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西京改名宣言
迷い
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明から送られてきた定期報告の書類を眺める。そこに書いてあるのは南京城要塞化や上海から南京にかけて多数つくられている城の進捗、それに南京周辺の現状、そして、南京城で起きた異変。
「……清正」
正史ではこの年に死ぬことは知っていた。それでも秀秋がそうであったように、清正も少しは長生きしてくれる。そう信じようとしていた。だが、実際には清正は病に倒れ、とこから起き上がることも出来ない状況にあるらしい。明の医師の見立てでは余命はあと二月ほど。
「また、逝ってしまうのか……」
「陛下、今は一刻も早く南京に到着し、加藤殿の前で西京への改名宣言とその功への褒賞を」
先に内容を読んだのだろう。三成は平然として見せながらも唇を震わせている。(大谷)吉継が無くなって以来、三成にとっての一番の友となったのは清正だった。傍目には口げんかばかりの二人だったが、何時の頃からか互いに認め合い、宴席では何時も隣同士で酒を呑んでいた。
「ああ。三成、漕ぎ手に速度を上げさせろ。その分の恩賞もしっかり払ってやるから、目いっぱいの力で漕げと伝えろ」
「ははっ!」
こうして安宅船・大和に着いた手紙も、南京からでは二週間も前の情報になる。そして、俺達が南京に着くまではどう急いでも、あと四週間はかかる。
「三成、清正は明で死ぬのはやはり嫌がるかな?」
「……陛下、縁起でもございません。死ぬなどと仰られますな」
「いくら清正でも病には勝てないだろ。それに、治癒する見込みがあるなら何としても生き抜けと言うが、どう足掻いても不治の病なら長く苦しめてやる方が酷だ」
「ですが――
「三成、これは悲しい事だが、同時に俺達は大局を見なければいけない立場のはずだ。感傷で物事を正確に測れなくなるようでは、多くの者を死なせてしまう。違うか?」
「……その通りです」
そう、どんなに悲しくてもこの時代では出来ることと出来ないことがある。今となっては徳本を呼びに行かせても間に合うわけがない。飛行機でもあれば話は別だが、移動手段が手漕ぎ船しかない以上は仕方ない。大体、徳本を呼んだとて直せるかどうかはまた別の話だ。
「だが、何としても清正には最後に会っておきたい。本隊や民衆はお千達と共に歩兵部隊に護衛させてゆっくり南京に向かわせろ。俺は上陸後に馬で移動する。騎馬隊の護衛部隊を編成しておけ」
「ははっ!」
駆けて船室を出ていく三成を見送ると、お千が近寄ってくる。俺を心配しているようで、その表情も曇っている。
「……あなた」
「大丈夫。病なら仕方ない。それに、清正ももう51歳。仕方、ないんだ」
「私の前では無理しなくていいんですよ」
そう言うとお千は俺の隣に立ち、手を握ってくる。
「ハハ、お千は凄いな」
「……大丈夫。きっと会えますよ」
「ああ。最後に、今までの感謝を全部伝えたい」
お千が握ってくれた手から優しい温もりが伝わってくる。
「お千、お前は俺の後だからな?」
「もう! そんな先の事は知りません」
「そうだな。まだまだ先の話だ」
……だが、正史における俺の寿命まで後たったの三年。三成や秀次叔父上の様に寿命を大幅に伸ばした者もいれば、(井伊)直孝の様に縮めた者もいる。そして、如水や、恐らくは清正の様にほとんど変わらない者も。果たして俺はそのうちのどれになるのだろう。
「そう、ずっと先の……」
不安をかき消すためにお千の手をキュッと握る。視線のかなたには上海港が見えていた。
「……清正」
正史ではこの年に死ぬことは知っていた。それでも秀秋がそうであったように、清正も少しは長生きしてくれる。そう信じようとしていた。だが、実際には清正は病に倒れ、とこから起き上がることも出来ない状況にあるらしい。明の医師の見立てでは余命はあと二月ほど。
「また、逝ってしまうのか……」
「陛下、今は一刻も早く南京に到着し、加藤殿の前で西京への改名宣言とその功への褒賞を」
先に内容を読んだのだろう。三成は平然として見せながらも唇を震わせている。(大谷)吉継が無くなって以来、三成にとっての一番の友となったのは清正だった。傍目には口げんかばかりの二人だったが、何時の頃からか互いに認め合い、宴席では何時も隣同士で酒を呑んでいた。
「ああ。三成、漕ぎ手に速度を上げさせろ。その分の恩賞もしっかり払ってやるから、目いっぱいの力で漕げと伝えろ」
「ははっ!」
こうして安宅船・大和に着いた手紙も、南京からでは二週間も前の情報になる。そして、俺達が南京に着くまではどう急いでも、あと四週間はかかる。
「三成、清正は明で死ぬのはやはり嫌がるかな?」
「……陛下、縁起でもございません。死ぬなどと仰られますな」
「いくら清正でも病には勝てないだろ。それに、治癒する見込みがあるなら何としても生き抜けと言うが、どう足掻いても不治の病なら長く苦しめてやる方が酷だ」
「ですが――
「三成、これは悲しい事だが、同時に俺達は大局を見なければいけない立場のはずだ。感傷で物事を正確に測れなくなるようでは、多くの者を死なせてしまう。違うか?」
「……その通りです」
そう、どんなに悲しくてもこの時代では出来ることと出来ないことがある。今となっては徳本を呼びに行かせても間に合うわけがない。飛行機でもあれば話は別だが、移動手段が手漕ぎ船しかない以上は仕方ない。大体、徳本を呼んだとて直せるかどうかはまた別の話だ。
「だが、何としても清正には最後に会っておきたい。本隊や民衆はお千達と共に歩兵部隊に護衛させてゆっくり南京に向かわせろ。俺は上陸後に馬で移動する。騎馬隊の護衛部隊を編成しておけ」
「ははっ!」
駆けて船室を出ていく三成を見送ると、お千が近寄ってくる。俺を心配しているようで、その表情も曇っている。
「……あなた」
「大丈夫。病なら仕方ない。それに、清正ももう51歳。仕方、ないんだ」
「私の前では無理しなくていいんですよ」
そう言うとお千は俺の隣に立ち、手を握ってくる。
「ハハ、お千は凄いな」
「……大丈夫。きっと会えますよ」
「ああ。最後に、今までの感謝を全部伝えたい」
お千が握ってくれた手から優しい温もりが伝わってくる。
「お千、お前は俺の後だからな?」
「もう! そんな先の事は知りません」
「そうだな。まだまだ先の話だ」
……だが、正史における俺の寿命まで後たったの三年。三成や秀次叔父上の様に寿命を大幅に伸ばした者もいれば、(井伊)直孝の様に縮めた者もいる。そして、如水や、恐らくは清正の様にほとんど変わらない者も。果たして俺はそのうちのどれになるのだろう。
「そう、ずっと先の……」
不安をかき消すためにお千の手をキュッと握る。視線のかなたには上海港が見えていた。
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新作「プニプニホッペの魔王様」を連載し始めました。ご一読いただけると幸いです。……ただ、あれは女性目線の小説に挑戦してみたというものなので、こっちの雰囲気は一切関係ないですけどw
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