か弱い力を集めて

久保 倫

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「クルス、よくやりました。」

 父王の服喪が終わった式典での婚約破棄後、クルスは、母に呼び出されていた。
 婚約破棄に関し、何か言われるのであろう、と身構えていたが、賞賛の言葉だったので拍子抜けしてしまった。

「母上は、あの女との婚約を認めていたと思ったのですが。」
「認めていたのは亡くなった陛下です。私は認めておりませんでした。」
「そうでしたか。私は、母上も父上同様認めているものと思っておりました。」
「いいえ、私は反対だったのです。ですが、契約もあり反対しきれなかった。そのことでお前も、何年も悩んだでしょう。申し訳なく思っております。」

 契約とは、クルスが婚約者であったロザリンド・メイアの父ニールスと結んだ借金に関する契約である。

「それは、あの遠征のおり、私を補佐しなかった幕僚共が悪いのです。」

 クルスは、かつて自国アンダルス王国と国境を接する、内乱中のヤストルフ帝国に侵攻して、半数以下の軍に大敗している。

「あの無能共のせいで、亡き父より叱責され、売り言葉で損害を自力で回復させねばならなくなったために、あのような契約を交わさざるを得ず。」

 侵攻するにあたり、クルスは反対するまともな軍人を更迭し、イエスマンだけで幕僚チームを編成している。
 それが、半数程度の軍に大敗した理由である。

「もういいでしょう。あの時はあの時のこと。今は、あの悪魔のような女との婚約を破棄した、そなたの英断を喜ぶべきでしょう。」
「悪魔でございますか、母上。そこまで言いますか。」

 さすがにクルスは、笑ってしまう。
 身分の卑しさなど、欠点の多いロザリンドであったが、悪魔とまで言う気はクルスにはなかった。

「いいえ、悪魔です。クルス、そなたは母が慈善事業に力を入れておることは知っておろう。」
「はい、もちろん。母上の慈愛に満ちた行いは素晴らしいと思っております。」

 クルス自身は、慈善事業などに興味はない。
 貧民街のような所にわざわざ出向くなど酔狂としか思っていないが、この場は母の機嫌を取ることにした。

「あの女は、曲がりなりにもそなたの婚約者であった。それ故、将来の妃として相応しい慈愛の心を身につけさせんと慈善事業を手伝わせたことがある。」
「そうでしたね。私は色々と所用がありましたので、ご一緒しておりませんが。」

 嘘である。

 所用など特に無かったが、あの女と一緒にいるのも、母の慈善事業に参加するのも嫌だったので、用をでっち上げて逃げていただけだ。

「私の目の届くところでは、それなりにやっておりましたが……。」

 表情が怒りのそれに変わる。

「何事かあったのですか?」

 ここまで怒りをあらわにするとは。
 何があったのか質問する。

「あれと慈善事業するようになって一月経った頃でしょうか。あれが貧民街の子供から金を取り上げているのを見たのです。」
「まさか!?」

 クルスにしても驚きであった。
 大商人の娘だけに金にうるさいところはあったが、子供から金を取り上げるようなことをする女だったろうか。
 にわかにクルスも信じられなかった。

「そなたは、母の言葉が信じられませんか?」
「いえ、失礼ですが、何か間違いということは?」

 かばう気はないが、信じられなかった。

「いいえ、慈善事業の合間にも、取り上げておりました。監視させていたので間違いありません。」

 国外に出る時までは、監視をつけられなかったが、王都でのそういう振る舞いが知れただけでも十分だと王妃は考えていた。

「しかし、母上。貧民街の子から金を取り上げると言いましても、あのような所の子が金を持つでしょうか?」

 クルスにしてみれば、その疑問もあった。

「そなたは、世の中というものを少し学びなさい。あのような所に住む子は、街のゴミを拾い、その中からくず鉄などを売っているそうです。慈善事業を共にする大司教が申しておりました。」
「は、左様でございますか。」

 学ぶ、ということが嫌いなクルスは、顔をしかめないようにするのに力を割かねばならなかった。

「このことを亡き陛下に告げ、大金をはたいてでも婚約を破棄するよう何度も進言いたしました。しかし、ロザリンドは、いつの間にか陛下をたぶらかしており、私の言葉を聞き入れられず……。」
「確かにあの女は、父上に気に入られていました。」

 そう、最初は、父もあのような下賎な女と婚約とは何事か、と叱責していたのに、いつの間にか「あれとの婚約はクルスの功績になろう」とまで言うようになっていた。

 一応婚約者だったから、父と接する機会もあったのは確かだ。
 その時に言葉巧みに取り入ったのだろうとは思っていたが、大貴族の令嬢であった母上以上に信用しているとは思わなかった。

「あの人も、晩年は女を漁ってばかりでしたから、その辺でたぶらかしたのかもしれません。」
「まさか、あれはそんなに魅力のある女ではありません。」

 さすがにそれは無いだろうとクルスは思う。
 あれ以上の美女など掃いて捨てるほどいる。
 第一、父が愛人としたのは、巨乳の女だった。あの女は好みから外れるはず。

 クルスは、好みが同じなだけに、男女の関係の可能性は排除していた。

「そうですが、世の中例外というのもあります。」
「かもしれませんが、もう終わったことです。あの女との婚約は破棄しました。あの女が私や母上の視界に入ることは無いのです。」
「そうですね。」
「金と物のやり取りだけはあるでしょう。あの女もその辺の付き合いは望んでおりました。まぁ、適当に有益な品は買ってやりましょう。」
「それはよいが……。ただ、あの女に金を取り上げられていた子供ら、わらわが化粧品事業に乗り出した頃に行方知れずとなっておる。大司教はどこぞに流れたのであろう、と申していた。どこでなにをしておるのか気になる。」
「母上が気に病むことではありますまい。」
「いや、あの女が関わっているのでは、と思うこと、今でもある。気になるのじゃ。」
「さようでございますか。」

 クルスは、母の言葉を右から左に聞き流していた。

 これからは、あの女も言っていたが、黄金の時代となる。その黄金の時代の王として、歴史に我が名、クルスを刻むのだ。
 貴腐ワインのような物を購入するような付き合いは必要だろうから、その辺りでやり取りはしようが、そのようなこと、王たる自分が手を煩わすこともあるまい。

 一ヶ月後、思いっきり、あの女と見下すロザリンドに頭を下げ、かつ復縁の望みを蹴とばされるとも知らず、クルスは、これからのことを妄想するのだった。


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