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55.覚悟を決めてはじめの一歩を踏み出した件。
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ようやく話し合いの場についたとはいえ、正直なところ今の俺には、ここを無事に抜け出すための確固たる策はないに等しかった。
むろん、この先に向けて考えるべきことはたくさんある。
けれど今、本当に優先すべきことはひとつしかないと思っていた。
───そう、夏希との対話だ。
ここから脱け出したいと本気で願うからこそ、脅すでもなく、これまでに夏希がしでかしたことを責めるでもなく、ただ対等におたがいの腹を割って本音を話すこと。
それこそが、今の俺にとって真っ先にすべきことだった。
一見すると、とんでもなく迂遠な解決方法だ。
それどころか、解決するなんて絶対に無理な、なんの役にも立たなさそうな策にしか思えないことだろう。
だけど、たぶん今の俺たちにいちばん必要なのは、それだった。
だってあのゲームの本編の終わりを見ればわかるとおり、冬也と夏希は、おたがいに己の思うこと、感じたことを口にしなかったせいで、決定的にすれちがってしまったのだから。
───まぁ、あのころの『俺』は、冬也のほうがどう思っているのか、誤解をしていたのだけど。
でもこうして己が冬也になってみたことで理解できた、決して夏希と白幡が出て行くことにたいして、なにも思っていなかったわけじゃないってことに。
ようやく見つけた大事な家族と、本当の家族以上に感じていた存在とが一気に出て行ってしまうなんて、それはもう言葉に出来ないほどの喪失感をおぼえたわけで。
しかしそれまでの己が、ふたりにたいしてやさしい言葉ひとつかけてやれなかったことを悔やむ気持ちもあったからこそ、最後くらいは彼らの望むとおりにしてやりたくて、反論すらせずに彼らの言動をすべて受け入れた。
それに、問題は己自身にもあった。
まちがいなく後悔していたはずなのに、最後にこの口から出たセリフは、あまりにもいただけない。
弱った自分を見せたくないという必死の虚勢と、相手に負担をかけまいとする気づかいが見事に裏目に出てしまっていたのだろう。
いわく、『どこへなりとも行けばいい。去るものを追ってやるほど、俺はヒマではないからな』などという、いかにも相手に興味などないと言わんばかりのものになってしまったのだ。
あぁもう、本当に最低だ。
こんなことを言われたら、だれだって傷つくだろう!
相手にとって、自分の価値はその程度でしかなかったのだと、絶望をあたえたのであれば、冬也にも責任がある。
だから夏希だけが悪いわけじゃない。
まさにあのときに白幡が口にしていた『こうなったのも、すべて冬也様ご自身の行いによるものです』というセリフのとおりでしかなかった。
この状況だって見方を変えれば、あのころの冬也からすれば、自由は少し足りないかもしれないけれど、失いたくないと思っていたものを再び手にすることができたと見ることもできなくはないわけだ。
あんなに泣きそうになるほどに苦しくて、出て行くことを止めたかったはずの夏希と白幡は今、ずっとこの場所でともに暮らしていけばいいとばかりに冬也を監禁してきているのだから。
甘んじてこれを受け入れれば、あのときの喪失感を埋めることだけならできる。
だけど。
一度目を閉じて、己の心に問いかける。
今の自分が心の底から願い、ともにありたいと求めるものはなにか?
今、いちばん失いたくないのは、なんなのか?
───その瞬間、心にうかんできたのは、人懐っこい大型犬のような笑みを浮かべた山下の顔だった。
そして山下のほかにも、次々と自社の社員たちの顔が浮かんでは消えていく。
本来ならメインバンクの経営破綻なんて、会社の行く末に色々と不安だってあるだろうに、今こそがんばるときだとばかりに奮起してくれている、大事な社員たちの顔だった。
そう、冬也を───ひいては鷹矢凪グループを支えてくれている社員という名の歯車のひとつひとつが、大事なものだということにやっと気づけたんだ。
きっとゲームの本編に出ていたころの冬也だったら、思いつきもしなかったことだろう。
あのころの冬也にとっての社員というものは個ではなく、すべて数字で管理すべきものでしかなかったのだから。
───あぁ、そうだ。
今の俺には、守りたいものがたくさんあるんだ!
そのためには、いかにはずかしかろうと己の本心を面と向かって夏希に語るくらい、どうってことはないはずだった。
「こうしてお前ときちんと言葉を交わすのは、これがはじめてになるのかもしれないな」
「兄さま……仕方ないです、兄さまはとてもお忙しい方だったから……」
とにかく夏希との会話をしなくてはと迷走気味に話しだせば、横に座る夏希がさりげなくフォローを入れてくれる。
こういうところは前から変わらないお人好し感が、存分に発揮されているような気がするな……。
「たしかに、これまでの俺はずっといそがしく働きつづけていたな───家族を顧みるひまもないほどに」
うっすらと自嘲気味な笑みがくちびるに乗るのは、仕方がないことだ。
たった今、反省をしていたばかりなのだから。
「兄さま!その、ごめんなさい!せっかく良くしてくださったのに、一方的にお屋敷を出ていくなんて失礼でしたよね?!」
夏希は、見るからに申し訳なさそうに顔の前で手を合わせると、ぎゅっと目をつぶって声をあげる。
やはり夏希も、あんな別れ方をして出て行ったことを気に病んでいたのかと、その優しさが健在であったことにホッとする気持ちがふくらんでいく。
たとえ一度はヤンデレ化をしていたとしても、根っこのところは変わらないのだと。
「そんなこと、お前が気にすることでは……あぁいや、それでは誤解が生じるな───その、気に病む必要はない。お前は望むままに生きていい。俺はいつでもお前には幸せになってもらいたいと心の底から願っているんだ……だってお前は、俺にとってこの世でただひとりの大事な弟なんだから」
「っ!」
俺の発言に、夏希の肩が小さくふるえる。
あぁ、あまりにも想定とちがうことを言われて、混乱をしているのかもしれない。
夏希のなかでの俺は、きっと『遠い世界に住む有名人』くらいに理解のおよばない存在だったのだろうし。
自分のことなんて興味もなくて、なんなら個体識別すらしていないと思っていた相手から、思わぬ気づかいの言葉をかけられたら、それはきっとだれだっておどろくはず。
でも危なかった、最初に口にしようとした『お前が気にすることではない』なんてセリフ、また誤解を招くところだった。
どうしても長年で身についた言葉づかいは、いくら中身が変わったところで、そう簡単には改善されてくれないらしい。
油断をすればすぐに、相手を拒絶するような冷たい言い方になってしまう。
「むしろあやまるとしたら、こちらのほうだ。これまでのお前には、ずいぶんと苦労をかけてしまっていたからな。もし俺がもっと早くお前たちの存在を知っていたなら───保護をすることができていたなら、母親を死なせることはなかったのかもしれない。お前が日々の生活に困ることもなかったのかもしれないと思うと、本当に……悔やんでも悔やみきれない」
それはもう、今こうして口にしている言葉さえもうわすべりしてしまうほどには後悔していた。
「だからそれまでの埋め合わせをするように、お前の望むことはなんでも叶えてやりたかったし、幸せにしてやりたかった……もっとも俺にはどう接するのが正解なのかわからずに、かえってお前に気をつかわせてしまっていただけみたいだが……」
俺からの独白に、夏希は黙ったままでいる。
その沈黙が、俺には少し怖かった。
「どうだ、とてもじゃないが『不器用』なんて言葉でごまかせないほどにダメな男だろう、俺は?」
自嘲気味な笑みをくちびるに刷き、皮肉めいた口調で告げる。
「え、と……その、すみません、兄さまがあまりにも思ってもみないことを言うものだから、ちょっとあたまが混乱していて……」
「無理もない、これまでの俺は『完ぺきな社長』として、感情のゆらぎを表に出すことを恥だとさえ思っていたからな。夏希からすれば、なにを考えているのかわからなくて怖かったんじゃないか?」
あたまをかかえている夏希の混乱は、手に取るようにわかる。
「……っ、……うぅん……」
何度も言葉を発しようとしては、詰まっている様子の夏希からは、俺の言うことを信じていいのか迷っている気配が伝わってくる。
その反応は、どうしても不安をあおるものではあったけれど。
でも、もし俺が考えたとおりなら、冬也にとっての夏希が『大事な家族』という枠の存在だったのだと面と向かって言葉にして伝えるのは、この場においていちばん効果のあることだと信じていた。
今の自分にできること、その第一歩を着実に踏み出せたのだと誇る気持ちもある一方で、この沈黙が怖くてたまらない。
まるで判決を待つ被告のような気持ちで、夏希の次のリアクションを待っていたのだった。
むろん、この先に向けて考えるべきことはたくさんある。
けれど今、本当に優先すべきことはひとつしかないと思っていた。
───そう、夏希との対話だ。
ここから脱け出したいと本気で願うからこそ、脅すでもなく、これまでに夏希がしでかしたことを責めるでもなく、ただ対等におたがいの腹を割って本音を話すこと。
それこそが、今の俺にとって真っ先にすべきことだった。
一見すると、とんでもなく迂遠な解決方法だ。
それどころか、解決するなんて絶対に無理な、なんの役にも立たなさそうな策にしか思えないことだろう。
だけど、たぶん今の俺たちにいちばん必要なのは、それだった。
だってあのゲームの本編の終わりを見ればわかるとおり、冬也と夏希は、おたがいに己の思うこと、感じたことを口にしなかったせいで、決定的にすれちがってしまったのだから。
───まぁ、あのころの『俺』は、冬也のほうがどう思っているのか、誤解をしていたのだけど。
でもこうして己が冬也になってみたことで理解できた、決して夏希と白幡が出て行くことにたいして、なにも思っていなかったわけじゃないってことに。
ようやく見つけた大事な家族と、本当の家族以上に感じていた存在とが一気に出て行ってしまうなんて、それはもう言葉に出来ないほどの喪失感をおぼえたわけで。
しかしそれまでの己が、ふたりにたいしてやさしい言葉ひとつかけてやれなかったことを悔やむ気持ちもあったからこそ、最後くらいは彼らの望むとおりにしてやりたくて、反論すらせずに彼らの言動をすべて受け入れた。
それに、問題は己自身にもあった。
まちがいなく後悔していたはずなのに、最後にこの口から出たセリフは、あまりにもいただけない。
弱った自分を見せたくないという必死の虚勢と、相手に負担をかけまいとする気づかいが見事に裏目に出てしまっていたのだろう。
いわく、『どこへなりとも行けばいい。去るものを追ってやるほど、俺はヒマではないからな』などという、いかにも相手に興味などないと言わんばかりのものになってしまったのだ。
あぁもう、本当に最低だ。
こんなことを言われたら、だれだって傷つくだろう!
相手にとって、自分の価値はその程度でしかなかったのだと、絶望をあたえたのであれば、冬也にも責任がある。
だから夏希だけが悪いわけじゃない。
まさにあのときに白幡が口にしていた『こうなったのも、すべて冬也様ご自身の行いによるものです』というセリフのとおりでしかなかった。
この状況だって見方を変えれば、あのころの冬也からすれば、自由は少し足りないかもしれないけれど、失いたくないと思っていたものを再び手にすることができたと見ることもできなくはないわけだ。
あんなに泣きそうになるほどに苦しくて、出て行くことを止めたかったはずの夏希と白幡は今、ずっとこの場所でともに暮らしていけばいいとばかりに冬也を監禁してきているのだから。
甘んじてこれを受け入れれば、あのときの喪失感を埋めることだけならできる。
だけど。
一度目を閉じて、己の心に問いかける。
今の自分が心の底から願い、ともにありたいと求めるものはなにか?
今、いちばん失いたくないのは、なんなのか?
───その瞬間、心にうかんできたのは、人懐っこい大型犬のような笑みを浮かべた山下の顔だった。
そして山下のほかにも、次々と自社の社員たちの顔が浮かんでは消えていく。
本来ならメインバンクの経営破綻なんて、会社の行く末に色々と不安だってあるだろうに、今こそがんばるときだとばかりに奮起してくれている、大事な社員たちの顔だった。
そう、冬也を───ひいては鷹矢凪グループを支えてくれている社員という名の歯車のひとつひとつが、大事なものだということにやっと気づけたんだ。
きっとゲームの本編に出ていたころの冬也だったら、思いつきもしなかったことだろう。
あのころの冬也にとっての社員というものは個ではなく、すべて数字で管理すべきものでしかなかったのだから。
───あぁ、そうだ。
今の俺には、守りたいものがたくさんあるんだ!
そのためには、いかにはずかしかろうと己の本心を面と向かって夏希に語るくらい、どうってことはないはずだった。
「こうしてお前ときちんと言葉を交わすのは、これがはじめてになるのかもしれないな」
「兄さま……仕方ないです、兄さまはとてもお忙しい方だったから……」
とにかく夏希との会話をしなくてはと迷走気味に話しだせば、横に座る夏希がさりげなくフォローを入れてくれる。
こういうところは前から変わらないお人好し感が、存分に発揮されているような気がするな……。
「たしかに、これまでの俺はずっといそがしく働きつづけていたな───家族を顧みるひまもないほどに」
うっすらと自嘲気味な笑みがくちびるに乗るのは、仕方がないことだ。
たった今、反省をしていたばかりなのだから。
「兄さま!その、ごめんなさい!せっかく良くしてくださったのに、一方的にお屋敷を出ていくなんて失礼でしたよね?!」
夏希は、見るからに申し訳なさそうに顔の前で手を合わせると、ぎゅっと目をつぶって声をあげる。
やはり夏希も、あんな別れ方をして出て行ったことを気に病んでいたのかと、その優しさが健在であったことにホッとする気持ちがふくらんでいく。
たとえ一度はヤンデレ化をしていたとしても、根っこのところは変わらないのだと。
「そんなこと、お前が気にすることでは……あぁいや、それでは誤解が生じるな───その、気に病む必要はない。お前は望むままに生きていい。俺はいつでもお前には幸せになってもらいたいと心の底から願っているんだ……だってお前は、俺にとってこの世でただひとりの大事な弟なんだから」
「っ!」
俺の発言に、夏希の肩が小さくふるえる。
あぁ、あまりにも想定とちがうことを言われて、混乱をしているのかもしれない。
夏希のなかでの俺は、きっと『遠い世界に住む有名人』くらいに理解のおよばない存在だったのだろうし。
自分のことなんて興味もなくて、なんなら個体識別すらしていないと思っていた相手から、思わぬ気づかいの言葉をかけられたら、それはきっとだれだっておどろくはず。
でも危なかった、最初に口にしようとした『お前が気にすることではない』なんてセリフ、また誤解を招くところだった。
どうしても長年で身についた言葉づかいは、いくら中身が変わったところで、そう簡単には改善されてくれないらしい。
油断をすればすぐに、相手を拒絶するような冷たい言い方になってしまう。
「むしろあやまるとしたら、こちらのほうだ。これまでのお前には、ずいぶんと苦労をかけてしまっていたからな。もし俺がもっと早くお前たちの存在を知っていたなら───保護をすることができていたなら、母親を死なせることはなかったのかもしれない。お前が日々の生活に困ることもなかったのかもしれないと思うと、本当に……悔やんでも悔やみきれない」
それはもう、今こうして口にしている言葉さえもうわすべりしてしまうほどには後悔していた。
「だからそれまでの埋め合わせをするように、お前の望むことはなんでも叶えてやりたかったし、幸せにしてやりたかった……もっとも俺にはどう接するのが正解なのかわからずに、かえってお前に気をつかわせてしまっていただけみたいだが……」
俺からの独白に、夏希は黙ったままでいる。
その沈黙が、俺には少し怖かった。
「どうだ、とてもじゃないが『不器用』なんて言葉でごまかせないほどにダメな男だろう、俺は?」
自嘲気味な笑みをくちびるに刷き、皮肉めいた口調で告げる。
「え、と……その、すみません、兄さまがあまりにも思ってもみないことを言うものだから、ちょっとあたまが混乱していて……」
「無理もない、これまでの俺は『完ぺきな社長』として、感情のゆらぎを表に出すことを恥だとさえ思っていたからな。夏希からすれば、なにを考えているのかわからなくて怖かったんじゃないか?」
あたまをかかえている夏希の混乱は、手に取るようにわかる。
「……っ、……うぅん……」
何度も言葉を発しようとしては、詰まっている様子の夏希からは、俺の言うことを信じていいのか迷っている気配が伝わってくる。
その反応は、どうしても不安をあおるものではあったけれど。
でも、もし俺が考えたとおりなら、冬也にとっての夏希が『大事な家族』という枠の存在だったのだと面と向かって言葉にして伝えるのは、この場においていちばん効果のあることだと信じていた。
今の自分にできること、その第一歩を着実に踏み出せたのだと誇る気持ちもある一方で、この沈黙が怖くてたまらない。
まるで判決を待つ被告のような気持ちで、夏希の次のリアクションを待っていたのだった。
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お久しぶりです。最近お話の更新が続いていて嬉しさと有り難さでどうにかなりそうなんですが、その度に続きが気になる終わり方なので思わず、ここで終わりィ!?っと叫んでしまっています(笑)特に今回のアレクですよ!あんなに冬也に対して紳士な人物はいないと思うので初めて山下以外で冬也と結ばれてほしいと思いました。山下が今後どういう立場になるのかも気になりますし、もしアレクに冬也の身に何が起きたかをカミングアウトしたらどうなるのか、想像しただけでも興奮します!!素敵なお話をいつもありがとうございます!!
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白いほうのくま様
たびたびのコメントをいただきまして、ありがとうございます!
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はじめまして!こちらの作品好きで更新待ってました!更新ありがとうございますm(__)m
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