関白の息子!

アイム

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岳鶯ルート 金軍撃退戦

挑発

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 大戦当日、申し合わせたかのような大草原に、敵方六万の大軍勢が現れる。そして、既にしてこの時点で兵達は恐怖に怯えだしてしまっている。

 ・・・・・・まぁ、それは仕方のない事だ。

 ゆっくりと手綱を握り、兵達の前に騎乗したまま進み出て大声を上げる。

「皆、忘れるな。怖いのは敵も同じ。奴等とて本当は怖いんだ」

 戦が怖くない者は、それはそれで兵として間違っている。俺はそう考えている。

「だが忘れるな。お前達の背にはお前達の大切な者達がいる。お前達が此処から逃げ出せば、その恐怖はその者達と分かち合う事となるだろう!」

 此処に来た者達はある者は金のために、ある者は家族を守るために、またある者は名を上げるために来た者達だ。家族を憎いと思うものは此処にはいない。

「その恐怖を家族に味あわせたいか!?」

 ピリッと兵たちの中に緊張感が生まれたのを感じる。そう、人が感じられる感情には限界がある。恐怖で溢れてしまった樽は、他の感情で割ってやることでしか和らげることが出来ない。先ずは、家族への情。そして・・・・・・。

「侵略者たちに妻を、娘を奪われても良いのか!?」

 ズンッ!!

 俺の声に合わせ、「決してよくない。俺達が許さない」そう言うように兵達がその場で一度足踏みをして音を立てる。そして、昂揚感が樽の中に混ざっていく。

「既に、我らの国は彼奴等による侵略を許してしまった。兵は殺され、民は凌辱され、田畑は焼かれ、女は奴隷にされるだろう。我らが助けなければならない!」

 ズズンッ!!

 もう一度、俺の声に合わせて足踏みが行われる。先程よりずっと大きな音が鳴る。

「だがその前に、お前達に一つ問おう。・・・・・・本当に、奴らはそれほどの連中か?」

 ざわざわと兵達が騒ぎ出す。一度高まった昂揚だけに、皆戸惑っているようだ。恐怖も緊張も昂揚も、どこかに忘れてしまったように。

「何だ、誰も知らんのか? では、俺が確かめて来てやろう。はたしてあの敵が恐れる必要のある相手かどうかをな」

 兵達は俺の言葉と、そして、行動に驚き、声も出せなくなっている。何故なら、総大将であるはずの俺が単騎で六万の軍勢に向けて走り出したのだ。慌てて止めようとする兵もいるように思うが、今は振り返りもせずにただ一人で敵軍に馬を寄せていく。

 その距離は既に二丁(約200m)、弓は届かないが咄嗟に敵騎兵が動けば危ない距離でもある。

「我は、大明国大将軍・岳鶯である! 北の辺境の田舎者どもよ、腕に覚えのある者は名を上げるためにかかってこい!」

 恐らく金軍とて俺の檄は聞こえていたはず。六万の大軍は微動だにしないが明らかに怒りの視線を送ってくる。

 ・・・・・・良い兵だ。特に騎馬兵はその精強さが滲み出ている。

「どうした? 武将と嘯くヌルハチとやらは、恐ろしくて出てくることも出来んのか!?」

 ヌルハチが出てくるはずはない。出てくるのであれば君主としても総大将としても失格だ。もっとも、それは俺のこの行為も、だが。

「何と情けない。だから貴様らの先祖は我らの下に降る事となったのだ。親を殺されながらその者の下につき、今更思い出したように反乱などと恥を知れ! それにしても貴様ら、長がこれほどに弱腰で良くも攻めて来られたな」

 七大恨を相手取り揶揄ってやる。だが、この程度の挑発では兵達は微動だにしない。良く訓練されている兵だと言う事が分かる。

「もう誰でもよい、誰か出て参れ! それとも、此処に敵軍の総大将がいるというのに、大将・ヌルハチも、その息子たちも誰も彼もが兵の奥で怯えて隠れることしか出来ぬ臆病者か!? そうであるなら、お前達も仕えるだけ無駄だ! 早々に去れ!」

 大喝と共に辺りを見渡す。

「どうした!? 一人でも二人でも好きな数でかかって参れ。何なら兵も使うが良い」

 そして、誰も出てこないのを見ると、馬を味方の陣営に向ける。

「・・・・・・まったく、だから若輩の弟に後継の座を譲ることになるのだ。情けない」

 そう言った瞬間、騎兵達の中から武の気配が膨れ上がる。

「せいぜい今のうちに弟のケツでも舐めてご機嫌を取るのだな」

 ヒンッ――

 後方から矢が放たれた音がする。矢の風を割って進む音。それを頼りに首を動かして咄嗟に避ける。後ろを振り返れば、見事な装飾の鎧を着た二人の青年が軍勢の中から出てきているところだった。

「貴様! 我が父を侮辱することだけは許さん!」

「我が父が出るまでもない。貴様など、この俺が相手をしてやる正々堂々と立ち向かえ!」

 殊更父であるヌルハチの代わりとなり戦うことを強調し、二人の息子が出てくる。武人としての誇りを忘れぬ父に、武で優る弟に先んじて己の武を見せ付け、功を上げてその後継に選ばれようと。

「・・・・・・ふぅ、言っただろう? 二人纏めてかかってこい。お前達など、一人ずつ相手をするのも時間の無駄だ」

 嘲る様に鼻で笑い、挑発してやる。もっとも、彼等が放つ武の気配は決して悪くはない。出来ることなら一人ずつ相手にしたいくらいではある。だが、この一騎打ちはただの一度しか成立しないだろう。そこで二人纏めて倒せれば、両軍の士気の差は圧倒的なものとなる。

「早くしてくれ。それとも怖気づいたのなら、サッサと兵の中に尻尾を巻いて逃げるが良い」

 俺がそう言った瞬間、二人の青年は駆けだした。
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新作「プニプニホッペの魔王様」を連載し始めました。ご一読いただけると幸いです。……ただ、あれは女性目線の小説に挑戦してみたというものなので、こっちの雰囲気は一切関係ないですけどw
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