古からの侵略者

久保 倫

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壬生への好意

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「急に言われてもね、寝具の準備とかもあるし、女だけの住まいに急に男性を入れるのは難しいのよ。客間は、この子の荷物で一杯だし。」
「適当な場所で結構です。家に戻れば寝袋とかありますし。」
「そんな、お客を寝袋に寝かすわけにはいかないわよ。今日だけは勘弁してくれないかな。明日は大丈夫だから。」
「……今日は駄目ですか。」
「ええ、どのみち明日あなたも仕事でしょ。家に戻って準備が必要じゃない。」
「バイトなので、そう準備が必要なわけではないのですが。」
「え、壬生さんバイトだったんですか?」
「はい、色々ありまして。」
「それでも身だしなみくらい最低限整えなさい。ジーンズや靴なんか汚れたでしょ、着替えていらっしゃい。」
「そうですね、考えてみれば、汚れた格好でお邪魔して、失礼しました。」
「いいのよ、有希を助けてのことだし、ご飯は美味しかったわ。明日もよろしくね。」
「はい。ただ明日朝こちらに寄らせて頂きます。無事かどうかだけ、確認したいので。」
「壬生さん、電話でいいんじゃない?」
「いえ、もしあいつらに押し入られていたらと思うと。」
「それならね。」
 妙子は、イケアで買ったクロッキスを操作し、温度計表示にして置いた。
「アラームを8時にセットしたわ。もし押し入られたら、これに温度計以外にするから助けてちょうだい。」
「温度計なら無事ということですね。わかりました。」
 壬生は、立ち上がった。
「お言葉に従い、今日は引き上げます。ただ、戸締りだけはご用心下さい。」

 壬生が出て行ってから、永倉は食器を下げ洗い始めた。
「しかし、壬生君は隙が無いね。容姿は良くて、礼儀正しくて、作るご飯は美味しい。どうやったら、あんな完璧超人パーフェクトちょうじんが育つんだろ。」
「どうかな、壬生さん、高校の時警察受験して落ちたって。」
「そうなの?勉強ができないように見えないし、受け答えもしっかりしているけど。」
「警察って親族に犯罪者がいたら入れないって聞いたことあるけど……。」
「そうかもしれないけど……、有希、言いたいことがあるなら言いなさい。」

 妙子は、永倉が深刻な話をしたいのをその表情から悟った。

「壬生さん、多分だけどヤクザとつながりがあると思う。」
「どうしてそう思うの?」
「お昼だけど……。」

 長浜家でのことを説明する。

「思いっきりあやしいわね。」
「でも、壬生さん、何度呼ばれても無視したんだよ。それで怒らないってあり得るかな。」
「小倉って人から貰った名刺見せて。」
 永倉は、玄関に置いたままのバッグから、名刺を持ってきた。
 妙子は、永倉が名刺を取りに行っていた間にノートパソコンをリビングに持って来ていた。

「ちょっと調べてみるわね。」
 妙子が、名刺の住所を検索窓に打ち込むのを、永倉は横から覗き込んだ。
「ヒットしたわね。」

 検索結果の一つをクリックする。

「何です、これ?」

 サイトのタイトルは「ヤクザ事務所ストリートビュー検索」

「前にヤクザもののBL描くための資料探してて、見つけたの。」
 世の中色々なサイトがあるものだ。
 感心する永倉の前で、妙子は県別で福岡県を選択しチェックする。
 
「あったわ。士道会系春風組。組長、小倉 武。」

 名刺の住所と組事務所の所在地は一致した。
 紛れもなくあの大男は、ヤクザということだ。

「壬生さん、ヤクザと関係があるんだ。」 
「そうかもねって、有希!?」
「えっ、何叔母さん。」
「何って、どうしたの突然泣き出して。」

 頬に手をやると、確かに濡れた感触がある。

「お、叔母さん。」
「有希。」
「どうしよう、ヤクザの奥さんになったら漫画とか描けなくなるんじゃないかな。」
「そこ?」
「だって、壬生さんと結婚したらヤクザの姐さんだよ。漫画とか描けないんじゃない。私、今まで漫画とそれ以外なら、漫画を選べる自信があったけど、壬生さんとじゃ選べない。」

 漫画家になりたい。だからこそ、友達もおいて福岡に来れた。
 でも、壬生は置いていけない。
 そのことをはっきりと永倉は自覚した。

「っていうか、まず結婚考えてるとか図々しい。」
「叔母さんに言われたくない。」
「しゃあぁしい。」
 妙子は、珍しく博多弁で吠えた。
「壬生君の気持ちも確かめずに何言ってるか。あの子は、ただの好意だけで色々できるタイプだよ。」

 ……そうかもしれない。
 壬生は、今日危険を冒してくれたが、それで何か見返りを要求してこなかった。
 手すら握ってこなかった。

「それにね、極妻になっても漫画は描けるんじゃない。私なら、『再婚したら極道のおんなでした」ってタイトルで描くよ。描くなって言われても描く。止められるもんなら止めてみなってね。」
「叔母さん……。」
「漫画家になろうってなら、何でもネタにするつもりでね。描くのはどうしたって描くさ。最悪紙とペンがあればなんとかなるでしょ。」

 どんと胸を張る妙子に永倉は救われた想いになった。

「叔母さん、ありがとう!」
「こらこら。」

 抱きついてきた姪を立ち上がって受け止める。

「さ、泣いてる暇なんてないよ。客間の片づけ、明日壬生君が来るまでに終わらす。」
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