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秀頼ルート 家康を求めて
猛毒を喰らう
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「坊主、よう頑張ったの。嫁さんはこれでしばらくは大丈夫じゃ」
「・・・・・・ああ」
裏内への渡り廊下で一人佇み、鬼丸国綱をぼんやりと眺めていると、背後を通る徳本に声を掛けられる。
そして、俺の横にまで来ると、徳本は俺の視線を辿り国綱の物打ちに行き着く。
「何じゃ、刃が欠けたのか?」
「ああ。俺の太刀筋に迷いがあったってことだ。情けない」
鬼丸国綱には徳本の言う通り確かに一カ所刃こぼれが生じていた。
今日使うまでは一点の曇りもない刃だったのに・・・・・・。
本来であれば生じるはずのない刃こぼれ。
この刀であれば、本来人を何人も積み重ねて胴斬りしようがいとも容易く斬り抜ける。
それが桜の細腕一本で刃こぼれ。
正に、俺の太刀筋の迷いを表している。
きっと、桜の部屋の畳のどこかに刃の欠片が刺さっているのだろう。
「しかしな、坊主。だいぶ残すことが出来た。あれなら以前の様にとはいかんが、歩行することは出来るじゃろう」
「・・・・・・そうか」
だが、指を失ってはとてもまともに走れない。
どうしたって足に力が入らないからだ。
まして、片腕では以前の様に絃の結界を張る事も大量の苦無を投げることも、夢のまた夢だろう。
「坊主。人っちゅうもんは難しい。畜生であればただ生きていればそれで良い。じゃが、人はそうはいかん。生きる意味が無ければ生きてゆけん」
「分かってはいるつもりだ」
桜には生きる意味がないなんて感じさせるつもりはない。
いや、俺とお梅のために生きてもらったのだ。
「じゃがな、勘違いするな。生きる意味など本来いくらでもあるんじゃ。勝手に自分にはこれしかないと決めつけるから生きてゆけなくなる」
「桜にはそんな事は思わせない」
だが、徳本は首をゆっくりと振るう。
「坊主。お前さんは嫁さんのことだけ考えているわけにはいかん。その時が来れば、決して迷うでないぞ。迷えば天下の名刀でさえ欠ける」
「徳本・・・・・・」
俺に天下の正道を説こうとでも言うのだろうか。
今の徳本にはとぼけたところはない。
ただ優れた医師として、一世紀近くを人の生き死にに携わって来た者として助言を与えてくれようとしている。
「しばらくはこの部屋に近づいてはならん。本人がお前さんの目の前に現れるまでそっとしておいてやれ。お前さんはお前さんのやるべきことをやるんじゃ」
「だが、俺は桜と――
「今はお前さんと会いたくない。そう言っておったよ。大丈夫じゃ、時が解決する」
それは桜から俺への拒絶を意味しているように思えた。
忍びとしての自分を殺された事への恨み。
彼女の意志を曲げた事への反発。
それは受け入れなければいけないことだとは分かっている。
だが、同時に耐えられないものだ。
「娘さんが今は支えておる。任せてやりんさい」
「・・・・・・徳本、どうして俺はこんなに無力なんだ?」
「なにを言うとる。お前さんほど力を持った者はこの日の本におらんじゃろ」
「だが、好きな娘一人救いきれない。お千も、桜も・・・・・・」
お千は俺の力ではなく自分自身の力で助かろうとしている。
桜には自身の最大の価値観であった忍びを捨てさせた。
考えてみれば、俺は今まで救いたいと思ったものをどれだけ救えただろう。
大阪城を占拠された時も、多くの部下達が命を投げ出し俺の妻子を守ってくれた。
義光が死に、くのいちが火薬瓶を抱えて爆散し・・・・・・。
「カッカ、こんな爺に弱音を吐くようじゃからのう」
カラカラと揶揄うような徳本の笑顔に苛立ってしまう。
「俺は真面目な話をしている!」
「儂もじゃよ。自分の弱さを自覚することじゃ。そして、人の強さを理解せい。お主の嫁さんはなかなかの女傑じゃったぞ?」
「なにを、言っている?」
徳本の言葉の真意が分からず、つい聞き返してしまう。
自分の弱さと、桜に恨まれることのやるせなさに気が滅入っているのだろう。
「今は会いたくない。必ず、傍にいられるだけの新しい技を身に付けてから戻る。そう言うとったよ」
「・・・・・・は?」
新しい技とは?
いや、決まっている忍びの技しかない。
「限界まで待ったおかげで思ったよりも残せたからのう。今の状態でなら出来ることもあるそうじゃ。そうすれば、もう一度坊主の役に立てるかもしれん。そう言うて笑っとったよ」
「あの、馬鹿」
自然とポロポロと涙が溢れ出す。
毒に苦しみながら出来る限り腕を残すために頑張ったのはこのためだったのだ。
もう一度、俺の忍びになることを夢見て。
「応えてやらねばならんぞ、坊主」
そう言いながら、徳本は俺の背中を優しくポンポンと叩いてくる。
「ああ、ああ。ああ、そうだ!」
泣いてなどいられない。
やるべきことはいくらでもある!
「徳本、褒美を取らす好きなものを言え!」
「ほっほ、16文で良い。それで十分じゃ」
16文とはこの時代なら金平糖一粒にも足りない金額。
俺の、天下人の感謝の気持ちを舐めてもらっては困る。
「許さん。10万石くれてやる」
「いらんわド阿呆。じゃが・・・・・・ふむ、お主、儂の元弟子を雇わぬか?」
のほほんとした声で徳本が爆弾発言を投げてくる。
元弟子とは当然林羅山。
この大阪城に軟禁中の儒学者だ。
「・・・・・・天下の薬となるか?」
「坊主。毒も用い方によれば薬となる。儂には人一人を診ることしか出来ん。じゃが、あやつはそうではない。もっとも、猛毒ともなるかもしれんがのう」
そう言って、まるで挑戦するように俺に笑いかける。
「良いだろう」
俺もそれに応える様にニヤリと笑ってやる。
天下のための猛毒。
桜の様に一息に飲み、全ての毒を吐き出してやる。
「・・・・・・ああ」
裏内への渡り廊下で一人佇み、鬼丸国綱をぼんやりと眺めていると、背後を通る徳本に声を掛けられる。
そして、俺の横にまで来ると、徳本は俺の視線を辿り国綱の物打ちに行き着く。
「何じゃ、刃が欠けたのか?」
「ああ。俺の太刀筋に迷いがあったってことだ。情けない」
鬼丸国綱には徳本の言う通り確かに一カ所刃こぼれが生じていた。
今日使うまでは一点の曇りもない刃だったのに・・・・・・。
本来であれば生じるはずのない刃こぼれ。
この刀であれば、本来人を何人も積み重ねて胴斬りしようがいとも容易く斬り抜ける。
それが桜の細腕一本で刃こぼれ。
正に、俺の太刀筋の迷いを表している。
きっと、桜の部屋の畳のどこかに刃の欠片が刺さっているのだろう。
「しかしな、坊主。だいぶ残すことが出来た。あれなら以前の様にとはいかんが、歩行することは出来るじゃろう」
「・・・・・・そうか」
だが、指を失ってはとてもまともに走れない。
どうしたって足に力が入らないからだ。
まして、片腕では以前の様に絃の結界を張る事も大量の苦無を投げることも、夢のまた夢だろう。
「坊主。人っちゅうもんは難しい。畜生であればただ生きていればそれで良い。じゃが、人はそうはいかん。生きる意味が無ければ生きてゆけん」
「分かってはいるつもりだ」
桜には生きる意味がないなんて感じさせるつもりはない。
いや、俺とお梅のために生きてもらったのだ。
「じゃがな、勘違いするな。生きる意味など本来いくらでもあるんじゃ。勝手に自分にはこれしかないと決めつけるから生きてゆけなくなる」
「桜にはそんな事は思わせない」
だが、徳本は首をゆっくりと振るう。
「坊主。お前さんは嫁さんのことだけ考えているわけにはいかん。その時が来れば、決して迷うでないぞ。迷えば天下の名刀でさえ欠ける」
「徳本・・・・・・」
俺に天下の正道を説こうとでも言うのだろうか。
今の徳本にはとぼけたところはない。
ただ優れた医師として、一世紀近くを人の生き死にに携わって来た者として助言を与えてくれようとしている。
「しばらくはこの部屋に近づいてはならん。本人がお前さんの目の前に現れるまでそっとしておいてやれ。お前さんはお前さんのやるべきことをやるんじゃ」
「だが、俺は桜と――
「今はお前さんと会いたくない。そう言っておったよ。大丈夫じゃ、時が解決する」
それは桜から俺への拒絶を意味しているように思えた。
忍びとしての自分を殺された事への恨み。
彼女の意志を曲げた事への反発。
それは受け入れなければいけないことだとは分かっている。
だが、同時に耐えられないものだ。
「娘さんが今は支えておる。任せてやりんさい」
「・・・・・・徳本、どうして俺はこんなに無力なんだ?」
「なにを言うとる。お前さんほど力を持った者はこの日の本におらんじゃろ」
「だが、好きな娘一人救いきれない。お千も、桜も・・・・・・」
お千は俺の力ではなく自分自身の力で助かろうとしている。
桜には自身の最大の価値観であった忍びを捨てさせた。
考えてみれば、俺は今まで救いたいと思ったものをどれだけ救えただろう。
大阪城を占拠された時も、多くの部下達が命を投げ出し俺の妻子を守ってくれた。
義光が死に、くのいちが火薬瓶を抱えて爆散し・・・・・・。
「カッカ、こんな爺に弱音を吐くようじゃからのう」
カラカラと揶揄うような徳本の笑顔に苛立ってしまう。
「俺は真面目な話をしている!」
「儂もじゃよ。自分の弱さを自覚することじゃ。そして、人の強さを理解せい。お主の嫁さんはなかなかの女傑じゃったぞ?」
「なにを、言っている?」
徳本の言葉の真意が分からず、つい聞き返してしまう。
自分の弱さと、桜に恨まれることのやるせなさに気が滅入っているのだろう。
「今は会いたくない。必ず、傍にいられるだけの新しい技を身に付けてから戻る。そう言うとったよ」
「・・・・・・は?」
新しい技とは?
いや、決まっている忍びの技しかない。
「限界まで待ったおかげで思ったよりも残せたからのう。今の状態でなら出来ることもあるそうじゃ。そうすれば、もう一度坊主の役に立てるかもしれん。そう言うて笑っとったよ」
「あの、馬鹿」
自然とポロポロと涙が溢れ出す。
毒に苦しみながら出来る限り腕を残すために頑張ったのはこのためだったのだ。
もう一度、俺の忍びになることを夢見て。
「応えてやらねばならんぞ、坊主」
そう言いながら、徳本は俺の背中を優しくポンポンと叩いてくる。
「ああ、ああ。ああ、そうだ!」
泣いてなどいられない。
やるべきことはいくらでもある!
「徳本、褒美を取らす好きなものを言え!」
「ほっほ、16文で良い。それで十分じゃ」
16文とはこの時代なら金平糖一粒にも足りない金額。
俺の、天下人の感謝の気持ちを舐めてもらっては困る。
「許さん。10万石くれてやる」
「いらんわド阿呆。じゃが・・・・・・ふむ、お主、儂の元弟子を雇わぬか?」
のほほんとした声で徳本が爆弾発言を投げてくる。
元弟子とは当然林羅山。
この大阪城に軟禁中の儒学者だ。
「・・・・・・天下の薬となるか?」
「坊主。毒も用い方によれば薬となる。儂には人一人を診ることしか出来ん。じゃが、あやつはそうではない。もっとも、猛毒ともなるかもしれんがのう」
そう言って、まるで挑戦するように俺に笑いかける。
「良いだろう」
俺もそれに応える様にニヤリと笑ってやる。
天下のための猛毒。
桜の様に一息に飲み、全ての毒を吐き出してやる。
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新作「プニプニホッペの魔王様」を連載し始めました。ご一読いただけると幸いです。……ただ、あれは女性目線の小説に挑戦してみたというものなので、こっちの雰囲気は一切関係ないですけどw
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