上 下
187 / 188

187:こんなところでも『乙女ゲー補正』は有効です

しおりを挟む
「あれからいろいろあって、なんか僕まで転入してもいいって許可が出たんだよね。でもほら、あまりにも急な決定だったから、もうひとりの分まで教科書用意するのが間に合わなくてね。なにしろパプリカ男爵家ってば、貧乏だからさ」
 へらりと笑ったままに、クレセントが肩をすくめる。

 いろいろって、なんだよ?!
 いったいどういう展開があったら、あの状況から追加転入が許可されるんだ!?
 思わずそんなツッコミを入れたくもなるってものだ。

「てことで、どこからかゆずってもらえるまで、教科書見せて?」
「はあ?!」
 かわいらしく首をかしげながら、だから机をつけてきたのだと言われてしまえば、理由は納得のいくものではあったけれど。

 そりゃ、たしかにこのゲームの世界観では、印刷技術は機械ではなく魔法による転写方式になっているし、その魔法を使える人間が限られているとかで、本が貴重品なのはまちがいない。
 ましてこの国中の貴族の子女が集うこの学校では、教科書ひとつとっても、1冊ずつが職人による手作りで、本革張りの装丁にこれでもかと豪華な飾りがほどこされちゃったりしているわけで、つまりはお値段のほうも相当お高いことになっているわけだ。

 もちろん我がダグラス家くらい裕福ならば追加の一式を買いそろえるくらいわけないとは思うけど、どちらかと言えば一般的には兄弟や親戚、もしくは自らの家より爵位の高い家からのおさがりをもらうのが通例になっていた。
 かくいう自分だって、兄からのお下がりを使っている。

 つまり、そういう伝手も必要になるわけだけど、つい最近まで中央貴族とは縁の遠かったパプリカ男爵家ではそうもいかないってことなんだろうなぁ。
 そう、理屈の上では理解できるんだけど……。

 でもちょっと待て、ひとつだけ言わせてほしい。

 こういう『隣の席の生徒に教科書を見せてもらう』なんて、乙女ゲーにおいては重要なイベントになるハズだろ!
 ならばそういうのは攻略キャラとヒロインのあいだでやってこそ、ドキドキのイベントになるんじゃないのかーー?!

 それこそ机をくっつけるからこそ起きる、いつもよりも近い距離にドキドキしたり、ちょっとした拍子に肩だの手だのが触れてしまって赤面したりとかの甘酸っぱいエピソードが。
 なにが悲しくて俺みたいなモブ男子が、自分を陥れようとした相手とのあいだに、そんなイベントフラグを立てなきゃいけないんだよ!?

「………おまえのことだから、てっきりベルから教科書取り上げるのかと思ってた……」
「なにそれ、さすがの僕だって、『おまえのものはオレのもの』とか言わないし───そりゃね、ぶっちゃけ一度は『転校生の教科書見せて大作戦』をベルにやらせるのもありかな?ってかんがえたんだけどさ、となりの席を思うと無理かなって」
「あー、うん、それは……」

 たしかにそれは言えている。
 正式にゲームがスタートしたならば、ベルの座る席が設定どおりにセブンのとなりになるのはわかっていたわけで。
 原典オリジナルのシナリオどおりにベルが転入してきただけなら、あるいはセブンだって多少は渋るかもしれないけれど、それでもちゃんとヒロインといっしょに教科書を見るなんていう展開があったかもしれない。

 けれど残念なことにこの世界は原典オリジナルでありながら、すでにベルのイトコであるクレセントがヤラカシてしまったあとの世界線だ。
 クレセントにたいする敵対意識でガチガチのセブンにたいして、とてもじゃないけどそんなお願いをできるとは思えなかった。

「仕方ない、おまえが無事に教科書を手に入れるまでのあいだだけだからな」
「わかってるよ」
 こうして、やむなくクレセントと机をくっつけて授業を受けることを受け入れたわけなんだけど……正直、俺はこの世界の乙女ゲーム補正を甘く見ていたのかもしれない。

 ───そう、さっきのイベントフラグは、恐ろしいまでにきっちりとお仕事をしてきたんだ。

「あっ」
「っ!?」
 開いていた教科書から手がズレて閉じそうになり、あわててページを押さえようとしたクレセントの手が、反対側のページを押さえたままの俺の手のうえに思いっきり重なる。

「なんかごめん……」
「あぁ、つーかベタすぎる展開だろ、これ」
 いかにもすぎるハプニングに、俺もクレセントも思わず苦笑いが浮かぶ。

 こういうのは、ふだんから異性との接触が極端に少ない思春期の男女だからこそ必要以上に照れたり動揺したりするわけで、俺たちのように同性ならばときめきなんて起こりようもない。
 ましておたがいに好意のカケラも抱いていない人物なら、特にそうだろうよ。

「うわ、あなたのところの忠犬がこっちにらんでるし」
「え?」
 なんだ、中堅?
 あ、いや、忠犬か?
 ………あぁ、もしかしてセブンのことか?

 そっとななめ後ろをふり向けば、たしかにセブンの目つきが悪くなっている。
 大丈夫だよ、別にクレセントになにかされたわけじゃないし。
 そう伝えようとして、ひらひらと手をふれば、すぐに険はとける。

 そうして、なにごともなく授業は進んでいった……と思っていたのだけど、この世界の乙女ゲームとしてのことわりは思った以上に勤勉らしい。

「では、次のページにまいりましょう」
「あっ!」
「……わるい」

 教師の説明にあわせてクレセントが教科書のページをめくろうとしたところで、それを受取ろうとした俺の手と、なぜか指がからむ───それもどういうわけか、俗に言う『恋人つなぎ』のように。
 どういう偶然でそんなことが起きるんだよ、まったく!

 俺はたんなるモブで、クレセントに至ってはこの世界に闖入してきた異分子でしかないハズなのに……。
 だからそういうのは、ヒロインのベルと攻略対象者たちでやってればいいんだってば!

 きっちりと毎回小さな接触イベントを起こしてくる乙女ゲー厶の世界観に、かすかな頭痛を感じずにはいられなかったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

バッドエンドの異世界に悪役転生した僕は、全力でハッピーエンドを目指します!

BL
 16才の初川終(はつかわ しゅう)は先天性の心臓の病気だった。一縷の望みで、成功率が低い手術に挑む終だったが……。    僕は気付くと両親の泣いている風景を空から眺めていた。それから、遠くで光り輝くなにかにすごい力で引き寄せられて。    目覚めれば、そこは子どもの頃に毎日読んでいた大好きなファンタジー小説の世界だったんだ。でも、僕は呪いの悪役の10才の公爵三男エディに転生しちゃったみたい!  しかも、この世界ってバッドエンドじゃなかったっけ?  バッドエンドをハッピーエンドにする為に、僕は頑張る!  でも、本の世界と少しずつ変わってきた異世界は……ひみつが多くて?  嫌われ悪役の子どもが、愛されに変わる物語。ほのぼの日常が多いです。 ◎体格差、年の差カップル ※てんぱる様の表紙をお借りしました。

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完】悪女と呼ばれた悪役令息〜身代わりの花嫁〜

BL
公爵家の長女、アイリス 国で一番と言われる第一王子の妻で、周りからは“悪女”と呼ばれている それが「私」……いや、 それが今の「僕」 僕は10年前の事故で行方不明になった姉の代わりに、愛する人の元へ嫁ぐ 前世にプレイしていた乙女ゲームの世界のバグになった僕は、僕の2回目の人生を狂わせた実父である公爵へと復讐を決意する 復讐を遂げるまではなんとか男である事を隠して生き延び、そして、僕の死刑の時には公爵を道連れにする そう思った矢先に、夫の弟である第二王子に正体がバレてしまい……⁉︎ 切なく甘い新感覚転生BL! 下記の内容を含みます ・差別表現 ・嘔吐 ・座薬 ・R-18❇︎ 130話少し前のエリーサイド小説も投稿しています。(百合) 《イラスト》黒咲留時(@kurosaki_writer) ※流血表現、死ネタを含みます ※誤字脱字は教えて頂けると嬉しいです ※感想なども頂けると跳んで喜びます! ※恋愛描写は少なめですが、終盤に詰め込む予定です ※若干の百合要素を含みます

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

第一王子に転生したのに、毎日お仕置きされる日々を送る羽目になった

kuraku
BL
 ある日ボクは見知ら国の第一王子になっていた。  休日の街を歩いていたら強い衝撃に襲われて、目が覚めたら中世のヨーロッパのお屋敷みたいな所にいて、そこには医者がいて、馬車の事故で数日眠っていたと言われたけど、さっぱりその記憶はない。  鏡を見れば元の顔のボクがそこにいた。相変わらずの美少年だ。元々街を歩けばボーイッシュな女の子に間違われて芸能事務所にスカウトされるような容姿をしている。  これがいわゆる転生と呼ばれるものなのだろうか。

猫が崇拝される人間の世界で猫獣人の俺って…

えの
BL
森の中に住む猫獣人ミルル。朝起きると知らない森の中に変わっていた。はて?でも気にしない!!のほほんと過ごしていると1人の少年に出会い…。中途半端かもしれませんが一応完結です。妊娠という言葉が出てきますが、妊娠はしません。

処理中です...