か弱い力を集めて

久保 倫

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「ジャネス親分に知られないよう、連れ出せる、バジリオ君?」
「やってみるさ。こないだ、貴族のお屋敷を抜けてまくってバレなかったのは伊達じゃない。」

 緊張はしてますが、自信はありそうです。

「ごめんね、私は雇う女性の旦那さんのことしか考えてなかった。」
「ちょいと甘いね。」
「すいません。」
「でも、銀貨1日1枚は魅力的だよ。断るには惜しい。」

 グラシアナさん、かなり揺れているようです。

「グラシアナさん、もしこの話を受け、取り纏め役をやって頂けるのでしたら、月に銀貨3枚出勤日数に関係なくお支払いします。」
「銀貨3枚!それも日数に関係なくかい!」
「取り纏め役という難しいポジションをこなしてもらう以上、当然のことです。」
「取り纏め役か、ひょっとして皆に秘密厳守を徹底させるのも仕事かい。」
「はい。」

 それを納得の上で引き受けてもらわねばなりません。

「お嫌でしたら、銀貨一枚お支払いします。口外しないことを誓約するこの書類にサインしてお引き取り下さい。」
 グラシアナさんの前に口外しないことを誓約する契約書を差し出します。
「サイン、グラシアナおばちゃんのは、こうだよ。」

 バジリオ君が白紙に見本を書きます。

「そういや、あんたカリスト同様、読み書きができたんだったね、アズナールに教えてもらって。」
「へへ。」
「あの子も読み書き計算できるのにね。」
「そうだよ、オイラ以上にあいつできるぜ。」
「なのに、あの子はヤクザになるなんて言い出して……。将来は商人になってアタシを楽にさせてやるんだ、って言ってたのに。」

 グラシアナさんは、ちょっと考え込んでから口を開きました。

「お嬢さん、お話お引き受けします。」
「よろしいのですか。簡単なことではありませんよ。」
「承知しています。私も自信をもってお引き受けしているわけではありません。雇った女達に守秘義務を徹底させられるかも正直、自信はありません。」
「えぇ、私も、無理を言っていることは承知しています。」
「ですが、やります。そうやって稼いで、あんたの助けなんかいらない、アタシが母親として子供を助けられるんだって、あの子にみせてやる。」

 グラシアナさんは、決意に満ちた表情で私を見据えます。

 これに応えねばなりません。

「契約書は用意しています。バジリオ君の見本を参考にお書き下さい。」
「あぁ。」

 グラシアナさんは、バジリオ君の書いた見本を見ながら、書類にサインします。

「ありがとうございます。」

 これで一歩前進です。

「聞いておくけど、男はダメなのかい?」
「博打をやらない方なら構いませんが。」
「それは……ダメだね。」

 概ね全ての男が博打をやると。
 想定はしてましたが、現実を突きつけられると、ため息しか出ません。

「博打をやるからダメなのかい。」
「はい、博打をやると言うことは、稼いだ金の大半をジャネス親分に吸い上げられるということですから。」

 博打をするな、とは言いませんが、家族を養うためのお金もつぎ込んでは意味がない。

 あの街にいる男は、稼いだ金を全て博打に使っている。

 運よく博打に勝てても、それを家族に使う男は、極めて少数。

 その極少数の男も、次第に博打で勝った金を再度博打に使うようになる。

「女ならば子供のためにお金を使います。そして育てられた子供は、大人になって子をなし育てる。この繰り返しが社会の営みだと思います。」
「難しいことはわかんない。でも、女なら子のために金を使うってのはわかる。アタシにも、その気持ちはある。実際に持ってないから使えないけどね。」
「これからは持てるんですよ。」

 グラシアナさん、カリスト君をヤクザにしないために、何かやるつもりなんだろう。

「そうだね、銀貨が何枚もあれば、貧民街を出て、まっとうな部屋を借りて暮らせる。」

 夢見るような表情。

 貧民街を出て、カリスト君と暮らす夢を見ているのでしょう。
 当然カリスト君は、ヤクザにならず商人を目指すわけで。
 

「保証人などは任せて下さい。」
「いいのかい?」
「はい、雇った他の人も保証します。」
「大盤振る舞いだ。いいのかい?」
「私にも利益がありますから。」
 簡単に説明します。
「安定した収入と生活。これをつかんだ人間は、それを守るために全力を尽くします。」
「そうだね、誰だって安定した収入を手放したりはしない。」
「つまり仕事に励んでくれるわけで、私にも利益があるのです。」
「それはわかった。でも、それぞれの亭主に隠れてというのが難しい。いつかはバレるだろうね。」
「それでもやらないといつまでも、あの街から抜け出せません。」
「勝負しろって言うのかい?」
「はい。」

 言い切るしかありません。
 ここで迷いを見せられません。
 迷う人の言うことなど誰が聞いてくれるのか。

「貴女が稼いでいることを知れば、ご主人は暴力で取り上げるでしょう。そうなれば街からいつまでも抜け出せませんよ。」
「隠すしかないか……。」

 何か寂しげ。

「あの人も若いころは、いつかは街を出るんだって息巻いていたんだけどね。」
 カリスト君のお父さんもバジリオ君のお父さんと一緒だったんだ。
「夫婦だってのに隠してコソコソ物事を進めなきゃなんないなんてね。」

 カリスト君から聞いていましたが、やはり暴力があることを改めて実感させられました。

「わかった。でも聞いていいかい?」
「何でしょう?」
「どうして、あんた、貧民街の、それも女だけを雇おうとするんだい。秘密保持なら口の堅い人間なんていくらでもいるだろう。貧民街の女を安くこき使おう、という感じでもないし。」
「大した動機じゃありません。一応これでも将来の王妃なんです。クルス王子と婚約してますんで。」
「そうなのかい!?」

 さすがに目が大きく見開かれます。

「まぁ、肝心のクルス王子が廃立の危機にあるんで、一応と言っておきます。」
「それでも、あんた、貴族の令嬢だったのかい。」
「いえ、平民の娘ですよ。色々事情がありまして。」

 その辺は割愛。

「そんな私が、暴力に悩まされている、と知ってしまった人を見捨てるわけにはいきません。」
「それで、アタシ達に仕事を与えようと。」
「はい。それに国民が自立すれば、慈善事業なんて余計な手間暇をかけなくてもよくなります。その経費で別のこともできます。」
「あんたにも得があるってか。」
「えぇ、商人の娘ですから無料タダじゃ動きません。」
「しっかりしてるね。」
「あははは。カリスト君も商人になってくれれば、税金も取れますし。」
「ヤクザじゃ税金を払わないから、ダメってことかい。」
「はい。あ、でも……。」
「なんだい?」
「カリスト君、頭がいいからメイア商会の有力な商売敵ライバルになったらどうしましょう。」
「アハハハハ、そうなるかもね。アタシの息子は頭がいいからね。」
「どうしましょう。グラシアナさん、やっぱりこの話ナシということに。」
「あ、それはちょっと……。」
「すいません、冗談です。」
「あんたねえ。」

 二人顔を見合わせて笑います。

「もし、機会があればカリストを引き込むけどいいかい?」
「よろしくお願いします。もしカリスト君が協力してくれるなら、大いに助かります。」
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