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65:『偽装の恋人』なのは納得済みのハズなのに……

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 衆人環視のなかでのキスは、ほんの一瞬、それもかすめるようなものだったけど。
 それでも周囲の動揺を誘うのに、十分だった。

「それじゃハニー、キミの友人からもお願いされたことだし、今夜は私の部屋へと来てくれるね?」
「わかりました……」
 そっと腰に手をそえられて、自然な流れでエスコートされる。

 それを見た周囲が、ざわめいているのはわかる。
 だってこれは、実質『お持ち帰り宣言』みたいなモンだもんな?

 まずめったに人前でそんなことをしなかったブレイン殿下が、堂々と人前でイチャつき、そして夜の誘いをする。
 それがどれほど周囲の耳目をあつめることか。

 しかも相手は、先日からずっと目撃されている特定の相手だとしたら。
 そりゃ、いよいよ『お気に入り』ができたのかと、ウワサにもなるだろう。
 さすがにこちらの耳に伝わるほど、ハッキリと聞こえるように話す人はいなかったけど。

 はたから見て、今の俺たちはどう見えているんだろうか?
 しあわせな恋人同士?
 それともやっぱり、俺がブレイン殿下の恋人だなんておこがましい、分不相応な組み合わせだって思われてるんだろうか。

 そりゃそうか……だって俺たちは偽装された恋人なんだもんな。
 あくまでもブレイン殿下は『魅了香チャーム・パフューム』をこの学校に広めたヤツをあぶり出すため、そして俺はこの世界に侵食して権能を奪って改変したヤツをあぶり出すため、利害が一致したからこそ協力しあっているだけだ。

 そう思っているのに、こうして隣を歩いているだけで、どうにも落ちつかない。
 落ちつかないというか、妙に浮き足立ってしまうというか。
 いっしょにいられることがうれしくて、さらにこうして大事にされているみたいなあつかいをされると、どうしていいかわからなくなってしまう。

 だって、この世界でのテイラーは、常にパレルモ様のためだけに存在するモブキャラにすぎなくて、言うなれば搾取されるためだけに生きていると言っても過言ではないくらいだったから。
 こんなふうに大切にされて、やさしくされるのははじめてで、まるで本当に愛されてるんじゃないかって、勘ちがいしそうになる。

 ───でもそれは、本当にただの勘ちがいでしかないんだけど。
 そのことは、こうしてギャラリーがあつまるほどに、甘くやさしくなっていくブレイン殿下の態度でわかる。

 こうしてやさしくするのは、それを見た周囲の人たちに俺と付き合っているのだと、誤認させるためだけにしていることだ。
 人が増えれば例の犯人もそこにあらわれる可能性も高くなるわけで、だからこそ演技も派手になっていくんだろう。

 裏事情を知っていれば、なんてことはない、納得するしかない理由だ。

 だから今、そこに思い至って胸が締めつけられるような痛みをおぼえているのは、すべて俺が悪いのであって、ブレイン殿下はけっして悪くない。
 この関係がウソであることを望んだのは、ほかでもない俺自身なのだから。

 俺がとなりにいるときには、もはや恒例となった満面の笑み付きのお手ふりタイムを経て、階上のブレイン殿下の私室へとまねき入れられた。
 ドアをパタリと締めたところで、それまでぴったりとくっついていたのが、急に解放される。

「すまない、キミを危険にさらすことになってしまっているのは、本当に心苦しく思っている」
 苦々しげな顔になってつぶやくように言うブレイン殿下に、キリ、と胸が痛む。

 ───あぁ、やっぱりこの人は、自分の恋人という立ち位置にともなう危険について、わかったうえで俺を巻き込んだんだって。

「どうぞ、気になさらないでください。こんなの、慣れてますから……」
「しかし……」
 パレルモ様のワガママにつきあって、理不尽な目に遭うのなんてよくあることだった。
 だから、今さらそんなことで傷ついたりなんかしない。

「おたがいの利害が一致しているんです。自分も納得してお引き受けしてますので、殿下が気に病む必要はないです」
 そうキッパリと言い切る。
 大丈夫だと突っぱねることしかできないなんて、なんてかわいげがないんだろう。

 せめて『殿下のためならがんばれる』とでも、言えればよかったのか……?
 いや、そんなの無理だ。
 第一、俺が急にそんなことを言い出したら、もっと不審がられるだろ!

 ───そう、けなげでかわいらしいことなんて俺には言えなくて。
 今感じている胸の痛みなんて、気のせいだと思い込むことでしか、自分を保てなかった。

 きっとこの恋人ごっこも期間限定だから。
 犯人さえ捕まえられれば、これが本物の恋人同士ではなく、偽装だったことが明かされることになるだろう。
 そうすれば、俺の身にふりかかるかもしれない危険なんて、丸ごとなくなるわけだ。

 そもそもテイラーなんて、だれかにとっての特別な存在にもなれない、ただのモブだもんな?
 せいぜい、作戦のためとはいえ役得だったことを、殿下のファンから恨まれるくらいだろうよ。

 それまでの間だけ、どうにかしのげればいいんだから、大丈夫だ。
 理性のほうではそうかんがえるのに、気持ちが追いついてくれない。

 なにをそんなに苦しんでいるんだって、そう思うのに……。
 胸のモヤモヤは晴れなくて、さっきからズキズキと胸がうずくような痛みを訴えつづけてくる。
 でもそれを顔に出すことだけは、したくなかった。

 ───それって、つまりは自分の発言の責任すら取れてないヤツじゃないかって思うから。

 だってそうだろ?
 自分から、原作ゲームの世界の設定を壊したくないからと、ブレイン殿下からの寵愛を受け入れることを拒んだっていうのに、こうしてコマにされることに傷つくなんて、都合がよすぎるだろ!

「顔色があまりよくないようだが、大丈夫かい?」
「え……?あぁ、はい、問題ありません」
 するりとほっぺたに触れられ、そっとうえを向かされる。

 あぁ、もう、やることがいちいちカッコよすぎるだろ!
 なんでそこで、そんなやさしげな目で、こっちを見るんだよ!?
 ブレイン殿下がそんなだから、俺みたいな身のほど知らずは、余計に勘ちがいをしそうになるってのに!

 やつあたりのようなことを思いながら、必死に冷静さを保ちながら、相手の顔をじっと見上げた。
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