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36.『血は水よりも濃い』を実感せざるを得ない件。
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たった今、夏希の口から出た『オークション』という単語。
それが今、こうして豪華な部屋に監禁されている自分とどう関わりがあるのかを想像しようとすると、それだけで背すじをひんやりとしたものが伝う。
夏希の言うそれは、ゲームの白幡ルートのなかに出てきたエピソードのひとつだ。
バイト先の先輩に頼まれて連帯保証人になったとたん、相手に逃げられ、夏希が多額の借金を背負わされてしまったというそれ。
なかなかにエグい話というか、夏希の危機感のなさや、押しに弱いお人好しぶりが前面に押し出される話だったのをおぼえている。
闇金からその借金の返済を迫られ、返せる見込みがないのならその身を売って金にしろと言われたが故の、オークション出品だったはずだ。
と、そこまで考えたところで、ふいに我に返る。
そんなことよりも、きちんと夏希本人の口から聞かせてもらうほうが早い。
そう思って、あらためて先をうながした。
「……あれについては、お前が無事で本当によかったと思う。だがそれがどうした?」
「えへへ、やっぱり兄様はやさしいね?あれにね、参加している人から『出品物として兄様を求める声があがっている』んだって教えてもらったんだ。だからね、兄様が僕みたいにさらわれてしまう前に、僕たちで保護しようってことになったんだ」
「なにをバカなことを……っ!?」
ちょっと待て、ツッコミどころが多すぎる。
あまりにも無邪気に笑う夏希が、むしろ心配になるレベルだ。
そもそも夏希にその話をしたのが、例の闇オークションに参加している人だなんて、おかしすぎるだろう!
白幡とともに鷹矢凪家をはなれた夏希は、いくら認知をされているといっても、世間的にはグループ会社の経営には携わることもない、ただの小金持ち程度の若者でしかない。
それこそ『富豪』と呼ばれる人ならではの遊び方ひとつ知らない、ド素人のようなものだ。
そんな初心者でしかない夏希に、わざわざ近づいてくるなんて、どうせロクな人物でないことなんて容易に想像がつく。
あのオークションを行うオンラインサロンの正会員たちは、いずれも世界に名だたる大富豪の著名人たちなのだから。
潔癖なところもある冬也にとっては、己の地位と権力、そしてなにより財力を最大限に活用した犯罪行為すらも楽しむ彼らのことを苦手としていた経緯もあり、極力距離を置くようにしていた。
実際、夏希がオークションにかけられでもしなかったら、そのまま距離を置いたままだったかもしれないくらいだ。
しかし彼らが全世界の経済を動かす力を持っていることは理解していたからこそ、己の信念をねじ曲げてまで、通報せずにいたんだ。
だからこそ距離を置いていたというのに、いったい夏希は、いつの間にそんな危険人物と知り合っていたんだろうか!?
というよりも白幡は、夏希のそばに付いていながら、何をしていたのだろう?!
そういう危険な人物から、夏希を必ず守ると言っていたのではなかったのか!
つい、そんな理不尽な怒りを抱きそうになった。
あまりにも突飛なストーリー展開に、あたまが痛くなってくる。
それに、なによりも。
「~~~っ、だいたいアレは、いくらそれを望む声があったところで、人の場合は本人の同意なしに出品できるものじゃないだろうが!」
そう、金でどうとでもなる一般人相手ならまだしも、富豪のひとりに数えられる俺というのはあり得ない。
「だって僕のときは、問答無用で拉致されて、いやらしいことだってされたのに!?あんな怖い目に遭うなんて……」
涙目のままこちらに訴えてくる夏希は、どうにも頼りなさげで幼く見えるからか、双子の弟というよりも年の離れた弟のようにも思えてくる。
───まぁ、どの選択肢を選んだところで、夏希は必ず鷹矢凪家の力で助け出されることにはなるのだけど。
とはいえそこはそれ、残念ながらBLゲームのシナリオ展開の力は強い。
選択肢を誤ると、いかにもBLゲームらしいエロ要素満点の危険な目に遭ってしまうのもまた事実だった。
本来なら、『頼まれても借金の連帯保証人になっちゃいけないだろう』とか、『その場の空気を読んだ言動を取れば、見せしめのようにいやらしい目にも遭わされることはなかっただろう』とか、説教をしたいことは多々ある。
でも、いかにも庇護欲をそそる華奢な弟を見ていると、これ以上責めるのも酷な気がしてしまう。
「……あぁ、それは怖かっただろう?すまない、もう少し早くお前の状況を知っていたら、そうなる前に助けてやれたのに……」
結局、毅然とした態度を取りつづけることはできなくて、わずかな葛藤の末、折れたのは俺の気持ちのほうだった。
実際、あのときの夏希はただのフリーアルバイターという名の無職の青年でしかなくて、それが俺の双子の弟だということは世間にはまだ明かされていなかった。
そのせいで、借金まみれになるような底辺の人間には人権などないとばかりに、問答無用で拉致されるという手荒な行動に出られてしまったのだろう。
裏の世界など知らない、いかにも一般人らしい生活をしてきた夏希にとっては、わけがわからなくて、さぞかし怖かっただろうとは思う。
そんな思いのままに弟のあたまをなでてやれば、手首から伸びる鎖がジャラリと重たい音を立てて、現実を忘れるなとばかりに訴えてきた。
「えへへ、やっぱり兄様はやさしいんだね?やさしくて綺麗な兄様……僕みたいな価値のない人間だって、とんでもない金額になったんだもん!万が一兄様が出品されようものなら、国家予算を用意しなくちゃ競り落とせないもんね?さすがにまだ、そこまでのお金はないから、やっぱり兄様を先に僕たちで保護しなきゃ!」
それを後押しするように、夏希の顔にはゆがんだ笑みが浮かぶ。
「っ!」
そうだ、油断してはならない。
こうしている今も、俺のスピンオフ作品のシナリオ進行のただなかにあるのだから。
「悪いことは言わない、夏希、俺を今すぐ鷹矢凪の家に帰せ。このままではお前たちが、俺を拉致監禁した犯罪者になってしまうだろ!」
そもそも俺がここへ連れてこられたのは、白幡に絞め落としの技を食らって、意識のないうちに行われたことだ。
どう考えても、真っ当じゃない。
「なんでですか?だって僕と兄様は双子の兄弟じゃないですか!それに兄様の保護が目的だし、身内なら犯罪ではないでしょう?」
───ダメだ、話が通じない。
キョトンとした顔でこちらを見上げてくる夏希は、あまりにも無垢な瞳をしている。
「~~~~っ、それでも!世間的には、会社の代表者が連絡もなしに行方不明になったら、十分事件になるんだ!せめて山下への連絡くらい、入れさせてくれ」
実際にはそれどころか、『鷹矢凪冬也』という人物の世間的な影響力をかんがみるに、どう考えても大事件である。
「ダメです!兄様はすぐにオーバーワークをしてしまうので、ここらで骨休めもしなくては、おからだに差し障ります!だからしばらく兄様は、お仕事できないようにスマホ禁止ですから!」
「なっ!?」
イヤな予感というものは、それにかぎって的中するものである。
どうやら連絡手段は、すでに奪われていたらしい。
いったい、どこに隠してあるのだろうか?
場合によってはGPSの機能で、現在地を割り出すこともできるが……。
ただ白幡が俺をここまで連れてきたのだとしたら、最初から電源はオフにされている可能性は高い。
俺の秘書だった白幡なら、秘書がその所在を知ることができるよう、スマホが活用されていることを知っているだろうし……。
「……だとしても、これじゃ日常生活にも支障が出るだろう」
「大丈夫です!上から下までぜ~んぶ、僕が兄様のお世話をしてあげますから!」
ジャラリと重たい音を立てる鎖を示して問いかければ、しかし夏希は堪える様子も見せずに笑顔でかえしてくる。
「寝たきりでもあるまいし、さすがに下の世話までされたくはないんだが?」
「うふふ、気にしないでいいんですよ、兄様♪」
あぁ、クソ!
やっぱり話が通じない。
次々に詰んでいく現況に、やはり夏希は己の双子の弟なのだという、血のつながりを感じざるを得なかった。
それが今、こうして豪華な部屋に監禁されている自分とどう関わりがあるのかを想像しようとすると、それだけで背すじをひんやりとしたものが伝う。
夏希の言うそれは、ゲームの白幡ルートのなかに出てきたエピソードのひとつだ。
バイト先の先輩に頼まれて連帯保証人になったとたん、相手に逃げられ、夏希が多額の借金を背負わされてしまったというそれ。
なかなかにエグい話というか、夏希の危機感のなさや、押しに弱いお人好しぶりが前面に押し出される話だったのをおぼえている。
闇金からその借金の返済を迫られ、返せる見込みがないのならその身を売って金にしろと言われたが故の、オークション出品だったはずだ。
と、そこまで考えたところで、ふいに我に返る。
そんなことよりも、きちんと夏希本人の口から聞かせてもらうほうが早い。
そう思って、あらためて先をうながした。
「……あれについては、お前が無事で本当によかったと思う。だがそれがどうした?」
「えへへ、やっぱり兄様はやさしいね?あれにね、参加している人から『出品物として兄様を求める声があがっている』んだって教えてもらったんだ。だからね、兄様が僕みたいにさらわれてしまう前に、僕たちで保護しようってことになったんだ」
「なにをバカなことを……っ!?」
ちょっと待て、ツッコミどころが多すぎる。
あまりにも無邪気に笑う夏希が、むしろ心配になるレベルだ。
そもそも夏希にその話をしたのが、例の闇オークションに参加している人だなんて、おかしすぎるだろう!
白幡とともに鷹矢凪家をはなれた夏希は、いくら認知をされているといっても、世間的にはグループ会社の経営には携わることもない、ただの小金持ち程度の若者でしかない。
それこそ『富豪』と呼ばれる人ならではの遊び方ひとつ知らない、ド素人のようなものだ。
そんな初心者でしかない夏希に、わざわざ近づいてくるなんて、どうせロクな人物でないことなんて容易に想像がつく。
あのオークションを行うオンラインサロンの正会員たちは、いずれも世界に名だたる大富豪の著名人たちなのだから。
潔癖なところもある冬也にとっては、己の地位と権力、そしてなにより財力を最大限に活用した犯罪行為すらも楽しむ彼らのことを苦手としていた経緯もあり、極力距離を置くようにしていた。
実際、夏希がオークションにかけられでもしなかったら、そのまま距離を置いたままだったかもしれないくらいだ。
しかし彼らが全世界の経済を動かす力を持っていることは理解していたからこそ、己の信念をねじ曲げてまで、通報せずにいたんだ。
だからこそ距離を置いていたというのに、いったい夏希は、いつの間にそんな危険人物と知り合っていたんだろうか!?
というよりも白幡は、夏希のそばに付いていながら、何をしていたのだろう?!
そういう危険な人物から、夏希を必ず守ると言っていたのではなかったのか!
つい、そんな理不尽な怒りを抱きそうになった。
あまりにも突飛なストーリー展開に、あたまが痛くなってくる。
それに、なによりも。
「~~~っ、だいたいアレは、いくらそれを望む声があったところで、人の場合は本人の同意なしに出品できるものじゃないだろうが!」
そう、金でどうとでもなる一般人相手ならまだしも、富豪のひとりに数えられる俺というのはあり得ない。
「だって僕のときは、問答無用で拉致されて、いやらしいことだってされたのに!?あんな怖い目に遭うなんて……」
涙目のままこちらに訴えてくる夏希は、どうにも頼りなさげで幼く見えるからか、双子の弟というよりも年の離れた弟のようにも思えてくる。
───まぁ、どの選択肢を選んだところで、夏希は必ず鷹矢凪家の力で助け出されることにはなるのだけど。
とはいえそこはそれ、残念ながらBLゲームのシナリオ展開の力は強い。
選択肢を誤ると、いかにもBLゲームらしいエロ要素満点の危険な目に遭ってしまうのもまた事実だった。
本来なら、『頼まれても借金の連帯保証人になっちゃいけないだろう』とか、『その場の空気を読んだ言動を取れば、見せしめのようにいやらしい目にも遭わされることはなかっただろう』とか、説教をしたいことは多々ある。
でも、いかにも庇護欲をそそる華奢な弟を見ていると、これ以上責めるのも酷な気がしてしまう。
「……あぁ、それは怖かっただろう?すまない、もう少し早くお前の状況を知っていたら、そうなる前に助けてやれたのに……」
結局、毅然とした態度を取りつづけることはできなくて、わずかな葛藤の末、折れたのは俺の気持ちのほうだった。
実際、あのときの夏希はただのフリーアルバイターという名の無職の青年でしかなくて、それが俺の双子の弟だということは世間にはまだ明かされていなかった。
そのせいで、借金まみれになるような底辺の人間には人権などないとばかりに、問答無用で拉致されるという手荒な行動に出られてしまったのだろう。
裏の世界など知らない、いかにも一般人らしい生活をしてきた夏希にとっては、わけがわからなくて、さぞかし怖かっただろうとは思う。
そんな思いのままに弟のあたまをなでてやれば、手首から伸びる鎖がジャラリと重たい音を立てて、現実を忘れるなとばかりに訴えてきた。
「えへへ、やっぱり兄様はやさしいんだね?やさしくて綺麗な兄様……僕みたいな価値のない人間だって、とんでもない金額になったんだもん!万が一兄様が出品されようものなら、国家予算を用意しなくちゃ競り落とせないもんね?さすがにまだ、そこまでのお金はないから、やっぱり兄様を先に僕たちで保護しなきゃ!」
それを後押しするように、夏希の顔にはゆがんだ笑みが浮かぶ。
「っ!」
そうだ、油断してはならない。
こうしている今も、俺のスピンオフ作品のシナリオ進行のただなかにあるのだから。
「悪いことは言わない、夏希、俺を今すぐ鷹矢凪の家に帰せ。このままではお前たちが、俺を拉致監禁した犯罪者になってしまうだろ!」
そもそも俺がここへ連れてこられたのは、白幡に絞め落としの技を食らって、意識のないうちに行われたことだ。
どう考えても、真っ当じゃない。
「なんでですか?だって僕と兄様は双子の兄弟じゃないですか!それに兄様の保護が目的だし、身内なら犯罪ではないでしょう?」
───ダメだ、話が通じない。
キョトンとした顔でこちらを見上げてくる夏希は、あまりにも無垢な瞳をしている。
「~~~~っ、それでも!世間的には、会社の代表者が連絡もなしに行方不明になったら、十分事件になるんだ!せめて山下への連絡くらい、入れさせてくれ」
実際にはそれどころか、『鷹矢凪冬也』という人物の世間的な影響力をかんがみるに、どう考えても大事件である。
「ダメです!兄様はすぐにオーバーワークをしてしまうので、ここらで骨休めもしなくては、おからだに差し障ります!だからしばらく兄様は、お仕事できないようにスマホ禁止ですから!」
「なっ!?」
イヤな予感というものは、それにかぎって的中するものである。
どうやら連絡手段は、すでに奪われていたらしい。
いったい、どこに隠してあるのだろうか?
場合によってはGPSの機能で、現在地を割り出すこともできるが……。
ただ白幡が俺をここまで連れてきたのだとしたら、最初から電源はオフにされている可能性は高い。
俺の秘書だった白幡なら、秘書がその所在を知ることができるよう、スマホが活用されていることを知っているだろうし……。
「……だとしても、これじゃ日常生活にも支障が出るだろう」
「大丈夫です!上から下までぜ~んぶ、僕が兄様のお世話をしてあげますから!」
ジャラリと重たい音を立てる鎖を示して問いかければ、しかし夏希は堪える様子も見せずに笑顔でかえしてくる。
「寝たきりでもあるまいし、さすがに下の世話までされたくはないんだが?」
「うふふ、気にしないでいいんですよ、兄様♪」
あぁ、クソ!
やっぱり話が通じない。
次々に詰んでいく現況に、やはり夏希は己の双子の弟なのだという、血のつながりを感じざるを得なかった。
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