ここは弊社のゲームです~ただしBLゲーではないはずなのに!~

マツヲ。

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164:そのひとことは痛恨の一撃

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「……別に、おまえや『ペロさん』がどんなキャラクター解釈をしていようと、俺だって否定する気はないさ」
 軽く肩をすくめると、できるだけやわらかい口調で話しかける。

「ウソだ!!パレくんが愛されキャラになる根拠を示せとか、全否定したクセに!」
 それに反応するクレセントは、格子越しにこちらをにらみつけてきて、まるで毛を逆立てた猫のようだったけど。

「───ひとたび作品として世に出されたものは、受け取り手がどんな解釈をしようとかまわないものだからな。特に市販されたゲームソフトなら、楽しみ方もふくめてお客様の自由だ」
 と、そこでいったん言葉を区切り、クレセントを見つめる。

「もちろん制作者サイドとして、あらかじめ意図するものはあるけれど……」
 これはシナリオライターをはじめたばかりのころの俺が、先輩から言われた言葉だった。

 仮にその作品を見た人から、己の意図するものと異なるキャラクターや話の解釈をされたとしても、それをひとつずつ訂正してまわることはできないから。
 もし誤解を受けたくないのなら、それが正しく伝わるように書け、と。

 それにそもそも『星華せいかとき』自体、ヒロインが選択する言動によってルートが枝分かれする、マルチシナリオタイプのゲームなんだ。
 ルートによって、そこに登場するキャラクターたちが異なる性格になるのは、当然と言えば当然だ。

 そういう意味では、キャラクターの解釈にブレがあってもおかしくないように、世界観だって設計されていると言えなくもないわけで。
 だから別に俺だって、あのゲームのシナリオのなかから、だれがなにをどう受け止めようとかまわなかった。

「で、でも……あなたは僕たちのパレくんを否定したじゃないか!」
「そりゃおまえたちがパレルモ様を愛でようとするあまりに、ほかのキャラクターにまで軽率に改変をくわえようとしたからだろ」
 ただしそれがゆるされるのは、物語の肝となる部分へのリスペクトがあればこそだ。

「たとえばはじめは、セラーノ先生が『少年愛をこじらせた変態外科医』にされていただろ?どうしてあの人がを目指したのか、そのエピソードは決して軽いものなんかじゃない。それをおまえらはまるごと無視しただろ!」
 それは『セラーノ・デルソル』というキャラクターにとって、とても大切なキラキラと光る宝物のような思い出なのに……!

「だって僕が好きなのはパレくんだけだし!ほかのヤツらのエピソードなんてどうでもいいっつーか、ぶっちゃけおぼえてるわけないじゃん!」
「っ!」
 追いつめられ、とっさに口にした程度の浅い理由にすぎないであろうクレセントの言葉が、想像以上にこちらの心に突き刺さる。

 だって、おぼえていないということは、すなわち相手の心にみじんも刺さらなかったということだから。
 いつぞや、シナリオライターの先輩から言われた言葉が脳裏に浮かぶ。

 どうせ書くのなら、人の心に訴えかけるような物語をしっかりと描き出せと。
 ドラスティックな展開は、当然苦情のもとになる。
 だからと言って、妥協なんてするな、と。

 人によって感性が異なっているのは当然なのだから、おなじものを見たところで受け止め手によって、快不快はあるだろう。
 けれど苦情を恐れて配慮したって、おもしろいものは生み出せやしない。

 だって、万人から苦情の出ない物語は、言い換えれば、『しょせんだれの心にも刺さらない話でしかない』んだってことだから。
 だから苦情なんて恐れず、目にしたものの心に、なにかしらのさざ波を起こすような話を作れ、と。

 ───そういう意味でとらえると、今のクレセントから『好きなキャラクターはいるけれど、ゲーム自体はたいして心に刺さらず、おもしろくなかった』と言われたようなものでしかないと思う。

 正直、ショックだった。

 そりゃもちろん、自分が苦労してつくりあげたセブンの個人エピソードがおもしろくなかったと言われるのは、シナリオライターとして傷つくとは思う。
 けれどこれは、そんな単純な問題じゃない。

 だって、制作にたずさわったスタッフは、どの仕事を担当していても最終的な目標はただひとつ、『少しでもお客様に楽しんでもらえるゲームを作りたい』というものだから。
 クレセントの発言は、そんなスタッフの思いが、なにひとつ届かなかったと言われたようなものだった。

 万人に愛されるのがむずかしいのは、重々承知している。
 人によって感性は異なるものなんだから。
 そういう意味では、突き詰めてかんがえれば、これは個人の感性のちがいによる問題なのかもしれないけれど。

 それこそ人によって『大切』の範囲が異なることによる弊害で、だれが悪いわけでもない、不幸なすれちがいでしかないんだってこと。

 たぶんクレセントがパレルモ様を好きだと思う気持ちは、俺たちスタッフがキャラクターを我が子のように思う気持ちにも負けていないと思うし、なんならファンであるクレセントのほうが強いくらいかもしれない。
 そこまでは問題ない。

 でも。
 主要キャラクターはもちろんのこと、モブキャラも、その根底にある世界観、果てはゲームのシステム自体といったこのゲームを構成する成分ですらも、俺たちスタッフにとっては特別でいとおしいものなのに。
 クレセントにとってのそれらは、どうでもいいものでしかないんだ。

 もちろん、どうそのゲームを楽しむかだって、お客様の自由だ。
 お気に入りのキャラクターを、ひたすら愛でるだけだって、けっしてまちがいじゃない。

 だからだれがどう解釈して楽しもうとかまわないし、二次創作だって、思わず描きたく(書きたく)なるほど心をゆさぶられたのなら、それは褒め言葉同様うれしいことでしかない。
 けれどその一方で、『ゲームとして楽しんでもらうこと』こそが、いちばんの目的にして、最終目標なのはゆらぎようもない真実でもあって……。

 だからこそ、そこがおもしろくないと思われているであろうことに、どうにも気持ちのうえでは、くやしさだとか無力感だとかを感じずにはいられなかった。

 スタッフのひとりである『』にとっては、まさにクレセントからの今のひとことには、それだけのダメージをあたえる力が込められていたのだった。
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