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Ep.1 オマケの子は太陽に焦がれる
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痛いとか苦しいとか怖いとか、そういう感情はすでになかった。
痛すぎて気を失いそうになったところで、それを上まわる衝撃をあたえられ、強制的に目覚めさせられる。
ならばいっそ、気でも触れてしまえばよかったのに、この期におよんで生に執着する己の本能が意識を保とうと粘りを見せてくる。
───そんなもの、よけいなことでしかないのに。
そう思ったところで、腱を切られたこの足では逃げ出すこともできないし、ただ絶望にまみれる時間がいたずらに増すばかりでしかなかった。
もはやすべての感覚が麻痺してしまったみたいに痛みもなにもかもが、遠い世界の出来事のように感じられ、自分が生きているのか死んでいるのかさえ、あやふやになっている。
こんなところでボク、死んじゃうのかな……?
できることなら、もっといろんなことをしてみたかったな……。
おいしいごはんをたくさん食べたかったし、きれいな服だって着たかった。
ふかふかのおふとんで寝てみたかったし、それに……恋だってしてみたかった。
でも、たぶんもうダメだ。
さっきから、ろくに息も吸えてない。
目だって、かすんできていて、なにも考えられなくなってきている。
ひたすらこの時間が早くすぎることだけを望んで……そして延々とくりかえされるその行為に、己れの望みはもはや叶うはずもないのだと気づいて、絶望したそのとき。
キラリと、なにかが光った。
一瞬遅れて、ボクにのしかかっていたモンスターの首が、ゆっくりとズレていき、そして地面へと転がりと落ちる。
びしゃびしゃとふりそそいでくる、そのなまあたたかい液体が、モンスターの首から噴き出す血だと気づいたのは、こちらをのぞきこむ金色に光る髪の人物をかすむ視界にとらえたときのことだった。
けれどもう、それ以上意識を保っていることはできなかった。
あぁ、助かった……そう思うと同時に、意識はぱったりと途切れ、すべては闇のなかへと溶けていったのだった。
───あれから6年の月日が流れた。
あのときの怪我が原因で、まともに働けなくなってしまったボクは、幼なじみのハルトのおかげでなんとか生き長らえていた。
ハルトは、黒髪黒目の一見しただけでは地味で小柄な少年だ。
見た目だけなら、そこまでパッと冴えないタイプと言ってもいい。
でも彼の真の価値は、それだけではなかった。
ボクとおなじスラムの出身のはずなのに、貴族でなければ受けていないような高等教育を受けてきたであろう片鱗を、昔からチラチラと見せていた。
それが彼いわく『前世の記憶』に基づくものだと教えられたところで、ボクにはどういう暮らしをしていれば、それがあたりまえの生活になるのか、まったく想像もつかなかった。
とにかくボクとは、根底からしてちがう人種なのだということしか言いようがない。
あのころのボクは、自分の暮らすスラムの近くにあるダンジョン『遺跡迷宮』で、生来のすばしっこさと記憶力のよさ、器用さなんかを生かして、冒険者相手の道先案内人を務めていた。
スラムのなかでは見た目も小綺麗なほうだったから、金払いのいい固定客もいたし、その稼ぎはそれなりにあったけれど。
でも例の一件以来、歩くことですらやっとになってしまったボクは、細々とした内職しかできなくなってしまって。
ほかに頼れる親兄弟もいないこともあって、元からいっしょに暮らしていたよしみで、そのままハルトに養ってもらうようなかたちになっていた。
そんなハルトは前世の記憶が残っているという、いわゆる『記憶持ち』だった。
この国では『記憶持ち』は新たな文化をもらたす稀少価値の高いものとして、『神子』と呼ばれて丁重にあつかわれるという伝統がある。
ハルトがその『記憶持ち』であることは、ボクたちの育ったスラムでは知らないものはいなかった。
その記憶のおかげで、ボクたちは貧しいなりになんとかごはんも食べられていたし、なにより病気にかかる人は周囲の町や村と比べても少なかったくらいだ。
───つまり、最初はスラムに住む人たちだけが、その恩恵にあずかっていたと言ってもいい。
それがいつしかスラムの視察に来た領主にばれ、内政にたいする助言なんかも行うようになったのは時間の問題だった。
当然のようにハルトのもたらす知識は、この世界に生きるものにはおよびもつかないものだけに、領内はみるみるうちに発展し、とうとうその存在が国に知られることになってしまったのは、今から1年前のことだ。
当時、国と領主のあいだでどんなやり取りが行われたのかはわからないけれど、結果としてハルトは、『神子』として王宮に召しかかえられることになったわけだ。
待遇にしても、なんら問題ないそれに異をとなえたのは、ひとえにボクというお荷物の存在が大きかったと思う。
もしあのとき、ハルトだけが王宮に召しかかえられたのなら、きっとボクはそう遠くない未来に食いっぱぐれていたかもしれない。
もしくは、今ですら生きていたかさえもあやしい。
それを『ロトといっしょじゃなきゃ、絶対に王宮になんて行かない』って、言ってごねてくれたのは、ほかでもないハルトだ。
おかげでボクは、こうして王宮の片隅で暮らすことをゆるされていた。
といってもボクには王宮内で、これといった仕事も割り振られてはいない。
あくまでも大事な『神子』の機嫌をとるための、オマケの存在でしかなかった。
それがボクという存在の、価値のなさをあらわしていた。
そんな価値のない存在でも、お腹は空くし眠くもなる。
ここではボクのためにと、おいしいごはんに、ふかふかのベッドも用意される。
それどころか、着心地のいい上質な服まで支給され、なに不自由なくすごせている。
それもこれも、ハルトのおかげだ。
もはや命の恩人と言ってもいいと思う。
なにより、王宮に来たことで、ハルトに返せないほどの恩を受けたのは、もうひとつある。
ボクのあこがれの人、リュクス様の件だ。
6年前、ボクが死にかけた『遺跡迷宮』でのモンスターの異常発生の際に駆けつけ、モンスターを討伐し、なかに残されていたボクを助けてくれたのは、王宮騎士団のメンバーだったらしい。
そのときに隊を率いていたのは、若くして王宮騎士団のトップにのぼりつめた、リュクス様とキャスター様のおふたりだったと聞いている。
ちなみにおふたりは双子で、リュクス様は弟で、キャスター様が兄ということになるらしい。
金髪碧眼のリュクス様に銀髪蒼眼のキャスター様という、対になる色味のおふたりは、だれしもが美形と認めるような、まるで王子さまのようなキラキラした見た目をしている。
顔や体型といった外見は、ほぼおなじと言ってもいいくらい似ているけれど、強いてあげれば、リュクス様のほうがヤンチャな印象を受ける外ハネの髪型で、キャスター様は品行方正な印象を受ける内巻きの髪型というくらいだろうか?
……まぁ、リュクス様のほうが人懐っこい明るい性格で、キャスター様のほうがマジメで几帳面な性格という、ある意味で見た目のちがいどおりの性格のちがいもあるけれど。
ボクがあのとき、気を失う前に見た人物は髪が金色に光って見えたから、リュクス様でまちがいないと思う。
実際、さりげなくあのときのことをたずねたときも、まちがいなく『遺跡迷宮』のモンスターの討伐に隊を率いて出たと認めていたし!
───ただ、残念なことにボクのことは、おぼえてはいなかったのだけど……。
でもそれも仕方ない、だっておふたりは数えきれないくらい多くの現場で人を助けてきたんだから!
そういうこともあって、おふたりには貴族のご令嬢をはじめとして、各地の村人に至るまで、お慕いするものもまた、数えきれないくらいいた。
ご多分にもれず、ボクもリュクス様のことを、心の底からお慕いしている。
リュクス様のためなら、なんだってできる。
たとえ命を差し出せと言われても、よろこんで差し出せるくらい、それくらいに思いは深かった。
もしあのままスラムで暮らしていたなら、きっと王宮騎士団で華々しい活躍をするリュクス様たちに会う機会なんて、ボクには一生かかってもなかったかもしれない。
でもそれも、こうしてハルトが『記憶持ち』の『神子』として王宮に召しかかえられたことによって、そしてそこにボクをいっしょに連れてきてくれたことで、一気に近づけたんだ。
おいしいごはんに、ふかふかのおふとん。
きれいな服に、そして恋。
あのとき───死ぬ間際に願ったことが、全部叶ったこの生活は、ハルトのおかげでしかなかった。
だからボクは、もしもハルトが恋をしたら、全力で応援してあげるんだって、そう心に決めていた。
それが、なんの能力も持たないボクにできる、唯一のことだと思ったから。
ハルトのためになるのなら、ボクにできることならなんでもしようと、そう心に決めていた───たとえそれが、ボクの望みとかち合うことになろうとも……。
痛すぎて気を失いそうになったところで、それを上まわる衝撃をあたえられ、強制的に目覚めさせられる。
ならばいっそ、気でも触れてしまえばよかったのに、この期におよんで生に執着する己の本能が意識を保とうと粘りを見せてくる。
───そんなもの、よけいなことでしかないのに。
そう思ったところで、腱を切られたこの足では逃げ出すこともできないし、ただ絶望にまみれる時間がいたずらに増すばかりでしかなかった。
もはやすべての感覚が麻痺してしまったみたいに痛みもなにもかもが、遠い世界の出来事のように感じられ、自分が生きているのか死んでいるのかさえ、あやふやになっている。
こんなところでボク、死んじゃうのかな……?
できることなら、もっといろんなことをしてみたかったな……。
おいしいごはんをたくさん食べたかったし、きれいな服だって着たかった。
ふかふかのおふとんで寝てみたかったし、それに……恋だってしてみたかった。
でも、たぶんもうダメだ。
さっきから、ろくに息も吸えてない。
目だって、かすんできていて、なにも考えられなくなってきている。
ひたすらこの時間が早くすぎることだけを望んで……そして延々とくりかえされるその行為に、己れの望みはもはや叶うはずもないのだと気づいて、絶望したそのとき。
キラリと、なにかが光った。
一瞬遅れて、ボクにのしかかっていたモンスターの首が、ゆっくりとズレていき、そして地面へと転がりと落ちる。
びしゃびしゃとふりそそいでくる、そのなまあたたかい液体が、モンスターの首から噴き出す血だと気づいたのは、こちらをのぞきこむ金色に光る髪の人物をかすむ視界にとらえたときのことだった。
けれどもう、それ以上意識を保っていることはできなかった。
あぁ、助かった……そう思うと同時に、意識はぱったりと途切れ、すべては闇のなかへと溶けていったのだった。
───あれから6年の月日が流れた。
あのときの怪我が原因で、まともに働けなくなってしまったボクは、幼なじみのハルトのおかげでなんとか生き長らえていた。
ハルトは、黒髪黒目の一見しただけでは地味で小柄な少年だ。
見た目だけなら、そこまでパッと冴えないタイプと言ってもいい。
でも彼の真の価値は、それだけではなかった。
ボクとおなじスラムの出身のはずなのに、貴族でなければ受けていないような高等教育を受けてきたであろう片鱗を、昔からチラチラと見せていた。
それが彼いわく『前世の記憶』に基づくものだと教えられたところで、ボクにはどういう暮らしをしていれば、それがあたりまえの生活になるのか、まったく想像もつかなかった。
とにかくボクとは、根底からしてちがう人種なのだということしか言いようがない。
あのころのボクは、自分の暮らすスラムの近くにあるダンジョン『遺跡迷宮』で、生来のすばしっこさと記憶力のよさ、器用さなんかを生かして、冒険者相手の道先案内人を務めていた。
スラムのなかでは見た目も小綺麗なほうだったから、金払いのいい固定客もいたし、その稼ぎはそれなりにあったけれど。
でも例の一件以来、歩くことですらやっとになってしまったボクは、細々とした内職しかできなくなってしまって。
ほかに頼れる親兄弟もいないこともあって、元からいっしょに暮らしていたよしみで、そのままハルトに養ってもらうようなかたちになっていた。
そんなハルトは前世の記憶が残っているという、いわゆる『記憶持ち』だった。
この国では『記憶持ち』は新たな文化をもらたす稀少価値の高いものとして、『神子』と呼ばれて丁重にあつかわれるという伝統がある。
ハルトがその『記憶持ち』であることは、ボクたちの育ったスラムでは知らないものはいなかった。
その記憶のおかげで、ボクたちは貧しいなりになんとかごはんも食べられていたし、なにより病気にかかる人は周囲の町や村と比べても少なかったくらいだ。
───つまり、最初はスラムに住む人たちだけが、その恩恵にあずかっていたと言ってもいい。
それがいつしかスラムの視察に来た領主にばれ、内政にたいする助言なんかも行うようになったのは時間の問題だった。
当然のようにハルトのもたらす知識は、この世界に生きるものにはおよびもつかないものだけに、領内はみるみるうちに発展し、とうとうその存在が国に知られることになってしまったのは、今から1年前のことだ。
当時、国と領主のあいだでどんなやり取りが行われたのかはわからないけれど、結果としてハルトは、『神子』として王宮に召しかかえられることになったわけだ。
待遇にしても、なんら問題ないそれに異をとなえたのは、ひとえにボクというお荷物の存在が大きかったと思う。
もしあのとき、ハルトだけが王宮に召しかかえられたのなら、きっとボクはそう遠くない未来に食いっぱぐれていたかもしれない。
もしくは、今ですら生きていたかさえもあやしい。
それを『ロトといっしょじゃなきゃ、絶対に王宮になんて行かない』って、言ってごねてくれたのは、ほかでもないハルトだ。
おかげでボクは、こうして王宮の片隅で暮らすことをゆるされていた。
といってもボクには王宮内で、これといった仕事も割り振られてはいない。
あくまでも大事な『神子』の機嫌をとるための、オマケの存在でしかなかった。
それがボクという存在の、価値のなさをあらわしていた。
そんな価値のない存在でも、お腹は空くし眠くもなる。
ここではボクのためにと、おいしいごはんに、ふかふかのベッドも用意される。
それどころか、着心地のいい上質な服まで支給され、なに不自由なくすごせている。
それもこれも、ハルトのおかげだ。
もはや命の恩人と言ってもいいと思う。
なにより、王宮に来たことで、ハルトに返せないほどの恩を受けたのは、もうひとつある。
ボクのあこがれの人、リュクス様の件だ。
6年前、ボクが死にかけた『遺跡迷宮』でのモンスターの異常発生の際に駆けつけ、モンスターを討伐し、なかに残されていたボクを助けてくれたのは、王宮騎士団のメンバーだったらしい。
そのときに隊を率いていたのは、若くして王宮騎士団のトップにのぼりつめた、リュクス様とキャスター様のおふたりだったと聞いている。
ちなみにおふたりは双子で、リュクス様は弟で、キャスター様が兄ということになるらしい。
金髪碧眼のリュクス様に銀髪蒼眼のキャスター様という、対になる色味のおふたりは、だれしもが美形と認めるような、まるで王子さまのようなキラキラした見た目をしている。
顔や体型といった外見は、ほぼおなじと言ってもいいくらい似ているけれど、強いてあげれば、リュクス様のほうがヤンチャな印象を受ける外ハネの髪型で、キャスター様は品行方正な印象を受ける内巻きの髪型というくらいだろうか?
……まぁ、リュクス様のほうが人懐っこい明るい性格で、キャスター様のほうがマジメで几帳面な性格という、ある意味で見た目のちがいどおりの性格のちがいもあるけれど。
ボクがあのとき、気を失う前に見た人物は髪が金色に光って見えたから、リュクス様でまちがいないと思う。
実際、さりげなくあのときのことをたずねたときも、まちがいなく『遺跡迷宮』のモンスターの討伐に隊を率いて出たと認めていたし!
───ただ、残念なことにボクのことは、おぼえてはいなかったのだけど……。
でもそれも仕方ない、だっておふたりは数えきれないくらい多くの現場で人を助けてきたんだから!
そういうこともあって、おふたりには貴族のご令嬢をはじめとして、各地の村人に至るまで、お慕いするものもまた、数えきれないくらいいた。
ご多分にもれず、ボクもリュクス様のことを、心の底からお慕いしている。
リュクス様のためなら、なんだってできる。
たとえ命を差し出せと言われても、よろこんで差し出せるくらい、それくらいに思いは深かった。
もしあのままスラムで暮らしていたなら、きっと王宮騎士団で華々しい活躍をするリュクス様たちに会う機会なんて、ボクには一生かかってもなかったかもしれない。
でもそれも、こうしてハルトが『記憶持ち』の『神子』として王宮に召しかかえられたことによって、そしてそこにボクをいっしょに連れてきてくれたことで、一気に近づけたんだ。
おいしいごはんに、ふかふかのおふとん。
きれいな服に、そして恋。
あのとき───死ぬ間際に願ったことが、全部叶ったこの生活は、ハルトのおかげでしかなかった。
だからボクは、もしもハルトが恋をしたら、全力で応援してあげるんだって、そう心に決めていた。
それが、なんの能力も持たないボクにできる、唯一のことだと思ったから。
ハルトのためになるのなら、ボクにできることならなんでもしようと、そう心に決めていた───たとえそれが、ボクの望みとかち合うことになろうとも……。
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