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Ep.2 その片思いはありふれたもの
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それは、ある日のことだった。
元からロクに働き手としてすら期待されていないボクは、王宮の裏庭にある井戸のところで、厨房用の芋を洗って皮をむくという、子どもでもできる程度の仕事をしていた。
これくらいなら、厨房はすぐ隣の建物だし、足が不自由なボクでもできるから。
「なぁ、なんでハルトはあんなにつれないんだ?これでもオレたち、この世界では精鋭部隊に数えられる有能な人材だし、本当はめちゃくちゃモテる男だってのにさ……」
ボクの前でグチるのは、今日も彼に告白し、すげなくあしらわれたばかりの騎士様だ。
この方のお名前は、リュクス様という。
そう、この国の一番の精鋭部隊と呼ばれる王宮騎士団で若くして副団長を務め、実力では双子のキャスター様とともに王宮騎士団のツートップと称される才能の持ち主だ。
───そしてなにより、ボクの想い人でもある。
キラキラと日の光を受けてかがやく金の髪は短く切りそろえられ、軽く外ハネをしながらもサラリと風にゆれて流れている。
見るだけで引き込まれてしまいそうなほどに深い碧の瞳は切れ長で、わずかに伏し目がちにしただけでも、男の色気が匂い立つ。
言うまでもなく、どんな人間もすぐに虜にしてしまえるほどの美形だった。
しかもその騎士としての腕前は折り紙つきで、疑いようもない。
天上の神が作ったような隙のない顔の造作に加えて、その比類なき剣の腕前。
なにもかもを兼ね備え、この国に生きるものにとっては希望の象徴にして、あこがれの存在でもある。
そんなリュクス様は、なぜかボクの幼なじみであるハルトに恋していた。
なにしろ、ふたりははじめて出会ったときに盛大な口論をして、おたがいに最悪な印象のところからスタートしたはずなのに。
思い起こせば、まるで昨日のことのように思い出せる。
よくも悪くも前世の記憶を持つハルトにとって、身分というものは、あまり気にすべきものではないらしい。
だれであろうと、失礼なやつには失礼な態度を返し、礼をもって接するものにはおなじように返している。
頂点である王族を筆頭に、貴族と平民、さらには人とすらカウントされないスラムの住人という、厳然たる身分差のあるこの世界において、だれを相手にしても物怖じしないハルトは、特殊と言えば特殊だった。
結果的には国をあげて保護すべき、大事な『神子』様になったのだから、その考え方でも問題はなかったのかもしれないけれど。
それにしたって、はじめてこの王宮へ連れてこられたとき、いかにも平凡そのものといった見た目のハルトを見たリュクス様が、それをからかったとたん、『王からの招聘に応えた神子にたいしてその態度はなにか』と咎め、『もしこれで自分が機嫌を損ねて知識を得られなくなったなら、それはお前のせいになるが責任は取れるのか』と啖呵を切って、ぐぅの音も出ないほど、完ぺきに言い負かしたなんて。
それを見て大笑いしたキャスター様に気に入られたのはもちろんのこと、己の前で物怖じしない平民をはじめて見た王様にも気に入られ、ハルトは特別な存在になったんだ。
もちろん貴重な知識をもたらす『記憶持ち』というのもあるかもしれないけれど、ただ失礼なのではなく、ちゃんと芯のとおった主張をするハルトだから気に入られたんだろう。
あのときボクはもう、王様とお貴族様を前にそんな無礼極まりない態度を取るハルトに、恐ろしくて卒倒しそうだったけど。
でもそんな最悪の出会いからスタートして、おたがいにいがみ合っていたはずなのに、いつのまにリュクス様はハルトのことを好きになっていたんだろう……?
───いや、『なぜか』じゃないか……。
いくら地味な外見をしていようと、ハルトはいいところがいっぱいあるんだ。
前世の異世界知識はもちろんのこと、ボクのようなお荷物を見捨てないでいてくれるやさしさは、飛び抜けているもんな?
だれしもが、そばに置きたくなるような、人から愛されるだけの資質がハルトにはあるんだもん、そこにはなにひとつおかしなことはないよね……。
「なぁ、聞いてる?なんでオレはハルトにフラれてんだろう?そんなにオレって、魅力ないのかな……」
「……ボクのような平民が、直接お話しするのは失礼ではないんですか?」
毎回、こうしてリュクス様から話しかけられるたびに確認をする。
だって許可を得なければ、後でリュクス様を慕う方々に叱られてしまうから。
彼らいわく、『お前のような汚い下民がリュクス様と直接口を利くなどおこがましい』んだそうだ。
まったくもってそれには、同意するしかない。
「オレから話しかけてんだから、いいに決まってるだろ!むしろおまえに無視されたら、オレがひとりごと話すヤバいヤツになっちゃうんだからな!?」
「……では、僭越ながら申し上げます。ハルトがなにをかんがえてリュクス様の求愛を断っているのか、ボクのようなものには、とうてい理解できません」
───だって、そうだろ?
「あなた様は、人類の希望にして、あこがれの存在。若くして地位も名誉も、実力も兼ね備えたすばらしいお方。こうして話しかけていただくことですら光栄なことなのに、まして愛をささやかれて断るなど、あり得ないことです」
毎回ボクは、こうしておなじことをくりかえす。
最初のころはもっと、つたない言葉づかいだった。
それこそはじめて会えたときなんて、浮かれてしまって『リュクス様、大好きです!命を助けていただいて、本当に本当にありがとうございました!!』くらいしか、口にできなかったと思う。
だってボクには、ハルトのような学がなかったから。
ハルトからは最低限の計算だとか、そういう生活に直結することは教えてもらっていたけれど、スラムには敬語を使うべき偉い人なんていなかったし、そんなしゃべり方をしていたら、なめられて生きにくくなるだけだったし。
だからこの言葉づかいは、ここへ来てから、あまりにも学のないボクを見かねて、周囲の使用人の人たちが教えてくれたおかげで身につけたものだった。
おかげで、裏方で働く分には申し分ない程度の教養は身につけられたのだと思う。
けれどそうして身につけた言いまわしはどこかウソくさくて、本心からだったはずのその言葉は、しかし回を重ねるごとに形骸化し、どんどんボクの言葉ではなくなっていく。
どんな美辞麗句で飾り立てたところで、相手の心に届くことはないんだ。
でもたぶんこれは、それでいい。
きっとリュクス様からは一般論としての意見を求められているにすぎなくて、ボク個人の気持ちをとわれているわけではないんだから。
だから、リュクス様にあこがれるその他大勢のひとりとして、毎回ボクはその空虚な礼讃を口にするしかなかった。
「だよなー!?オレって、イケてるよな?」
「はい、おっしゃるとおりです」
口もとに笑みを刷き、大きくうなずけば、リュクス様はパァッと明るくかがやくような笑顔になる。
それだけで周囲まで明るくなったような錯覚に陥るんだから、美形というのはおそろしい。
「ありがとな、自信出てきた!」
「いえ、当然のことを述べたまでですから」
クシャクシャとあたまをなでられ、それだけで心は満たされる。
ほっぺたは赤くなり、もとから前髪にさえぎられて目線を合わせることもできなかったボクは、ますます顔をあげられなくなる。
「ったく、ハルトのヤツもおまえくらいすなおになってくれたらいいのに……」
「そう、ですね……でも、きっと時間の問題だと思います」
そうこたえながらも、胸がキリキリと締めつけられる。
そもそもボクはリュクス様から、『ロト』という名の一個人として認識すらされていないのだと思う。
それはさっきから、ボクの名前が一度も呼ばれていないことでもわかる。
リュクス様にとってのボクは、名前のある一個人じゃない。
その他大勢いる熱心な自分のファンのひとりで、個体識別をされているのも、ひとえにリュクス様にとって唯一の存在である『ハルト』の、その『幼なじみ』という肩書きがあるからだけだ。
こうしてお話しできただけでも光栄なことだし、それだけでしばらくは生きていける。
それくらいの盲目的な存在としての立ち位置でいることだけが、ボクにたいして期待されていることなんだ。
わかっているのに、それを自覚するのはツラいことだった。
油断をすれば、鼻の奥がツンとなる。
でも泣いちゃダメだ、そんなことをしたらリュクス様にご迷惑だろ!
そう自分を叱咤し、必死に笑顔を保とうとするしか、ボクにできることはなかった。
元からロクに働き手としてすら期待されていないボクは、王宮の裏庭にある井戸のところで、厨房用の芋を洗って皮をむくという、子どもでもできる程度の仕事をしていた。
これくらいなら、厨房はすぐ隣の建物だし、足が不自由なボクでもできるから。
「なぁ、なんでハルトはあんなにつれないんだ?これでもオレたち、この世界では精鋭部隊に数えられる有能な人材だし、本当はめちゃくちゃモテる男だってのにさ……」
ボクの前でグチるのは、今日も彼に告白し、すげなくあしらわれたばかりの騎士様だ。
この方のお名前は、リュクス様という。
そう、この国の一番の精鋭部隊と呼ばれる王宮騎士団で若くして副団長を務め、実力では双子のキャスター様とともに王宮騎士団のツートップと称される才能の持ち主だ。
───そしてなにより、ボクの想い人でもある。
キラキラと日の光を受けてかがやく金の髪は短く切りそろえられ、軽く外ハネをしながらもサラリと風にゆれて流れている。
見るだけで引き込まれてしまいそうなほどに深い碧の瞳は切れ長で、わずかに伏し目がちにしただけでも、男の色気が匂い立つ。
言うまでもなく、どんな人間もすぐに虜にしてしまえるほどの美形だった。
しかもその騎士としての腕前は折り紙つきで、疑いようもない。
天上の神が作ったような隙のない顔の造作に加えて、その比類なき剣の腕前。
なにもかもを兼ね備え、この国に生きるものにとっては希望の象徴にして、あこがれの存在でもある。
そんなリュクス様は、なぜかボクの幼なじみであるハルトに恋していた。
なにしろ、ふたりははじめて出会ったときに盛大な口論をして、おたがいに最悪な印象のところからスタートしたはずなのに。
思い起こせば、まるで昨日のことのように思い出せる。
よくも悪くも前世の記憶を持つハルトにとって、身分というものは、あまり気にすべきものではないらしい。
だれであろうと、失礼なやつには失礼な態度を返し、礼をもって接するものにはおなじように返している。
頂点である王族を筆頭に、貴族と平民、さらには人とすらカウントされないスラムの住人という、厳然たる身分差のあるこの世界において、だれを相手にしても物怖じしないハルトは、特殊と言えば特殊だった。
結果的には国をあげて保護すべき、大事な『神子』様になったのだから、その考え方でも問題はなかったのかもしれないけれど。
それにしたって、はじめてこの王宮へ連れてこられたとき、いかにも平凡そのものといった見た目のハルトを見たリュクス様が、それをからかったとたん、『王からの招聘に応えた神子にたいしてその態度はなにか』と咎め、『もしこれで自分が機嫌を損ねて知識を得られなくなったなら、それはお前のせいになるが責任は取れるのか』と啖呵を切って、ぐぅの音も出ないほど、完ぺきに言い負かしたなんて。
それを見て大笑いしたキャスター様に気に入られたのはもちろんのこと、己の前で物怖じしない平民をはじめて見た王様にも気に入られ、ハルトは特別な存在になったんだ。
もちろん貴重な知識をもたらす『記憶持ち』というのもあるかもしれないけれど、ただ失礼なのではなく、ちゃんと芯のとおった主張をするハルトだから気に入られたんだろう。
あのときボクはもう、王様とお貴族様を前にそんな無礼極まりない態度を取るハルトに、恐ろしくて卒倒しそうだったけど。
でもそんな最悪の出会いからスタートして、おたがいにいがみ合っていたはずなのに、いつのまにリュクス様はハルトのことを好きになっていたんだろう……?
───いや、『なぜか』じゃないか……。
いくら地味な外見をしていようと、ハルトはいいところがいっぱいあるんだ。
前世の異世界知識はもちろんのこと、ボクのようなお荷物を見捨てないでいてくれるやさしさは、飛び抜けているもんな?
だれしもが、そばに置きたくなるような、人から愛されるだけの資質がハルトにはあるんだもん、そこにはなにひとつおかしなことはないよね……。
「なぁ、聞いてる?なんでオレはハルトにフラれてんだろう?そんなにオレって、魅力ないのかな……」
「……ボクのような平民が、直接お話しするのは失礼ではないんですか?」
毎回、こうしてリュクス様から話しかけられるたびに確認をする。
だって許可を得なければ、後でリュクス様を慕う方々に叱られてしまうから。
彼らいわく、『お前のような汚い下民がリュクス様と直接口を利くなどおこがましい』んだそうだ。
まったくもってそれには、同意するしかない。
「オレから話しかけてんだから、いいに決まってるだろ!むしろおまえに無視されたら、オレがひとりごと話すヤバいヤツになっちゃうんだからな!?」
「……では、僭越ながら申し上げます。ハルトがなにをかんがえてリュクス様の求愛を断っているのか、ボクのようなものには、とうてい理解できません」
───だって、そうだろ?
「あなた様は、人類の希望にして、あこがれの存在。若くして地位も名誉も、実力も兼ね備えたすばらしいお方。こうして話しかけていただくことですら光栄なことなのに、まして愛をささやかれて断るなど、あり得ないことです」
毎回ボクは、こうしておなじことをくりかえす。
最初のころはもっと、つたない言葉づかいだった。
それこそはじめて会えたときなんて、浮かれてしまって『リュクス様、大好きです!命を助けていただいて、本当に本当にありがとうございました!!』くらいしか、口にできなかったと思う。
だってボクには、ハルトのような学がなかったから。
ハルトからは最低限の計算だとか、そういう生活に直結することは教えてもらっていたけれど、スラムには敬語を使うべき偉い人なんていなかったし、そんなしゃべり方をしていたら、なめられて生きにくくなるだけだったし。
だからこの言葉づかいは、ここへ来てから、あまりにも学のないボクを見かねて、周囲の使用人の人たちが教えてくれたおかげで身につけたものだった。
おかげで、裏方で働く分には申し分ない程度の教養は身につけられたのだと思う。
けれどそうして身につけた言いまわしはどこかウソくさくて、本心からだったはずのその言葉は、しかし回を重ねるごとに形骸化し、どんどんボクの言葉ではなくなっていく。
どんな美辞麗句で飾り立てたところで、相手の心に届くことはないんだ。
でもたぶんこれは、それでいい。
きっとリュクス様からは一般論としての意見を求められているにすぎなくて、ボク個人の気持ちをとわれているわけではないんだから。
だから、リュクス様にあこがれるその他大勢のひとりとして、毎回ボクはその空虚な礼讃を口にするしかなかった。
「だよなー!?オレって、イケてるよな?」
「はい、おっしゃるとおりです」
口もとに笑みを刷き、大きくうなずけば、リュクス様はパァッと明るくかがやくような笑顔になる。
それだけで周囲まで明るくなったような錯覚に陥るんだから、美形というのはおそろしい。
「ありがとな、自信出てきた!」
「いえ、当然のことを述べたまでですから」
クシャクシャとあたまをなでられ、それだけで心は満たされる。
ほっぺたは赤くなり、もとから前髪にさえぎられて目線を合わせることもできなかったボクは、ますます顔をあげられなくなる。
「ったく、ハルトのヤツもおまえくらいすなおになってくれたらいいのに……」
「そう、ですね……でも、きっと時間の問題だと思います」
そうこたえながらも、胸がキリキリと締めつけられる。
そもそもボクはリュクス様から、『ロト』という名の一個人として認識すらされていないのだと思う。
それはさっきから、ボクの名前が一度も呼ばれていないことでもわかる。
リュクス様にとってのボクは、名前のある一個人じゃない。
その他大勢いる熱心な自分のファンのひとりで、個体識別をされているのも、ひとえにリュクス様にとって唯一の存在である『ハルト』の、その『幼なじみ』という肩書きがあるからだけだ。
こうしてお話しできただけでも光栄なことだし、それだけでしばらくは生きていける。
それくらいの盲目的な存在としての立ち位置でいることだけが、ボクにたいして期待されていることなんだ。
わかっているのに、それを自覚するのはツラいことだった。
油断をすれば、鼻の奥がツンとなる。
でも泣いちゃダメだ、そんなことをしたらリュクス様にご迷惑だろ!
そう自分を叱咤し、必死に笑顔を保とうとするしか、ボクにできることはなかった。
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