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185:そして動き出すゲームのオープニングへ
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あれから数日間は、おどろくほどなにもない日々がつづいていた。
毎朝寮内のパレルモ様の部屋まで起こしに行って、そこから教室までつきそって登校し、日中もできるだけいっしょにすごす。
そして放課後にはパレルモ様に近づいてこようとする有象無象を適度にあしらいつつ、クラスメイトとのお茶会を近くで見守りながら、最後は寮の自室まで送り届ける。
これまでのテイラーにとってはこれこそが日常であったことだけど、よくかんがえてみればゲームのなかとはだいぶちがうことになっている。
だってゲームのなかのパレルモ様は、とにかく知的な腹黒系悪役キャラだったから警戒心も強く、取りまきメンバー以外と群れることはなかったし、テイラーも付き人よろしく寮内では同室ですごしていたし。
でもこの侵食者によって改変された世界では、パレルモ様は男女を問わずにモテる愛され系白痴キャラになっていたし、なによりニセヒロインのクレセントと寮で同室になりたがったパレルモ様自身の要望により、俺はパレルモ様の同室を追い出され、別の一人部屋へと移っているわけだ。
そういう意味ではいちばんおかしな改変が加わっているのは、なによりも俺自身がブレイン殿下をはじめとする攻略対象キャラクターたちからモテているということなのだけど。
特に、うっかり俺がスパークラー辺境伯のところの兄に毒殺されてかけてから、過保護なくらいに甘くなっているブレイン殿下からは、当面は王族専用の警備も万全なブレイン殿下の私室で寝泊まりするようにと言われていた。
でも、その前から俺は何度もブレイン殿下の私室で夜を明かしているわけで、さすがにこれ以上パレルモ様を放置するのは俺の命的な意味で危険だからと固辞して、ようやく改装されたばかりの自室でくつろぐことができるようになっていた。
清潔感のあるリネンに包まれ、ふかふかのベッドで、朝までゆっくり眠れるしあわせ。
あぁ、これに勝るしあわせって、なかなかないんじゃないか?
それこそ前世の『俺』は、何徹もしつつ会社の床に転がって仮眠をとるような社畜生活を送っていたからこそ、よけいにそう感じるのかもしれないけれど。
しかもあいかわらず、『うちの子』セブンをはじめとしてリオン殿下たちも、やたらと俺にやさしいままだしな。
大好きな世界で、大好きな人たちと、楽しい時間をすごせるなんて。
まだこの世界に侵食して勝手な改変をしている犯人を特定することはできてないにせよ、この世界でテイラーとして生きてきたなかでは、まちがいなくこの数日間はもっとも俺にとって平和な日々だった。
その平穏が終わりを告げることになったのは、特別でもなんでもない、ごくふつうのある日のことだった。
教室内を満たすのは、生徒たちのざわめきだ。
もちろんそれは好意的なものもあれば、あきらかに不信感を持ったものまで、さまざまな反応があった。
それもそのはず、ふだんであればそう起きることのないハズのできごとが、立てつづけにおきているのだから。
「それじゃあ、皆さんにご紹介します。えー、お父上のパプリカ男爵の領地替えにともなって、本日付で本校に転入してきたベル・パプリカさんです」
それはいつかのときも聞いた、やる気のなさそうな担任からの紹介で、教卓の横にはこの学校の制服に身をつつんだ女子生徒が立っていた。
あのときは男子生徒用の制服に身をつつんでいたクレセントの姿に度肝を抜かれてしまったけれど、今度こそ目の前に立つその少女は、長めのフレアスカートを身につけている。
その生徒は、肩までかかるピンク色の髪に、水色の瞳がいろどるタレ気味で愛嬌のある目もとをしている。
そして背はそこまで高くはないけれど、元気いっぱいでかわいらしい少女。
これだよ、これこれ!
とっさのことに、テンションがぶちあがる。
いや、だって自分がシナリオライターとして関わったゲームのなかのワンシーンを、自分自身で体験できるとか、そんなのワクワクが止まらないに決まってるだろ?!
見た目こそ小柄であるものの、しっかりと自分を持っていて、ちょっとだけ気の強いところもある男爵令嬢。
貴族らしさのない自由な価値観と、ちょっぴり田舎者らしいおおらかさで次々と中央貴族の攻略対象者たちを落としていく可能性を秘めた絶対的なヒロイン。
そんな本物のヒロインであるベルが、今度こそ転入してきたわけだ。
「ベル・パプリカと申します。このたびは、私のいとこが皆さまに多大なるご迷惑をおかけしてしまったようで、誠に申し訳ありませんでした!」
いきおいよくあたまを下げるベルに、クラス内はさらにざわつきを増す。
そりゃそうか、貴族のご令嬢があやまることなんてめったにないことだし、そもそも俺は事前に本人からクレセントがベルのいとこだって設定になっていることを聞いていたけど、ほかのクラスメイトたちからしたら、初耳のことだもんな?
というか、やっぱりベルはすなおでかわいいよなぁ。
小柄で華奢な印象のする少女というだけでも庇護欲をくすぐってくるのに、さらに『俺』からすればセブンとおなじく、自分の書いたシナリオのなかに登場したキャラクターでもあって、思い入れのある大切な存在なんだ。
そういう意味では、ベルもまた『うちの子』と言えなくはないわけだ。
そう思ってあらためてベルの姿を目にすれば、よけいにキラキラとかがやいて、かわいらしく見えてくるのだからふしぎだ。
いや、クレセントだってほとんどベルとおなじ顔をしていたのだから、かわいかったのはまちがいないんだけど、それでもやっぱり正式な『星華の刻』の登場人物だと思うと、感慨もひとしおなんだよ!
ただ、そこまでであれば俺にとってはただの感慨深いゲームのオープニングのワンシーンでしかなかったハズだった。
ある意味で俺にとってのボーナスと言えなくもないだけど、それだけで終われないのが、世の常というもので。
「えー、それとあらためてご紹介します。入ってきなさい……はい、こちらはベル・パプリカさんのイトコにあたるクレセント・パプリカくんです」
担任に呼ばれて教室の外から入ってきたのは、───そう、そこにいたのは数日前に地下の懲罰房で見たばかりのクレセントだった。
ウソだろ、本当にコイツまでいっしょに転入してきたってことかよ!?
ひそかに動揺している俺と目が合うと、クレセントはにっこりと笑って、ひらひらと手を振ってきた。
うん、愛想いいなおまえは!?
基本的に顔の表情筋が死んでいる俺からすればうらやましいことではあるけれど……。
あああ、でももうこれ、どうかんがえてもトラブルの予感しかしないだろ!!
ジワリと心に広がる不安感に、ただあたまをかかえるしかなかったのだった。
毎朝寮内のパレルモ様の部屋まで起こしに行って、そこから教室までつきそって登校し、日中もできるだけいっしょにすごす。
そして放課後にはパレルモ様に近づいてこようとする有象無象を適度にあしらいつつ、クラスメイトとのお茶会を近くで見守りながら、最後は寮の自室まで送り届ける。
これまでのテイラーにとってはこれこそが日常であったことだけど、よくかんがえてみればゲームのなかとはだいぶちがうことになっている。
だってゲームのなかのパレルモ様は、とにかく知的な腹黒系悪役キャラだったから警戒心も強く、取りまきメンバー以外と群れることはなかったし、テイラーも付き人よろしく寮内では同室ですごしていたし。
でもこの侵食者によって改変された世界では、パレルモ様は男女を問わずにモテる愛され系白痴キャラになっていたし、なによりニセヒロインのクレセントと寮で同室になりたがったパレルモ様自身の要望により、俺はパレルモ様の同室を追い出され、別の一人部屋へと移っているわけだ。
そういう意味ではいちばんおかしな改変が加わっているのは、なによりも俺自身がブレイン殿下をはじめとする攻略対象キャラクターたちからモテているということなのだけど。
特に、うっかり俺がスパークラー辺境伯のところの兄に毒殺されてかけてから、過保護なくらいに甘くなっているブレイン殿下からは、当面は王族専用の警備も万全なブレイン殿下の私室で寝泊まりするようにと言われていた。
でも、その前から俺は何度もブレイン殿下の私室で夜を明かしているわけで、さすがにこれ以上パレルモ様を放置するのは俺の命的な意味で危険だからと固辞して、ようやく改装されたばかりの自室でくつろぐことができるようになっていた。
清潔感のあるリネンに包まれ、ふかふかのベッドで、朝までゆっくり眠れるしあわせ。
あぁ、これに勝るしあわせって、なかなかないんじゃないか?
それこそ前世の『俺』は、何徹もしつつ会社の床に転がって仮眠をとるような社畜生活を送っていたからこそ、よけいにそう感じるのかもしれないけれど。
しかもあいかわらず、『うちの子』セブンをはじめとしてリオン殿下たちも、やたらと俺にやさしいままだしな。
大好きな世界で、大好きな人たちと、楽しい時間をすごせるなんて。
まだこの世界に侵食して勝手な改変をしている犯人を特定することはできてないにせよ、この世界でテイラーとして生きてきたなかでは、まちがいなくこの数日間はもっとも俺にとって平和な日々だった。
その平穏が終わりを告げることになったのは、特別でもなんでもない、ごくふつうのある日のことだった。
教室内を満たすのは、生徒たちのざわめきだ。
もちろんそれは好意的なものもあれば、あきらかに不信感を持ったものまで、さまざまな反応があった。
それもそのはず、ふだんであればそう起きることのないハズのできごとが、立てつづけにおきているのだから。
「それじゃあ、皆さんにご紹介します。えー、お父上のパプリカ男爵の領地替えにともなって、本日付で本校に転入してきたベル・パプリカさんです」
それはいつかのときも聞いた、やる気のなさそうな担任からの紹介で、教卓の横にはこの学校の制服に身をつつんだ女子生徒が立っていた。
あのときは男子生徒用の制服に身をつつんでいたクレセントの姿に度肝を抜かれてしまったけれど、今度こそ目の前に立つその少女は、長めのフレアスカートを身につけている。
その生徒は、肩までかかるピンク色の髪に、水色の瞳がいろどるタレ気味で愛嬌のある目もとをしている。
そして背はそこまで高くはないけれど、元気いっぱいでかわいらしい少女。
これだよ、これこれ!
とっさのことに、テンションがぶちあがる。
いや、だって自分がシナリオライターとして関わったゲームのなかのワンシーンを、自分自身で体験できるとか、そんなのワクワクが止まらないに決まってるだろ?!
見た目こそ小柄であるものの、しっかりと自分を持っていて、ちょっとだけ気の強いところもある男爵令嬢。
貴族らしさのない自由な価値観と、ちょっぴり田舎者らしいおおらかさで次々と中央貴族の攻略対象者たちを落としていく可能性を秘めた絶対的なヒロイン。
そんな本物のヒロインであるベルが、今度こそ転入してきたわけだ。
「ベル・パプリカと申します。このたびは、私のいとこが皆さまに多大なるご迷惑をおかけしてしまったようで、誠に申し訳ありませんでした!」
いきおいよくあたまを下げるベルに、クラス内はさらにざわつきを増す。
そりゃそうか、貴族のご令嬢があやまることなんてめったにないことだし、そもそも俺は事前に本人からクレセントがベルのいとこだって設定になっていることを聞いていたけど、ほかのクラスメイトたちからしたら、初耳のことだもんな?
というか、やっぱりベルはすなおでかわいいよなぁ。
小柄で華奢な印象のする少女というだけでも庇護欲をくすぐってくるのに、さらに『俺』からすればセブンとおなじく、自分の書いたシナリオのなかに登場したキャラクターでもあって、思い入れのある大切な存在なんだ。
そういう意味では、ベルもまた『うちの子』と言えなくはないわけだ。
そう思ってあらためてベルの姿を目にすれば、よけいにキラキラとかがやいて、かわいらしく見えてくるのだからふしぎだ。
いや、クレセントだってほとんどベルとおなじ顔をしていたのだから、かわいかったのはまちがいないんだけど、それでもやっぱり正式な『星華の刻』の登場人物だと思うと、感慨もひとしおなんだよ!
ただ、そこまでであれば俺にとってはただの感慨深いゲームのオープニングのワンシーンでしかなかったハズだった。
ある意味で俺にとってのボーナスと言えなくもないだけど、それだけで終われないのが、世の常というもので。
「えー、それとあらためてご紹介します。入ってきなさい……はい、こちらはベル・パプリカさんのイトコにあたるクレセント・パプリカくんです」
担任に呼ばれて教室の外から入ってきたのは、───そう、そこにいたのは数日前に地下の懲罰房で見たばかりのクレセントだった。
ウソだろ、本当にコイツまでいっしょに転入してきたってことかよ!?
ひそかに動揺している俺と目が合うと、クレセントはにっこりと笑って、ひらひらと手を振ってきた。
うん、愛想いいなおまえは!?
基本的に顔の表情筋が死んでいる俺からすればうらやましいことではあるけれど……。
あああ、でももうこれ、どうかんがえてもトラブルの予感しかしないだろ!!
ジワリと心に広がる不安感に、ただあたまをかかえるしかなかったのだった。
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