3 / 8
Ep.3 身分差は、残酷な現実を押しつける
しおりを挟む
『レイモンド・フォン・ランカールズ!貴様は子爵家の跡取りであると慢心し、自らの無能をかえりみることなく有能な弟に嫉妬し、あまつさえ己の立場がおびやかされると事実を歪曲してとらえ、さらにはサミーを追い出そうたくらむとは悪逆非道!断じて、ゆるされるものではない。よって、自ら廃嫡を願い出て、この家をすみやかに立ち去るが良い』
それが、オレより4つ年下のわずか14歳のヘンリー殿下の口から告げられたオレの罪状だ。
それを告げる殿下の横でサミュエルは、ちがうのならばどうか否定をしてほしいと言わんばかりに、こちらをじっと見つめていた。
無論、オレにだって言い分はある。
でもだからといって、そこでヘンリー殿下のお言葉を真っ向から否定するなど、たとえそれが己の思う事実とは異なっていたとしても、ゆるされることではなかった。
それが、このエディスランドという国の貴族にとってのあたりまえの階級の差だった。
だれからも愛されて育ったサミュエルは、その愛らしさゆえに、周囲の人からも多少の無礼は容認されてきた。
それどころか、そんな階級にしばられず物おじしない態度をこそ好まれ、ヘンリー殿下からは特別あつかいを受けてきた。
だから彼にとっては、それが絶対的な王族からの言葉とはいえ、まちがえていたなら否定をするものだというのが常識だったのだろう。
けれどオレは、いたって普通の子爵家子息にすぎないわけで、父や母もふくめて当然のようにそんなことはできるわけがなかった。
オレが反論も否定もしないことに、サミュエルの目に失望の色が浮かぶ。
それはまるで、オレが本当に弟をうとましく思っていたと認めるようなものに感じられたことだろう。
だけど言い訳がゆるされるのなら、オレだってしたかったさ!
先ほどから言っていることではあるけれど、子爵家の跡目なんて正直なところ面倒なだけで、ゆずれるものならゆずってしまいたいとさえ思っていたんだ。
それにオレがサミュエルと比べて無能なのも、昔から十分に理解している。
ついでに言えば誤解を招く言い方だったかもしれないけれど、オレにはこのランカールズ家から追い出す気なんてみじんもなかった。
なによりオレからしても、弟というのはかわいがりたい存在なんだぞ?!
だってサミュエルは、こんなオレを兄として立てようとしてくれていたし、慕ってくれていて。
少し天然で、世間とズレたところはあるかもしれないけれど、すなおでとてもイイ子なんだ!
あぁ……でもそれは、オレがなにをかんがえているのかわからなくて、彼なりに必死に気をつかっていただけだったのかもしれないな。
その表の顔に、オレはまんまとだまされていたというわけだ。
なんにしても有能すぎる弟という存在は、オレが不出来なんだという事実を突きつけられる原因となる要因ではあるかもしれないけれど、迫害したいとかそんなことを考えたことはこれまでに一度もない。
───まぁ、一度たりとも嫉妬をしたことがないなんて言えないけれど。
それどころか、こちらがどれだけ努力をしてもたどり着けないような高みに簡単にのぼってしまう、あの才能をうらやむことが日々あったのは事実だ。
だからといって弟が跡継ぎの座をおびやかすと、うとんじたことなどない。
強いて言うなら、それを一切本人に確認することなく断定してしまったヘンリー殿下の方がむしろ、そのお言葉をかえすようだけど、『事実を歪曲してとらえている』と言ってもいいくらいなんだ。
……もちろん、そんなことは口が裂けても言えないけれど。
なぜかこんな田舎にある子爵家の屋敷なんぞにおいでになっているけれど、本来なら第二王子という立場は、オレのような身分のものがお目どおりのかなう相手じゃない。
直接お言葉を交わすだけでも、十分不敬にあたるのだろう。
そしてなによりこのことは、王族が断定したことなんだ。
たとえそれが事実と異なっていようと、その家臣たる我が家においては否定することなど不敬の極み。
王家に対する反逆ともなりかねない、それくらいこの世界における『王族の決定』とは重いものだ。
こうなってしまったら、オレにできることは一刻もはやく廃嫡を願い出て、この家を立ち去ることだけだった。
幸いにして先ほどの殿下のお言葉は、両親もその場にいたから耳にしていることだし、話のとおりもはやいと思う。
だけど……と解せぬ気持ちもまた、わきあがる。
オレだって父上に跡取りと指名されたのだからと、持って生まれた弟との才能のちがいに嘆きつつも、だれよりも努力をして領地経営のための勉強も、剣術も魔法もがんばってきたんだ。
それが凡人にとって、どれだけ大変なことか!
なにしろ常日頃からオレの出す結果を比べられる相手は、神様に愛された万能なる存在で、しかもそれがオレの4つ年下の弟ときた日には、それがどれだけのプレッシャーになっていたことか。
これまでは、なけなしの兄としてのプライドだとかなんだとかで気持ちを奮い起たせて、どうにかして耐えてきたけれど。
オレの努力はきっと弟のためにもなるはずだし、がんばればきっと報われると信じて。
それがさっきの殿下のお言葉で、あたまごなしの完全否定をされたんだ。
そこで、ポッキリと心が折れた。
もう、これ以上そのむなしい努力を続けていくこともできなくて。
───いっそ、死んでしまおうか?
死んだら、苦しみや重圧から解放されて自由になれるだろうか?
もう、こんなむなしい努力をしないで済むのなら……今のオレにとって、それはとても魅力的な選択肢に見えた。
しかしそれも『わざわざ私がいるあいだに自決するなど、私に対する抗議か、はたまた当てつけか!?』と不機嫌になる殿下のお姿が容易に想像させられて、場合によっては両親にまで責がおよんでしまうかもしれないと、気づいてしまったから。
そんな我が家に不利になることはできないと、早々にあきらめるしかなかった。
つまりはこんなに不名誉な事態におちいったというのに、潔く自決する勇気もなかったんだ。
これまでプレッシャーに耐え、努力をして我慢をしつづけてきたあげくに、こんなことになるくらいなら、もっと早くに逃げ出していればよかったんだろうか?
ならば、きっとそれはオレの判断ミスだ。
オレは逃げ出すことも、こうして追い出されることになっても、死ぬこともできなくて。
やっぱり、なにをしても中途半端な存在なんだって実感するしかなかった。
→
それが、オレより4つ年下のわずか14歳のヘンリー殿下の口から告げられたオレの罪状だ。
それを告げる殿下の横でサミュエルは、ちがうのならばどうか否定をしてほしいと言わんばかりに、こちらをじっと見つめていた。
無論、オレにだって言い分はある。
でもだからといって、そこでヘンリー殿下のお言葉を真っ向から否定するなど、たとえそれが己の思う事実とは異なっていたとしても、ゆるされることではなかった。
それが、このエディスランドという国の貴族にとってのあたりまえの階級の差だった。
だれからも愛されて育ったサミュエルは、その愛らしさゆえに、周囲の人からも多少の無礼は容認されてきた。
それどころか、そんな階級にしばられず物おじしない態度をこそ好まれ、ヘンリー殿下からは特別あつかいを受けてきた。
だから彼にとっては、それが絶対的な王族からの言葉とはいえ、まちがえていたなら否定をするものだというのが常識だったのだろう。
けれどオレは、いたって普通の子爵家子息にすぎないわけで、父や母もふくめて当然のようにそんなことはできるわけがなかった。
オレが反論も否定もしないことに、サミュエルの目に失望の色が浮かぶ。
それはまるで、オレが本当に弟をうとましく思っていたと認めるようなものに感じられたことだろう。
だけど言い訳がゆるされるのなら、オレだってしたかったさ!
先ほどから言っていることではあるけれど、子爵家の跡目なんて正直なところ面倒なだけで、ゆずれるものならゆずってしまいたいとさえ思っていたんだ。
それにオレがサミュエルと比べて無能なのも、昔から十分に理解している。
ついでに言えば誤解を招く言い方だったかもしれないけれど、オレにはこのランカールズ家から追い出す気なんてみじんもなかった。
なによりオレからしても、弟というのはかわいがりたい存在なんだぞ?!
だってサミュエルは、こんなオレを兄として立てようとしてくれていたし、慕ってくれていて。
少し天然で、世間とズレたところはあるかもしれないけれど、すなおでとてもイイ子なんだ!
あぁ……でもそれは、オレがなにをかんがえているのかわからなくて、彼なりに必死に気をつかっていただけだったのかもしれないな。
その表の顔に、オレはまんまとだまされていたというわけだ。
なんにしても有能すぎる弟という存在は、オレが不出来なんだという事実を突きつけられる原因となる要因ではあるかもしれないけれど、迫害したいとかそんなことを考えたことはこれまでに一度もない。
───まぁ、一度たりとも嫉妬をしたことがないなんて言えないけれど。
それどころか、こちらがどれだけ努力をしてもたどり着けないような高みに簡単にのぼってしまう、あの才能をうらやむことが日々あったのは事実だ。
だからといって弟が跡継ぎの座をおびやかすと、うとんじたことなどない。
強いて言うなら、それを一切本人に確認することなく断定してしまったヘンリー殿下の方がむしろ、そのお言葉をかえすようだけど、『事実を歪曲してとらえている』と言ってもいいくらいなんだ。
……もちろん、そんなことは口が裂けても言えないけれど。
なぜかこんな田舎にある子爵家の屋敷なんぞにおいでになっているけれど、本来なら第二王子という立場は、オレのような身分のものがお目どおりのかなう相手じゃない。
直接お言葉を交わすだけでも、十分不敬にあたるのだろう。
そしてなによりこのことは、王族が断定したことなんだ。
たとえそれが事実と異なっていようと、その家臣たる我が家においては否定することなど不敬の極み。
王家に対する反逆ともなりかねない、それくらいこの世界における『王族の決定』とは重いものだ。
こうなってしまったら、オレにできることは一刻もはやく廃嫡を願い出て、この家を立ち去ることだけだった。
幸いにして先ほどの殿下のお言葉は、両親もその場にいたから耳にしていることだし、話のとおりもはやいと思う。
だけど……と解せぬ気持ちもまた、わきあがる。
オレだって父上に跡取りと指名されたのだからと、持って生まれた弟との才能のちがいに嘆きつつも、だれよりも努力をして領地経営のための勉強も、剣術も魔法もがんばってきたんだ。
それが凡人にとって、どれだけ大変なことか!
なにしろ常日頃からオレの出す結果を比べられる相手は、神様に愛された万能なる存在で、しかもそれがオレの4つ年下の弟ときた日には、それがどれだけのプレッシャーになっていたことか。
これまでは、なけなしの兄としてのプライドだとかなんだとかで気持ちを奮い起たせて、どうにかして耐えてきたけれど。
オレの努力はきっと弟のためにもなるはずだし、がんばればきっと報われると信じて。
それがさっきの殿下のお言葉で、あたまごなしの完全否定をされたんだ。
そこで、ポッキリと心が折れた。
もう、これ以上そのむなしい努力を続けていくこともできなくて。
───いっそ、死んでしまおうか?
死んだら、苦しみや重圧から解放されて自由になれるだろうか?
もう、こんなむなしい努力をしないで済むのなら……今のオレにとって、それはとても魅力的な選択肢に見えた。
しかしそれも『わざわざ私がいるあいだに自決するなど、私に対する抗議か、はたまた当てつけか!?』と不機嫌になる殿下のお姿が容易に想像させられて、場合によっては両親にまで責がおよんでしまうかもしれないと、気づいてしまったから。
そんな我が家に不利になることはできないと、早々にあきらめるしかなかった。
つまりはこんなに不名誉な事態におちいったというのに、潔く自決する勇気もなかったんだ。
これまでプレッシャーに耐え、努力をして我慢をしつづけてきたあげくに、こんなことになるくらいなら、もっと早くに逃げ出していればよかったんだろうか?
ならば、きっとそれはオレの判断ミスだ。
オレは逃げ出すことも、こうして追い出されることになっても、死ぬこともできなくて。
やっぱり、なにをしても中途半端な存在なんだって実感するしかなかった。
→
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
112
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる