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150:甘くとかされ、あふれる本心

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 ブレイン殿下に抱きしめられたまま、やさしげな手つきであたまをなでられ、髪をすくようにいじられる。
 まるで心配なんてしなくていいと言われているようなそれに、どうしていいかわからなくなる。

「どうせまたキミのことだから、余計なことかんがえて落ち込んでいるんでしょう?……無理に事情を話せとは言わないけれど、少なくとも私は、心変わりをするつもりは毛頭ないんだけどね」
 だから信じてくれないか、と耳もとでささやかれる声は、甘くやわらかな響きでもって、じんわりと脳に染み込んでくる。

「~~~~っ、わかっている……つもりではいるんです……」
 気がつけば、そのやさしい声色にほだされ、口に出すつもりのなかった己の心の声が、外にあふれ出ていた。

 テイラーとしてこの世界に生きてみて、そしてひょんなことからブレイン殿下に愛されるようになって。
 最初はすぐに飽きられるだろうし、不運にも血統書付きの犬に噛まれたつもりで流してしまおうなんて思っていたのに。
 いつの間にか自分にとっても、こんなにも愛しい存在になっていたなんて……。

 だからこそ、この人のそばにいたい、えらばれる存在でいたいって、ワガママな願いを抱いてしまう。
 そもそも俺がここに来た理由は、マオトたち兄弟にたいするブレイン殿下からの誤解を解いて、きちんと彼らもまた被害者でしかないんだって伝えて、フォローをしたかったからにすぎないのに!

 ───そう思って、いたハズなのに。
 いかにマオトが被害者にすぎなくて、かわいそうな存在なのかって、そう口にしようとしただけで、ふいに不安がたちこめていく。
 ……どうしよう、今までみたいな笑顔を作れない。

「俺がここへ来た目的は、マオトたちは悪くないって、そう言いたくて必死にあなたに伝えに来たハズなのに……無事に誤解が解けたなら、よりをもどすこともできるんじゃないかってかんがえてしまったら、もうダメでした。不安ばかりがこみ上げてきてしまって……」
 本来ならそれは、むしろ歓迎すべき展開のハズだった。

 だって『星華せいかとき』のシナリオのなかには、どこにもテイラーがブレイン殿下と結ばれる未来なんてものは存在しないんだから。
 その一方で、マオトには『ブレイン殿下がヒロインと知り合う前の恋人だった』という設定がまちがいなく公式に存在していた。

 そのどちらがブレイン殿下の恋人としてふさわしいのかなんて、かんがえるまでもない。
 なにしろまだこの世界には、本物のベル・パプリカはあらわれていない───つまり、本編開始前の世界線なのだから。
 もはやそれ以上の比較検討なんて、ムダでしかないだろ!

 原作者のひとりとしての矜持で、ゲームの世界観の元となる前提をくずすなんてとんでもないことだと思っていた。
 だって、もしも公式の『なかの人』がブレてしまったら、作品はまるっきり別物になってしまうだろ?!

 これまでに『星華の刻』は、多くのユーザーに愛されてきた作品なんだ。
 その原点となるゲームの内容を、今さらくつがえすようなこと、できるハズがない!
 作品を愛してくれるファンを裏切るようなことは、絶対にしたくないんだってば!!

 ほかのだれでもない、『』だからこそ、この世界にとって正しい選択肢をえらばなきゃいけないのに。
 そう思っているつもりでも、さっきからそれを押しのけて己のエゴが出てきてしまう。
 テイラーなんて、パレルモ様の付属品にすぎなくて、どんなときでもそのそばにいる役割をあたえられたキャラクターでしかないのに───!!

 ブレイン殿下に愛されたい、だなんて思ってしまった。

 これから先もずっとパレルモ様ではなく、ブレイン殿下のおそばにいたいだなんて、大それた願いを口にしてしまいそうになる。
 分不相応な願いは、身を滅ぼすだけでしかないというのは、わかっているつもりだったというのに。

「……せっかくだから、全部吐き出してしまいなさい。キミを苦しめているものを、私は少しでも取り除きたいと願っているのだから」
 そんな俺に、なおもブレイン殿下は甘やかしてくれる。

 ───本当に、どうしてこの人は、俺が欲しいと思う言葉をくれるのか……。
 ツンと鼻の奥が痛くなりそうになって、あわてて下を向く。
 万が一にも泣き顔なんて、見られたくなかったから。

「それで、かんがえればかんがえるほど、家柄にしても、その実家がどの派閥にも属していないところにしても、まして本人の性格も見た目もいいのなら、俺なんかよりもよっぽどマオトのほうがブレイン殿下にふさわしいんじゃないかって、不安になってしまって……」
 今さら隠しとおせるとは思えなくて、すなおに心情を吐露する。

 俺の声は、無様にふるえていなかっただろうか?
 落ちつこうとしているのに、さっきから心臓はうるさいくらいに早鐘を打ち鳴らしまくっていて、全然冷静になんてなれそうになかった。

「俺はマオトみたいな美少年でもないし、なまじっか身長があるせいで、かわいげなんてみじんもなくて……ましてダグラス家なんて評判の悪い実家なんですよ?しかも庇護を受けてるライムホルン公爵家は、ハバネロ王太子殿下の派閥だし……」
 口に出して言えば、よりいっそう現実が重くのしかかってくる気がした。

 もちろん俺だって、ブレイン殿下のことは好きだ。
 いっしょにいるだけでドキドキして、うれしくなって、何度もときめかされて。
 本心から、できればこの先もずっといっしょにいたいとさえ思っている。

 ───絶対に、そういうわけにはいかないというのに。

 その結論に至るたび、心臓がキュッとなる。
 勝手に打ちのめされてしまって、思わず言葉を失った。
 それ以上の言葉をつむげなくなって、沈黙が降りてきたそのとき。

「あ~~、もう、本当にキミって人は……あきれるくらいおバカなんだから!」
 大きなため息とともに、ふたたび思いっきり抱きしめられた。
 そしてそのまま、ワシャワシャとあたまをなでられる。

「わぁっ!ちょっと、なんなんですか……っ!?」
「あのねぇ、あまり自分を卑下するものじゃないよ?」
「だって……ンッ!」
 その先の言葉は物理的に相手のくちびるで口をふさがれ、つづけることはできなかった。

「……はい、キミも少しはだまって、私の話を聞こうね?」
「ひゃ、ひゃい……」
 キスで口をふさぐという、とんでもない方法でだまらせられた俺はおどろきのあまり、そんな気の抜けた声で返事をするのがやっとだった。
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