ヒロイン王子は負けたくない!

マツヲ。

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Ep.8 モンスターとの戦闘訓練はじめます

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 それにしても、と改めて思う。
 ゲームのフィールド画面ではあっという間に移動できると感じていたものも、ちゃんとした世界として体感すると、なかなかどうして目当ての洞窟は遠い。
 そうこうしているうちに、目の前に定番の雑魚モンスターであるスライムが3匹あらわれた。

「スライムは攻撃力も防御力もあまりない。剣ならこうして切ればいいし、ハンマーとかの鈍器ならそのまま押しつぶせばいい」
 オレは装備をしている細身の剣を使って端のスライムを1匹、真っ二つに切る。
 その瞬間、スライムは姿を消して代わりに豆粒ほどの小さな魔石になった。

「わ、わかりました、やってみます!てやぁあ!!」
「おぉ、いい感じだ。その調子、その調子」
 直前のアドバイスを受け、ジェイクは気合いとともに真ん中にいるスライムを銅の剣でたたきつぶす。

 切れ味の悪い銅の剣は、剣として切ることよりも、その自重を生かして鈍器のようにたたきつけるのが基本だもんな。
 だから攻撃力はたいしたことはないし、おなじ鈍器なら似たような攻撃力でこん棒のほうが安価で手に入るからか、あまり武器としては人気がないかもしれない。

 でもあえてこの剣を使うことのメリットは、こん棒よりも耐久性が高いことと、モンスターと戦う際の剣の間合いを学ぶためと言ってもよかった。
 もちろん勇者なら、この先ちゃんとした切れる剣だって装備していくことになるし、なにより伝説の武器は剣だったから、できるだけ剣の習熟度をあげておくのが勇者というキャラクターの運用のお約束だった。

 無事魔石に姿を変えたスライムに、オレの横でジェイクはかまえた剣を下げ、胸をなでおろしている。
 おいおい、さすがにそれは油断しすぎじゃないだろうか?

 だって出現したスライムは3匹セット、まだもう1匹いるんだぞ?
 そう思ってい矢先に、案の定というか、残りの1匹はこちらに向かって跳びかかってくる。

 ぽよんっ!
 とっさによけそこなったジェイクにたいしてスライムは全身でぶつかってきたものの、なんとも気の抜けそうな音で、しかも防具のうえからぶつかっただけだし、おそらくジェイクにはダメージなんて一切入っていないだろう。

 でも。

「うわぁっ!!」
 油断をしていたところにモンスターから攻撃を受けたということ自体に大げさにおどろいたジェイクは、その場に尻もちをつく。
 その瞬間にカランと音を立てて、手にしていたはずの銅の剣は地面に転がっていた。

 あ、バカ!大事な武器を落とすんじゃない!!
 それだけでなく、尻もちをついたまま呆然とするジェイクは、目の前で跳びはねるスライムを見て、なにもできずにいる。
 とはいえ、たかがスライムくらいすぐに立ち直って簡単に倒せるだろう、なんて高を括っていたら。

「むぐっ!ふんっ!!」
 けれどふたたび跳びはねながらぶつかってきたスライムは、無防備なジェイクの顔にはりつくと、その鼻と口とを覆ってしまっていた。

「ジェイク!」
 思わず声をあげたところで、ジェイクは目をつぶったまま、混乱気味に手足をバタつかせているだけだ。

 えぇい、どうする?!
とっさのことで判断に迷い、オレの動きも止まる。
 このままオレが手にした細身の剣でスライムを切ったら、確実にジェイクの顔まで切ってしまう。

 かといって、魔法での攻撃もおなじだ。
 ならば手で剥がすしかないけれど、スライムは粘度の高めな液体のようなものだけに、つかみようもないというか。

 てか、スライムにこんな人を窒息させるような攻撃方法があるとか、聞いてないぞ?!
 アイツらは跳びはねながらぶつかるくらいしか、攻撃方法なんてないだろうに……。

 元のゲームがRPGというのもあって、わずかなドット絵のアニメーションと文字情報だけの戦闘をこなしてきたからこそ、こうして現実の世界で自らが武器を振るう戦闘とのギャップを感じることはある。

 それこそゲーム内なら戦闘にしたって、それぞれのすばやさに応じた順でターンがまわってきたら、コントローラーで次の行動を選択すればいいだけだ。
 その結果は、ただ文字で『〇〇のこうげき!××にいくつのダメージ!』としか出てこないんだからしょうがない。

 たまに出る会心の一撃とか、逆にモンスター側からこちらがそれをくらうこともあるけれど、てっきり偶然攻撃が急所にあたるとか、あたりどころが悪いとそうなるのだろうとだけ思っていた。
 ……でもたしかに、これだって跳びはねてぶつかるしかできないスライムの攻撃が、たまたま尻もちをついたところに入れば、『あたりどころが悪い』判定として鼻と口とをふさぐことだってあるのかもしれない。

 そしてうまく剥がせなければ、そのまま窒息することだって、あり得ないこととも言い切れなかった。
 それに思い至った瞬間、ゾッとした。

 ───そうだ、ここはゲームの世界ではあるけれど、今の自分にとってはまぎれもない『現実の世界』なんだ。

 思った以上に『死』は、身近なところに潜んでいる。
 ゲームのプレイヤーでいるときは、たかがスライム、いくら出てきてもちっとも怖くないし、経験値も稼げないからどうでもいい敵だなんてあなどっていたけれど、本当はそうとも言っていられないんじゃないのか……?

 パシーン!!
「っ、ぷはぁ!」
 背すじに冷たいものが走ったところで、ジェイクはいきおいよく両手で自分の顔面をはたき、スライムを飛散させて魔石に変えていた。

「大丈夫か、ジェイク!?」
 思わずひざをつき、相手の顔をのぞき込む。
 まだレベルも低いのだから、スライムからの攻撃でHPがどれだけ減ったのか、油断はできなかった。

「うん、ちょっと苦しかったけど……あと自分で叩いたときにあたったから、鼻が痛いくらいです」
 たしかに本人の言うとおり、全力で張り手をしたようなものだからか、鼻のあたまが少し赤くなっていた。
 ていうか、いくら混乱していたとはいえ、どれだけ強い力でたたいたんだろうか?

「むしろ自分で自分にダメージを入れちゃったパターンかぁ……」
 一応、ジェイクのステータスは力の数値が高かったと記憶しているだけに、ひょっとしたらスライムからの会心の一撃よりも多くのダメージが入ってしまっている可能性もある。
 ここは念のため、回復の魔法をかけとくほうがいいかもしれない。

「ちょっと待ってろ、ほら『キュア』」
 ジェイクに向かって手をかざし、一番弱い治癒魔法をかける。
 それこそ初期のHPが少ないころにしか役に立たない魔法だけど、今のジェイクにはこれで十分なはずだった。

「あ、ありがとうございます!」
 たいした魔法ではないというのに、やたらとこちらにキラキラとした目を向けて、ジェイクは感激したようにお礼を言ってくる。
 この一瞬は、オレへの反発心なんてないみたいに。

 それには、この世界ならではの事情のようなものがあった。
 それは───ジェイクが育ってきたような農村部では、こうした回復魔法の使い手はほとんどあらわれないことに由来する。

 仮にいたところで、ほとんどは神殿預かりとなり、修行をしたあとに各地へ神官として派遣されることになるだけだ。
 その村には、直接戻ることはない。

 だからなのかゲームのなかでもその派遣中という設定なのか、ダンジョン内で旅の神官に出会い、そこでHPを回復させるためにお布施を払って祈ってもらったりすることもあるわけで。
 つまり、農村部の人々が回復魔法を受けるためには、遠く離れた神殿まで出向き、決して少なくないお布施を納めてはじめて受けられるレアなもの、という刷り込みもあって、妙な感慨深さをおぼえているのだろう。

 オレが唱えた『キュア』は、そんなすごい魔法でもなんでもないのにな?
 もしかしたらこれから先、レベルアップをすればもっと上級の回復魔法をおぼえられるのかもしれないけれど、せいぜい今の自分が使える回復魔法はこれだけだ。

 ヒロインの姫なら、物語の終盤で閉じ込められた塔のなかから助け出され、一時的に勇者パーティーに加わることがあるけれど、そのときは最初からどんな数値のHPでも一気に回復させるような強い魔法が使えるというのに。

 というか、さすが『聖女』だけあって中級以上の回復魔法やサポート系の魔法を中心におぼえていて、むしろこんな下位の回復魔法なんて選択肢のなかにはなかった気がする。
 そう考えれば、ヒロインには使えないはずの攻撃魔法も使える自分は、やっぱり似て非なるものでしかないのだと思う。

 ステータス的には『勇者』の下位互換程度で、いくら設定が似ていても『聖女』にもなれはしない。
 オレって、本当になんなんだろうな?
 中途半端すぎる己の立ち位置に、心底嫌気が差してくる。

「……これくらい、どうってことないから、気をつけて行くぞ」
 どれだけ全力でたたいたのか、鼻のあたまどころかほっぺたまで赤いジェイクに手を貸して立ち上がらせると、あらためて洞窟へと向かって歩き出す。

 ───そして、オレにかけられた呪いのようなが悪さをはじめたのは、その洞窟でのレベルアップも無事に終え、拠点であるはじまりの街へともどろうとしたころの話だった。
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