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43.運命にあらがう覚悟を決めた件。
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押し倒されたベッドの上で、アレクの顔を見上げる。
あいかわらず、モデルのようにととのった美しい顔立ちだ。
この体勢に恐怖を感じないわけではなかったけれど、それでも相手がアレクだと思えば、なんとか耐えられるような気がした。
「本当に、甘い考えを持つようになったものだね、トーヤは」
目をすがめてこちらを見下ろしてくるアレクのくちびるは、うっすらとした愉悦に彩られていた。
言うなればそれは、絶対的な己の優位を確信した、勝者の顔なのだろう。
事実、抵抗したところで体格に劣る冬也では、たぶんアレクに敵いはしない。
それだけでなく、今の立場と力関係にしたって勝てる要素なんて、なにもないのに。
それでもなお、勝てはしないまでも、けっして負けないという気持ちだけはあった。
「……もし、今の俺の考え方が甘いというのであれば、それはたしかにそうかもしれないな……」
権謀術数うずまく世界のなかで常に勝者として君臨しつづけるアレクを相手に、ただ誠実であろうとしただけなんて、武器のひとつも持たずに敵の前におどり出るようなものでしかないと思う。
それがいかに甘い考えなのかは、言われるまでもなくわかっていた。
「これまでのキミなら、こんな詰めの甘いことはしなかっただろう?自身を拉致して監禁するような相手を前に、警戒心を解いたりしなかったはずだ」
「あぁ、そうだろうな。だけど俺にとってのアレクは、まちがいなく大切な友人でもあるんだ。数少ない貴重なそれを、無下にすることはできない」
真正面から相手の視線を受け止め、そのまま負けじとまっすぐに見つめかえした。
「そうか……なら、ワタシのこの想いを受け止める覚悟を決めたというのかい?はじめて会ったあのときから、ずっとかかえてきたこの想いを……!!」
「っ!」
相手の手がシャツのボタンにかかり、器用にはずされていくそれに、思わず息を飲む。
この行為が、なにを目的に行われているのかなんて、考えるまでもなかった。
アレクは俺に好意を抱いていて、そして今の自分はベッドの上に押し倒された状態で服を脱がされようとしているのだから。
じわじわと恐怖がせりあがってくる。
だってこの先どんな展開になるのか、俺はスピンオフのストーリーを知らないんだ。
そのせいでどんな言動が正解なのかもわからないし、今のこの一瞬にも相手の地雷を踏んでしまって、バッドエンドに向けて一直線になってしまうかもしれなかった。
でも、被害者ぶってふるえたところで事態が改善するわけでもないし、なによりそれは、こうもやすやすと組み敷かれた自らの言動にたいして、あまりにも無責任な気がする。
武芸のたしなみもない夏希とはちがって、これでも護身術は学んでいるわけだし、本当に相手にたいして警戒していたなら、こんなふうに押し倒されたりはしなかったはずだ。
───あぁそうだ、俺はだれからも愛される主人公だった夏希のようではないから。
もしだれかに襲われても、ふるえて涙を浮かべていれば都合よく助けが来てくれるような救済措置のある弟とは、決定的にちがうんだ。
いくら願ったからといって、そうそう自分には都合のいい奇跡なんて起きはしないんだってことくらい、ちゃんと理解しているさ。
「ほらほらトーヤ、抵抗しないのかい?それとも、そんなにワタシに抱かれたいのかい?」
「~~~っ!!」
わざとじらすようにゆっくりとボタンをはずしてシャツをはだけさせると、すべらすようにこちらの肌に触れてくるアレクの手に、ビクリとからだがはねそうになる。
───本当は嫌だ。
これ以上、心にもない相手とからだを重ねるようなことなんて、したくないに決まっている。
それでもアレクの気が済むのならば、譲歩してもいいと思うくらいにはほだされていた。
それはきっと今の自分なら、当時はまるで気にも留めていなかったアレクの気持ちがわかるというか───いや、痛いほどにわかってしまったからなのだと思う。
周囲から誤解を受けやすい自分の言葉をきちんと理解して、さらにその本心すらもあやまたずに受け取ってくれる相手だなんて、そんなの己の世界が狭いころに出会ってしまっていたらもう、執着するしかないだろうってことを。
現に、今だって俺の心はゆらぎそうになっている。
アレクとともにいれば、もう誤解をされることはないのだと、きちんとこちらの気持ちは伝わるのだという甘い誘惑に負けそうになる。
───それは絶対に、えらんではいけない選択肢だというのに。
「……あぁそうだな、積極的に抵抗する気はない。それでアレクの気が済むなら、好きにすればいい」
ちゃんと声はふるえることなく、凛としたものになっていただろうか?
ここからが、俺にとっての本当の意味での抵抗だった。
この世界で冬也となった俺は、必死に凋落エンドを回避しようとあがいてきた。
それはもちろん、物語のなかではたんなるザマァで済んでいたことも、我が身に降りかかるとなれば話は別だというのもある。
でも一番の理由は、別にあった。
そう、それは───本当は冬也だって、人並みに傷つくこともあるし、悲しむことだってあるのだと身をもって知ってしまったからだった。
だからこそ、たとえ困難であってもその救済エンドを目指したいと願う。
俺がこの世界で自我を持ったあの瞬間───大切にしたいと思う双子の弟に別れを告げられ、その前にも長年信頼してきたはずの己の秘書からも辛辣な言葉を投げつけられていたあのときのことを思い出す。
悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうほどにツラかったというのに、けれどこの鉄仮面のような顔は、その心のうちに荒れ狂う嵐のような悲哀の念すら微塵も感じさせなかったんだ。
ゲームの制作スタッフだったころの俺は、それを見て『なんて冷たい、心もないようなヤツなんだろうか』と冬也を激しく嫌っていたっけ……そんなものはただの誤解にすぎなかったというのに。
だからこそ、もしもこの世界が冬也を主役に据えたスピンオフの世界だというのなら、そこでしっかりとしたハッピーエンドをつかみ取ってやる!
それこそが俺の思う、この世界への抵抗だった。
「なるほど、あきらめてワタシに飼われることにしたというのかい?ならばどこまでも、ぐずぐずに溶けるほど愛してやろう」
「んぅっ…!」
アレクの顔が近づいてきたと思ったら、鎖骨のあたりにキスをされ、そのまま吸われる。
くすぐったさにも似たチリっとした感覚に、思わず甘い声が出た。
「ん……やめっ、アレク……っ!」
軽く吸われたあとは、なだめるように舌が這わされ、そして何度も音を立てて周辺にキスがふりちらされる。
そのくすぐったさに、ジワリと視界はにじみ、今度こそからだはふるえた。
なんでこう、俺のからだはこんなにも弱いんだろうか?!
ご都合主義というそしりを免れないほどに周囲の男たちから欲望の目を向けられ、そしてその身を狙われる。
それだけじゃなく、こうして己の意に反した相手から襲われているというのに、その責め苦のなかにも、快楽を見出してしまいそうになっているなんて……!!
くやしくて、歯噛みしそうだった。
これがBLゲームの世界が持つ補正機能だというのなら、冗談じゃないとさけびたかった。
なにも自らすすんで痛い思いをしたいわけではないけれど、それにしたって快楽に弱い己だなんて、とうてい容認できなくて。
「いくらやめろと言われてもね、そんなにかわいらしい声で言われたら、逆にしか聞こえないよ?」
かすかに笑いを含んだアレクの声が、耳をくすぐる。
あいかわらずその声には、絶対的な優位を確信している余裕がにじんでいた。
その隙にも止まることのない長い指先は、胸もとをさりげなくいじり、直後にくちびるが鎖骨のあたりを軽くはんでくる。
これがまた気持ち悪いどころか、あまりにも巧みな動きで、的確にこちらの弱いところをいじってくるのだから、たまったものじゃない。
「ひぅっ!」
「かわいいよ、トーヤ……」
こらえきれずに声がもれ、からだはビクビクと反応してしまう。
あぁもう、はずかしいやらくやしいやら、どうすればいいんだ!?
あがりそうになる息をこらえ、懸命に考えをめぐらす。
どう考えたって、今の自分が置かれた状況は最悪だった。
それでもなお、あきらめることなんてできなくて。
分の悪い賭けにでも出なくては、勝ち筋すら見えてきそうもなかった。
どうせなら最後まであがいてやる、そう思った瞬間、心のなかに浮かんできたのは山下の顔だった。
あいかわらず、モデルのようにととのった美しい顔立ちだ。
この体勢に恐怖を感じないわけではなかったけれど、それでも相手がアレクだと思えば、なんとか耐えられるような気がした。
「本当に、甘い考えを持つようになったものだね、トーヤは」
目をすがめてこちらを見下ろしてくるアレクのくちびるは、うっすらとした愉悦に彩られていた。
言うなればそれは、絶対的な己の優位を確信した、勝者の顔なのだろう。
事実、抵抗したところで体格に劣る冬也では、たぶんアレクに敵いはしない。
それだけでなく、今の立場と力関係にしたって勝てる要素なんて、なにもないのに。
それでもなお、勝てはしないまでも、けっして負けないという気持ちだけはあった。
「……もし、今の俺の考え方が甘いというのであれば、それはたしかにそうかもしれないな……」
権謀術数うずまく世界のなかで常に勝者として君臨しつづけるアレクを相手に、ただ誠実であろうとしただけなんて、武器のひとつも持たずに敵の前におどり出るようなものでしかないと思う。
それがいかに甘い考えなのかは、言われるまでもなくわかっていた。
「これまでのキミなら、こんな詰めの甘いことはしなかっただろう?自身を拉致して監禁するような相手を前に、警戒心を解いたりしなかったはずだ」
「あぁ、そうだろうな。だけど俺にとってのアレクは、まちがいなく大切な友人でもあるんだ。数少ない貴重なそれを、無下にすることはできない」
真正面から相手の視線を受け止め、そのまま負けじとまっすぐに見つめかえした。
「そうか……なら、ワタシのこの想いを受け止める覚悟を決めたというのかい?はじめて会ったあのときから、ずっとかかえてきたこの想いを……!!」
「っ!」
相手の手がシャツのボタンにかかり、器用にはずされていくそれに、思わず息を飲む。
この行為が、なにを目的に行われているのかなんて、考えるまでもなかった。
アレクは俺に好意を抱いていて、そして今の自分はベッドの上に押し倒された状態で服を脱がされようとしているのだから。
じわじわと恐怖がせりあがってくる。
だってこの先どんな展開になるのか、俺はスピンオフのストーリーを知らないんだ。
そのせいでどんな言動が正解なのかもわからないし、今のこの一瞬にも相手の地雷を踏んでしまって、バッドエンドに向けて一直線になってしまうかもしれなかった。
でも、被害者ぶってふるえたところで事態が改善するわけでもないし、なによりそれは、こうもやすやすと組み敷かれた自らの言動にたいして、あまりにも無責任な気がする。
武芸のたしなみもない夏希とはちがって、これでも護身術は学んでいるわけだし、本当に相手にたいして警戒していたなら、こんなふうに押し倒されたりはしなかったはずだ。
───あぁそうだ、俺はだれからも愛される主人公だった夏希のようではないから。
もしだれかに襲われても、ふるえて涙を浮かべていれば都合よく助けが来てくれるような救済措置のある弟とは、決定的にちがうんだ。
いくら願ったからといって、そうそう自分には都合のいい奇跡なんて起きはしないんだってことくらい、ちゃんと理解しているさ。
「ほらほらトーヤ、抵抗しないのかい?それとも、そんなにワタシに抱かれたいのかい?」
「~~~っ!!」
わざとじらすようにゆっくりとボタンをはずしてシャツをはだけさせると、すべらすようにこちらの肌に触れてくるアレクの手に、ビクリとからだがはねそうになる。
───本当は嫌だ。
これ以上、心にもない相手とからだを重ねるようなことなんて、したくないに決まっている。
それでもアレクの気が済むのならば、譲歩してもいいと思うくらいにはほだされていた。
それはきっと今の自分なら、当時はまるで気にも留めていなかったアレクの気持ちがわかるというか───いや、痛いほどにわかってしまったからなのだと思う。
周囲から誤解を受けやすい自分の言葉をきちんと理解して、さらにその本心すらもあやまたずに受け取ってくれる相手だなんて、そんなの己の世界が狭いころに出会ってしまっていたらもう、執着するしかないだろうってことを。
現に、今だって俺の心はゆらぎそうになっている。
アレクとともにいれば、もう誤解をされることはないのだと、きちんとこちらの気持ちは伝わるのだという甘い誘惑に負けそうになる。
───それは絶対に、えらんではいけない選択肢だというのに。
「……あぁそうだな、積極的に抵抗する気はない。それでアレクの気が済むなら、好きにすればいい」
ちゃんと声はふるえることなく、凛としたものになっていただろうか?
ここからが、俺にとっての本当の意味での抵抗だった。
この世界で冬也となった俺は、必死に凋落エンドを回避しようとあがいてきた。
それはもちろん、物語のなかではたんなるザマァで済んでいたことも、我が身に降りかかるとなれば話は別だというのもある。
でも一番の理由は、別にあった。
そう、それは───本当は冬也だって、人並みに傷つくこともあるし、悲しむことだってあるのだと身をもって知ってしまったからだった。
だからこそ、たとえ困難であってもその救済エンドを目指したいと願う。
俺がこの世界で自我を持ったあの瞬間───大切にしたいと思う双子の弟に別れを告げられ、その前にも長年信頼してきたはずの己の秘書からも辛辣な言葉を投げつけられていたあのときのことを思い出す。
悲しくて、苦しくて、胸が張り裂けそうほどにツラかったというのに、けれどこの鉄仮面のような顔は、その心のうちに荒れ狂う嵐のような悲哀の念すら微塵も感じさせなかったんだ。
ゲームの制作スタッフだったころの俺は、それを見て『なんて冷たい、心もないようなヤツなんだろうか』と冬也を激しく嫌っていたっけ……そんなものはただの誤解にすぎなかったというのに。
だからこそ、もしもこの世界が冬也を主役に据えたスピンオフの世界だというのなら、そこでしっかりとしたハッピーエンドをつかみ取ってやる!
それこそが俺の思う、この世界への抵抗だった。
「なるほど、あきらめてワタシに飼われることにしたというのかい?ならばどこまでも、ぐずぐずに溶けるほど愛してやろう」
「んぅっ…!」
アレクの顔が近づいてきたと思ったら、鎖骨のあたりにキスをされ、そのまま吸われる。
くすぐったさにも似たチリっとした感覚に、思わず甘い声が出た。
「ん……やめっ、アレク……っ!」
軽く吸われたあとは、なだめるように舌が這わされ、そして何度も音を立てて周辺にキスがふりちらされる。
そのくすぐったさに、ジワリと視界はにじみ、今度こそからだはふるえた。
なんでこう、俺のからだはこんなにも弱いんだろうか?!
ご都合主義というそしりを免れないほどに周囲の男たちから欲望の目を向けられ、そしてその身を狙われる。
それだけじゃなく、こうして己の意に反した相手から襲われているというのに、その責め苦のなかにも、快楽を見出してしまいそうになっているなんて……!!
くやしくて、歯噛みしそうだった。
これがBLゲームの世界が持つ補正機能だというのなら、冗談じゃないとさけびたかった。
なにも自らすすんで痛い思いをしたいわけではないけれど、それにしたって快楽に弱い己だなんて、とうてい容認できなくて。
「いくらやめろと言われてもね、そんなにかわいらしい声で言われたら、逆にしか聞こえないよ?」
かすかに笑いを含んだアレクの声が、耳をくすぐる。
あいかわらずその声には、絶対的な優位を確信している余裕がにじんでいた。
その隙にも止まることのない長い指先は、胸もとをさりげなくいじり、直後にくちびるが鎖骨のあたりを軽くはんでくる。
これがまた気持ち悪いどころか、あまりにも巧みな動きで、的確にこちらの弱いところをいじってくるのだから、たまったものじゃない。
「ひぅっ!」
「かわいいよ、トーヤ……」
こらえきれずに声がもれ、からだはビクビクと反応してしまう。
あぁもう、はずかしいやらくやしいやら、どうすればいいんだ!?
あがりそうになる息をこらえ、懸命に考えをめぐらす。
どう考えたって、今の自分が置かれた状況は最悪だった。
それでもなお、あきらめることなんてできなくて。
分の悪い賭けにでも出なくては、勝ち筋すら見えてきそうもなかった。
どうせなら最後まであがいてやる、そう思った瞬間、心のなかに浮かんできたのは山下の顔だった。
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