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28:ザワめきととも移動する朝

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 ───だれだよ、アイツ!?
 ───地味なクセして、ブレイン殿下のとなりに立つとか、なんという身のほど知らずだろうか!
 ───見て、着ているベストのあのお色!きっと殿下にねだってお借りしたのよ!

 ざわめくような、こちらをやっかむ声が周囲から聞こえてくる。
 もちろんそれだけじゃなく、嫉妬に満ちたするどい視線もオマケについてきていた。
 残念なことに、これは被害妄想でもなんでもなくて、今現在俺に起きていることだ。

 本来的に階上は王族のみが居住をゆるされた特別フロアであって、正面の階段からおりてくるのは、そこに寝泊まりをしているブレイン殿下とリオン殿下のみのハズなんだ。
 たしかに彼らの付き人もおなじフロアに控え室はあれど、その正面階段を使うことはゆるされていないわけで。

 そうなれば、ブレイン殿下のとなりにだれかがいればザワめきの原因となるのも、当然といえば当然だった。
 それってつまりは───殿下の部屋で夜をともにすごし、朝帰りをした相手ということになるんだから。

 良家の子女をあずかるだけに、この学校の綱紀粛清は厳しく、当然のように寮は男女別の棟になっているし、特に女子寮へは警備魔法と警備員との二重のセキュリティを突破しないと入れない。
 そんな女子寮へは、この特別フロアからの階段をおりたところにあるロビーでつながっているわけで。

 つまりは、この毎朝の『王族の方々に偶然出会ったていであいさつをしたい』と願う学生たちによる出待ちが行われる階段下のロビーには、男女が入りまじったカオス状態ができあがっている。
 そこにブレイン殿下にエスコートされた状態であらわれた俺が注目を浴びてしまうのは、ある意味であたりまえと言えばあたりまえのことだった。

 もちろんこれまでにもお持ち帰りをされた人もいたし、たとえば朝イチに報告事項のあった風紀委員とか、朝から部屋まで迎えに行っただけの人なんかもいたけれど。
 それにしたって、こんなふうにエスコートされておりてくるのは、めずらしいことに変わりはなかった。

 ブレイン殿下が気に入られたのはどこのご令嬢かと見に来てみれば、俺みたいに地味なモブ男じゃ、あまりにも拍子抜けしたんじゃないだろうか?
 でも安心してほしい、あくまでもこれは今日だけの話だから。

 今回たまたま俺の足腰が立たなくなるほどの原因を作ってしまったことにたいして、責任を取って送ってくれているのにすぎなくて、別にお気に入りの相手だというわけでもなんでもないんだし。
 ただ、本当にこの好奇と嫉妬の入りまじった視線にさらされるのは、キツかった。

「───だから、裏の階段から出ますって言ったのに……」
 思わず口をついて、グチのようなものが出る。
「そうは言っても、私が心配だったんだよ。キミがちゃんと教室まで歩けるか、ね」
 そんな俺のセリフを拾いあげたブレイン殿下が、するりとこちらの腰をなでていく。

「っ、たしかにヨボヨボしてますけどね?!だれのせいだと思ってるんですか!?」
「フフ、私だろう?だからこうして、エスコートさせてほしいと願ったんだよ」
 気まずさをゴマかすように言えば、さらに甘いセリフがかえされる。

 なんなんだよ、さすが『星華せいかとき』の攻略キャラクター、どんなときでも抜かりがないな?!
 しかも立ち止まったところで、エスコートのために取られていた手の甲に音を立ててキスされた。

 とたんに周囲からのザワめきが大きくなる。
 あぁ、もう!
 人前でそういうことするんじゃねーよ!!
 絶対にあとで俺が、周囲のブレイン殿下のファンから恨みを買うフラグだろ!

 今さら悪態をついたところで、相手の機嫌がいいのは変わらなさそうだったし、むしろなんか別の墓穴を掘りそうな気もしたから黙り込むしかなかったけども。
 あぁ、なんなんだろうな、これ!?
 まったくもって居心地が悪い。

 それもこれも、付き人さんたちが使用する通用口の階段を使って下におりると言った俺にたいして、あくまでも教室まで送ると主張した相手の意見がかち合ったのが原因だ。
 当然そうなれば、王族であるブレイン殿下の意見がとおるのは、言うまでもなかった。

 ただでさえ、微妙に大きめサイズの制服で違和感があるところに加えて、うえには殿下のカラーである紫をあしらったニットのベストを着ているとなれば、これは俺の制服じゃないことも、だれから借りたものなのかということも、すぐに気がつかれるだろう。
 もうそれだけで、昨晩から殿下の部屋に泊まってことが伝わってしまう。

 これってもはや公開処刑に近いというか、俺からすれば、なにひとつとしてプラスにならないことだった。
 せめてこれが侯爵家のご令嬢とかなら、たとえ見た目が若干アレだろうと、多少の嫉妬はあるかもしれないけれど、ただ祝福されて済む話なのに……。
 俺じゃ身分も釣り合わないし、なにより見た目が釣り合っていないだろうが!

「もうすぐ教室なので、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
 ようやく教室が見えてきて、この針のむしろタイムが終わりを告げると思ったところで、廊下のはしに立ち止まってお礼を言うと、深々とあたまを下げる。

 俺の学年の教室がならぶそこに、ふだんいるはずのない上級生のブレイン殿下があらわれたことで、周囲はプチパニックの様相を呈していたから、これ以上いっしょにいるのはマズイと思ったんだ。
 なのに。

 グイッ

「え……?!」
 手をつかまれて引かれる感覚に、腰の痛みのせいで踏んばれず、思わずそのいきおいのままに相手の腕のなかへと引き寄せられ……。

「っ!?」
 抱きしめられたと思った次の瞬間、ほっぺたに手をそえて上を向かされた。
 そしてくちびるにやわらかな感触があたり、チュッという音を立ててキスされる。
 とっさのことに、固まるしかなくて。

「それじゃあ、気をつけてハニー。いつでもツラくなったら私を呼ぶんだよ?」
 またもや甘さの大安売りなセリフとともに、きらびやかな笑みが遠慮なく振りまかれる。

 え、いや、ちょっと待って?
 今俺は、いったいなにをされたんだ……??

 人前でブレイン殿下からのハグ&キスをされたのだと気づいたのは、阿鼻叫喚のような悲鳴が方々からあがるのを聞いてからだった。
 渦中のブレイン殿下はさっそうと立ち去っていき、あとにのこされた俺は、どうしたらいいのかわからないまま、ただ呆然と立ち尽くしていた。
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