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137:保護されたのは……
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それまでの管理空間に呼ばれたとき特有のふわふわした感覚が薄れ、フッと意識がもどる。
ぼんやりとした視界は一面が真っ白で、ここがいったいどこなのか、まったくわからなかった。
とりあえず視界いっぱいの、盛ったモブとかじゃなくてよかったけれど。
でもここ、どこなんだ……?
とにかくダルくて、身を起こすどころか、かんがえることですら億劫だった。
「───おや、気づいたのカナ?どこかツラいトコロはナイ?」
やたらと聞きおぼえのある少し高めのクセのある声が聞こえてきて、ひょいと顔をのぞかせたのは、全体的に線の細い感じのする糸目の人物だった。
「えっ……と、セラーノ、先生……?」
まちがいなく彼は、この学校の保健医であるセラーノ・デルソルだ。
ゲーム内ではヒロインのお助けキャラクターという枠で、攻略の後押しをしてくれる存在であり、ブレイン殿下とおなじく『星華の刻』の隠し攻略キャラクターでもある。
なんというか、今の俺からするとゲームのなかのキャラクターにすぎない『セラーノ』以上に頼りになる存在に思えている人だ。
そのせいで、つい自然に『先生』と呼んでしまうというか。
おかげでその姿を目にし、ようやくぼんやりとしていた脳みその回路がつながり、現実を認識しはじめた。
「じゃあ、ここって保健室……?」
「ウン、そうだヨ。ここは僕の保健室。安心して寝ててイイからね」
俺からのかすれた声での問いかけに、セラーノ先生は笑顔のままにコクリとうなずく。
なるほど……どうやら俺はあの保健室とは思えないような、やたらと豪華な天蓋つきのベッドに寝かされていたらしい。
───てことは、例によって引けば防音の魔法が作動するという紗の幕が引かれていたせいで、目覚めたときにここが真っ白な空間に見えただけってことか。
まぁ、今は全部閉めきられているわけではなく、少しすき間が空いていて、そこからセラーノ先生が顔を出しているわけなんだけど。
「ひとまず呼吸器系に悪影響をおよぼすようナ痺れ薬は中和させといタから、大丈夫ダとは思うケド……ホントに気持ちワルいとか、苦しいトコはナイ?」
その紗幕をよけながら近づいてきたセラーノ先生から、ものすごく心配そうな顔でのぞきこまれる。
「えっと、ハイ、たぶん……?」
歯切れの悪いこたえになってしまったけれど、だいたい目覚めてすぐなんて、そんなもんだ。
自分のからだなのによくわかんなくて、具体的にどこが痛いとか苦しいというよりも、感覚としては全体的にツラすぎて、ひたすらにダルいだけだった。
「それならいいンだけど……あ、そのまま寝ててイイからネ」
苦笑する相手の顔からは、そんなハズはないだろうと思う気持ちが透けて見える。
きっと顔色とか、はたから見ると俺が思っている以上によろしくはないんだろうなぁ……。
「……てことは、ひょっとして俺、助かったんですかね……?」
目覚める直前に女神様が言っていたことを思い出しつつも、はたして本当にそんな都合のいいことが起きるものか?とうたがう気持ちもわいてきて、なんとも微妙な聞き方になってしまったけれど。
───だって、不安でたまらないんだ。
なにしろ意識を失う直前の俺は、モブレの危機に瀕していたハズで。
いくら女神様が大丈夫だと言っていたとしても、どうしても最悪の事態を想定してしまう。
もしそれが、こちらの意識がないうちに相手のたくらみどおりの展開になっていたのだとしたら。
俺はもう、ブレイン殿下の恋人ではいられないことになってしまうから……。
ドクン……!
心臓が大きくハネた次の瞬間、視界のなかに突如として己に向かってのばされる、いくつもの腕があらわれた。
方々から俺に向かってのばされる半透明のそれらは、こちらの服を剥ぎ、押さえつけて自由を奪い、思うさまむさぼろうとする目的のそれだ───!
「~~っ!!」
イヤだ、こっちに来るんじゃない!
ありもしない捏造された記憶がよみがえってきて、恐怖にからだは強ばっていく。
ヒュッと乾いた音を立てるのどは、満足に空気も吸えなくなり、肺だの心臓だのといった臓器は痛みを感じて、ついには吐き気までもが込みあげてくる。
どうしよう、こんなの幻なんだって自分に言い聞かせようとしているのに、からだが追いついてきてくれない。
「ちょっと、君っ!?どうしたンだ?!」
急に様子のおかしくなった俺に、セラーノ先生があわてた様子でたずねてくる。
大丈夫だ、問題ないってかえしたいのに、言葉はのどの奥に引っかかったまま、出てきてくれそうにない。
「ちが……っ!ダイ、ジョブ、なのに……っ!」
実際には、あの部屋のなかではたいしたことは起きていなかったのに、こんなんじゃ、むしろなんかあったんじゃないかって誤解させちゃうだろ!
「~~~~~っ!!」
さっきから息がうまくできなくて、いいかげん苦しくなってきてるし、なによりも伝えたいのにうまく出てきてくれないセリフが、もどかしくてたまらなかった。
あまりの苦しさに、生理的な涙までもがジワリと浮かんできた。
そんな俺の横にしゃがみこむと、セラーノ先生は目線の高さを合わせてくれる。
「……あわてなくて平気ダから、ゆっくり息を吸ッテ?」
ふしぎとその声は、耳から染み込み、スッと脳へと溶けていく。
この声の言うことを信じようって、そんな気にさせてくれるやわらかさがあった。
「大丈夫ダから、安心して。君は強めの薬をかがされてタ以外は、なにもサレてなかッタから。ちゃんと僕が確認しておいタからネ?」
目を細めたままのやわらかな笑顔を向けられ、そっと冷たいおしぼりを差し出された。
「あ……」
フワリと鼻先に柑橘のようなさわやかな香りが広がり、それを認識したとたん、目の前に広がっていた有象無象の腕の幻も溶けるように消えていった。
ホッとして、緊張を強いられていたからだからは、余計な力が抜けていく。
「冷たくて気持ちイイデショ、せっかくだから顔でもふくといいヨ。今のでイヤな汗、かいちゃッタだろうシ。ついでにソッチの頬も冷やすといいヨ」
押しつけるでもなく、ひかえめな距離で差し出されたままのおしぼりに、そっと手をのばして受け取れば、たしかにひんやりとして気持ちよかった。
「あ……ありがとうございます……?」
ほっぺたって、なんのことだったっけ……??
言われたことがうまく理解できなくて、ぼんやりとした顔のまま、セラーノ先生の顔を見つめる。
───自分では大丈夫なつもりでも、やっぱりまだあたまは働いていなかったらしい。
「あっ……!」
そこから一拍おいて、一気に気を失う前のアレコレを思い出したのだった。
ぼんやりとした視界は一面が真っ白で、ここがいったいどこなのか、まったくわからなかった。
とりあえず視界いっぱいの、盛ったモブとかじゃなくてよかったけれど。
でもここ、どこなんだ……?
とにかくダルくて、身を起こすどころか、かんがえることですら億劫だった。
「───おや、気づいたのカナ?どこかツラいトコロはナイ?」
やたらと聞きおぼえのある少し高めのクセのある声が聞こえてきて、ひょいと顔をのぞかせたのは、全体的に線の細い感じのする糸目の人物だった。
「えっ……と、セラーノ、先生……?」
まちがいなく彼は、この学校の保健医であるセラーノ・デルソルだ。
ゲーム内ではヒロインのお助けキャラクターという枠で、攻略の後押しをしてくれる存在であり、ブレイン殿下とおなじく『星華の刻』の隠し攻略キャラクターでもある。
なんというか、今の俺からするとゲームのなかのキャラクターにすぎない『セラーノ』以上に頼りになる存在に思えている人だ。
そのせいで、つい自然に『先生』と呼んでしまうというか。
おかげでその姿を目にし、ようやくぼんやりとしていた脳みその回路がつながり、現実を認識しはじめた。
「じゃあ、ここって保健室……?」
「ウン、そうだヨ。ここは僕の保健室。安心して寝ててイイからね」
俺からのかすれた声での問いかけに、セラーノ先生は笑顔のままにコクリとうなずく。
なるほど……どうやら俺はあの保健室とは思えないような、やたらと豪華な天蓋つきのベッドに寝かされていたらしい。
───てことは、例によって引けば防音の魔法が作動するという紗の幕が引かれていたせいで、目覚めたときにここが真っ白な空間に見えただけってことか。
まぁ、今は全部閉めきられているわけではなく、少しすき間が空いていて、そこからセラーノ先生が顔を出しているわけなんだけど。
「ひとまず呼吸器系に悪影響をおよぼすようナ痺れ薬は中和させといタから、大丈夫ダとは思うケド……ホントに気持ちワルいとか、苦しいトコはナイ?」
その紗幕をよけながら近づいてきたセラーノ先生から、ものすごく心配そうな顔でのぞきこまれる。
「えっと、ハイ、たぶん……?」
歯切れの悪いこたえになってしまったけれど、だいたい目覚めてすぐなんて、そんなもんだ。
自分のからだなのによくわかんなくて、具体的にどこが痛いとか苦しいというよりも、感覚としては全体的にツラすぎて、ひたすらにダルいだけだった。
「それならいいンだけど……あ、そのまま寝ててイイからネ」
苦笑する相手の顔からは、そんなハズはないだろうと思う気持ちが透けて見える。
きっと顔色とか、はたから見ると俺が思っている以上によろしくはないんだろうなぁ……。
「……てことは、ひょっとして俺、助かったんですかね……?」
目覚める直前に女神様が言っていたことを思い出しつつも、はたして本当にそんな都合のいいことが起きるものか?とうたがう気持ちもわいてきて、なんとも微妙な聞き方になってしまったけれど。
───だって、不安でたまらないんだ。
なにしろ意識を失う直前の俺は、モブレの危機に瀕していたハズで。
いくら女神様が大丈夫だと言っていたとしても、どうしても最悪の事態を想定してしまう。
もしそれが、こちらの意識がないうちに相手のたくらみどおりの展開になっていたのだとしたら。
俺はもう、ブレイン殿下の恋人ではいられないことになってしまうから……。
ドクン……!
心臓が大きくハネた次の瞬間、視界のなかに突如として己に向かってのばされる、いくつもの腕があらわれた。
方々から俺に向かってのばされる半透明のそれらは、こちらの服を剥ぎ、押さえつけて自由を奪い、思うさまむさぼろうとする目的のそれだ───!
「~~っ!!」
イヤだ、こっちに来るんじゃない!
ありもしない捏造された記憶がよみがえってきて、恐怖にからだは強ばっていく。
ヒュッと乾いた音を立てるのどは、満足に空気も吸えなくなり、肺だの心臓だのといった臓器は痛みを感じて、ついには吐き気までもが込みあげてくる。
どうしよう、こんなの幻なんだって自分に言い聞かせようとしているのに、からだが追いついてきてくれない。
「ちょっと、君っ!?どうしたンだ?!」
急に様子のおかしくなった俺に、セラーノ先生があわてた様子でたずねてくる。
大丈夫だ、問題ないってかえしたいのに、言葉はのどの奥に引っかかったまま、出てきてくれそうにない。
「ちが……っ!ダイ、ジョブ、なのに……っ!」
実際には、あの部屋のなかではたいしたことは起きていなかったのに、こんなんじゃ、むしろなんかあったんじゃないかって誤解させちゃうだろ!
「~~~~~っ!!」
さっきから息がうまくできなくて、いいかげん苦しくなってきてるし、なによりも伝えたいのにうまく出てきてくれないセリフが、もどかしくてたまらなかった。
あまりの苦しさに、生理的な涙までもがジワリと浮かんできた。
そんな俺の横にしゃがみこむと、セラーノ先生は目線の高さを合わせてくれる。
「……あわてなくて平気ダから、ゆっくり息を吸ッテ?」
ふしぎとその声は、耳から染み込み、スッと脳へと溶けていく。
この声の言うことを信じようって、そんな気にさせてくれるやわらかさがあった。
「大丈夫ダから、安心して。君は強めの薬をかがされてタ以外は、なにもサレてなかッタから。ちゃんと僕が確認しておいタからネ?」
目を細めたままのやわらかな笑顔を向けられ、そっと冷たいおしぼりを差し出された。
「あ……」
フワリと鼻先に柑橘のようなさわやかな香りが広がり、それを認識したとたん、目の前に広がっていた有象無象の腕の幻も溶けるように消えていった。
ホッとして、緊張を強いられていたからだからは、余計な力が抜けていく。
「冷たくて気持ちイイデショ、せっかくだから顔でもふくといいヨ。今のでイヤな汗、かいちゃッタだろうシ。ついでにソッチの頬も冷やすといいヨ」
押しつけるでもなく、ひかえめな距離で差し出されたままのおしぼりに、そっと手をのばして受け取れば、たしかにひんやりとして気持ちよかった。
「あ……ありがとうございます……?」
ほっぺたって、なんのことだったっけ……??
言われたことがうまく理解できなくて、ぼんやりとした顔のまま、セラーノ先生の顔を見つめる。
───自分では大丈夫なつもりでも、やっぱりまだあたまは働いていなかったらしい。
「あっ……!」
そこから一拍おいて、一気に気を失う前のアレコレを思い出したのだった。
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