関白の息子!

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閑話

岳鶯2

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 一晩の間、闇夜に潜み乱の朝が明ける。
 岳鶯の心と同様にあまりにも静かな朝。
 これから起こることなど誰も思い至ってなどいない。
 何時もと同じ様に北京は朝を迎える。

 岳鶯は朝服に身を包み、紫禁城の中を堂々と歩く。
 当然、帯剣はしておらず、傍目にはただの文官に見えるだろう。
 もっとも、文官にしては均整の取れた体躯で、肥太った者達とは一線を画している。

 この計画において、皇帝を廃位にする予定はない。

 本来であれば、賢帝に立ってもらうためにも廃位を進める方が良いのだが、今は時期が悪すぎる。
 実質的には丸ごと政権が変わるのだとしても、混乱を出来るだけ抑えたうえで、国難に対処する必要がある。
 よって、悪役を全て敵に押し付け、皇帝を悪逆の徒から救った功績で兵権を得るという筋書き。

 つまり、皇帝には何の咎もないものとし、王安や魏朝、魏忠賢らに全ての罪をなすり付け、それを岳鶯達が誅殺する。
 それも、皇帝の勅と言う正当性を得たうえで、だ。

 そのためには、皇帝を動かすのに必要となるであろう不正の証拠、それに魏忠賢の政治や軍事の失敗により明が今おかれている危機的状況、それらをまとめた資料と共に、皇帝に会い、勅を発してもらわなければならない。

 しかし、朝廷内部は敵の手下ばかりが蔓延る魔窟。
 さらに、宮廷内の親衛隊は屈強な精鋭部隊。
 皇帝に会い何かを伝えようとすればあっという間に殺される。

 普通であればそうだったはずだ。

「・・・・・・何と手薄な」

 紫禁城の奥へと歩みを進める岳鶯は、むしろ親衛隊の数の少なさに愕然とする。

 内部の協力者に調べさせ、この数カ月慎重に情報を集めた。
 その結果分かったことは親衛隊が守るのは皇帝ではないと言う事。
 そして、その守られる者のうち、王安と魏忠賢は今この紫禁城にいない。
 宦官でありながら、紫禁城を出て地方に視察に出ているのだ。

 そのために今、紫禁城の警備が薄くなっている。
 守るべき皇帝陛下は変わらず此処にいると言うのに。

「しかし、これこそ今の明の姿。奴らを排さなければ」

 だが、皇帝・万暦帝は朝政の場には出てこない。
 もう、15年も前からだ。
 後宮から一歩も出ない皇帝。
 それに対してどのようにして今の危難を伝えるか。

 宦官ではない岳鶯は、当然後宮に入る事など許されない。
 よって忍び込むしかなかった。

 後宮への潜入、それは明の国法において万死に値する大罪。
 だが、元より死は覚悟の上。
 皇帝の勅さえいただけば、その後はなんとでもなる。

 後宮への入り口となる渡り廊下には二人の屈強な兵士が守っている。
 この一月ほど非番の日には偶然を装い、酒場に居合わせて親交を深めて来た。
 彼等は職務に忠実で、今の世に不満はあれど乱に加担するような者ではない。
 非常に好感の持てる人物ではあった。

 ・・・・・・だが、仕方ない。
 気が進まなくても、大事を為すに小事を顧みて機を失する訳にはいかない。

「ん? これは岳鶯殿。このようなところでお会いするとは奇遇ですな」

「これは、李純殿、まさかそなたが後宮の番であったとは! いや、これは天の助け。何卒陛下にお目通りを願いたいのだ」

 あらかじめ決めておいた筋書きに沿い、岳鶯は話し出す。
 あくまで外で会ったのは偶然、互いの職についても宮廷付きくらいにしか話していないのだ。

「な、何を馬鹿な!?」

 当然の如く、李純と呼ばれた兵士は拒否しようとする。

「頼む、中原に視察に赴いている王安様より陛下に火急の報せと預かったのだ」

「し、しかし」

 国政を牛耳る王安の名が出れば、怯むのも仕方がないだろう。

「嘘ではない。この紋を見てくれ」

 岳鶯は巻物を開き、李純に手渡す。
 難解な文字の後に王安のものとよく似た家紋。

「む、むぅ、しかし・・・・・・」

 李純ともう一人の兵士が巻物を覗き込む。

「・・・・・・すまぬ」

 ズブゥッ

 完全にその注意が巻物に集中した一瞬を突き、岳鶯は両手に持った短刀を二人の兵士の喉に突き刺す。
 声を発することなど出来ぬように、変事が後宮内部に伝わらぬように。
 慎重に二人の兵士の呼吸が完全に止まるのを待ち、潜ませていた配下を呼び寄せる。

「良いか、此処より先には誰も入れるな。俺一人で行く」

 朝服を脱ぎ捨て、用意しておいた宦官の服に着替える。
 これで、後宮内部に侵入することは可能だ。
 後は皇帝・万暦帝の下へ。

「飛将軍。合図をお待ちしております」

「ああ。合図とともに一斉に後宮に押し入れ、宦官は全て殺せ」

 静かに、しかし、激しく、そして素早く。
 明と言う国家はその様相を変えようとしていた。
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新作「プニプニホッペの魔王様」を連載し始めました。ご一読いただけると幸いです。……ただ、あれは女性目線の小説に挑戦してみたというものなので、こっちの雰囲気は一切関係ないですけどw
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