320 / 323
西京改名宣言
道中記
しおりを挟む
早駆けというほどではないが、それなりの速度で馬を走らせる。上海を出立してもう五日、それでも全行程の三分の一ほどでしかない。
「……また、人っ子一人いない村、か」
「陛下、あちらに墓が」
「ああ」
聞いてはいたが、その南京までの途上にある村々には人が一人も住んでいない。全部殺されたと言うことは流石にないだろうが、山側に作られた墓の数を見れば、この村の大半の者が此処にいるのだろうと言うことが分かる。
「曲がりなりにもお前達が殺される発端を作ってしまった者として、心から哀悼の意を送る。二度とこの地でこのようなことは起こさせんから、どうか安らかに眠れ」
各村でほぼ同種のことを言い、祈りを捧げて来た。彼等が一体どんな宗教を信じていたのか、それは分からない。でも、鎮魂の祈りなんて、だいたいどの宗教でも似たようなものだ。ただ彼等の死後の安息を願い、同じ轍は踏まぬと約束する。そして両手を合わせるのだ。
「右手は清浄を、左手は不浄を、祈りとは生者と死者の交わりのようなものだな」
「……陛下、先を急ぎましょう」
「ああ」
三成に急かされるまでもない。俺とて早く南京に行きたいと焦ってはいるのだ。とは言え、各村でほんの数分。全て合わせても一刻と言ったところだろう。大日本帝国皇帝として無視して通るわけにはいかない。彼等の死には、俺は間接的に関わっているのだから。
「お千には感謝しなければな」
「本当ですな、幾分強調されて伝わっているものと思っていましたが、まさかこれほど豊かな土地が全くの無人とは……。かの信長公でもここまでのことを為されることはありませんでした。まして、敵国に対してではなく、味方になど」
「……また、やる可能性があると思うか?」
「ありません」
間に入って来たお麟がはっきりとそう言う。自分自身で馬を操る事の出来ないお麟は、井頼の馬に同乗して同行しているのだ。
「理由は?」
「張居勝殿が先んじて敵・岳鶯の情報を今知る限りで全て送ってきました」
こちらが情報を持たぬことを察して敵将の情報を調べ、送って来たというのであればそれは確かに優秀だと言える。俺は未だ会ったことすらない張居勝という男の価値を測りかねてはいる。だが、お千や井頼、お麟が太鼓判を押すほどだ、きっと大した奴なのだろう。
「その情報によれば、私財を投げ出し兵や民を鼓舞する、本当に民衆に愛される将軍の様です」
……全くもって戦いづらい相手だ。知れば知るほど、俺は岳鶯という将軍を好ましく感じている。強く、速く、賢く、変幻自在。おまけに義侠心に溢れ、人情に厚い。歴史好きの前世の俺だって大好きだというだろう。
「ふむ、因みに俺は?」
「……」
「お麟! 黙るな」
「いえ、私の前では助平な姿ばかりなので……。コホン、えー、配下たる者が主を評するなどオソレオオイコトニゴザイマス」
この場には三成等もいるからだろう。二人の時と比べて幾分遠慮している様に見えて、その実、遠慮する気はないらしい。最後の片言具合なんて明らかにわざとだ。三成もそれを咎めるかと思えば笑っている。場を賑やかすための冗談くらいに思っているのだろう。
そんな時、少し遠くで騒々しい声が響く。
「ん? 何だ?」
「……調べて参ります。陛下はどうかこちらでお待ちを」
上海から護衛についてくれている豊久が騒ぎの原因を調べに行くのを見送る。
「もしかして、落ち武者、か?」
「……なくはないですが、もうあの戦いから四カ月以上が経ちます。いくら何でもこんなところに残ってはいないでしょう」
井頼も首を捻る。確かに、落ち武者だとしても、ワザワザこんなところに隠れ潜む必要はないだろう。てか、落ち武者じゃなくて敗残兵、か。
などと考えている間に、豊久が行った道を引き返してくる。
「何だった?」
「は、どうやら旅の者を捕らえた様でございます。なんでも、自分は駆け出しの商人で、上海にいる日本人を相手に新しい商売を行う予定だったのだ、と。我々の接近を悟り、廃墟の陰に隠れていたのは盗賊かもしれないないと思ったからだ、と申しております」
「ん、まぁ、そんなもん逃がしてやれ」
「……陛下、もしかしたらその者は間者かもしれません。ですが、今はそれを取り調べる時も惜しい。如何でしょう、その者は南京に連れて行き、そこで改めて尋問すると言うことにしては?」
「任せる。そんな事より出立準備を。先はまだまだ長いぞ!」
『おおっ!』
「……また、人っ子一人いない村、か」
「陛下、あちらに墓が」
「ああ」
聞いてはいたが、その南京までの途上にある村々には人が一人も住んでいない。全部殺されたと言うことは流石にないだろうが、山側に作られた墓の数を見れば、この村の大半の者が此処にいるのだろうと言うことが分かる。
「曲がりなりにもお前達が殺される発端を作ってしまった者として、心から哀悼の意を送る。二度とこの地でこのようなことは起こさせんから、どうか安らかに眠れ」
各村でほぼ同種のことを言い、祈りを捧げて来た。彼等が一体どんな宗教を信じていたのか、それは分からない。でも、鎮魂の祈りなんて、だいたいどの宗教でも似たようなものだ。ただ彼等の死後の安息を願い、同じ轍は踏まぬと約束する。そして両手を合わせるのだ。
「右手は清浄を、左手は不浄を、祈りとは生者と死者の交わりのようなものだな」
「……陛下、先を急ぎましょう」
「ああ」
三成に急かされるまでもない。俺とて早く南京に行きたいと焦ってはいるのだ。とは言え、各村でほんの数分。全て合わせても一刻と言ったところだろう。大日本帝国皇帝として無視して通るわけにはいかない。彼等の死には、俺は間接的に関わっているのだから。
「お千には感謝しなければな」
「本当ですな、幾分強調されて伝わっているものと思っていましたが、まさかこれほど豊かな土地が全くの無人とは……。かの信長公でもここまでのことを為されることはありませんでした。まして、敵国に対してではなく、味方になど」
「……また、やる可能性があると思うか?」
「ありません」
間に入って来たお麟がはっきりとそう言う。自分自身で馬を操る事の出来ないお麟は、井頼の馬に同乗して同行しているのだ。
「理由は?」
「張居勝殿が先んじて敵・岳鶯の情報を今知る限りで全て送ってきました」
こちらが情報を持たぬことを察して敵将の情報を調べ、送って来たというのであればそれは確かに優秀だと言える。俺は未だ会ったことすらない張居勝という男の価値を測りかねてはいる。だが、お千や井頼、お麟が太鼓判を押すほどだ、きっと大した奴なのだろう。
「その情報によれば、私財を投げ出し兵や民を鼓舞する、本当に民衆に愛される将軍の様です」
……全くもって戦いづらい相手だ。知れば知るほど、俺は岳鶯という将軍を好ましく感じている。強く、速く、賢く、変幻自在。おまけに義侠心に溢れ、人情に厚い。歴史好きの前世の俺だって大好きだというだろう。
「ふむ、因みに俺は?」
「……」
「お麟! 黙るな」
「いえ、私の前では助平な姿ばかりなので……。コホン、えー、配下たる者が主を評するなどオソレオオイコトニゴザイマス」
この場には三成等もいるからだろう。二人の時と比べて幾分遠慮している様に見えて、その実、遠慮する気はないらしい。最後の片言具合なんて明らかにわざとだ。三成もそれを咎めるかと思えば笑っている。場を賑やかすための冗談くらいに思っているのだろう。
そんな時、少し遠くで騒々しい声が響く。
「ん? 何だ?」
「……調べて参ります。陛下はどうかこちらでお待ちを」
上海から護衛についてくれている豊久が騒ぎの原因を調べに行くのを見送る。
「もしかして、落ち武者、か?」
「……なくはないですが、もうあの戦いから四カ月以上が経ちます。いくら何でもこんなところに残ってはいないでしょう」
井頼も首を捻る。確かに、落ち武者だとしても、ワザワザこんなところに隠れ潜む必要はないだろう。てか、落ち武者じゃなくて敗残兵、か。
などと考えている間に、豊久が行った道を引き返してくる。
「何だった?」
「は、どうやら旅の者を捕らえた様でございます。なんでも、自分は駆け出しの商人で、上海にいる日本人を相手に新しい商売を行う予定だったのだ、と。我々の接近を悟り、廃墟の陰に隠れていたのは盗賊かもしれないないと思ったからだ、と申しております」
「ん、まぁ、そんなもん逃がしてやれ」
「……陛下、もしかしたらその者は間者かもしれません。ですが、今はそれを取り調べる時も惜しい。如何でしょう、その者は南京に連れて行き、そこで改めて尋問すると言うことにしては?」
「任せる。そんな事より出立準備を。先はまだまだ長いぞ!」
『おおっ!』
0
新作「プニプニホッペの魔王様」を連載し始めました。ご一読いただけると幸いです。……ただ、あれは女性目線の小説に挑戦してみたというものなので、こっちの雰囲気は一切関係ないですけどw
お気に入りに追加
876
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?



【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる