくなったら屋敷に、あたしと一緒に戻ってくださぁい。」
「わかった、ウルファ。」

 ウルファに返事をして、表に向かった。


「おめえら、何をやっているっ!!」

 中庭を出て一度屋敷に入り、外に出ようというところでウーゴさんの大声が響きました。

 ドスの利いた声。

 自分に向けられたら、さすがにすくんでしまうな、と思いながら玄関から外に出ます。
 早足で、ウーゴさん達の近くへ。

 門を挟んで、ウーゴさんの連れと思しき人たちと向かい合っているのは……。

「えっ?」

 あの貧民街の親分、ジャネスでした。
 手を後ろに組んでふんぞり返ってます。

「お前ら、あれほどおとなしくしろ、メイア商会でもめ事を起こすな、ときつく言っておいただろうが。」

 驚く私に気が付くはずもないウーゴさんは、お供の人達を怒鳴っています。

「ですが、ウーゴ親分、ジャネスの野郎……。」
「ジャネスが何を言おうが、関係ない。お前たちがじっとしていればいい。」
「しかし……。」
「キロス、ワシの言うことが聞けんのか!」

 私に向かって言っているわけではありません。
 それでも、プレッシャーが伝わってくるウーゴさんの背中。

「悪いがどいてくれ。言うこともあろうが、人の命がかかっておるでな。」

 そう言ってイシドラは、血を流して倒れている人に近寄ります。

「これはひどい。」
「助かりますか?」
「助けてみせるわ。」

 そう言ってイシドラは、両手を突き上げました。

「お嬢ちゃん?」
 声をかけられても、イシドラは無視して詠唱を始めます。
「ジュルフ・ガイヤル……。」

 イシドラの手が光ります。

「この嬢ちゃん……。」
「えぇ、イシドラは、治癒魔術を心得ています。」

 さすがに驚くウーゴさんの隣に近寄って説明します。

「ナダバ!」

 イシドラは、傷口に光る手を振り下ろしました。

 光が傷口を包むと、明らかに血の流れが止まりました。
 そして、光が徐々におさまっていき、傷が塞がっていきます。

「これで大丈夫じゃ。傷は塞いだ……。血を失っておるから……すぐには目を覚ますまいが……。」

 肩で息しながらイシドラが説明します。

「ありがとう、お嬢ちゃん。ポンセを助けてくれて。」
 そう言いながら、キロスと呼ばれた男性がイシドラに頭を下げます。
「ワシからも礼を言う。至らん子分だが、出来の悪い子ほどかわいい、というやつでな。」
「何、医者として当然のことをしたまでじゃ。」
 そう言いながらイシドラが立ち上がります。
「イシドラ、ありがと。無理はしないで。」

 さっとイシドラの傍らによって支えます。

「お嬢様……大丈夫。これくらいのことで。」
「いいって。普段、魔術使いたがらないのに。」
「人の命には代えられん。魔術を使わんのは、こういう緊急事態に備えるためじゃからな。」

 大分、回復したみたい。息切れはなくなってます。


「無理すんねえ、お嬢ちゃん、バカなヤクザや主のためによぉ。」

 ジャネス、うるさいわよ。

 そんな気持ちを込めてにらみつけますが、ジャネスは気にする気配もありません。

「どうだい?その治癒魔術の腕、俺のために使わねえか?俺は年齢で人を差別しねえ男だ。」

 ジャネス……イシドラを引き抜く気?


「その証拠によ。」

 そう言って振り返り、一人の男の子を引っ張り出します。


「カリスト君!?」
 
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