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44:気づかぬフラグは、すなおすぎるゆえ

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「───というわけで、私のかわいい恋人は照れ屋さんだから、皆もからかいすぎないようにね」
「頬に赤い手形をつけながら言われましても、まるで説得力がありませんよ、委員長」
「その件は、本当に申し訳なく……っ!」

 ほっぺたを赤く腫らしたブレイン殿下が早くも作戦開始とばかりに、やにさがった顔でのろければ、副委員長が即座にツッコミを入れている。
 その横で俺は、ただひたすらあやまりながら身を縮こませるしかできなかった。

 あれから、調子に乗ったブレイン殿下がくちびるを割って舌をいれてきて、それに反発した俺がうっかりビンタをカマしてしまって、平あやまりすることになったり、まぁ……いろいろあった。
 でも結果的にブレイン殿下が提案した作戦はそのまま採用されることになってしまったのだった。

「これは作戦上のことなんだから、キミには私のかわいい恋人でいてもらわなくてはね?キミも犯人をつかまえたいという気持ちには賛同してくれるんだろう?」
「うっ……たしかに、それはそうなんですけど……」
 懲りずにパチリとウィンクをしてくるブレイン殿下に、口ごもる。

 これは作戦上の擬似的なものにすぎないから、本当に付き合っているわけじゃない。
 それは俺にとって、ありがたい言い訳ではあった。
 だってきっと、俺が彼に惹かれる気持ちは……ホンモノだから。

 でも物語の改変をただすべき立場として、ブレイン殿下の愛を受け入れるわけにはいかなくて。
 その相反する思いにゆらぐ俺にとって、これ以上ない猶予があたえられたようなものだった。

「もちろん、無理を言って協力してもらうんだ。風紀委員長として、そして王族としての私の立場で叶えられるものならなんでも報酬としてあたえよう」
 するりとほっぺたをなでられ、ピクリと肩がハネかける。

「そんなもの……いらないです。俺はただここに、あんな怪しい薬物を蔓延させたヤツをゆるせないだけで……」
 そうだ、『魅了香チャーム・パフューム』なんていう、強烈な催淫効果のある薬物、乙女ゲーの世界にはいらないんだよ!
 しかもそれを使ってパレルモ様を襲うとか、本当にゆるせない。

「主をえらべないとはいえ、キミの忠誠心は見上げたものだね?その怒りは、ライムホルン公爵家の子が襲われたからかい?」
「………たしかに、あのままパレルモ様がアイツらに犯されていたら、たぶん今ごろ俺はこの世にいなかったと思いますしね」
 とりあえず怒り狂ったライムホルン公爵の手によって、処刑されていただろうな……。

 と、昨夜のことを思い出して怒りとむなしさとに襲われたところで、ハッと気づいた。
 あれ、でもひょっとして俺が改変をたださなかったとしても、風紀委員はあの場に踏み込んでいたのでは……?

 ならばそこで助け出されたパレルモ様とブレイン殿下のあいだで、親密度があがるイベントに発展してたんじゃないだろうか。
 ───いや、まちがいない、そうだったハズ。
 あの改変を行った侵食者はパレルモ様激推しで、彼の総受け希望の腐女子なんだからな!

 その改変のとおりの世界線なら、ブレイン殿下はたぶんギリギリのところで助け出されたパレルモ様のほうをお持ち帰りすることになっていたと思う。
 さすがに手を出してきた相手が王族ならば俺の首も無事だろうし、まぁご都合主義ではあるけれど、しかもそれがパレルモ様を危険なところから助けてくれた相手となれば、あの公爵だってゆるしてくれるだろう。

 ということは、だ。
 俺がその改変をただしてしまったからこそ、あの薬物を創造したこの世界への侵食者は、想定外の展開にあせっているんじゃないだろうか?
 パレルモ様ではなく、その横のモブであるテイラーがブレイン殿下とくっついてしまったとしたら。

 案外これは、俺にとっても侵食者をあぶり出すイイ機会になるのかもしれない。
 そこに気がついた瞬間、スッとあたまが冷えていく。

「わかりました、なんとしてでも犯人をつかまえましょう!あらためまして、こちらこそよろしくお願いいたします」
 深々とあたまを下げれば、相手のおどろいたような気配が伝わってきた。

「これは……私としても、負けられないたたかいになりそうだね……」
 うっすらと皮肉げな笑みを刷いたブレイン殿下が、挑発的な視線で俺を見つめてくる。
 うっ、そんな顔もカッコいいとか、ズルすぎるだろ!

 ムダにときめきを訴えてくる胸に、必死に気づかないふりをして平静をよそおおうとしたところで、赤くなるほっぺたは隠しきれなかった。
 あぁもう、だからこれは擬似的なものなんだってば!と、懸命に己に言い聞かせる。

「───おどろいたな、本当にめずらしいこともあるものだ。あの殿下が恋わずらいとはね……すなおすぎるというのも、かえって難攻不落の原因となるわけか」
「うるさい、スコッチ!」
「いやいや……臣下として、副委員長として、その作戦の成功をお祈りしていますよ」
「クッ、からかうんじゃない!」

 じゃれ合うふたりの会話は、さすがに長年の付き合いがあるだけに、親密なものだ。
 なんの話をしているのか、俺にはわからないことでも、ふたりのあいだではきちんと通じているらしい。

「───あっ!そうだ、ひとつだけ報酬としてお願いしたいことがあります!」
 そうだ、俺が表向きの囮になるとして、そのあいだに心配なことがひとつだけあった。

「うん、なんだい?」
「パレルモ様のこと、その……ご本人はどこまでもピュアな方なので、警戒心がひかえめと言いますか、人をうたがうことが苦手のようでして、常にボディーガードが必要と言いますか……」
 あのガードゆるゆるぼっちゃんのことを、なるべく言葉をえらびながら説明する。

「あぁ、そのことなら問題ないよ。すでに昨夜のうちからずっと、交代で風紀委員が見張りについているし、ついでに我がボネット家の付き人からも魅了の魔法に耐えうる人材を出して密かに見張らせているからね」
 そんな俺の苦労を知ってか、苦笑を浮かべた副委員長が請け負ってくれた。

「そうでしたか……ご配慮いただきまして、ありがとうございます。それならもう、ほかになにも望みませんので」
「そうか、君も特殊な主を持つと苦労するね」
 ホッと息をつく俺に向けられたのは、たがいに面倒な主を持つもの同士のあたたかな同情的なほほえみだった。
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