か弱い力を集めて

久保 倫

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 アズナールの短槍とウジェーヌの剣がぶつかり、何度となく剣と槍が交差します。

「アズナール、負けるなぁ。」

 アズナールは返事することなく、短槍でウジェーヌの剣を防ぎ続けます。

「どうした?防戦だけじゃ勝てねえぞ。」
「わかってるさ。」

 そう返すだけで、アズナールの短槍がウジェーヌに振るわれることはありません。

「ウジェーヌの一撃、重い。」
「どういうこと、エルゼ?」
 素人の私にはわからないことがエルゼには、見えているようです。

「ウジェーヌの一撃、もし私のレイピアで受ければ折れる。」
「えっ?」

 エルゼのレイピアは、無論鉄製です。
 そう簡単に折れるはずが。

「そのくらい、ウジェーヌの一撃は重い。」
 威力があると言うことでしょうか。
「アズナールの槍、柄も鉄製だから受けられる。」
「それはわかるんだけど、アズナールの槍裁きなら逆襲できると思うんだけど。」

 アズナールの槍裁き、見せてもらったことがあります。
 素人目に見てもかなりのスピードでした。

「無理、ウジェーヌの一撃は重い。受けただけで体力を削られる。」
「どういうこと?重いものを持った時同様、疲労してるってこと?」
「そういう感じ。ウジェーヌの一撃が重いから、受けてさばくのでアズナール手一杯。」

 そんな。

「エルゼ、加勢して。」
「無理、一騎討ち。」
「そんなの無視すれば。」
「ダメ。ワタシはアズナールにお嬢様を任された。今、離れることはできない。」

 そう言いながら、エルゼは背後をちらっと見ます。

 じりっと寄ってきていた子分の動きが止まります。

「今、お嬢様から離れたら、お嬢様人質。」

 ……それは。
 エルゼの言う通りでしょう。
 もしエルゼが威圧してくれなければ、子分たちは私を簡単に取り押さえて人質にしちゃうでしょう。

 そうなれば、アズナールもエルゼも言うことを聞くしかない訳で。

「アズナール、頑張れぇっ!」

 私にできることなんてこれくらいですよね。

 私の声援を受けても、攻防に変化はありません。
 ウジェーヌが攻め、アズナールが守る。

 それが1時間も続きました。

「アズナールとやらやるな。オレの攻撃をこんなに長くしのぎ続けた奴はいない。」
「鍛え方が違うんでね。」

 1時間にわたり攻防を繰り広げても、アズナールの息が切れているようには見えません。

「先生、時間かけ過ぎですぜ。」
「すまん、こやつ思ったよりできる。」

 夕焼けが出始めています。

「嬢ちゃん、観念したらどうだ?大事な護衛がケガしたり死んだら嫌だろう。」
 言う通りですが。
「お嬢様、ジャネス親分の口車に乗らないで下さい。ぼくは大丈夫ですから。」
「アズナール。」
「主に指示すんのか。飼い犬は黙ってろ。」
「あら、下の者に意見させるのも、上に立つ者の責務よ。」

 この声、まさか。

「イルダ様!?」

 どうしてこんなところに?

「なんだ、てめえ……。」

 一瞬ジャネス親分も見とれましたね。
 メイクして、赤と黒のドレスを着たイルダ様、とっても素敵です。

「ヒメネス伯爵家令嬢のイルダよ。貴方も名乗りなさいな。」
 高飛車に言ってのけます。
「ヒメネス伯爵家だぁ。へっ、相場で失敗して没落したって聞いてるが。」
「何のことかしら?没落した家の娘が、こんなに私兵を動かせると思って。」

 見ればイルダ様の後ろに結構な人数が。
 ジャネス親分率いる子分の数を上回ります。
 それも武装した屈強な男性ばかり。

 イルダ様に見とれて、気がつかなかったのでしょう。
 だらしなくのびていた鼻の下が、急激にしまります。

「さぁ、どうなさるの?」
 イルダ様が、高圧的な口調で迫ります。
「ワタシの私兵の方が数は上よ。おまけに武装も違う。」
「あんた……本気か?」
「伯爵家令嬢に対して、無礼な口をきくわね。」
 イルダ様の目が、スッと冷たくなります。
「名を持たない犬畜生以下の手合いに礼を求めるのは、無理なのかしら。」
「誰が犬畜生だぁ。舐めた口きくんじねえ。」
「イルダお嬢様、犬は叩いてしつけるしかないっしょ。」

 傍らに控えるオラシオが進言します。

「あなたの言う通りね。子細は任せるわ。」
「て、てめえら、やんのか?」
「名乗れと言われて名乗らないような駄犬が、ワタシの友人にして、将来の王妃たるロザリンドに噛みつこうとしているのを看過できないわ。」

 言葉使いといい、雰囲気といい、さすが伯爵家令嬢。
 この辺り、簡単に真似できそうにありません。

「けっ何が将来の王妃だ。亭主は、廃立寸前じゃねえか。」

 その通り。

 クルス王子の容姿にパラメータ振ったが故のバカさ加減は、広く知られています。

 何しろ、「軍事を実地で学ぶ」と言って内乱中の隣国に侵攻するのですから。
 しかも、半数の敵軍に敗れて逃げ帰る始末。

 男しか王位を継げないとなってなければ、とっくに廃立されてます。

 国王も、新しく男児をもうけるために愛妾を令嬢達の中から探す状況です。

「それでも、今はクルス王子は王太子で、ロザリンドはその婚約者。無礼が許されると思って。」
「……ちっ。」
「ロザリンド、こちらへ。」

 そう言われて私達は、イルダ様の近くに行きます。

「アズナール、命拾いしたな。」
「そういうことにしておくよ。」

 すれ違う時に、ウジェーヌとアズナールが、短く言葉をかわします。

「イルダ様、どうしてここに?」
「貴方を助けによ。話は歩きながらしましょう。」

 そうですね。
 ジャネス親分から離れた方がいいでしょう。
 彼らも貧民街に戻りつつありますが、油断は禁物。

「この人達はオラシオが手配してくれたの。」
「オヤジから、何かあったら兵を連れ出していいって言われてたっす。」

 バルリオス将軍、本当にお世話になりっぱなし。申し訳ないですね。

「で、連れ出す時にっすね、こいつらに約束したんすよ、メシおごるって。」

 オラシオのすがるような目。
 オラシオ、給料安いもんね。

「わかったわよ。私が主として奢ったげる。」

 うおぉぉぉっ!!という歓声。

 オラシオもアズナールも結構食べるよね。
 それがひぃふうみぃ…16人。
 結構大変なことになりそう。

 ま、しょうがないか。

「では、三日後の休みにお願いします。」
「今日はいいんですか?なら、お店予約してお待ちしてます。」
「楽しみにしてます!」

 そう言って彼らは、去って行きました。

「ロザリンド、ごめんなさいね、遅くなって。」
「そんなことはありません。むしろ早いと思いますけど。」
「あの子。」
 イルダ様が指す先に得意気に笑うバジリオがいました。
「バジリオが来てから40分かかったのよ。ワタシも行くと言い出したから。」
「20分足らずで行き着いたのですか?バジリオは。」
 アズナールが驚いてます。
「へへん、アズナール兄ちゃんから、方角と大体の距離は教えてもらったからね。」
「それで行き着いたのか。」
「それだけで行き着けないようじゃ、冒険者になってダンジョン潜れないだろ。迷子なっちゃうぜ。」
 確かに方向感覚や距離感は、大事でしょう。
「バジリオ君、冒険者になりたいの?」
「あぁ、冒険者になってダンジョンやらに潜って、お宝ゲットして母ちゃん楽にしてやりたいんだ。アリアンナにだって腹一杯食わせてやりたいし。」
「バジリオ君は、お腹一杯食べたくないの?」
「いやまあ。」

 食べたいよね。

「三日後いらっしゃい。あなたにも奢ったげる。妹も連れておいで。」
「え、いいの?」
「今日、皆を連れてきてくれたお礼。それとカリスト君も連れてきて。お願い。先日助けてもらったお礼、あの子のお父さんに取り上げられちゃったからさ。」
「カリストも?わかった。」

 そう言ってバジリオは、貧民街の方に去って行きました。

「いい子ね。」
「そうですね、イルダ様。あの子のおかげで助かりました。もちろんイルダ様にも。」

 あのあくまで上から目線な接し方。
 あれをナチュラルにこなすイルダ様に、ジャネス親分は、明らかに押されてました。

「これから、国王の愛妾の座を巡って色々戦わなきゃならないもの。ヤクザくらい相手できないといけないと思って。」

 そう、イルダ様もこれから、国王の愛妾となるべく、陰険な女の闘いに身を投じるのです。
 
 私の王妃の座を脅かしかねないイルダ様ですが、もし首尾よく国王の愛妾となり妊娠出産したら、私の今後の身の安全を保障する約束を結んでいます。
 私はその対価として、ドレスやアクセサリー、化粧品を提供することになっています。

「ひょっとして、これからの暗闘に対する模擬戦?」
「そんな感じかしら。気を強く持って、望まないといけないから。結構いい練習になったんじゃないかしら。」

 ヤクザとのやりあいが、模擬戦、というのもスゴイ話ですけど。
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