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187:こんなところでも『乙女ゲー補正』は有効です
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「あれからいろいろあって、なんか僕まで転入してもいいって許可が出たんだよね。でもほら、あまりにも急な決定だったから、もうひとりの分まで教科書用意するのが間に合わなくてね。なにしろパプリカ男爵家ってば、貧乏だからさ」
へらりと笑ったままに、クレセントが肩をすくめる。
いろいろって、なんだよ?!
いったいどういう展開があったら、あの状況から追加転入が許可されるんだ!?
思わずそんなツッコミを入れたくもなるってものだ。
「てことで、どこからかゆずってもらえるまで、教科書見せて?」
「はあ?!」
かわいらしく首をかしげながら、だから机をつけてきたのだと言われてしまえば、理由は納得のいくものではあったけれど。
そりゃ、たしかにこのゲームの世界観では、印刷技術は機械ではなく魔法による転写方式になっているし、その魔法を使える人間が限られているとかで、本が貴重品なのはまちがいない。
ましてこの国中の貴族の子女が集うこの学校では、教科書ひとつとっても、1冊ずつが職人による手作りで、本革張りの装丁にこれでもかと豪華な飾りがほどこされちゃったりしているわけで、つまりはお値段のほうも相当お高いことになっているわけだ。
もちろん我がダグラス家くらい裕福ならば追加の一式を買いそろえるくらいわけないとは思うけど、どちらかと言えば一般的には兄弟や親戚、もしくは自らの家より爵位の高い家からのおさがりをもらうのが通例になっていた。
かくいう自分だって、兄からのお下がりを使っている。
つまり、そういう伝手も必要になるわけだけど、つい最近まで中央貴族とは縁の遠かったパプリカ男爵家ではそうもいかないってことなんだろうなぁ。
そう、理屈の上では理解できるんだけど……。
でもちょっと待て、ひとつだけ言わせてほしい。
こういう『隣の席の生徒に教科書を見せてもらう』なんて、乙女ゲーにおいては重要なイベントになるハズだろ!
ならばそういうのは攻略キャラとヒロインのあいだでやってこそ、ドキドキのイベントになるんじゃないのかーー?!
それこそ机をくっつけるからこそ起きる、いつもよりも近い距離にドキドキしたり、ちょっとした拍子に肩だの手だのが触れてしまって赤面したりとかの甘酸っぱいエピソードが。
なにが悲しくて俺みたいなモブ男子が、自分を陥れようとした相手とのあいだに、そんなイベントフラグを立てなきゃいけないんだよ!?
「………おまえのことだから、てっきりベルから教科書取り上げるのかと思ってた……」
「なにそれ、さすがの僕だって、『おまえのものはオレのもの』とか言わないし───そりゃね、ぶっちゃけ一度は『転校生の教科書見せて大作戦』をベルにやらせるのもありかな?ってかんがえたんだけどさ、となりの席を思うと無理かなって」
「あー、うん、それは……」
たしかにそれは言えている。
正式にゲームがスタートしたならば、ベルの座る席が設定どおりにセブンのとなりになるのはわかっていたわけで。
原典のシナリオどおりにベルが転入してきただけなら、あるいはセブンだって多少は渋るかもしれないけれど、それでもちゃんとヒロインといっしょに教科書を見るなんていう展開があったかもしれない。
けれど残念なことにこの世界は原典でありながら、すでにベルのイトコであるクレセントがヤラカシてしまったあとの世界線だ。
クレセントにたいする敵対意識でガチガチのセブンにたいして、とてもじゃないけどそんなお願いをできるとは思えなかった。
「仕方ない、おまえが無事に教科書を手に入れるまでのあいだだけだからな」
「わかってるよ」
こうして、やむなくクレセントと机をくっつけて授業を受けることを受け入れたわけなんだけど……正直、俺はこの世界の乙女ゲーム補正を甘く見ていたのかもしれない。
───そう、さっきのイベントフラグは、恐ろしいまでにきっちりとお仕事をしてきたんだ。
「あっ」
「っ!?」
開いていた教科書から手がズレて閉じそうになり、あわててページを押さえようとしたクレセントの手が、反対側のページを押さえたままの俺の手のうえに思いっきり重なる。
「なんかごめん……」
「あぁ、つーかベタすぎる展開だろ、これ」
いかにもすぎるハプニングに、俺もクレセントも思わず苦笑いが浮かぶ。
こういうのは、ふだんから異性との接触が極端に少ない思春期の男女だからこそ必要以上に照れたり動揺したりするわけで、俺たちのように同性ならばときめきなんて起こりようもない。
ましておたがいに好意のカケラも抱いていない人物なら、特にそうだろうよ。
「うわ、あなたのところの忠犬がこっちにらんでるし」
「え?」
なんだ、中堅?
あ、いや、忠犬か?
………あぁ、もしかしてセブンのことか?
そっとななめ後ろをふり向けば、たしかにセブンの目つきが悪くなっている。
大丈夫だよ、別にクレセントになにかされたわけじゃないし。
そう伝えようとして、ひらひらと手をふれば、すぐに険はとける。
そうして、なにごともなく授業は進んでいった……と思っていたのだけど、この世界の乙女ゲームとしての理は思った以上に勤勉らしい。
「では、次のページにまいりましょう」
「あっ!」
「……わるい」
教師の説明にあわせてクレセントが教科書のページをめくろうとしたところで、それを受取ろうとした俺の手と、なぜか指がからむ───それもどういうわけか、俗に言う『恋人つなぎ』のように。
どういう偶然でそんなことが起きるんだよ、まったく!
俺はたんなるモブで、クレセントに至ってはこの世界に闖入してきた異分子でしかないハズなのに……。
だからそういうのは、ヒロインのベルと攻略対象者たちでやってればいいんだってば!
きっちりと毎回小さな接触イベントを起こしてくる乙女ゲー厶の世界観に、かすかな頭痛を感じずにはいられなかったのだった。
へらりと笑ったままに、クレセントが肩をすくめる。
いろいろって、なんだよ?!
いったいどういう展開があったら、あの状況から追加転入が許可されるんだ!?
思わずそんなツッコミを入れたくもなるってものだ。
「てことで、どこからかゆずってもらえるまで、教科書見せて?」
「はあ?!」
かわいらしく首をかしげながら、だから机をつけてきたのだと言われてしまえば、理由は納得のいくものではあったけれど。
そりゃ、たしかにこのゲームの世界観では、印刷技術は機械ではなく魔法による転写方式になっているし、その魔法を使える人間が限られているとかで、本が貴重品なのはまちがいない。
ましてこの国中の貴族の子女が集うこの学校では、教科書ひとつとっても、1冊ずつが職人による手作りで、本革張りの装丁にこれでもかと豪華な飾りがほどこされちゃったりしているわけで、つまりはお値段のほうも相当お高いことになっているわけだ。
もちろん我がダグラス家くらい裕福ならば追加の一式を買いそろえるくらいわけないとは思うけど、どちらかと言えば一般的には兄弟や親戚、もしくは自らの家より爵位の高い家からのおさがりをもらうのが通例になっていた。
かくいう自分だって、兄からのお下がりを使っている。
つまり、そういう伝手も必要になるわけだけど、つい最近まで中央貴族とは縁の遠かったパプリカ男爵家ではそうもいかないってことなんだろうなぁ。
そう、理屈の上では理解できるんだけど……。
でもちょっと待て、ひとつだけ言わせてほしい。
こういう『隣の席の生徒に教科書を見せてもらう』なんて、乙女ゲーにおいては重要なイベントになるハズだろ!
ならばそういうのは攻略キャラとヒロインのあいだでやってこそ、ドキドキのイベントになるんじゃないのかーー?!
それこそ机をくっつけるからこそ起きる、いつもよりも近い距離にドキドキしたり、ちょっとした拍子に肩だの手だのが触れてしまって赤面したりとかの甘酸っぱいエピソードが。
なにが悲しくて俺みたいなモブ男子が、自分を陥れようとした相手とのあいだに、そんなイベントフラグを立てなきゃいけないんだよ!?
「………おまえのことだから、てっきりベルから教科書取り上げるのかと思ってた……」
「なにそれ、さすがの僕だって、『おまえのものはオレのもの』とか言わないし───そりゃね、ぶっちゃけ一度は『転校生の教科書見せて大作戦』をベルにやらせるのもありかな?ってかんがえたんだけどさ、となりの席を思うと無理かなって」
「あー、うん、それは……」
たしかにそれは言えている。
正式にゲームがスタートしたならば、ベルの座る席が設定どおりにセブンのとなりになるのはわかっていたわけで。
原典のシナリオどおりにベルが転入してきただけなら、あるいはセブンだって多少は渋るかもしれないけれど、それでもちゃんとヒロインといっしょに教科書を見るなんていう展開があったかもしれない。
けれど残念なことにこの世界は原典でありながら、すでにベルのイトコであるクレセントがヤラカシてしまったあとの世界線だ。
クレセントにたいする敵対意識でガチガチのセブンにたいして、とてもじゃないけどそんなお願いをできるとは思えなかった。
「仕方ない、おまえが無事に教科書を手に入れるまでのあいだだけだからな」
「わかってるよ」
こうして、やむなくクレセントと机をくっつけて授業を受けることを受け入れたわけなんだけど……正直、俺はこの世界の乙女ゲーム補正を甘く見ていたのかもしれない。
───そう、さっきのイベントフラグは、恐ろしいまでにきっちりとお仕事をしてきたんだ。
「あっ」
「っ!?」
開いていた教科書から手がズレて閉じそうになり、あわててページを押さえようとしたクレセントの手が、反対側のページを押さえたままの俺の手のうえに思いっきり重なる。
「なんかごめん……」
「あぁ、つーかベタすぎる展開だろ、これ」
いかにもすぎるハプニングに、俺もクレセントも思わず苦笑いが浮かぶ。
こういうのは、ふだんから異性との接触が極端に少ない思春期の男女だからこそ必要以上に照れたり動揺したりするわけで、俺たちのように同性ならばときめきなんて起こりようもない。
ましておたがいに好意のカケラも抱いていない人物なら、特にそうだろうよ。
「うわ、あなたのところの忠犬がこっちにらんでるし」
「え?」
なんだ、中堅?
あ、いや、忠犬か?
………あぁ、もしかしてセブンのことか?
そっとななめ後ろをふり向けば、たしかにセブンの目つきが悪くなっている。
大丈夫だよ、別にクレセントになにかされたわけじゃないし。
そう伝えようとして、ひらひらと手をふれば、すぐに険はとける。
そうして、なにごともなく授業は進んでいった……と思っていたのだけど、この世界の乙女ゲームとしての理は思った以上に勤勉らしい。
「では、次のページにまいりましょう」
「あっ!」
「……わるい」
教師の説明にあわせてクレセントが教科書のページをめくろうとしたところで、それを受取ろうとした俺の手と、なぜか指がからむ───それもどういうわけか、俗に言う『恋人つなぎ』のように。
どういう偶然でそんなことが起きるんだよ、まったく!
俺はたんなるモブで、クレセントに至ってはこの世界に闖入してきた異分子でしかないハズなのに……。
だからそういうのは、ヒロインのベルと攻略対象者たちでやってればいいんだってば!
きっちりと毎回小さな接触イベントを起こしてくる乙女ゲー厶の世界観に、かすかな頭痛を感じずにはいられなかったのだった。
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