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時代を越える
散る花惜しく(エロ度☆☆☆☆☆)
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慶長9年(1604年)3月。
花見に、約束したはずの如水は訪れない。
床に臥せったままで、起き上がるのも難しいらしい。
「如水の嘘つきめ……」
「申し訳ございませぬ」
如水の不参加を伝えに来た長政が謝るが、別に本気で言っているわけじゃない。
「あと少しで完成する。如水のために造ったんだから、それまでなんとか生かしてくれ」
「はっ! 父も聖堂の完成を心から待ち望んでおりました。それまではきっと生きてくれるでしょう」
如水への感謝のために尾張に巨大な教会を建設している。
神父は高山右近を予定している。
日本の国の事情も考え、こまごまとした教えを修正はしているものの大きくは同じキリスト教の教えである。
ヨーロッパで評価が高いという教会を真似て造らせたが、何せ実物を見たことがない上に期間が1年以内と短く、大工たちはそうとうな苦労をしたようだ。
「長政、皆のところで呑んで来いよ。俺は少し一人になりたい」
「・・・・・・はっ!」
今日は一人で飲みたい気分だ。
「どぉーん」
何時もの元気な声と共に、お千が抱きついてくる。
少し成長したのか、最近では勢いよく抱きつくのではなく、ギュッと腹に抱き付くと言った感じだ。
「お千、酌をしてもらえるか?」
「兄上、何をお飲みになっているのですか?」
「ん? 酒だよ」
と言っても非常に薄く、果汁の入っているジュースの様な物だが。
「千も飲みたい!」
「だ~め!」
流石にまだ早すぎる。
俺は12になったが、お千はまだ8つ。
いくらこの時代でも、まだまだ酒を呑んでいい歳じゃない。
そうそう、秀忠は蝦夷でしっかりと成果をあげた。
完全な蝦夷の制圧と様々な作物の穀物の種付けに成功したと連絡が入った。
近々一度説明に訪れると書いてあった。
徳川家の再興ももはや遠い話ではない。
「お千、その代りこっちの果汁をお飲み? 甘くて美味しいよ」
「ん~、いい! お珠にあげるの」
お珠も今では5つになる。
今日は城で乳母と過ごしている。
お菓子をあげてもお珠と食べると言って、最近ではなかなかお珠といる時でないと可愛らしくお菓子を食べる姿を見せてくれない。
お千がするりと俺の腕の中に入り込み、腰かける。
幼児の甘い匂いが桜の香りに混じり、何とも乙なものだと笑ってしまう。
「お千、いっぱいあるからお珠はともかく、お千も飲んでいいんだよ?」
「ホント!? じゃぁ、飲む!」
お猪口に酌をしてやれば、外の呑兵衛達の真似をして一気飲みして「ぷはぁ」と言う抜けた声を出す。
どうでも良いが、酌をしてもらうつもりが酌をしてしまっていて苦笑してしまう。
「お千、美味しい?」
「おりんご!」
「そうだね、リンゴの果汁だよ」
「もっと!」
気に入ったのか、次を飲みたがる。
別に自分で注いでもらっても良いのだけど、可愛らしく要求されてしまうとついつい注いでしまう。
相も変わらず無邪気な仕草に心が救われるようだ。
俺、こんな無邪気に過ごすべき時期に天下分け目の大戦をやっちゃったんだ・・・・・・。
そして、再来年には世界侵略が始まる。
「・・・・・・お千、お父上やお母上に会いたいか?」
「え、・・・・・・うん」
当たり前と言えば当たり前だ。
4歳で別れて4年。
なかなか会える距離ではない。
「もう少し待っててくれ、直ぐに会えるようにするからな」
「うん!」
徳川家の再興は近い、蝦夷での成功もあり、そこまで反対する者はいない。
20万石程度になるだろうが、今は俺の直轄領となっている駿府の辺りにしようと思っている。
徳川家にとっては発祥の地、統治もしやすいだろう。
「お千、家に帰りたいか?」
「ん~、ううん。千が帰ったら、兄上寂しいでしょ?」
「!? もちろん、めちゃくちゃ寂しい!」
「だったら一緒にいてあげる~」
「ありがとう!」
ケラケラと笑い合う。
千は一つ伸びをすると、丸まって俺の胡坐の中に納まりスゥスゥと寝息を立て始めた。
偶にやられるのだが、こうなってしまうと動けなくなる。
全く、浸る時間も作らせてもらえない。
「桜、如水の様子はどうだった?」
「・・・・・・もう長くはないかと」
「そうか・・・・・・」
背後に偵察から帰った桜の気配を感じ質問してみた。
如水からは見舞いには来てくれるなと言われている。
見舞いに来られるのが嫌なのではなく、そんな事よりもするべきことがいっぱいあるだろうと言うのが理由だ。
しかし、教会が完成すればその途上に如水の屋敷はある。
工事を散々急がせているのはそれもあってだ。
「もってくれよ、如水」
慶長9年3月21日
如水と共に完成した教会を眺める。
如水は病に伏したままだったが、老体に鞭打ち籠に乗って来てくれた。
大理石とはいかなかったが、真っ白な西洋風建築。
城一つと大差ない金がかかってしまったが、それでも如水の功に報いるには程遠い。
「花見の代わりと言うわけだ」
「・・・・・・おぉ、これは」
到着しても籠で寝ていた如水を長政が起こそうとしたのを制し、起きるまで待った。
しばらく待てば、目を覚ました如水が俺と教会を見て嬉しそうにしている。
せめて腕だけでも臣下の礼を取ろうとする如水を制し、ゆっくりと二人で教会を見る。
「おおきゅぅ、なられましたなぁ」
如水がそうか細い声を出し、再びスゥと寝息を立て始める。
・・・・・・もう、如水の命は長くない。
同年3月23日
如水は眠る様に亡くなり、この教会で初めての葬式が行われた。
日本における日本独自のキリスト教の大本山となるこの教会は、人々からは黒田堂と呼ばれるようになる。
かくも真っ白な黒田堂と市井で揶揄されていると聞いた時には、まるで如水の様だと笑ってしまった。
裏の裏までを一瞬で見透かし、敵も味方も策の一片に組み込む如水の腹黒さとどんな扱いを受けようとも、父上と俺に仕えてくれた潔白さを思い、皆と一緒に冥福を祈った。
花見に、約束したはずの如水は訪れない。
床に臥せったままで、起き上がるのも難しいらしい。
「如水の嘘つきめ……」
「申し訳ございませぬ」
如水の不参加を伝えに来た長政が謝るが、別に本気で言っているわけじゃない。
「あと少しで完成する。如水のために造ったんだから、それまでなんとか生かしてくれ」
「はっ! 父も聖堂の完成を心から待ち望んでおりました。それまではきっと生きてくれるでしょう」
如水への感謝のために尾張に巨大な教会を建設している。
神父は高山右近を予定している。
日本の国の事情も考え、こまごまとした教えを修正はしているものの大きくは同じキリスト教の教えである。
ヨーロッパで評価が高いという教会を真似て造らせたが、何せ実物を見たことがない上に期間が1年以内と短く、大工たちはそうとうな苦労をしたようだ。
「長政、皆のところで呑んで来いよ。俺は少し一人になりたい」
「・・・・・・はっ!」
今日は一人で飲みたい気分だ。
「どぉーん」
何時もの元気な声と共に、お千が抱きついてくる。
少し成長したのか、最近では勢いよく抱きつくのではなく、ギュッと腹に抱き付くと言った感じだ。
「お千、酌をしてもらえるか?」
「兄上、何をお飲みになっているのですか?」
「ん? 酒だよ」
と言っても非常に薄く、果汁の入っているジュースの様な物だが。
「千も飲みたい!」
「だ~め!」
流石にまだ早すぎる。
俺は12になったが、お千はまだ8つ。
いくらこの時代でも、まだまだ酒を呑んでいい歳じゃない。
そうそう、秀忠は蝦夷でしっかりと成果をあげた。
完全な蝦夷の制圧と様々な作物の穀物の種付けに成功したと連絡が入った。
近々一度説明に訪れると書いてあった。
徳川家の再興ももはや遠い話ではない。
「お千、その代りこっちの果汁をお飲み? 甘くて美味しいよ」
「ん~、いい! お珠にあげるの」
お珠も今では5つになる。
今日は城で乳母と過ごしている。
お菓子をあげてもお珠と食べると言って、最近ではなかなかお珠といる時でないと可愛らしくお菓子を食べる姿を見せてくれない。
お千がするりと俺の腕の中に入り込み、腰かける。
幼児の甘い匂いが桜の香りに混じり、何とも乙なものだと笑ってしまう。
「お千、いっぱいあるからお珠はともかく、お千も飲んでいいんだよ?」
「ホント!? じゃぁ、飲む!」
お猪口に酌をしてやれば、外の呑兵衛達の真似をして一気飲みして「ぷはぁ」と言う抜けた声を出す。
どうでも良いが、酌をしてもらうつもりが酌をしてしまっていて苦笑してしまう。
「お千、美味しい?」
「おりんご!」
「そうだね、リンゴの果汁だよ」
「もっと!」
気に入ったのか、次を飲みたがる。
別に自分で注いでもらっても良いのだけど、可愛らしく要求されてしまうとついつい注いでしまう。
相も変わらず無邪気な仕草に心が救われるようだ。
俺、こんな無邪気に過ごすべき時期に天下分け目の大戦をやっちゃったんだ・・・・・・。
そして、再来年には世界侵略が始まる。
「・・・・・・お千、お父上やお母上に会いたいか?」
「え、・・・・・・うん」
当たり前と言えば当たり前だ。
4歳で別れて4年。
なかなか会える距離ではない。
「もう少し待っててくれ、直ぐに会えるようにするからな」
「うん!」
徳川家の再興は近い、蝦夷での成功もあり、そこまで反対する者はいない。
20万石程度になるだろうが、今は俺の直轄領となっている駿府の辺りにしようと思っている。
徳川家にとっては発祥の地、統治もしやすいだろう。
「お千、家に帰りたいか?」
「ん~、ううん。千が帰ったら、兄上寂しいでしょ?」
「!? もちろん、めちゃくちゃ寂しい!」
「だったら一緒にいてあげる~」
「ありがとう!」
ケラケラと笑い合う。
千は一つ伸びをすると、丸まって俺の胡坐の中に納まりスゥスゥと寝息を立て始めた。
偶にやられるのだが、こうなってしまうと動けなくなる。
全く、浸る時間も作らせてもらえない。
「桜、如水の様子はどうだった?」
「・・・・・・もう長くはないかと」
「そうか・・・・・・」
背後に偵察から帰った桜の気配を感じ質問してみた。
如水からは見舞いには来てくれるなと言われている。
見舞いに来られるのが嫌なのではなく、そんな事よりもするべきことがいっぱいあるだろうと言うのが理由だ。
しかし、教会が完成すればその途上に如水の屋敷はある。
工事を散々急がせているのはそれもあってだ。
「もってくれよ、如水」
慶長9年3月21日
如水と共に完成した教会を眺める。
如水は病に伏したままだったが、老体に鞭打ち籠に乗って来てくれた。
大理石とはいかなかったが、真っ白な西洋風建築。
城一つと大差ない金がかかってしまったが、それでも如水の功に報いるには程遠い。
「花見の代わりと言うわけだ」
「・・・・・・おぉ、これは」
到着しても籠で寝ていた如水を長政が起こそうとしたのを制し、起きるまで待った。
しばらく待てば、目を覚ました如水が俺と教会を見て嬉しそうにしている。
せめて腕だけでも臣下の礼を取ろうとする如水を制し、ゆっくりと二人で教会を見る。
「おおきゅぅ、なられましたなぁ」
如水がそうか細い声を出し、再びスゥと寝息を立て始める。
・・・・・・もう、如水の命は長くない。
同年3月23日
如水は眠る様に亡くなり、この教会で初めての葬式が行われた。
日本における日本独自のキリスト教の大本山となるこの教会は、人々からは黒田堂と呼ばれるようになる。
かくも真っ白な黒田堂と市井で揶揄されていると聞いた時には、まるで如水の様だと笑ってしまった。
裏の裏までを一瞬で見透かし、敵も味方も策の一片に組み込む如水の腹黒さとどんな扱いを受けようとも、父上と俺に仕えてくれた潔白さを思い、皆と一緒に冥福を祈った。
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新作「プニプニホッペの魔王様」を連載し始めました。ご一読いただけると幸いです。……ただ、あれは女性目線の小説に挑戦してみたというものなので、こっちの雰囲気は一切関係ないですけどw
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