当て馬系ヤンデレキャラから脱却を図ろうとしたら、スピンオフに突入していた件。

マツヲ。

文字の大きさ
上 下
16 / 55

16.俺の秘書が名探偵で泣き虫な件。

しおりを挟む
「社長、こちらカモミールティーです。少しでもお気持ちが落ちつきますように……それにこれからお休みになるなら、コーヒーよりもこちらのほうがよろしいかと思いまして」
 目の前に置かれたティーカップの、淡い黄色の水面がゆれる。
 それとともに甘めの花の香りが、ふわりと鼻先をくすぐってきた。

「あぁ、すまない、ありがとう」
 お礼を言ってひとくちすすれば、いつものガツンとカフェインを感じるコーヒーとはちがう、やわらかな香気をまとった液体に、ホッと肩の力が抜けていく感じがする。

 いつのころからだろうか、こうして帰宅してすぐにリビングでお茶をするようになったのは。
 たぶんそれは、白幡しらはたが秘書だったころに作られた習慣だ。
 ふだんからコーヒーを好んで飲んでいた俺のためにと、よく白幡が家でも淹れてくれたっけ……。

 やっぱり寝る前に出すそれは、山下とおなじようなことを言ってデカフェタイプが出されることが多かった、なんてことを思い出す。
 どこの豆を使っていたのかわからないけれど、困ったことにあの味を越えるコーヒーに出会うことは今のところまだなかった。

 もう二度と飲めないのかと思うと、それが少し寂しい気もする。
 キリ……と胸が痛みを訴えてくるのをごまかすように、カップをかたむけて、もうひとくち飲んだ。

「あぁ、うまいな……ハーブティーはあまり飲んだことはなかったが、これも悪くない」
「本当ですか?!ありがとうございます!」
 ……そういえば、白幡のときはそれがあまりにもあたりまえすぎて、きちんと誉めたことはなかったっけか……?

 そりゃ、愛想も尽かされるはずだ。
 これまでのゲームの世界の俺がある種の『ダメ人間』だったってことを、こういう些細な出来事で思い知らされていくのは、胸がじりじりと焼けるような気持ちになるものだ。
 油断をすれば落ち込んでしまいそうで、あわてて意識を切り替えた。

 それにしても、はじめのころは山下も危なっかしい手つきだったのが、ティーポットだとかの食器類をあつかうのも、この一月でだいぶ様になってきた。
 はじめてコーヒーを淹れてもらったとき、自宅にあるそのカップの値段を聞かれてこたえたときは、顔を真っ青にしてふるえていたことを思うと、ずいぶんな進歩をしたと思う。

「せっかくだから、山下もいっしょにどうだ?好きなものを飲んでくれ、なんなら運転代行を頼むから、酒でもいいぞ?」
「ありがとうございます。では社長とおなじものを……」
 そんなやりとりをしていても、相手の顔から緊張の色が消えることはなかった。

 自宅のクラシカルな雰囲気のリビングの窓からは、だんだんと明るさを増していく空がよく見える。
 あぁ、もう夜明けの時間だ。
 思わず現実逃避をしそうになって、軽くあたまをふって、小さく息をつく。

 イーグルスター社内でなにがあったのか、正確ではないにせよ、だいたいのところは山下に伝わってしまっているんだろう。
 それでも、あらためて自分の口から言葉にするのはツラかった。
 どう伝えるべきか、しばし逡巡する。

 でもそれ以上に山下の顔が、緊張のあまりに強ばっているのが見えた。
 テーブルセットに向かい合わせに腰かけたところで、相手の視線は、今は服の下に隠れている俺の手首のあたりを見つめているのに気づく。

「そんなに……この手首が気になるか?」
「し、失礼しました!」
 声をかければ、山下はあわてて顔ごと横を向けて、あやまってきた。
 それを見ながら、あらためてシャツの袖口のボタンをはずす。

「あぁ、やっぱり……」
 明るいところでまじまじと見たのは自分でもはじめてで、やはり変に抵抗しようとしたせいか、内側にすり傷が残ってしまっている。
 おそらく時間の経過とともに、薄くなって消えるだろうけれど、どうしたものか……。

 と、そこで視線に気づいて山下のほうを向けば、顔をそむけていたはずなのに、結局山下は横目でこちらを凝視していた。
「そんなに気になるなら、直接見ればいいだろ」
 まぁ、こんなもの見てもおもしろくもなんともないだろうけれど、そう言って腕を差し出せば、おずおずと山下が己の手を下から支えるように添えてくる。

 たぶんケガの度合いとしては、きわめて軽いもので、数日後にはほとんど消えてしまうだろう。
 なのに、そんな赤い筋だのすり傷だのを見た山下は、まるでこの世の終わりのような顔をする。

「な……なにを、そんな泣きそうな顔をしてる?!別にそんな痛くはないぞ?」
「だって社長!これ、赤くなってるところの幅からして、原因はいつものネクタイですよね……?」
「っ!?」
 そのものズバリ言いあてられて、ドキッとする。

「こんなに痕が残るほどキツく縛られていたのなら、きっとネクタイだってシワだらけになったでしょうし、そりゃ新しいものに変えざるを得ませんでしょうね?」
 ……どうしよう、俺の秘書が名探偵すぎる。
 別に後ろ暗いようなことを自らしたつもりはないのに、なぜだか緊張してしまう。

「ふつう、仕事をしに行っただけなら、その日につけていたネクタイをはずして、痕が残るほどキツく縛るような事態には陥らないでしょう?だから、があったのは明白です!───それも、が……」
「ちょっ、山下?!」
 名探偵もかくやの推理を披露したはずの山下は、しかし最後は号泣と言っていいほどの滂沱の涙をあふれさせていた。

「自分がついていながらっ、みすみす社長を狼の巣に送り出すようなまねを……っ!大事なときにお護りできず、申し訳ありませんっ!!」
 ささげ持つようにした俺の手に額をつけ、山下はぼろぼろと大粒の涙をこぼしている。

「なんで山下が泣くんだ!?」
 参ったどうしよう、泣いてるヤツのスマートななぐさめかたなんて、どうしていいのかわからない。
 というより、どうでもいい相手ならともかく、そうじゃない相手だからこそ困る。

「だって、社長~~……うぅっ、ぐすっ……自分が不甲斐なさすぎて、嫌になります!」
 さっきまでの緊張から一転して、感情を爆発させた山下の涙は、止まる様子もなかった。
 涙をぬぐおうともせず、ただしゃくりあげている山下の手がふるえているのは、自分の腕をとおして伝わってくる。

 なんなんだろう、大の男が人目もはばからずに大泣きをしている。
 俺の常識からすれば、それはとてもはずかしいことのはずなのに。
 といっても、ここにいるのは俺たちふたりだけだけど、だとしても仮にも俺は山下の雇用主なわけで。
 曲がりなりにもそれは本来、『はばかる人目』に相当するはずだ。

 俺の立場上、山下をいさめなくてはいけないのかもしれないのに、なぜだろうか、ふしぎと止める気が起きなかった。
 それどころか、わけもなく胸がいっぱいになってくる。

 胸を満たす感情の名は───『よろこび』だ。
 くすぐったくて、あったかいその気持ちは、とてもじゃないけど言葉でなんかあらわしきれなかった。

「そうか……俺は、そんなにお前に心配をかけてしまっていたんだな……」
 気がつけば口もとには、自然な笑いが浮かんでいた。
 あぁ、どうしよう、他人から心配されるのは、こんなにうれしいことだったなんて知らなかった!

 これまでの俺なら、『心配したところでなんの役にも立たないのだから、それよりも己でできることを着実にやればいい』としか思わなかっただろう。
 そのかんがえかたもまた、特別まちがいではないけれど、でも味気ないことに変わりはないわけだ。

 それに笑顔も。
 これまでだったら、外交用の作り笑いは不自由なくできていたけれど、心の底から楽しいと思って笑うことなんてなかった。
 だけど、うれしいと感じたときに自然とわきあがってきたこの笑みは、なんとも言えない面映ゆさがある。

「ありがとう、山下……こんな俺のために泣いてくれて」
 ささくれていた心が、癒されていくような、そんなふしぎな感覚。
 気持ちが満たされるというのは、こんなにもおだやかな気持ちになるものだったのか……。

「社長……なぜ、なぜあなたはそんなにきれいな顔で笑えるのですか?ひどい目に遭われたばかりだというのに……」
 すすり泣く山下が俺を見上げて、まぶしそうに目を細める。

「お前が俺の代わりに泣いてくれたから、だろうか?ほら、これでも使って顔を拭くといい」
 いつかのときとは逆に、今度は俺から山下へとハンカチを差し出す。
 あのときの俺にとっては、そのたった1枚のそれが、とてもあたたかく感じられたんだ。

「社長~~っ!!もったいなくて、使えませんんん!!!」
 だからそんなあたたかさを山下にもかえしてやりたくて、差し出したというのに、山下の目からはふたたび大量の涙があふれてきた。

「自分は一生、あなたについていきます……っ!!」
 おいおい、ハンカチくらいで大げさすぎるだろう。
 そうツッコミたかったのに、目の前の青年が泣き止むことはなかった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜

車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

ド平凡な俺が全員美形な四兄弟からなぜか愛され…執着されているらしい

パイ生地製作委員会
BL
それぞれ別ベクトルの執着攻め4人×平凡受け ★一言でも感想・質問嬉しいです:https://marshmallow-qa.com/8wk9xo87onpix02?t=dlOeZc&utm_medium=url_text&utm_source=promotion 更新報告用のX(Twitter)をフォローすると作品更新に早く気づけて便利です X(旧Twitter): https://twitter.com/piedough_bl

普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。

山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。 お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。 サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた貴族の子息であるレイナードは、人質として異国のアドラー家に送り込まれる。彼の使命は内情を探り、敗戦国として奪われたものを取り返すこと。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。正直「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイも悪役令息も出来そうにないよ! ファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新を目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 完璧超人。真面目で自信家。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。当初は異国の使者だと思っていたレイナードを警戒していたが… 受→レイナード 和平交渉の一環で異国のアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。

あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。 だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。 よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。 弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。 そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。 どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。 俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。 そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。 ◎1話完結型になります

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

処理中です...