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Ep.20 ヒロイン属性値がレベチゆえ……

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 なんだろうこれ、絶対的に良くないことが起きる予感しかない。
 つかんでいたノアの腕を放すと、その男はこちらに向き合う。

「そっちのべっぴんさんは、兄さんの連れなんだろう?いっしょに飲んでくれるっつーなら、そっちもいっしょでいいってことだよな?」
 一般的なガラの悪いほうの冒険者のイメージそのものといった風情の彼は、いつかの冒険者ギルドでオレに絡んできたゴドウィンの仲間によく似た風貌をしていた。

 よく日に焼けた浅黒い肌に、鍛えあげられた丸太のように太い腕、そしてオレの胴体ほどもある太もも。
 もちろん顔には無精ひげが生えていて、適当に切っただけの髪を後ろでスズメのシッポよろしくひとつに結んでいる。
 腰から下げているのは、湾曲したククリみたいな短剣だ。

 ただ、コイツの個性をあげるなら、あたまに巻かれたバンダナくらいだろうか。
 なんというか、かろうじて出してきた海賊感というか、港町成分がそこに凝縮されている感じがする。
 おそらくは、モブのNPCのキャラクターはどれも似た作りになっていたのを忠実に再現すると、こういう感じなるんだろう。

 ───でもちょっと待て、またか?
 またなのか??
 どうしてオレは酒場に来ると、必ずと言っていいほどの確率でイカツイ男どもに絡まれなきゃなんないんだよ?!

 だれにというわけではないけれど、思わず苦情を申し立てたくなる。
 いや、だってこんなの『ヒロイン属性の呪い』の効果として『タチの悪い冒険者たちから絡まれる』っていうのがあるとしか思えないだろ!

「こっちのつるペタの乳くせぇガキよりは、どうせならそっちの美人のほうからお酌されたいね」
「はぁ?!」
 怒りのこもった声をあげたのは、果たしてだれだったのか、気がついたときには近づいてきた男に腕を取られ、無理やり引き寄せられていた。

「ルーイ!」
「ちょっ……!!」
 よりによって、なんでかわいい女子のノアよりもオレを優先するんだよ!?

「やめろ……っ!」
 さらに間の悪いことに、例によって妙に力が入らなくなる『か弱いヒロインムーブメント』がオレの身に起きる。
 相手の胸板を押して距離を取ろうとするのに、どれだけ全力を入れようとしても、うまく押し返すことはできなかった。

「ん~、いいねぇ、美人はクラクラするほどいい匂いがするモンだなぁ」
「ンッ!」
 こちらを上からのぞき込むようにして、首もとに顔を近づけられれば、かすかにその無精ひげが肌にあたり、そのくすぐったさに思わず声が出る。

「へへっ、たまんねぇなぁ」
「冗談じゃない、今すぐ放しやがれ!」
 調子づく男に文句を言ったところで、どこ吹く風だ。

「やめ……ンッ!」
 それどころか、オレが相手を押し返すこともできないと知るや、正面から思いっきり抱きつくようにして、両手でこちらの尻をもみはじめた。
 正面から感じる人の体温や汗臭さは、想像以上に気持ちが悪くて、一瞬にして鳥肌が立つ。

 どうしよう、どうやってここから抜け出せばいい?
 自分に問いかけたところで、純粋に力では敵わない相手だと思うと、とっさに打開策が浮かんでこない。

 この場合、ジェイクを頼ることはできない。
 どう考えたってオレなんかよりも、小さくて華奢なノアの安全を確保するのが優先のはず。
 だからオレは自力でどうにかしなくちゃいけないし、なによりナチュラルボーン紳士なジェイクなら、女の子を優先するにちがいないと思っていたのに……。

「その人から、離れろ!!」
「なんだぁ……って、イタタタタ~~ッ!!」
 威勢のいい声とともに、オレを抱え込んで拘束していた太い腕を別の手がつかみ、引きはがしにかかってくる。

「大丈夫ですか!?」
「おい、ちょっと、タンマ!腕っ、腕が折れる~~!!」
「あなただっていい大人なんですから、やっていいことと悪いことくらい、ちゃんと理解しましょうよ!」
 オレに絡んできていた男の腕をつかみ、逆にひねりあげていたその声の主は、まさかのジェイクだった。

 いや、そりゃこの場でオレを助けてくれるような人なんて、ほかにいるはずがないんだけど。
 それでも、まさかすぐに助けてくれるとは思わなかったというか。

 そしてこの場の雰囲気には、あまりにもそぐわない正義感満点なセリフを口にすると、ジェイクはひねりあげた腕を手に取ると相手を床に引き倒し、難なく制圧していた。

 ………うん、このシーン、やけに見覚えがある。
 つーか本来なら、ノアを助けようとしたところで強制的に起こる相手の男との戦闘に無事に勝利した後のシーンそっくりだな……。

 つまり、今のオレは───本来ならノアを相手役としたイベントだったはずなのに、なぜだかその立ち位置を奪ってしまったようなものになるんじゃないのか───??
 それって、もしやノアが加入するためのフラグを折ってしまったことにはならないだろうか!?
 そのことに思い至り、一瞬にして血の気が引いていく。

「いいですか、これに懲りたら、金輪際この人に手を出そうなんて思わないでくださいね?それが守れなかったら、次は容赦しませんから」
「わ、わかった!俺が悪かったよ!!」
 思った以上に厳しい顔をしたジェイクに叱られ、男は身を縮こませてあやまっている。

「ヒュ~、カッコいいぜあんちゃん!冒険者たるもの、恋人くらい守れなくちゃな!!」
「こ、恋人じゃありませんからっ!」
 周囲からも拍手喝采が起き、次々と口笛とともにジェイクをほめたたえる声が各席からあがっていた。

 こんな店で酒をたしなむのは、それなりに荒くれものばかりなだけに、こうしたジェイクのあざやかな技には、悲鳴が上がるどころかショーのひとつとして面白がられるばかりだ。
 そのからかうような声に、これまたジェイクも律儀に相手の誤りを訂正をしていたけれど……。

 そのあいだもノアは、呆然とその場に立ち尽くしていた。
 そりゃそうだよな、いきなり男に絡まれたと思ったら、イケメンが助けてくれたのはいいものの、その後は思いっきり放置プレイだろ?

 しかも、いきなりわけもわからず絡んできたはずの男からガキあつかいされるなんてさ。
 失礼にもほどがあるというか、場合によってはその男の命も危なかったかもしれないのに。
 だってそれ、思いっきりノアの地雷を踏んでいるんだぞ?

 ノアにとっては童顔なことだとかつるペタ体型なことだとか、めちゃくちゃ本人は気にしていて、その様子が作中でも描かれてきているんだ。
 うっかり地雷発言をしてしまった仲間に攻撃魔法を放ってきたなんてエピソードもあったし、そもそもそういう発言をしてきた敵がいたときは、なぜかノアが怒りモードで攻撃力が2倍になるという特殊な効果があったりもしたっけ……。

 そう思うと、その地雷をことごとく踏み抜きまくった目の前の男にたいする怒りは、かなりのものに達してるんじゃないかって思ったのだけど。
 舌打ちの音ともに、鋭い目線でノアがにらみつけて来ていたのはその男ではなく、なぜかオレのほうだった。

 ───え、マジで?
 今のはオレだって巻き込まれただけの被害者のはずなのに、ノアに恨まれちゃったりするわけ??

 あまりにも理不尽な展開に、泣きたい気持ちになってくる。
 だというのに、なにも気づかないジェイクは、さらにノアの存在なんてまったく忘れたかのように、必死でオレの顔をのぞき込んでくる。

「本当に大丈夫ですか、顔色が悪いですよ!だからこんなところに来るのはやめようって言ったじゃないですか!」
 ……うん、これは心配というよりか、オレにも説教をかましてきただけだったかぁ。
 ある意味でジェイクは通常運転だったのだけど、今それはちょっとまずいんだってば。

 ちょっと待てってジェイクさんや、ノアが後ろにいるってこと、忘れてやいないですかね?
 最初にあなたが助けようとした女の子ですよ、放っておくのは失礼じゃないですかね??
 思わずそうたずねたくなるくらい、ジェイクの意識は100%こちらに向いていた。

 おかげでオレにはばっちりと見えるジェイクの背後に立つノアは、まるで般若のような顔をしていて、とてもじゃないけれどここからパーティー加入のイベントに持ち込めるとは思えなかった。
 どうするんだよ、まさかまたしても仲間を加えることができなくなってしまったんじゃないのか?!

 よりによって、こんなところでヒロイン属性の呪いが発動してしまうなんて、うかつすぎる自分に心底腹が立ってくる。
 今となってはノアは、序盤で仲間に入れられるメンバーのなかでは唯一の有望株なんだぞ!
 みすみすそれを逃すわけにはいかないだろ!

 ───けれど、こちらをにらむノアがまとう、あまりにも前途多難すぎる空気に、オレの顔色はますます悪くなっていくのだった。
 あぁもう、胃が痛いぜコノヤロー!!
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