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39.真の黒幕の存在をうたがいはじめた件。

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 思えば、最初からなにもかも条件はそろっていた。
 たとえば、ゲーム本編にはその姿かたちも出てこないのに、設定資料集には肩書きとともにアレクの名前は記載されていた。

 いわく、『冬也とうやの学生時代の留学先の大学での友人、アメリカを本拠地とする石油王の息子』と。

 冬也の記憶のなかでは、家柄のしっかりとした友人のひとりとしか認識されてはいなかったけれど、さすがにこの世界がどんなところなのかを知っているならば、察してしまう。
 恐らくは、このスピンオフでのメイン級の登場人物のひとりなのだと。

 そう考えてみると、腑に落ちることはいくつもあった。
 それこそ、最初はやたらと突っかかってきたのに、いつの間にかやたらと親日家になっていたのも、そしてここまで流暢な日本語をあやつれるようになっていたのも、なにもかもが布石でしかなかったんだろう。

 だって昔から言うじゃないか、『外国語を学びたいなら、その国の恋人を作れ』と。
 相手がなにを言っているのか知りたい、細かなニュアンスさえも理解したい、そして愛をささやきたいと望むからこそ、より語学が堪能になるのだから。

 つまり、アレクは冬也にたいして───恋愛感情に近いような執着を抱いているんじゃないだろうか?
 ……なんて考えてしまうのは、自意識過剰で、思い上がりもはなはだしいのかもしれないけれど。

 前世のからすれば、曲がったことが嫌いな『正しいだけの人間』でしかない冬也の、どこがそんなにモテるのかと疑問に思ってしまうけれど、たぶんそうじゃない。
 言うなればそれは、強い光なのだ、と。

 まぶしくて、たいていの人間は近くから直視することはできないけれど、遠くから見る分には美しいだけでしかなくて、なにより、またとない道しるべになる。
 特別に強い光だからこそ、下手に近づこうとした者は、それに灼かれて敗北し、あるいは嫉妬に焦がされることもあるだろう。

 だけど、その光はなによりも周囲を魅了する。
 そこにあるだけでキラキラとかがやき、そのきらめきを手に入れたい、自分だけにものにしたいと願う人もまた、必ずあらわれるんだ。
 ましてそれが、その強い光にも負けないくらい、己もまた強い人物ならば、なおさらだ。

 ずば抜けて優秀な人物というのは、得てして孤独なものだから。
 真に己を理解できる人物にめぐり会えることが少ないせいで、そうした人物に出会ってしまったとき、その執着は並々ならぬものとなる。

「トーヤ?顔色があまり良くないようだけど、本当に大丈夫かい?このところ、ずっと忙しくしていたのだろう?」
「っ!?」
 考え込んでしまっていたせいで、目の前の現実から意識をはずしてしまっていた。

 気がつけば、ベッドの横に立つアレクによって、顔をのぞきこまれていた。
 距離が近い……!
 さらには、ごていねいにも、片手はこちらの頬に添えられているだなんて。

「だ、大丈夫だから……」
 ほんの一瞬、恐怖の感情がにじみそうになったのを懸命にこらえ、なんてことないようにふるまえば、アレクはうっすらとほほえみを浮かべる。

「それならいいのだけどね、でも今のキミがワタシの知るキミと様子がちがうのは、まちがいないと思うのだけど?」
「?……どういうことだ?」
 ふくみのある物言いに、思わず首をかしげれば、相手からは苦笑を返された。

「以前のキミなら、真っ先にワタシの不法行為を責め立てていただろう?」
「あぁ、こののことか……これはどういうつもりなんだ、アレク?」
 案の定、冬也の『正しさ』について言及され、思わず皮肉めいたセリフが口をついて出る。

 こちらだって、いつまでも正義感のかたまりみたいな青くさいことを言うつもりはない。
 だいたい、それで大きな失敗をしたんだ。
 多少は空気を読もうとするくらいの成長は、とげるものだろう。

「それより、トーヤにこんなに可愛らしい弟がいたなんて知らなかったよ。水くさいな、教えてくれても良かったのに」
「おい、露骨に話をそらすな、アレク!!あと夏希なつきにはもう恋人がいるんだから、手を出そうとするなよ?!」
 胡散臭い笑みを浮かべてごまかそうとするアレクに、思わずツッコミを入れ、ついでのように釘を刺す。

「へぇ?ワタシとともにすごしていたころは存在も知らなかっただろうに、今はちゃんと『兄』してるんだね?というか、キミたち兄弟はおたがいに過保護すぎないか?」
 からかうようなアレクの口調に、思わずムッとして言い返しそうになったところで、必死にこらえて軽くため息をつく。

「───夏希には、ずいぶんと苦労をかけてしまったからな。知らなかったとはいえ、俺にも責任がないわけじゃない」
 一義的には己の父親の人でなしっぷりのせいであるとは思うけれど、立場的に知らないこと自体が罪になる場合もある。
 この場合の俺は、後者だ。

 どうせアレクが調べる気になったら、我が家の秘密のひとつやふたつ、簡単に知ることができるだろう。
 なら俺と夏希の出生の秘密くらい、もう知られていると思っていいはずだ。
 だから隠すつもりもないとばかりにこたえれば、意外なものを見る目で見られた。

「……まさか潔癖なキミの口から、父親の罪を認めるようなセリフが聞けるとはね」
 さらに目を見開き、こちらを凝視するアレクにとっては、俺のこたえが想定外だったのかもしれない。

「意外だったか?」
「意外じゃない、とこたえたらウソになるくらいには……」
「アレク相手に、下手に隠しごとをしようとするほうが、よほど不誠実になるだろう?なにしろアレクは、俺にとっても『』なんだからな」
「……トーヤのそういうなところ、嫌いじゃないよ?」

 相手のセリフを引用してこたえる俺に、アレクは今度こそ破顔した。
 実際、こうして信頼していると面と向かって言葉にし、真実だと認めることで、かえってアレクは俺たちの出生の秘密の代償に、なにか要求することはできなくなるはずだ。

「───それで、わざわざ夏希を探して近づいた理由は、なんなんだ?」
「うん?なんのことかな?」
「とぼけるな、アレク!あなたなら……そんなことをしなくとも、なんだってできただろう?!」

 なにしろアレクの生まれたハワード家といえば、世界有数の資産家というだけじゃない。
 その影響力は、表どころか裏にまでとどろいている。
 マフィアやシンジケートといった裏稼業の存在からも一目置かれ、なんならそれすら支配していると言っても過言ではなかった。

 それになにより、ハワード家は例のオンラインサロンの主宰者だ。
 言うなれば、サロンメンバーのだれが妄言を吐こうと、彼がそれを認めなければ叶うことはない。
 そしてそれは、裏を返せば彼さえ了承したなら、どんな無法なことであろうとゆるされてしまうということでもあった。

 ならば、もしもアレクが俺の身柄を望んだとしたら───?!

 正直、ゾッとした。
 思わずシナリオどおりに凋落し、商品としてオークションにかけられる己の姿を幻視しそうになってしまった。

 ───そんなの、冗談じゃない!!
 そう思う気持ちはあれど、そんなことは絶対に起こらないとは言い切れないのも、また事実だった。

 最初に夏希が口にしたときには、なんの冗談だろうかと思っていたけれど、それを希望したものがだれかということまでは聞いていない。
 もしそれが、目の前にいるアレクだったなら……?!

 家柄にしたって、総資産額にしたって、冬也ではなにひとつアレクには敵わないというのに。
 ハワード家の力をもってすれば、本気で鷹矢凪たかやなぎ家を凋落させることなど、わけないと思う。
 アレクさえその気になれば、どんなに努力をしたところで、まちがいなく当初のシナリオどおりに冬也が凋落を迎えてしまう。

 どうしよう、どうあがいても敵わない相手がいるなんて……。
 ゲームのなかのキャラクターとして冬也を見ていた見ていたときには、なんでこんなに無敵な人間がいるのだろうなんて思っていたけれど、全然そんなことはなかった。
 それどころか、あらためて己の無力さを思い知り、怖いとすらと思ってしまう。

「トーヤ?」
「っ、……アレク……」
 呼びかけられるのに反応して、思わずビクリと肩がハネた。
 とっさにごまかそうとしたのに、不安な気持ちがすべて目線に乗ってしまった気がする。

「え……?」
 そのとき、ふいに頬に手を添えられ、顔を上げさせられた。
 そして、ゆっくりと相手の顔が近づいてくる。

 拒否する間もなかった。
 直後にやわらかな感触がくちびるに押しあてられ、キスされたことを知る。

「ン……ぅっ!」
「えええっ、兄様?!」
 動揺するあまりに無防備になったのをいいことに、さらに舌がくちびるを割って入ってきた。

 そうだ、夏希たちの前なのに!
 俺以上に動揺する声をあげる夏希のそれをどこか遠くに聞きながら、気づいてしまった事実に、羞恥と混乱とが押し寄せてくる。
 一気にあがっていく心拍数に、どうしていいかわからなくなっていた。
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