当て馬系ヤンデレキャラから脱却を図ろうとしたら、スピンオフに突入していた件。

マツヲ。

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27.酔っぱらいをあしらうつもりが、シクッてしまったらしい件。

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 ふすまを開けてこの部屋に入ってきた、3人の見慣れぬ男たちに内心焦りが生じそうになる。
 もちろん、それを顔には出さないというか、むしろめったなことでは出ないのだけど。

 でもどう考えても、このあと彼らに絡まれるのは目に見えていた。
 なにしろ、ここはBLゲームのスピンオフの世界であると推測される以上、いろんな意味で油断は禁物だった。

 あらためて闖入者たちを見る。
 年齢は俺とそう変わらないようにも見えるけれど、実際にどうなのかは微妙なところだ。
 いずれも髪型をセットし、吊るし売りの安物ではなさそうな、きちんと体型に合ったスーツを身にまとっていることから、それなりに金まわりのいい人物であることは知れる。

 けれど、いかんせん彼らの品性を疑いたくなるくらいには、乱れた姿をしていた。

 もちろん呼気がアルコールくさいのは言うまでもないとして、顔どころか、ゆるめたYシャツの首もとから見える範囲まですべてが真っ赤に染まっていた。
 そんな彼らの様子をひとことであらわすならば、泥酔まぎわといったところだろうか?

 深い色味と艶のあるネクタイはだらしなくゆるめられ、形のよいジャケットのボタンは開けっぱなしになってシルエットがくずれてしまっている。
 ていねいにアイロンをかけられているYシャツも、残念ながらその裾がきちんとしまわれていない。
 おかげでせっかくの仕立てのよいスーツが、その良さを生かしきれていなかった。

「どうもこんばんは~!飲んでますかぁ~!?」
「っ!?」
 いきなり親しげに後ろから肩に手を置きながら、顔をのぞきこむようにしてあいさつされる。

 とたんに、鼻先に強いアルコール臭を感じた。
 顔をしかめなかっただけ、俺はよく耐えたと思う。
 ……まぁ、いつものポーカーフェイスのおかげではあるのだけど。

 そして俺の肩に手をかけてきた男は、酒匂さかわ先生の許可を得る前に、さっさとこちらの左隣に腰かけてきた。
 しかも右隣には、残りのふたりが陣取ってくる。

「あの……?」
 なんなんだこれは、俺の忍耐力を試すイベントだったのか?!
 そんな気持ちを必死に覆い隠して、作り笑いを浮かべる。

 けれどそんな俺に、なにを勘ちがいしたのか、両脇からぴったりとくっつかれるようににじり寄られ、さらに不快感は増していく。
 よりによって、なんでこんなふうに張りつかれなくてはいけないのか、舌打ちをしたい気分だった。

「紹介するよ、冬也とうやくん。彼らは知人の息子さんたちでね」
 若干眉根が寄りそうになったのを必死にこらえて無理やり笑みを作ると、酒匂先生が彼らを紹介してくる。
 その様子に、やはり……と察する。

 俺の知るかぎりで酒匂先生は、もとより礼節を重んじるタイプの人種だった。
 どんな相手だろうと、まずは自分からも最低限の礼儀は尽くさないと気が済まないし、もちろんそれを相手にも求めるタイプだ。

 だからそれが守られない場合、その相手は容赦なく嫌われ、切り捨てられる。
 彼らはその点で、先ほどから酒匂先生の神経をことごとく逆なでしているようにしか見えなかった。

 それを不快ながらもゆるしているなんて、よほどその知人とやらに恩を感じているんだろうか?
 それとも、逆に売りたい恩でもあるのか……。
 つい、そんなことを勘ぐってしまう。

「どうも~、はじめまして、鷹矢凪たかやなぎ社長?ささ、まずはお近づきのしるしに、一献どうぞ!」
 そして3人の男たちは持参したお銚子から、俺のお猪口へと熱燗を注いでは、次々に名乗っていく。
 そのたびにひとくち飲んでは、手持ちのお銚子から返杯をする。

「いやー、鷹矢凪社長はなかなかイケる口ですね」
「先生方こそ」
 ここら辺は、だいたいの接待ではお約束のやりとりだ。
 実際、冬也は酒にも強いのだけど。

「あらためまして、鷹矢凪冬也です。皆さまのメディアでのご活躍は、常々拝見しております。お会いできて光栄です」
 瞬時に思い出した情報の断片を整理しながら、無難なあいさつをかえした。

 それにしても───彼らの名前には聞き覚えがある気がしていたけれど、どうやら最近テレビ露出もそれなりにある、二世議員たちだったらしい。

 たしか、俺の左隣を陣取るのは『イケメンすぎる議員』みたいなことを言われているホストくずれのようなヤツで、右隣はぶっちゃけ系おバカ発言で話題になっているヤツと、世間知らずなお坊っちゃまキャラで売っているヤツ、だっただろうか……?

 実際、主婦層だの若者層だのと、ふだん政治とは遠い層からの支持があるらしい彼らは、テレビ映えするからという理由もあって、バラエティ系情報番組を中心に引っぱりだこになっていた。

「いやはや、天下の鷹矢凪社長が我々をご存じとは、恐悦至極ですな!」
「いえいえ、皆さまそろって市井で人気の方々ですから」
 ホストくずれみたいな男が、大仰なポーズであいさつをしてくるのに、おなじくリップサービスでかえす。

「いや~、それにしても写真で見るよりも、はるかにホンモノは美人さんッスねぇ!しかもなんかイイニオイするし!!」
 今度はおバカ発言の男が、こちらの首すじに顔をちかづけながら、ニヤニヤと笑いを浮かべてふざけたことをぬかしてくる。

「私のような若輩者は、せめて爽やかさくらいは売りにしなくてはいけませんから」
 そこは必死にこらえ、ほどよく冗談で切りかえした。
 男にたいして『美人』などと褒められたところで、この世界観をかんがみるに、恐怖にも近い不快感しか湧いてこないというのに。

「その様子は、さながら『麗人』といったところでしょうか?」
 お坊っちゃまキャラで売っている男は、セリフこそていねいな口調ながら、しかし早口で聞きとりにくい声色はねっとりとして、滑舌が悪い。
 なんというか、キャラクターを作り込みすぎたキモヲタみたいな感じがした。

「フフ、お上手ですね」
 けれどそれもまた、うまいこと愛想笑いでごまかしておく。
 なんとかうまくかわせているだろうか?

 次々とお酌をしてくる彼らからの薄笑いを浮かべた顔と、なめまわすような視線が、ひどく不快にまとわりついてくる。
 あぁ、どう見てもコイツらはゲスだ。

 ───なぜこんなヤツらだというのに、一般人からの人気があるのだろうか?
 心のなかで、そっとグチる。

 そういえば……と、さらに追い討ちをかけるような彼らの素行の悪さを思い出す。
 週刊誌にスクープされそうになるたびに、大物議員である彼らの親たちが金をバラまいて、うやむやにしてきたのだとかなんとか。
 この話をしてくれたのは、たしか秘書仲間から聞いたとか言っていた白幡しらはただったか……。

 必死に脳内にある彼らにまつわる情報を引き出してみれば、案の定、見た目を裏切らない残念すぎる相手だった。
 油断をすれば、ついげんなりしそうになる表情を、必死につくろって引きしめる。

「いやぁ、それにしても皆さまそろってお若いですね」
 そして彼らの年齢は、たぶん俺とはひとまわり近くちがうはずだ。
 もちろん、彼らのほうが上だ。

 なのに第一印象では俺とそう変わらない年齢に見えたわけで。
 ある意味で『とても若く見える』というわけだ。

 一般的には、実年齢より若く見えるというのは褒め言葉だ。
 だけどこの場合、かなり若く見られるのは『幼い』───つまり『人として成熟できていない』ということでもあり、ビジネスの世界においては決して褒め言葉とはかぎらなかったりもするのだが……。

「いやぁ、お若いだなんて照れちゃうなぁ!」
 なのに俺のセリフを額面どおりに受け取ったホストくずれの男は、照れくさそうに身をくねらせる。

「じゃあ、ここは若いもの同士、もっと親交を深めちゃいますか!」
「いいですよね、酒匂先生?!」
「……あぁ、かまわんよ」
「え……っ?」

 おバカ発言男とお坊っちゃまキャラの男が便乗してきたのに、まさか酒匂先生が乗るとは思わなかった。
 ひょっとしたらコイツらといっしょに飲みたくなかっただけで、ていよく厄介な酔っぱらいどもを押しつけられただけなのかもしれないけれど。

「君たちはゆっくりと楽しんでくれたまえ……それじゃ冬也くん、またな?」
「あの、酒匂先生……っ!?」
 これ幸いとばかりに席を立たれ、しかし両脇を固められていた俺は、見送ることもできないままにその場へと置いていかれた。

 ウソだろ、冗談じゃない!
 そう口に出せたらよかったのに……。

「じゃー、あらためて乾杯~~!!」
「「カンパ~イ!!」」
「は、はぁ……」
 結局自分も帰りたいとは言える雰囲気ではなく、相手のノリといきおいと実年齢差に押し切られ、それから何杯か杯をかさねてしまった。

 きっと、ゲーム本編の冬也ならば、うまいこと言って切り上げられていただろうに。
 つい、ここがスピンオフのゲームの世界ならばと警戒を強めるあまりに、強硬に断ることもできなくて。
 それが致命的なミスだと気づかされたのは、そのすぐあとに急激な酔いがまわってきたからだった。

「あ、れ……?」
 おかしいな、なんだかフワフワとする。
 軽くあたまをふっても、全然スッキリと晴れなくて。

 どうやらこれは想像し得るかぎりで、いちばんヤバいかたちでイベントが進行してしまっているのではないだろうか?
 そう気づいた俺は、思わず奥歯を噛みしめたのだった。
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