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中学生編
娘vs運命(7)
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──駄菓子屋さんの前に行くと、本当にいた、鈴蘭さんだ。前に会った時と同じようにベンチに腰かけていて、その横には時雨さんと雫さんの姿もある。
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「おかげさまで」
あの空間から脱出した後、安心した私は疲れていたこともあったのか、時雨さんの運転する車ですぐに眠ってしまった。だから、その後どうなったのかはまだ知らない。
ただ、脱出前に昨日のことを無かったことにするとは聞いていた。そして今、鈴蘭さんの姿を見たおかげであれは夢じゃなかったと確信できた。
「あの、それでパパは……」
「焦らないで、順序立てて説明するわ」
「歩美、ここに座りなさい」
雫さんが立って席を開けてくれる。頷いて鈴蘭さんと時雨さんの間に座る。この二人は記憶を消されていないみたい。
「魂の重力については昨日説明したけれど、ちゃんと覚えてる?」
「はい。正直、まだ理解しきれてはいないけど……」
「ふふ、大丈夫よ。重要なのは貴女が鏡矢の血を引いていて、なおかつ雨道さんの子だという事実」
魂の重力は、その人間の持つ力によって変動する。強い力、優れた能力を持つ人間ほど過酷な運命を引き寄せてしまう。
「税金みたいなものね」
スズランさんはあっけらかんと言って笑う。こちらは納得した。なるほど、そう考えるとしっくり来るかも。
ただ、この重力は周囲の影響によって変化することもある。私はパパが地球全体に及ぶほどの奇跡を起こした瞬間、血の繋がりにより普通の人より大きな影響を受けた。
「ただでさえ鏡矢の子は重い宿命を背負いがちなのに……」
嘆く雫さん。パパと時雨さん同様、この人も色々あったんだろうな。
さらに今年の春、時雨さんが我が家を訪れたことで時雨さんと雫さんという強力な重力源との縁も太くなった。私自身は普通の人間。今まで大したことをしていない。でも周りがすごすぎて“神の子”になる条件が揃ってしまった。
昨日聞いた話では、鈴蘭さんがこの問題を解決できるらしいけど……。
「こうなることは一年と半年前、時雨さん達と出会った時にわかっていたの」
「そんなに前から?」
「ええ、でも良い解決法が私にも思い浮かばなくてね、考える時間をもらった。おかげで今回はなんとかできたわ」
どうやって解決したんだろう? それが聞きたくて落ち着かない私に、彼女はにこりと微笑みかける。
「あれから一年半、雫さん達には貴女が受けている影響を観測し続けてもらった。そして確信できた。雨道さん、時雨さん、雫さん──このうち誰か一人の影響が欠ければ貴女は少なくとも“特異点”にならずに済む」
「とくいてん?」
「とても強い重力の持ち主のこと。歴史の分岐点に現れる存在。たとえば、イエス・キリストみたいにね」
「私が、そんな偉い人になるってこと?」
「このままなら、そうなるわ」
信じられない。私、そんな大層な人間じゃないよ?
「安心して、今言ったように影響を与えている三つの重力のうち一つでも欠ければそれでいいの。それなら辛うじて普通の人生を歩める」
「でも、それって……」
つまり時雨さんや雫さんと縁を切れってことでしょ? そんなの嫌だ。もちろんパパとだって──
あ、そうだ、パパは? パパは結局どうなったの? 嫌な想像をしてしまう私。
「まさかパパを!? なんとかしたって、あのおじいさん達みたいにしたの!?」
【落ち着いて】
「こんなの落ち着いてられ……って、あれ?」
今の声、鈴蘭さんじゃない。この感覚は久しぶりだけど間違いない。
「パパ!?」
【うん、ちゃんと傍にいる】
「歩美ちゃん、私が切り離したのは雨道さんと貴女じゃない。彼と彼の力よ」
「力? あ……そうか……!」
「理解が早くて助かるわ。そう、強い力が魂の重力を増加させる。なら彼と有色者の力を分離させてしまえばいい」
──パパが遺した“他人に優しくなれる魔法”はまだ月に宿ったままらしい。雫さんと時雨さんが一年と半年前、その力をどうするか選択を求められ、残したいと願ったからだ。二人はパパの最期の想いを無にしたくなかった。
ただ、そのおかげで鈴蘭さんも悩んだ。月の魔法を残したまま、なおかつ私に悪影響が出ないようにするにはどうしたらいいかと。
そして雫さん達にデータを集めてもらって検証した末に解法に辿り着いた。私とパパの繋がりを断つのではなく、パパの意識と力の接続を遮断すればいいと。
「雨道さんは、これからも貴女と一緒。彼が満足するまで傍にいて見守ってくれる」
「本当に!?」
【うん、歩美が嫌じゃなければ、これからも近くにいるよ。あっ、もちろんプライバシーには配慮するからね】
「だ、大丈夫!」
よく考えたらいつでも見られているのは恥ずかしい。でも、パパならいいよ。ちゃんと弁えるべき時は弁えてくれてるみたいだし。
「けれど」
喜ぶ私に、水を差す鈴蘭さん。
「これからはもう、そんな風に声を聴くことはできなくなるわ」
「えっ……?」
「彼は月光を通じて貴女達に干渉していた。でも、その力との繋がりを断った。今は私が中継してあげているだけ。同じことをしない限り、貴女が雨道さんの声を聴くことは二度と無い」
「……そっか」
それで昨日、お別れをさせてくれたんだね。パパはずっと近くにいるけど、もうお話はできなくなるから。
「歩美、雨道はこれからもお前と共にある」
「そうだよ歩美、私達もいるから」
「うん……」
雫さんと時雨さんに励まされ、落ち込みかけた私はまた顔を上げる。
パパは今も見ている。なら情けない顔なんか見せたくない。
寂しいけど負けないよ。
「私、絶対幸せになるからね、パパ!」
【うん、信じてる】
頷くパパ。鈴蘭さんがサービスしてくれたのかな? その一瞬だけ姿が見えた。
時雨さんと雫さんも驚いた顔。二人にも見えたんだと思う。
鈴蘭さんは私の肩を抱き寄せ、泣き笑いしてる顔にそっとハンカチを当てる。
「私も信じてる。前にも言ったわね歩美ちゃん。貴女の世界はとても綺麗な青空と、その下に伸びた真っ直ぐな道よ。
道の先に必ず幸せな未来が待っている。今回みたいなことはもう起きないはずだけれど、困ったことがあったらいつでも遠慮無く頼って。私も貴女の味方よ」
鈴蘭さんは、どうして私達に良くしてくれるのだろう。不思議に思って別れ際に訊くと、やっぱり正直に答えてくれた。
「貴女達を気に入ってるの。時雨さん達と出会った、あの旅。おかげで私は素直になれて新しい幸せを掴むことができた。その恩返しだと思ってくれたらいいわ」
そして、その結果この子も産まれたのと言って、前に約束した赤ちゃんを見せてくれた。うちの双子と同じくらいのちっちゃい女の子。赤ん坊なのにはっきりわかる。お母さんに似てめちゃめちゃ美人。
「アヤメちゃんもまたね。次はうちの子達と遊んであげて」
「んにゅう」
「はは、可愛い寝言」
「次の機会には、是非そうさせてもらうわ。じゃあまた」
軽い調子で別れを告げ、あの時みたいに路地へ入っていこうとする鈴蘭さん。
私はそんな彼女を呼び止め、最後にもう一つだけ訊ねる。
「あの、鈴蘭さんって何をしてる人なの?」
あんなにすごい人なのに世間では全く知られていない。リリーって偽名を使ってたから何か事情があるんだろうし、答えてはもらえないかもしれない。
それでも、どうしても気になった。
「私?」
彼女はアヤメちゃんを抱いたまま小首を傾げ、やがて左手の指を一本ずつ立て始める。
「肩書は色々あるの。雑貨屋の娘。教師。宿屋の女将。魔女」
最後だけ他とかけ離れすぎてない?
最後に小指を曲げ、笑う。
「今はね、こう呼ばれるのが一番嬉しい。お母さんってね」
そう言って、手を振りながら路地へ入る。
追いかけると、やっぱりその姿は消えてしまっていた。
結局はぐらかされちゃった。
でも、まあいいか。
「また会えるよね……」
あの人にもパパにも。
「ああ、いつか必ずな」
「そろそろ待ち合わせの時間じゃない? 行かないと」
頭にぽんと手を置く雫さんと、腕時計を見て私以上に慌てる時雨さん。
うん、寂しくない。私の周りにはたくさんの大事な人達がいる。
それに鈴蘭さんは昨夜言っていた。強さとは力のことだけじゃなく想いの強さでもあるのだと。
強く互いを想い合っていれば、魂は重力によって引き寄せられる。
だから、また会えるんだ!
「じゃあ行ってきます! 時雨さん、雫さん、お正月にまたね!」
「いってらっしゃい!」
「今までの分、たっぷりお年玉をやるからな!」
「はは、楽しみ!」
青い空 真っ直ぐな道 走り出す
天気は快晴。重力から解き放たれた大塚 歩美。本日は友達と遊んで参ります!
「おはようございます」
「おはよう。よく眠れたかしら?」
「おかげさまで」
あの空間から脱出した後、安心した私は疲れていたこともあったのか、時雨さんの運転する車ですぐに眠ってしまった。だから、その後どうなったのかはまだ知らない。
ただ、脱出前に昨日のことを無かったことにするとは聞いていた。そして今、鈴蘭さんの姿を見たおかげであれは夢じゃなかったと確信できた。
「あの、それでパパは……」
「焦らないで、順序立てて説明するわ」
「歩美、ここに座りなさい」
雫さんが立って席を開けてくれる。頷いて鈴蘭さんと時雨さんの間に座る。この二人は記憶を消されていないみたい。
「魂の重力については昨日説明したけれど、ちゃんと覚えてる?」
「はい。正直、まだ理解しきれてはいないけど……」
「ふふ、大丈夫よ。重要なのは貴女が鏡矢の血を引いていて、なおかつ雨道さんの子だという事実」
魂の重力は、その人間の持つ力によって変動する。強い力、優れた能力を持つ人間ほど過酷な運命を引き寄せてしまう。
「税金みたいなものね」
スズランさんはあっけらかんと言って笑う。こちらは納得した。なるほど、そう考えるとしっくり来るかも。
ただ、この重力は周囲の影響によって変化することもある。私はパパが地球全体に及ぶほどの奇跡を起こした瞬間、血の繋がりにより普通の人より大きな影響を受けた。
「ただでさえ鏡矢の子は重い宿命を背負いがちなのに……」
嘆く雫さん。パパと時雨さん同様、この人も色々あったんだろうな。
さらに今年の春、時雨さんが我が家を訪れたことで時雨さんと雫さんという強力な重力源との縁も太くなった。私自身は普通の人間。今まで大したことをしていない。でも周りがすごすぎて“神の子”になる条件が揃ってしまった。
昨日聞いた話では、鈴蘭さんがこの問題を解決できるらしいけど……。
「こうなることは一年と半年前、時雨さん達と出会った時にわかっていたの」
「そんなに前から?」
「ええ、でも良い解決法が私にも思い浮かばなくてね、考える時間をもらった。おかげで今回はなんとかできたわ」
どうやって解決したんだろう? それが聞きたくて落ち着かない私に、彼女はにこりと微笑みかける。
「あれから一年半、雫さん達には貴女が受けている影響を観測し続けてもらった。そして確信できた。雨道さん、時雨さん、雫さん──このうち誰か一人の影響が欠ければ貴女は少なくとも“特異点”にならずに済む」
「とくいてん?」
「とても強い重力の持ち主のこと。歴史の分岐点に現れる存在。たとえば、イエス・キリストみたいにね」
「私が、そんな偉い人になるってこと?」
「このままなら、そうなるわ」
信じられない。私、そんな大層な人間じゃないよ?
「安心して、今言ったように影響を与えている三つの重力のうち一つでも欠ければそれでいいの。それなら辛うじて普通の人生を歩める」
「でも、それって……」
つまり時雨さんや雫さんと縁を切れってことでしょ? そんなの嫌だ。もちろんパパとだって──
あ、そうだ、パパは? パパは結局どうなったの? 嫌な想像をしてしまう私。
「まさかパパを!? なんとかしたって、あのおじいさん達みたいにしたの!?」
【落ち着いて】
「こんなの落ち着いてられ……って、あれ?」
今の声、鈴蘭さんじゃない。この感覚は久しぶりだけど間違いない。
「パパ!?」
【うん、ちゃんと傍にいる】
「歩美ちゃん、私が切り離したのは雨道さんと貴女じゃない。彼と彼の力よ」
「力? あ……そうか……!」
「理解が早くて助かるわ。そう、強い力が魂の重力を増加させる。なら彼と有色者の力を分離させてしまえばいい」
──パパが遺した“他人に優しくなれる魔法”はまだ月に宿ったままらしい。雫さんと時雨さんが一年と半年前、その力をどうするか選択を求められ、残したいと願ったからだ。二人はパパの最期の想いを無にしたくなかった。
ただ、そのおかげで鈴蘭さんも悩んだ。月の魔法を残したまま、なおかつ私に悪影響が出ないようにするにはどうしたらいいかと。
そして雫さん達にデータを集めてもらって検証した末に解法に辿り着いた。私とパパの繋がりを断つのではなく、パパの意識と力の接続を遮断すればいいと。
「雨道さんは、これからも貴女と一緒。彼が満足するまで傍にいて見守ってくれる」
「本当に!?」
【うん、歩美が嫌じゃなければ、これからも近くにいるよ。あっ、もちろんプライバシーには配慮するからね】
「だ、大丈夫!」
よく考えたらいつでも見られているのは恥ずかしい。でも、パパならいいよ。ちゃんと弁えるべき時は弁えてくれてるみたいだし。
「けれど」
喜ぶ私に、水を差す鈴蘭さん。
「これからはもう、そんな風に声を聴くことはできなくなるわ」
「えっ……?」
「彼は月光を通じて貴女達に干渉していた。でも、その力との繋がりを断った。今は私が中継してあげているだけ。同じことをしない限り、貴女が雨道さんの声を聴くことは二度と無い」
「……そっか」
それで昨日、お別れをさせてくれたんだね。パパはずっと近くにいるけど、もうお話はできなくなるから。
「歩美、雨道はこれからもお前と共にある」
「そうだよ歩美、私達もいるから」
「うん……」
雫さんと時雨さんに励まされ、落ち込みかけた私はまた顔を上げる。
パパは今も見ている。なら情けない顔なんか見せたくない。
寂しいけど負けないよ。
「私、絶対幸せになるからね、パパ!」
【うん、信じてる】
頷くパパ。鈴蘭さんがサービスしてくれたのかな? その一瞬だけ姿が見えた。
時雨さんと雫さんも驚いた顔。二人にも見えたんだと思う。
鈴蘭さんは私の肩を抱き寄せ、泣き笑いしてる顔にそっとハンカチを当てる。
「私も信じてる。前にも言ったわね歩美ちゃん。貴女の世界はとても綺麗な青空と、その下に伸びた真っ直ぐな道よ。
道の先に必ず幸せな未来が待っている。今回みたいなことはもう起きないはずだけれど、困ったことがあったらいつでも遠慮無く頼って。私も貴女の味方よ」
鈴蘭さんは、どうして私達に良くしてくれるのだろう。不思議に思って別れ際に訊くと、やっぱり正直に答えてくれた。
「貴女達を気に入ってるの。時雨さん達と出会った、あの旅。おかげで私は素直になれて新しい幸せを掴むことができた。その恩返しだと思ってくれたらいいわ」
そして、その結果この子も産まれたのと言って、前に約束した赤ちゃんを見せてくれた。うちの双子と同じくらいのちっちゃい女の子。赤ん坊なのにはっきりわかる。お母さんに似てめちゃめちゃ美人。
「アヤメちゃんもまたね。次はうちの子達と遊んであげて」
「んにゅう」
「はは、可愛い寝言」
「次の機会には、是非そうさせてもらうわ。じゃあまた」
軽い調子で別れを告げ、あの時みたいに路地へ入っていこうとする鈴蘭さん。
私はそんな彼女を呼び止め、最後にもう一つだけ訊ねる。
「あの、鈴蘭さんって何をしてる人なの?」
あんなにすごい人なのに世間では全く知られていない。リリーって偽名を使ってたから何か事情があるんだろうし、答えてはもらえないかもしれない。
それでも、どうしても気になった。
「私?」
彼女はアヤメちゃんを抱いたまま小首を傾げ、やがて左手の指を一本ずつ立て始める。
「肩書は色々あるの。雑貨屋の娘。教師。宿屋の女将。魔女」
最後だけ他とかけ離れすぎてない?
最後に小指を曲げ、笑う。
「今はね、こう呼ばれるのが一番嬉しい。お母さんってね」
そう言って、手を振りながら路地へ入る。
追いかけると、やっぱりその姿は消えてしまっていた。
結局はぐらかされちゃった。
でも、まあいいか。
「また会えるよね……」
あの人にもパパにも。
「ああ、いつか必ずな」
「そろそろ待ち合わせの時間じゃない? 行かないと」
頭にぽんと手を置く雫さんと、腕時計を見て私以上に慌てる時雨さん。
うん、寂しくない。私の周りにはたくさんの大事な人達がいる。
それに鈴蘭さんは昨夜言っていた。強さとは力のことだけじゃなく想いの強さでもあるのだと。
強く互いを想い合っていれば、魂は重力によって引き寄せられる。
だから、また会えるんだ!
「じゃあ行ってきます! 時雨さん、雫さん、お正月にまたね!」
「いってらっしゃい!」
「今までの分、たっぷりお年玉をやるからな!」
「はは、楽しみ!」
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