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Ep.4 押し寄せる不幸は、廃嫡にとどまらない

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 屋敷のなかからは、先ほどまでのにぎやかさも聞こえてこなくなり、ヘンリー殿下も帰られてだいぶ経っただろうか。
 すでに日はかたむきはじめ、部屋には茜色の影がさしていた。

 ───あぁ、そうだ、そろそろ家を出る準備をしなくては。
 ひどく重たい体にむち打って机に向かうと、今まで育ててくれた感謝と、迷惑をかけてきたお詫びを添えて、両親に宛てた手紙をしたためた。
 これが、おそらく今生の別れになる。

 これからは市井に下り、ひとりで生きていかねばならない。
 しかも、このような不祥事による廃嫡だ。
 生きていくためだって、家の伝手を頼ることもできないだろう。

 むしろ家名に泥をぬらないためには、罪人同様のあつかいで出ていくのが最良なのかもしれない。
 だったらできるかぎり着の身着のままに、そしてだれにも知られることなく出ていくしかないだろう。

 そうしてオレは、今まで着ていた上等な服を脱ぐと、隠し持っていた平民の服を身にまとう。
 それ以外にも、身につけていた宝飾品の数々も、次々にはずしていった。

 だけど……と少し迷う。
 少なくとも、この領地から出ていく必要があるのだから命を守るためには、なにかしらの武器は必要になるのはまちがいない。

 いつも使っていた、業物の剣はどうすべきだろうか?
 一瞬迷ったけれど、それも我が家の───いや、ランカールズ子爵家の財産の一部なのだからと、家に置いていくことにした。

 代わりに選んだのは、刃が欠けそうなくらいに使い込まれた、幼いころに買いあたえられた練習用の剣だった。
 これなら売れもしないし、価値のない持ち出しても支障のないものだろうと判断したわけだ。

 事実、それはなんども欠け、そのたびに研磨して補修をかさねてきたせいで、手に馴染んではいるものの刃は薄くなり、ふつうの剣よりも幾分軽いものだった。
 あいかわらず気持ちは重く沈んだままだった、その代わりと言ってはなんだけど、ずいぶんと身は軽くなったものだ。

 そしてオレは、自分自身で取得しただれにも文句の言われない、これからの自分にとってを手にする。
 机の引き出しの奥、そこに隠していた箱の、さらに二重底にしたもののなかに仕込んでいた。
 家族に知られることもなく、こっそりと所持していたそれは───この国の冒険者ギルドが発行するギルドカードだった。

 そう、これはかつてオレが王都で学生をしていたころにこっそり身分を偽って平民として冒険者登録をしたときのギルドカードだ。
 そしてこれからは、これこそがオレの本当の身分になるんだ。

 子爵家の跡取りだった『レイモンド・フォン・ランカールズ』改め、家名もない、ただの冒険者の『レイ』として。

 せめて最後のプライドで、こんなみじめな気持ちをだれにも知られたくなくて、家族にも使用人たちにも気づかれないよう、裏口からそっと抜け出す。
 これでも学校を卒業してこの領地に帰ってきてからも、『レイ』として仕事をしてきたときは、ちょくちょく抜け出してたしな。
 それくらい、お手のものだ。

 そっと抜け出した屋敷から少し離れて、後ろをふりかえると、これが最後の見納めだと思ってしっかりとその屋敷の姿を目に焼きつける。
 日の沈んだ夕闇に浮かびあがる見なれた建物のシルエットに、感慨深さが押し寄せてきた。
 やっぱり少し寂しくて、ちょっとだけ鼻の奥がツンとした。

 さようなら、ランカールズの皆。
 どうかオレよりも優秀な弟を領主に迎え、これからも末長く発展していきますように───。
 そんなことを願いながら、なれ親しんだ故郷を後にしたのだった。


     * * *


 そんなふうにカッコよく旅立ったはずが、どうしてオレは今、唯一の持ちものであった剣さえも取りあげられ、荒縄で後ろ手に縛られたまま、幌馬車の荷台に転がされてるんだろうか??
 その理由を、だれか教えてほしい……っていうのは、冗談だとして。
 理由なんて、かんがえるまでもなくわかってる。

 というか、ランカールズ領のそばの道には、練習用の剣でも対応可能な程度のモンスターしか出ないと、たかをくくっていた少し前の自分を責めたい。
 ───そう、冒険者としては初心者にすぎなかったオレにとっての最大のミスは、周辺地域の昼と夜のちがいを理解していなかったことだった。

 たしかにこの周辺に出るモンスターは弱いかもしれないけど、その分出たんだよ、野盗のたぐいが。
 それともこの場合、人拐いといった方がいいのだろうか?

 まんまと闇に紛れてあらわれたやつらに襲われ、しょせんは多勢に無勢、いくら鍛えた剣術といえども試合とはちがう。
 型なんて関係なく数にまかせて襲いかかってくるやつを相手に、なすすべもなく武器を奪われるしかなかった。

 そこから先は、あっという間の出来事だった。
 抵抗もむなしく、熊みたいに体格のいい男たちの肩に担がれ、その先の木陰に停めてあった幌馬車の荷台に押しこまれたというわけだ。

 この馬車の荷台には、オレ以外にも縛りあげられた男たちが何人も乗せられていた。
 それぞれの服装を見るに、行商人に農民といったところだろうか?
 この顔ぶれを見れば、この先に待ち受けるものがなにかは、だいたい想像がつく。

 奴隷だ。
 オレたちはわずかな金と引き換えに、奴隷商人に売り飛ばされることになるんだろう。
 別の街の裕福な家庭の使用人として、もしくは別の貴族の下働きとして、使われることになるのかもしれない。

 オレを放り込んですぐに走り出した幌馬車は、ガタガタとゆれる悪路を進んでいく。
 乗り心地が悪い、なんてもんじゃない。
 転がされているからこそ、よけいにその振動が直に伝わってきて。

 ……あぁ、気持ち悪い。
 それにさっきの戦闘もどきでみぞおちにくらった一撃のダメージが、地味に効いてきている。
 ついでに言えば心の内のほうも、もうぐちゃぐちゃだった。

 貴族といっても、うちは決して裕福というわけではないけれど、かわりに大きなトラブルもなくこれまですごしてきたんだ。
 けれど、その平穏だと思っていた日常は突然に崩壊した。

 わずか半日にして子爵家の跡取りからの、平民落ち……をすっ飛ばして、いきなり奴隷落ちのフラグが立つなんて。
 あまりにも怒とうのいきおいで押し寄せてくる現実に耐えきれなくなったオレの意識は、闇へと飲まれていった。

 ───神様、恨むぜ!
 いったいオレがなにをしたっていうんだよ!?
 オレはただ、平凡でもいいから、平穏無事な人生を歩みたかっただけなのに────……。

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