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大戦1
親離れ
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やるべき用事を一通り終え、一休みするべく裏内へと向かう。
「・・・・・・蛍」
「はい?」
「桜とお梅はあとどのくらいかかる?」
「・・・・・・分かりません。本来であれば忍びに復帰するなど無理な話。それを曲げるなど出来ることなのか」
「片腕、とは言え義手で何とか――
「忍びは忍んでこそ忍び。義手など付けては人目を引いてしまいます。それに、足の指も切っているのです。どうしたって踏み込みが弱くなる。いくらお頭でも、無理だと思います」
言い難そうに、だがハッキリと蛍はそう言う。それは桜と同様に忍びとして生きてきた経験からの言葉なのだろう。
「・・・・・・分かった。俺達は先に明に向かう。桜にもその事は伝えろ」
「はっ!」
「それと、無理はするな・・・・・・」
もっとも、それは言うだけ無駄。だったら、納得いくまでやらせてやろう。
「いや、向こうで待っている、とな」
「はい。お頭も喜ぶと思います」
その時、蛍が少し微笑んだように見えた。何時も無表情なこいつでも、そう言うこともあるのだろう。
「ところで蛍。どうして未だに桜を頭と呼ぶ?」
「私はただの代理でございますので」
「そうか」
無理と言いながら、それでも桜の復帰を信じているのか、それともお梅に譲ることを考えているのか、それは分からない。だが、蛍には蛍の考えがあるのだろう。
「まったく、家族が揃わんと素直に幸せだと言えないじゃないか」
ポツリと呟き、裏内へと入っていった。
だが、取り敢えず自室に戻り一息つこうとすると、そこには母上が待っていた。
「久しぶりですね。でも、今日はお千を抱こうと思っていたのですが・・・・・・」
「なっ!? 一体どういう勘違いをしているのですか!?」
凄い剣幕で母上が怒りだす。・・・・・・何だ、抱かれに来たんじゃないのか。
「ハハ、まぁ、冗談ですけどね」
「・・・・・・改めて秀頼、いえ、陛下。今回は本当にありがとうございました」
そう言って母上は深々と頭を下げる。別に母上のためというわけではなかったけれど、母上は母上で嬉しいという気持ちを伝えたかったのだろう。
「はい。母上もいろいろとありがとうございました。母上の助力が無ければ途中で折れていたかもしれません」
「フフ、そんな事は無いでしょう。でも、そう言ってもらえると母も嬉しいです。なればこそ秀頼。母の最期の願いを聞いてはくれませんか?」
「最後、とは?」
突然居住まいを正した母上は、俺を直視しながら何処か泣き出しそうな表情で言葉を継いだ。
「もしもこの願いが受け入れられない場合、母は明には参りません」
「!? どういう意味です!」
「・・・・・・もう、嫌なのです。お前が嫌いになったわけではないのです。ただ、母はもう争いの近くにありたくない」
「そう、です、か」
母上程に戦を憎む人は、史を見てもそう多くはないのだろう。昔から母上は戦への出陣だけではなく、戦という手段自体を嫌う節があった。
「秀頼、母の最期の願いです。もう戦は止めにしてはくれませんか?」
それは、南京より先には進まずに今の領土だけを守り平穏な日本を創ると言う事か、それとも明からは完全に撤退し、もともとの日本の領土だけを守れと言う事だろうか。だが、どちらでも同じことだ。
「お断りします」
「秀頼」
縋るように母上が声を上げるが、それは出来ない。
「母上、私は父上と約束したのです。私の知るところまで至る、と」
「そのようなこと!」
正史であれば朝鮮にも明にも進まずに250年もの泰平の世が続く。だが、同時にそれが終わった理由は・・・・・・。
「安寧の世を創ることは確かに素晴らしい事です。ですが、それは必ず終わりが来ること。必ず外の脅威に晒される。元寇の侵攻がそれです。今でこそ南蛮の船は年に数えるほどしか入港しません。ですが、それが日ノ本に害意をもって来た時、それは10や20ではない。勿論それは、私達が死んだ遠い未来の話でしょう。ですが、いずれ確実にその日がやってくる。私は100年先など見ていない。それよりもっと先を見ているのです。我らの子孫が争いという言葉すら必要としなくなるように」
「争いが必要ない?」
「はい。この地球を一つ所とし、国などという単位を失くします。私は人間である。それ以上の区別は必要ないというころまで」
「秀頼、それまでに一体何人殺す気です」
母上は余りにも戦の悪い面を見過ぎてきたのだ。戦が良いものだなんて決して言わない。だが、戦を失くすためには避けられないものでもあるのだ。
「・・・・・・確かに、そのためにどれほどの者を殺すことになるのか、それは分かりません。数百万、いえ、数千万にも及ぶかもしれません。ですが、恐らくそれが出来るとしたら今が最後の機会。それを為せれば救える命は数億を超えましょう」
一説に第二次世界大戦による死者は8000万人と言われる。2つの世界大戦や多くの戦を回避できるのなら・・・・・・。今生きる者達が流す血は決して無駄ではない。
「何故、それをお前がする必要があるのです」
「それは私がそうしたいと願ったからです。・・・・・母上、今までありがとうございました」
そう言って母上を抱きしめる。そうやってやると、母上は俺の腕の中でボロボロと涙をこぼし始める。
これは決して今生の別れではない。だが、俺の中にあった一つの大きな支えを切り離す行為。大好きだった母上は、何時の間にやら小さな小さな身体になってしまっていた。もう、これ以上俺の近くで苦しめることの無いように、此処で俺は親離れしなくてはならない。
「私は、それでも先に進みます」
「秀頼、ごめん、ごめんね」
その夜は、泣きじゃくりながらずっと謝る母上を疲れて眠ってしまうまで抱きしめていた。
「・・・・・・蛍」
「はい?」
「桜とお梅はあとどのくらいかかる?」
「・・・・・・分かりません。本来であれば忍びに復帰するなど無理な話。それを曲げるなど出来ることなのか」
「片腕、とは言え義手で何とか――
「忍びは忍んでこそ忍び。義手など付けては人目を引いてしまいます。それに、足の指も切っているのです。どうしたって踏み込みが弱くなる。いくらお頭でも、無理だと思います」
言い難そうに、だがハッキリと蛍はそう言う。それは桜と同様に忍びとして生きてきた経験からの言葉なのだろう。
「・・・・・・分かった。俺達は先に明に向かう。桜にもその事は伝えろ」
「はっ!」
「それと、無理はするな・・・・・・」
もっとも、それは言うだけ無駄。だったら、納得いくまでやらせてやろう。
「いや、向こうで待っている、とな」
「はい。お頭も喜ぶと思います」
その時、蛍が少し微笑んだように見えた。何時も無表情なこいつでも、そう言うこともあるのだろう。
「ところで蛍。どうして未だに桜を頭と呼ぶ?」
「私はただの代理でございますので」
「そうか」
無理と言いながら、それでも桜の復帰を信じているのか、それともお梅に譲ることを考えているのか、それは分からない。だが、蛍には蛍の考えがあるのだろう。
「まったく、家族が揃わんと素直に幸せだと言えないじゃないか」
ポツリと呟き、裏内へと入っていった。
だが、取り敢えず自室に戻り一息つこうとすると、そこには母上が待っていた。
「久しぶりですね。でも、今日はお千を抱こうと思っていたのですが・・・・・・」
「なっ!? 一体どういう勘違いをしているのですか!?」
凄い剣幕で母上が怒りだす。・・・・・・何だ、抱かれに来たんじゃないのか。
「ハハ、まぁ、冗談ですけどね」
「・・・・・・改めて秀頼、いえ、陛下。今回は本当にありがとうございました」
そう言って母上は深々と頭を下げる。別に母上のためというわけではなかったけれど、母上は母上で嬉しいという気持ちを伝えたかったのだろう。
「はい。母上もいろいろとありがとうございました。母上の助力が無ければ途中で折れていたかもしれません」
「フフ、そんな事は無いでしょう。でも、そう言ってもらえると母も嬉しいです。なればこそ秀頼。母の最期の願いを聞いてはくれませんか?」
「最後、とは?」
突然居住まいを正した母上は、俺を直視しながら何処か泣き出しそうな表情で言葉を継いだ。
「もしもこの願いが受け入れられない場合、母は明には参りません」
「!? どういう意味です!」
「・・・・・・もう、嫌なのです。お前が嫌いになったわけではないのです。ただ、母はもう争いの近くにありたくない」
「そう、です、か」
母上程に戦を憎む人は、史を見てもそう多くはないのだろう。昔から母上は戦への出陣だけではなく、戦という手段自体を嫌う節があった。
「秀頼、母の最期の願いです。もう戦は止めにしてはくれませんか?」
それは、南京より先には進まずに今の領土だけを守り平穏な日本を創ると言う事か、それとも明からは完全に撤退し、もともとの日本の領土だけを守れと言う事だろうか。だが、どちらでも同じことだ。
「お断りします」
「秀頼」
縋るように母上が声を上げるが、それは出来ない。
「母上、私は父上と約束したのです。私の知るところまで至る、と」
「そのようなこと!」
正史であれば朝鮮にも明にも進まずに250年もの泰平の世が続く。だが、同時にそれが終わった理由は・・・・・・。
「安寧の世を創ることは確かに素晴らしい事です。ですが、それは必ず終わりが来ること。必ず外の脅威に晒される。元寇の侵攻がそれです。今でこそ南蛮の船は年に数えるほどしか入港しません。ですが、それが日ノ本に害意をもって来た時、それは10や20ではない。勿論それは、私達が死んだ遠い未来の話でしょう。ですが、いずれ確実にその日がやってくる。私は100年先など見ていない。それよりもっと先を見ているのです。我らの子孫が争いという言葉すら必要としなくなるように」
「争いが必要ない?」
「はい。この地球を一つ所とし、国などという単位を失くします。私は人間である。それ以上の区別は必要ないというころまで」
「秀頼、それまでに一体何人殺す気です」
母上は余りにも戦の悪い面を見過ぎてきたのだ。戦が良いものだなんて決して言わない。だが、戦を失くすためには避けられないものでもあるのだ。
「・・・・・・確かに、そのためにどれほどの者を殺すことになるのか、それは分かりません。数百万、いえ、数千万にも及ぶかもしれません。ですが、恐らくそれが出来るとしたら今が最後の機会。それを為せれば救える命は数億を超えましょう」
一説に第二次世界大戦による死者は8000万人と言われる。2つの世界大戦や多くの戦を回避できるのなら・・・・・・。今生きる者達が流す血は決して無駄ではない。
「何故、それをお前がする必要があるのです」
「それは私がそうしたいと願ったからです。・・・・・母上、今までありがとうございました」
そう言って母上を抱きしめる。そうやってやると、母上は俺の腕の中でボロボロと涙をこぼし始める。
これは決して今生の別れではない。だが、俺の中にあった一つの大きな支えを切り離す行為。大好きだった母上は、何時の間にやら小さな小さな身体になってしまっていた。もう、これ以上俺の近くで苦しめることの無いように、此処で俺は親離れしなくてはならない。
「私は、それでも先に進みます」
「秀頼、ごめん、ごめんね」
その夜は、泣きじゃくりながらずっと謝る母上を疲れて眠ってしまうまで抱きしめていた。
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新作「プニプニホッペの魔王様」を連載し始めました。ご一読いただけると幸いです。……ただ、あれは女性目線の小説に挑戦してみたというものなので、こっちの雰囲気は一切関係ないですけどw
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